最適化されるクッション
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』のコミック一巻から三巻が本日から電子配信されることになりました。
電子版だけの書き下ろしストーリーがついております。
よろしくお願いします。
屋根の雪を魔法で落とし終わった頃。
ノルド父さんだけでなく、エルナ母さんも玄関にやってきた。
ノルド父さんは玄関で鎮座しているビッグスライムを見るとため息を吐いた。
まるで捨て猫を拾ってきた子供を見るような視線だ。
「……アル、ビッグスライムなんて捕まえてきてどうするんだい?」
「そんなの決まってるじゃん。クッションにするんだよ」
「屋敷にいる普通のスライムじゃダメなのかい?」
「あー、ノルド父さんってば、普段からスライムクッションを使っておきながらそんなこと言うんだ!」
「いや、必要ないって言ってるわけじゃないよ? ただ、普通のスライムだけでいいんじゃないかなーって」
言い方をマイルドにしているだけで意味は同じだと思う。
「少なくとも俺達には必要だよ。ねえ、エリノラ姉さん」
「うん、ビッグスライムのクッションとか気持ち良さそう」
俺がそう言うと、素直に頷いてくれるエリノラ姉さん。
普段からスライムクッションを愛用しているだけあってか、今回についてはエリノラ姉さんも味方だ。
敵に回ると、それなりに面倒な姉であるが、味方にいると頼もしい限り。
「とはいえ、さすがにこの大きさの魔物を屋敷に入れるのは……エルナ、君からも言ってやってくれよ」
「私はいいと思うわ」
「エルナ!?」
エルナ母さんの言葉に思わず目を剥くノルド父さん。
見通しが甘かったね。エルナ母さんに間違いなくこちら側。
何せビッグスライムによるスライムソファー計画を考え付いたのは、他でもないエルナ母さんなのだから。
玄関でビッグスライムを見た時、目を輝かせていたからこうなると確信していた。
「ビッグスライムもそれほど危険はないし、見たところすごく大人しい個体じゃない。しばらく、別室で様子を見て問題なかったら飼ってあげるのはどうかしら?」
「ま、まあ、しばらく様子見をするなら……」
そして、エルナ母さんに甘いノルド父さんが、強い反対意見を言えることもなく、渋々といった形でビッグスライムの入室を認めてくれた。
すんなりと認めるのではなく、しっかりと落としどころを模索して提案するとは、さすがはエルナ母さんだ。これなら親としての威厳も損なうこともないだろう。
「やったね」
軽く瞬きを送ると、エルナ母さんが瞬きで返事した。
便宜を図ってもらったんだ。ソファーを完成させたら、しっかりと座らせてあげないとな。
「サーラ、タオルをお願いできる?」
「すぐにお持ちします」
ビッグスライムの体は見たところ綺麗であるが、外にいたので軽く拭っておかないとな。
サーラにタオルを持ってきてもらうと、玄関に入れる前にビッグスライムを拭う。
若干の水分や雪がついていただけで、特に汚れがついている様子はなかった。
「危険が少ないとはいえ魔物だから、くれぐれも気を付けるんだよ」
「はーい」
執務室に戻るノルド父さんの言葉に返事して、俺とエリノラ姉さんはビッグスライムを連れて二階へと上がる。
「母さんが味方してくれると、父さんもチョロいわね」
「まあ、ビッグススライムをソファーにするって発案したのはエルナ母さんだしね。自分で否定することはできないよ」
きっと世の中っていうのは、こういう立ち回りが大事なんだろうな。
しみじみとそう思いながら、俺は自室へと入る。
エリノラ姉さんだけでなく、ビッグスライムも当然のように入ってきた。
知らない場所に連れてこられたというのに戸惑う様子は一切ない。豪胆な奴だ。
「それで、どうやってソファーにするの?」
「他のスライムと同様、アクアハウンドの皮を被ってもらうだけだよ」
「それだけでいいの?」
「後は人の重みを受けて、ビッグスライムが最適な形になってくれるから」
それがスライムクッションの素晴らしさ。どれほど高級なソファーやイスを用意しても、その人にとって合わなければ意味がない。
高級なソファーが、自分の身体にピッタリな安物に負けることだってあり得ることなのだ。
それを回避するためにも自分に合うものを必死になって探す、あるいはオーダーメイドしてしまうのが常なのであるが、スライムならそうする必要はない。
何故ならば、スライムの体は変幻自在。俺達の体重をフィットするように受け止めてくれるからだ。
自分の体型へと瞬時に最適化してくれるソファー。しかも、形の切り替えも瞬時に可能。これほど素晴らしいクッションはこの世界にはないだろうな。
「皮に入れるのはわかったけど、こんなに大きいのが入るの?」
「こういう時のために、ちゃんと大きいのをトリーに貰っておいたんだよ」
俺はクローゼットを引き開け、ハンガーに吊るしてあるアクアハウンドの皮を取り出した。
ビッグスライムを入れようと思っていたわけではないが、大量にスライムをクッション化しようと思っていたので皮は大量に保管してあるのだ。
「……こういうことに関しては抜け目がないわね」
「準備がいいって言ってよ。それより、ビッグスライムを皮に入れるのを手伝って」
アクアハウンドの皮をエリノラ姉さんにも持ってもらって、大きく広げる。
かなり大きいのでこれならビッグスライムでもすっぽりと入るな。
「よし、ここに入っておいで」
「…………」
皮を広げてそう言ってみるも、ビッグスライムが動くことはない。
試しにクッキーを入れると、ビッグスライムは喜んで中に入ってきたので、その隙に二人で皮を被せる。残念な奴め。
ビッグスライムはクッキーを消化することに専念しているのか、皮を被せられようが動じることはない。これは普通のスライムと特に変わらないな。
その隙に俺は裁縫道具を取り出して、チクチクと皮を縫い上げていく。
そして、最後に紐で縛って、簡単に着脱できるようにすると……
「よし、ビッグスライムクッションの完成!」
俺は早速、ビッグスライムへと腰かける。
俺の体重を受けて、ゲル状のスライムの体がするするっと沈んでいった。
「――あっ! これは!」
「これはどうなの?」
エリノラ姉さんが覗き込んで声を上げるが、どこか遠い。
……なんだこれ。これでもそれなりの数のソファーやイス、ベッドに座ってきた俺だが、ビッグスライムのクッションには言葉が出ない。
弾力のあるビッグスライムの体が全方向から俺の体重を包み込んでいる。それらは今までのイスやソファーの比ではない。
徐々に腕や足も沈みこんでいき、ビッグスライムの形状が俺の身体にフィットしていく。
ああ、なんという心地良さだろうか。身だけでなく、心まで受け止めてもらえているかのような幸福感に包まれる。
誰かに包んでもらえる。守ってもらえている。安心感が半端ない。
バランスをとる必要もなく、姿勢を変える必要もない。だって、ビッグスライムが全てを受け止めてくれて最適化しているのだから。
そう、俺は何もする必要がないのだ。ああ、もう全てがどうでもいい。ずっとここでこうしていたい。
「うわっと!?」
のほほんとしていると、突如身体に衝撃が走る。
慌てて状況を把握すると、どうやらエリノラ姉さんが俺を下ろしたらしい。
「ちょっともう少し堪能させてくれてもいいじゃん」
「いや、十五分も待ったんだけど?」
「……え? もう十五分も経ったの?」
「ええ」
俺の言葉にしっかりとエリノラ姉さんが頷く。
嘘でしょ? 俺の感覚ではついさっき腰かけたっていう感覚だったんだけど。
明らかに時間が飛んでいる。
「寝るでもないし、あたしの声に反応せず、ずっと虚空を見つめていたわ」
何それ、ただのヤバい奴じゃん。
「次、エリノラ姉さんも座ってみなよ」
座っている時のことはとにかく心地よかったとしか覚えていない。一度、エリノラ姉さんが腰かける姿を第三者的に見てみたい。
「……さっきのアルの状態を見ると、座るのが怖くなってきたんだけど……」
「大丈夫大丈夫。すぐに気持ちよくなれるさ」
基本的に強がりなエリノラ姉さんが怖気づくとはヤバいな。それでも他者の使用感が気になるので、エリノラ姉さんに勧めてみる。
「やっぱりやめておくわ。アルみたいな無様な顔をしたくない――」
「はい、どーん」
「わっ!?」
らしくない様子を見せるエリノラ姉さんの背中を押すと、彼女はビッグスライムへとうつ伏せに倒れ込んだ。
「ちょっとアルぅ――」
突き飛ばされたことへの文句を言おうとしたエリノラ姉さんであるが、その言葉は途切れることになった。
どうやらビッグスライムの体が、エリノラ姉さんの体に最適化したらしい。
それにつれ、エリノラ姉さんの表情がどんどんと蕩けていく。
キリッとした瞳は垂れ下がり、虹彩が薄れて力強さを失っていく。引き結ばれた唇もどんどんと下がっていった。
「ああ……エリノラ姉さんの顔が大変なことに……ッ!」
私生活はどちらかというとしっかりしていないエリノラ姉さんであるが、最早だらしないとかいう次元を越えている。
姉として、女性として――いや、人としてちょっと浮かべちゃいけない類の顔だ。
それくらい今のエリノラ姉さんの顔はだらしがなかった。
「えへへ……あー、気持ちいい」
おそるおそる近づいてみると、エリノラ姉さんは視線を壁に向けながらそんなことをうわ言のように呟いている。
指で頬を突いてみるも全く反応しない。
「エリノラ姉さんでこれとは確かにヤバいな」
俺もこんな風になっていたんだろうか? 十五分も放置したことにビックリであるが、無理矢理下ろされたのも納得できる事だった。
ビッグスライムのクッション……俺達はとんでもない発明をしてしまったかもしれないな。
かつてない程だらしない顔を浮かべるエリノラ姉さんを見て、戦慄を抱く俺だった。
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