さらば、ラジェリカ
誤って投稿してしまいました。前話を先にお読みください。
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』書籍9巻が10月12日発売です! よろしくお願いします!
「ラジェリカが見えてきたぞ」
砂漠を船で突き進んでいくことしばらく。
サルバが指さして呟いた。そちらに視線をやると城壁があった。
その奥には城壁よりも高い尖塔や白い宮殿のようなものも見えている。
前世の世界文化遺産にあったタージマハルを彷彿とさせるな。
「やっと着いたぁ」
時刻はまだ日が暮れる前といったところ。
日没までになんとしても屋敷に戻りたかったので、目的地に到着したことに物凄くホッとした。
通常ならば歩いて半日。魔物の有無や天候を考えると、三日程度かかってしまう距離。
しかし、土魔法を利用した流砂船を利用したお陰で、険しい傾斜や物騒な魔物もなんのそので速やかに移動できたのである。
「まさかラジェリカまで魔法を維持できるなんて……」
これには同伴しているシャナリアも驚きの模様だ。
それなりに魔力消費の多い魔法だが、転移に比べれば可愛いものだ。
これくらいの移動魔法であれば、何日も継続して使えるだろうな。空間魔法を使うべく、幼い頃から魔力増量訓練をしていた甲斐があったというもの。
「よし、このまま城門をくぐってしまうか」
「民が混乱しますのでやめてください」
サルバがそんな無茶を言うが、シャナリアの言う通りだ。
それに城門の中には砂がないので、このまま進むのは不可能だ。
サイキックを使って浮かんでいけば別だけど、警備している人がおおいに困るだろう。
城門の近くまでいくと、サルバとシャナリアに降りてもらって流砂船を解除。
砂でできた船はあっという間に崩れ落ちて、砂漠へと還った。
サルバは家族に見せびらかしたかったなどとごねていたが、王族のところまで運ぶなど冗談ではない。
「アル、何をしている?」
「目的地に着いたのでここで解散にいたしましょう。サルバ様、お疲れ様でした」
「何を寝ぼけたことを言っているのだ。ここまで魔法で連れてきてもらったのだ。礼をしなければ、第二王子としての名折れだ」
「ええー、そういうのいいですってー」
流砂船を降りて、城門に並んでいる旅人や商人の列にシレッと加わっているとサルバに引っ張られてしまう。
目的地に着いたので解散としたいところだったが、そうはさせてくれないようだ。
このまま宮殿にまで連れて行かれそうな気配をヒシヒシと感じる。
勿論、この国の王子であるサルバが入場待ちなどをするわけもなく、堂々たる振る舞いで城門へと進んでいく。
並んでいる旅人や商人が次々と道を開けて、かしづいていく。
気持ちのいい光景かもしれないが、こういうのに慣れていない俺からすれば居心地が悪いことこの上ない。そもそも俺はこの国の人ですらないし。
人々がかしづいたことで警備のものも気付いたのか、槍を持った兵士が慌ててこちらに寄ってくる。
マズいな。このままだとなし崩し的に宮殿に一直線だ。
迎えの馬車にでも詰め込まれて、逃げる間もなく連行されてしまいそうだ。
周りに人こそいるが、その多くが王子であるサルバと護衛であるシャナリアに視線がいっている。
サルバとシャナリアもやってきた兵士に視線を向けて、俺を視界に捉えてはいない。
いささか強引になってしまったが、逃げるなら今だ。
「サルバ様! 予定よりもお早いお帰りですが、何か異常でもございま――のわっ!」
少し強い風が吹いたので、俺はそれを増幅させるように風魔法を使用。
周囲に気付かれないように、ちょっとした風砂を巻き起こした。
その微弱な魔法にシャナリアが気付くことはない。どうやらエルナ母さんほど魔力の知覚に優れているわけではないようだ。
そのことに一安心。
誰もが砂で視界を覆う中、俺は風砂に紛れて転移を使用した。
◆
ラジェリカの城門前で転移を発動させた俺は、コリアット村の雪原へと戻ってきていた。
「寒っ」
砂漠で活動するための服装は、日差しを防ぐために肌の露出を控えたものであるが、生地自体は通気性も良くて涼しい。
長袖の服を着ていようが真冬の気温には抗えないわけで、俺はすぐに火球を浮かべて空気を暖める。
極寒の空気を宥めながら、亜空間から取り出した防寒着へと素早く着替える。
こうなりたくなかったので、転移する前に着替えるのが一番いいのだがそんな暇はなかったからな。
手早く防寒着へと着替え、ラズールでの服を亜空間に収納すると一安心だ。
コリアット村の空は、徐々に日が傾いて薄暗くなりつつあった。
どんよりとした雲と雪景色を見つめながら、屋敷への一本道を歩いていく。
さっきまで周囲一面がずっと砂世界だったので、きちんとした道や山が見えると言う事にホッとするな。
砂漠では歩けど歩けど風景がまったく変わらなかったし。
「流砂船を動かしたのと同じ要領で魔法を使えば、雪の上でもスイスイと進めそうだな」
そうすれば、スキーやスノボの時もすぐに傾斜の上に行けたような気がする。
まあ、そんな発見に気付くことができたのもラズール王国に行ったお陰か。
「本当はカレーに必要な香辛料を探したかったんだけどなぁ」
当初の予定としては、転移で速やかにラジェリカに到着。
そして、ラジェリカの市場をじっくりと見て回って、クミンを含む、カレーに必要な香辛料を買いあさる予定だった。
それが第二王子のサルバと護衛のシャナリアと出会ってしまったせいで、台無しになってしまった。
あのまま流れに身を任せていれば、間違いなく今日中に屋敷に変えられなかっただろうな。下手したらサルバを含む、王族に囲われるかもしれなかった。
王子の目の前で行方をくらますというのも大変失礼だったが、許してもらいたい。
あのままズルズルといっていたら非常に面倒な未来しか見えなかったから。
まあ、色々とあったがここまでやってこれば俺の勝ちだ。
香辛料を買いあさることはできなかったが、クミンを見つけて、カレー製作への可能性が提示された。それにラジェリカに転移でいつでも行けるようになった。
今日はそれらの成果があったことにひとまず満足しておこう。
ただ、当分は香辛料を探しに行くことは難しそうだな。サルバやシャナリアが俺のことを探しているかもしれないし。
彼らが忘れた頃合いを見計らって、時間をかけて気楽に探していこう。
もう、転移で逃げられないなんて状況はこりごりだ。
「ただいまー」
そんな決意を抱きながら、俺はいつも通りに屋敷の扉をくぐった。
「おかえなさい」
廊下にはちょうどエリノラ姉さんが通っていたらしく、そんな呑気な声が聞こえた。
視線をやると、ミルクジェラートの入ったグラスとスプーンを持っている。
温かい屋敷の中で冷たいアイスを食べるなんて、中々の怠惰振りだ。
俺も冷たいものを口にしたい気分。
俺も厨房で貰ってこようなどと行動指針の決定を行っていると、不意に頭が叩かれた。
別に強い力ではなく軽いものであるが、それでも急にやられればビックリする。
「え? なに?」
エリノラ姉さんの行動が意味不明なのはいつものことであるが、今日はことさら不明だった。
――今の会話で、俺が頭を叩れる要素なんてあった? ただいまとお帰りを言い合う、普通の家族の会話だよね?
「髪の毛に砂が付いているわよ? 真冬なのに、どこに行ったらこんな細かい砂がつくの?」
などと疑問が心の中を巡っていたが、エリノラ姉さんの言葉で全て吹き飛んだ。
ラズールで着ていた服はしっかりと着替えていたものの、髪の毛に砂漠の砂が付着していたようだ。
雪を頭に乗せてきたのであれば、今の特に気にならないだろうがサラサラとした砂があれば誰だっておかしいと思う。何してたんだって。
「土魔法の練習をしてたんだ。最近、雪が積もっていてあんま使っていなかったから鈍らないように」
うん、ラズールに行って土魔法の練習をしていたのは事実だ。そう自分の心を納得させて、身体に滲め出る違和感を努めて掻き消す。
「こんな細かい砂も出せるものなの?」
「うん、普通よりもちょっとコントロールが難しいけどね」
「ふうん……アルってば魔法に関してはなんだかんだ真面目よねー」
俺の言い訳で納得してくれたのか、それともミルクジェラートが溶けるのを嫌ったのか。恐らく後者のような気がするがエリノラ姉さんは二階へと上がっていった。
視界からエリノラ姉さんが消えると、俺はホッと息を吐いた。
髪の毛の砂とは盲点だった。
「ミルクジェラートを食べようと思っていたけど、これはお風呂に入るのが先かな」
俺は着替えを手にすると、砂をきっちりと落とし、今日の疲れを取り払うべく風呂に入ることにした。




