ノルド父さん堕落計画
500話達成です!
ビッグスライムのクッションが完成した。俺とシルヴィオ兄さん、エリノラ姉さんが身をもって安全性と快適性を実感した。
「……次は便宜を図ってくれたエルナ母さんにも体験しれもらうべきなんだけど……」
「説明もなしに、あんな風されたら母さんは絶対怒るわよ?」
エリノラ姉さんの言葉にシルヴィオ兄さんも力強く頷いて同意する。
「だよねぇ。特にノルド父さんの前では絶対に醜態を見せないようにしてるからね」
それが乙女的な事情なのかよくわからないが、エルナ母さんはノルド父さんの前ではできるだけだらしない姿を見せないようにしている。
ノルド父さんの前で、だらしない顔になるのは絶対に嫌だろうな。
「大人がどうなるか実験していないし、ちょっと試してみようか」
「それもそうね」
「母さんに説明するためにも、きちんと実験はしておかないとね」
いけないことだとはわかりつつも、皆がビッグスライムに埋もれるとどうなってしまうのか気になる。
エリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんも気になって仕方がないのか、わくわくしている様子だった。
そんなわけで俺達はビッグスライムを連れて一階へと降りていく。
最初のターゲットは厨房で夕食の仕込みをしているバルトロだ。
「バルトロ、ちょっと来て」
「お、なんだ? そろいもそろって、お腹でも空いたか?」
こちらを覗き込む俺達を見て、バルトロが仕込みを中断して呑気にやってくる。
これから実験台にされるというのに。
「お? なんだこれ?」
「ビッグスライムをクッションにしてみたんだ。感想を聞きたいからバルトロも座ってみてよ」
「結構いい感じよ!」
「あー、さっき玄関で騒いでたのはコレだったんだな。へー、どれどれ」
俺とエリノラ姉さんが無邪気にそう言うと、バルトロは何も疑うことなく腰を下ろした。
「おおっ!?」
ビッグスライムはバルトロの巨体を見事に受け止めて最適化する。
その瞬間、バルトロが力の抜けた声を上げて――そして……
「あぁ~」
ビッグスライムに埋もれてだらしない顔を浮かべるバルトロが誕生した。
泣く子も黙るような強面をしているバルトロの顔がでろんでろんになっている。
「やっぱりバルトロもこうなったか」
「あはは、そうみたいだね」
予想できていた現実にシルヴィオ兄さんも苦笑い。
ビッグスライムはどうやら大人でもあっても堕落の表情へと誘ってしまうようだ。
にしてもバルトロのこんな顔は見たことがないな。大人の尊厳もへったくれもない。
「バルトロ……さん?」
三人してバルトロのだらしない顔を見ていると、不意に後ろから声が聞こえた。
振り返るとサーラがおり、だらしない顔をしているバルトロをしっかりと目撃した模様。
あまりに普段と違いバルトロの表情を見て、かなり戸惑っているようだ。
「ビッグスライムのクッションを試してもらっているんだ。サーラも座ってみる?」
「ひっ! い、いえ、私は普通のスライムで結構ですので。では、失礼いたします」
などと提案してみるも、サーラは怯えた顔をして退散してしまった。
「まあ、あんな顔になっているバルトロを見て、座ろうとは思う女性は中々いないわよね」
「エルナ母さんとノルド父さんを除くと、屋敷で一番美味しかったんだけどなぁ」
サーラのだらしない顔を見てみたかったのに残念だ。
現場を見られてしまったのでかなり怯えられている。今後、警戒する彼女がビッグスライムのクッションに腰かける可能性は限りなく低いだろうな。
「やっぱり、母さんでもああなっちゃうのかな?」
「「なると思う(わ)」」
首を傾げるシルヴィオ兄さんの言葉に、俺とエリノラ姉さんはしっかりと頷いた。
むしろ、怠惰的な本性を持っている、エルナ母さんだからこそ完全に堕ちかねない。
「……ねえ、父さんがどうなるか見てみたくない?」
そんな中、エリノラ姉さんが悪魔的な囁きをする。
王国でドラゴンスレイヤーと呼ばれるAランク冒険者であり、スロウレット領の領主。
いつも爽やかで決して醜態を見せることのない、文武両道な俺達の父親。
そんなノルド父さんがビッグスライムのクッションに埋もれて、余裕のある表情をどのように崩すのか……正直かなり気になる。
シルヴィオ兄さんも気持ちは同じだったのか俺と顔を見合わせて、しっかりと頷いた。
「「見たい!」」
「じゃあ、決まりね! 父さんがいる執務室に行くわよ!」
「「おお!」」
こうして俺達はノルド父さんのいる執務室に突撃することになった。
◆
執務室の前にやってきた俺は、ゆっくりと扉をノックする。
「ノルド父さん、入っていい?」
「……いいよ」
ノックをして要件を端的に告げると、ノルド父さんが一拍遅れて返事をした。
俺が執務室にまともに入ることがなかったからか、なんか若干怪しまれているような気がする。
まあ、許しを得ることができたのだ。中に入ってしまえばどうとでもなるだろう。
俺、エリノラ姉さん、シルヴィオ兄さん、ビッグスライムがぞろぞろと執務室に入ってくる。
執務室は談話室のように綺麗なカーペットが敷かれ、壁際には書類や本の入った棚がいくつもあり、中央には大きな仕事机と椅子が置かれている。
そして、そこにはスロウレット家の領主たるノルド父さんが、たくさんの書類を確認しながら仕事に励んでいる様子だった。
「三人して一体どうしたんだい?」
「ビッグスライムのクッションができたから、ノルド父さんにも体験してもらおうと思って」
「そうかい。なら、後で確かめることにするよ」
そりゃ、そうか。冷静に考えれば、今は仕事中だ。やってくれば当然こうなるよね。
「ちょっとどうするのよ? これじゃ、今すぐ座ってくれないじゃない」
「任せて。俺に考えがあるから合わせて」
エリノラ姉さんが小声で詰め寄ってくるが、やりようはある。
ノルド父さんは基本的に押しに弱い。俺達、三人がかりで言えば、仕事を中断して座ってくれるはずだ。
「まあまあ、そう言わずにちょっと座ってみてよ」
「これに座るとすっごい楽なの!」
「気持ちがいいよ」
「……三人とも妙に押しが強いね? もしかして、何か企んでる?」
くっ、露骨に進め過ぎただろうか。ノルド父さんが訝しんでいる。
息子達がいい物を持ってきたのだから疑うことなく座ればいいものを。
だが、この程度でボロを出す俺ではない。シレッと回避して、何とかビッグスライムに座らせれば……
「べ、別にそんなことはないわ!」
などと思考していたが、エリノラ姉さんが若干上ずった声を上げた。
もうちょっと上手く誤魔化すことはできないのか。
「なんだか怪しいね」
「クッションに腰かけてもらうだけなのに怪しい要素なんてないよ」
「普段、執務室に一切入ってこないアルがいても?」
慌ててカバーをするもノルド父さんから鋭い切り返しがくる。
これにはぐうの音も出ない。
だって執務室に入ると書類仕事とか手伝わされそうだからね。今まで立ち入らないようにしていた。
「まあまあ、父さん。一度、座ってみてよ。本当に楽になるよ?」
「シルヴィオ」
俺とエリノラ姉さんが硬直する中、動き出したのはシルヴィオ兄さん。
ノルド父さんの腕をとって立ち上がらせて、純粋無垢な息子を演じている。
信頼値の高いシルヴィオ兄さんの言葉ならノルド父さんも信じてくれるはず。
「でも、やっぱり怪しい。このクッションには何かあるよね?」
ダメだった。信頼を猜疑心が上回っている。父親の癖に息子達の言葉を疑うとは何事か。
こうなったら最終手段しかない。
俺とエリノラ姉さんはどちらともなく視線を合わせる。
言葉を交わさずとも互いにやるべきことは理解していた。腐っても俺達は姉弟。
俺はノルド父さんの注意を惹くように言葉を発しながら前に出る。それに合わせてエリノラ姉さんが死角へと移動。
「別に何もないよ。そんなに疑うなら触ってみればいいじゃん」
「うーん、ちょっと怖いけど、それなら遠慮なく……」
ノルド父さんが中腰になってビッグスライムに触ろうとした瞬間、エリノラ姉さんが死角から突進。
「残念、エリノラ。丸わかりだよ」
「うええっ!?」
ノルド父さんを突き飛ばそうとしたエリノラ姉さんであるが、ヒラリと華麗に飼わされた。
突撃していたエリノラ姉さんは速度を落とすことができず、そのままビッグスライムへと自ら飛び込んだ。
「あ、ああああー……」
「気配を潜めたら、何かしますと言っているようなもの――エ、エリノラ!?」
ビッグスライムへとダイビングしたエリノラ姉さんがだらしのない表情を浮かべた。
そして、娘のだらしのない顔を見て、父親が思わず目を見開いて二度見する。
今のエリノラ姉さんの顔は、どう見ても年ごろの娘がしていい顔じゃないからね。
「こ、これはどういうことだい?」
「さっき言ったじゃん。座るとすごく楽で気持ちがいいって」
「いや、そうだとしても度を越しているよ。エリノラがこんな顔になるなんて……」
「ノルド父さんも試しに座ってみる?」
「…………いや、やめておくよ」
残念ながらノルド父さんをハメる計画は失敗に終わった。
この後、エルナ母さんにも情報の共有をすると、苦渋の表情で「座らない」とコメントをした。
怠惰よりも女性としてのプライドが勝ったようだ。
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