エリノラ姉さん、体調不良?
『転生して田舎でスローライフをおくりたい〜ドール子爵がやってきた〜』書籍10巻は5月17日発売予定です。
10巻を記念して巻末には私の書き下ろしストーリーを小杉繭さんが書き下ろしで漫画にしてくださってます。
あと店舗特典でショートストーリーが一つつく予定です。
Amazonなどで予約できますのでよろしくお願いします。
翌日、朝からカレーの香ばしい匂いで目が覚めた。
俺が昨日作ったカレーの残りを温めて朝食の一品にしているのだろう。
そのように推測してもうひと眠りしようと目を瞑る。
「……カレーの匂いでお腹が減って眠れない」
目を瞑って布団にもぐろうとも、この美味しそうな匂いは誤魔化せない。
カレーの匂いに俺の胃袋が空腹を訴えてくるのを感じる。
俺の体内パラメーターが睡眠欲と食欲が拮抗し、食欲へと振り切るのを感じた。
「起きるか」
こんな暴力的な匂いをされては落ち着いて二度寝をすることも敵わない。
そう決めた俺は寝間着から私服へと着替え、洗面所で顔を洗うと、ダイニングルームに向かった。
「おはよう」
ダイニングルームに入ると、既に席に座っていたエルナ母さん、ノルド父さん、シルヴィオ兄さんがいた。
三人は俺を見て驚いたように目を見開く。そして、エルナ母さんが心配そうな表情で近寄ってきて俺の額に手を当てた。
「どうしたのアル? 体調でも悪いの? この指は何本に見える?」
「俺が早起きするのがそんなにおかしい?」
失礼な。俺だってたまには朝食の前に起きることくらいある。
「だって、いつもはもっと遅いでしょ? 特に冬になってからアルが早めに起きたことがあったかしら?」
確かにそれはない。
冬は気温が低くて、布団の中が最高に温かいのでどうしても起きることができない。これはもう仕方のないことだからだ。
あれに抗うことのできる人間は、かなり睡眠欲が乏しいに違いない。
やたらと心配の声をかけてくるエルナ母さんから離れて、俺は自分の椅子に座った。
「というか、朝からカレーを食べるの?」
「ええ、昨日のがまだ余ってるし、とっても美味しかったもの」
「ご飯だけじゃなくパンにも合うって聞いたし楽しみだよ」
最初に感じた疑問を思わずぶつけると、エルナ母さんとノルド父さんがウキウキとした様子で言った。
昨日の夜に食べさせたカレーが、よっぽど気に入ったらしい。
まあ、俺は前世で何度も食べたことがあるから慣れているけど、初めて食べた人がハマってしまうのも無理はないだろうな。俺も子供の頃は毎日がカレーでもいいなどと思っていた。
「アル、気になっていることがあるんだけどいいかい?」
などとぼんやりと考えると、ノルド父さんが不穏な問いかけをしてきた。
ノルド父さんがこうやって改まって聞いてくることは大抵俺にとって都合の悪いことだ。
「カレーの上に唐揚げを載せたら、きっと美味しいって話だね?」
「ああっ! それ絶対に美味しいですよ! 唐揚げとカレーは合うと思います!」
適当に答えたら、控えていたミーナが食いついた。
一番唐揚げを気に入っているだけに、その可能性に強い希望を見たらしい。
「確かにそれも美味しいかもしれないけど、僕が聞きたいのはそうじゃないよ」
「なに?」
「カレーの材料にしている香辛料はラズールのものだよね? 一体、どこから手に入れたんだい?」
「そう言われてみれば気になるわね。あれだけの味となると一種類や二種類じゃ足りないでしょうし、どこから手に入れたのかしら?」
おっと、やはり突っ込まれたか。
まあ、あれだけ派手に香辛料を使っていれば不思議に思うのは不思議ではない。
「王都に行った時にラズールの香辛料専門店があったから、そこで少し買っておいたんだよ」
「それって私の実家の近くの?」
実家と香辛料店が近いだけあって、エルナ母さんはすぐにわかったようだ。
「うん、そうだよ」
「あそこの香辛料ってすごく高いじゃない。こんな小さな瓶で金貨何十枚も飛んでいくわ」
「そ、そんなにかい!?」
「だから、少量ずつ使って少しずつ研究していたんだよ。というか、材料に文句つけるなら食べないで」
「あれだけ美味しかったら多少の値が張っても仕方がないわね。あんな素敵な料理を作れるなんてさすがは私の息子だわ」
そのように言うと、エルナ母さんが見事な手の平返しをした。にこにことした笑みを浮かべて俺の頭を撫でてくる。
多少の散財も素晴らしい料理の前でも許されるらしい。
「ラズールの香辛料となると値段が張るわね。父さんに頼んで安く仕入れられないかしら?」
「落ち着こうエルナ。さすがにラズールの香辛料を買い漁るほどの余裕はないよ。カレーは特別な日にだけ食べる料理にしよう! ね?」
香辛料の本格的な仕入れを考えるエルナ母さんと、青い顔でそれを止めるノルド父さん。
貴族の当主になっても未だに小市民的な感覚が抜けないノルド父さんからすれば、カレーで金貨何十枚も飛んでいくのが恐ろしいようだ。
「それもそうね。さすがにうちも財政も潤っているとはいえ、身の丈に合わないお金の使い方は良くないし」
実際は転移でラジェリカまで行って、直接仕入れているので原価はかなり低いんだけどね。
でも、そのことは秘密なので言えない。
「そっか。でも、あれだけ美味しかったら仕方がないよね」
しょぼんとしながらも健気にことを言うシルヴィオ兄さん。
罪悪感がとても刺激される。香辛料ならたくさん安く買えると言って、その曇った表情を晴らしてあげたかった。
「残念です。カレーを毎朝作れれば、その匂いでアルフリート様が規則正しく起きていただけるのに……」
紅茶を配膳しにきたサーラが、実に残念そうな表情で呟く。
「ルーを乾燥させてパウダー状にして保存させるのはどうかしら? それを眠っているアルの鼻に近付けるの」
「お許しをいただけるのであればやってみたいです」
「許可するわ」
「カレーの変な使い方はやめよう?」
不穏なことをしようとしているサーラとエルナ母さんに思わず突っ込む。
食べ物を粗末にしないで。カレーパウダーはそんな風に使っていいものじゃない。
「それにしても、今日はエリノラが遅いわね?」
いつもならエリノラ姉さんはすぐに起きてくる。大概は自主稽古をしているか、リビングやダイニングでまったりしているかだ。
「エリノラは自主稽古に行ってるのかい?」
「いえ、外に出られているのは見ておりません」
「靴も玄関に残っていましたよ」
ノルド父さんが尋ねると、サーラとミーナが首を横に振る。
外に出ていないのは間違いないようだ。
「部屋で剣の手入れでもしてるのかな?」
「前に革鎧なんかの手入れをしていて、遅くなったことがあったものね」
年ごろの娘なのに支度に準備がかかっているなどと思われないのも大概だ。
朝、起きて真っ先に武器や防具の手入れを始める女の子ってどうなんだろう?
「アル、ちょっとエリノラの様子を見てきてあげなさい」
「えー? なんで俺が?」
などと抗議の声を上げると、エルナ母さんからジットリとした視線を受けられる。
「このやり取りをエリノラとよく繰り返しているのよ? 少しは私達の気分がわかったかしら?」
「わかったよ。見てくるから」
そんな風に言われれば、毎朝のように起こされている俺に人権など皆無だった。
抵抗をせずに椅子から立ち上がろうとすると、ダイニングの扉が開いた。
そちらに視線をやると、入ってきたのはエリノラ姉さん。
「なんだ、俺が行かなくても起きてきたじゃん」
どうやら俺が起しに行く必要はないようだ。持ち上げていた腰を下ろして座り直す。
「「おはよう」」
「……おはよう」
俺達が挨拶の声をかけると、エリノラ姉さんが元気のない声で返事をした。
これには家族全員が驚く。エリノラ姉さんは朝にとても強いので、眠たいというわけではないだろう。
しかし、こちらにやってくる足取りは酷く重たげだ。表情にも覇気がなく、いかにも気だるそうな感じ。
エリノラ姉さんは椅子に座ると、テーブルに突っ伏した。
いつもとは違った力のない様子に俺だけなく全員が戸惑っているのがわかった。
「エリノラ、元気がないけどどうかしたの?」
「……なんか最近、ずっと身体が重くて……」
気だるそうに言うエリノラ姉さんの言葉に俺の心臓がドクンと跳ねた。




