素朴な甘さ
書籍8巻、文庫本1巻発売中です!
よろしくお願いします。
「マヤ姉、そろそろ戻らないと」
サンドボードで遊んでいると、近くで遊んでいた子供達がそう言った。
太陽の位置を見ると、昼から夕方になる時間くらいか。
思えば昼過ぎから結構な時間遊んでいたものだ。
「あっ、そっか。もうそんな時間か」
「もういい時間だし、ここまでにしようか」
そう言って、俺は自分とマヤの足の留め具を解除した。
長い間ボードに乗っていたからか、足で歩くのにちょっと違和感を覚えてしまう。
「アルはしばらくジャイサールにいるの?」
ボードを抱えながらそう尋ねてくるマヤ。
残念ながら俺はジャイサールに住んでいるわけでもないし、この辺りに住んでいる者でも、旅人でもない。
コリアット村から転移でやってきている以上、屋敷に帰らないわけにはいかない。
だからこそ、期待させるような台詞は言わない方がいいな。
「いや、すぐに旅立っちゃうかな。でも、また時折遊びにくるから、またその時に遊ぼう」
「……もっと一緒に滑りたかったけど残念。でも、また来てくれるって言ったから、次を楽しみにしとくよ」
ニコッと笑いながらそう言ってくれるマヤ。
また遊ぶ時を楽しみにしてくれると言ってくれるのが純粋に嬉しかった。
俺には転移があるのだ。こようと思えばいつでもやってこられる。
曖昧な約束になるが、また会えることは確かだ。
まあ、すぐにやってこれば変に思われるだろうし、ラズールの中心地が気になるのでそちらに行ってからだろうけど。
「ねえ、このボード貰っていい? 一人ですぐに同じものを作れる気がしなくて……」
「ああ、別にいいよ。持って帰るつもりはなかったし」
亜空間に収納すれば、また再利用できるがここで使うつもりはなかったし、これくらいのものであればいつでも作ることができる。
捨てるよりもマヤや子供達が再利用して遊んだほうが喜んでくれるだろう。
「ありがと! じゃあ、あたしは街に戻るから!」
「うん、また今度ね」
マヤは二枚のボードを肩に担ぐと、子供達を連れてジャイサールに戻った。
これから家の仕事を手伝ったり、夕食の準備をするのだろう。
ポツリと砂漠に残されると無性に寂しくなってくるな。先程まで賑やかだったからなおさらだ。
「……俺もそろそろ屋敷に帰ろ」
あまり遅くなってしまうとエルナ母さん達も心配してしまうだろうからな。
俺は周囲に誰もいないことを確認すると、亜空間から引っ張り出した防寒着を身に纏う。
昨日はこちらの服装のまま転移して、酷い寒暖差を味わったからな。
こちらで防寒着を着こむのは非常に暑苦しいが、少しの我慢だ。
服装を着替えて亜空間に収納すると、俺はコリアット村の平原を思い描いて転移を発動させた。
「こっちはやっぱり寒いな」
コリアット村にある平原にやってくると当然寒かった。
時間が夕方に近付いているせいか気温も下がっている様子。
呼吸をすれば、口から白い息が吐き出される。
周囲は雪が降り積もっており一面真っ白だ。先程砂漠にいたのが嘘のように思えた。
これだけ気候に差がある場所までひとっ飛びとは相変わらず転移が凄まじい。
身体を冷やしてしまわないようにすぐに火球を浮かべて空気を暖める。
「……にしても、これだけ寒暖差が激しいと体調を崩してしまいそうだ」
夏の温度と冬の温度を頻繁に行き来していたら、身体が驚いて異常をきたしてしまうかもしれない。
前世でもよく気温差で体調を崩していたし、頻繁に行くのはやめておいた方がいいかもしれないな。
そんなことを考えながら一本道を歩いていると屋敷に到着した。
ちょっとしたプチ旅行をしていたために家に帰ってくるとホッとする。
「お帰りなさい」
「ただいま」
雪を落として玄関から上がると、偶然通りかかったエルナ母さんが声をかけてくれた。
返事をしてそのまま自分の部屋に行こうとすると、エルナ母さんが正面に回り込んできて俺の顔を凝視した。
「どうしたの?」
「……アル、顔が焼けたんじゃないの?」
「え、本当?」
あっ! しまった! あれだけ日光の強い砂漠で遊んでいれば日焼けするのは当然だ。
そのことを考えて長時間の遊びは控えるか、せめて日焼け止めを塗っておくべきだった。
などと心の中で思うが、そのことを漏らすわけにはいかない。
というか転移で砂漠に行っていたなんて誰が信じるというのか。
「ずっと外にいたし雪で日光が反射したのかな? それか霜焼けで赤くなっているか」
「まあ、意外と雪で反射する太陽の光は侮れないものね。たまにすごく眩しいから」
真冬だろうと紫外線によるダメージはあるし、霜焼けで顔が赤くなる場合だってある。
「念のために水で冷やしておくよ」
「ええ、そうしておきなさい」
ボロが出ると困るので俺はそそくさと洗面台の方に向かう。
苦し紛れに引っ張り出した理由であるが、美容を気にするエルナ母さんにとって共感できることだったらしく怪しまれずに済んだ。
にしても、一瞬で肌が焼けていることに気付くとはエルナ母さんは鋭いな。
今回は運よく言い逃れできたけど、こういうところには気を付けないと。
今度砂漠に行くときはきっちりと日焼け止めを塗って、ターバンのようなもので顔まで覆っておこう。
そうしっかりと決意して、俺は水魔法と氷魔法で肌をケアするのであった。
◆
「……なんだか甘いものが食べたいな」
夕食を食べ終わって自室でゴロゴロしていると、ふとそう思った。
今日の昼食はジャイサールでスパイスの大変効いた料理を食べた。
そのせいかどこか口の中が辛いような気がして、甘いものが食べたくなったのである。
煎餅を食べ続けると、次は大福やらケーキが食べたくなるようなあの衝動だ。
前世の俺ならば、夕食の後に食べてしまえば体重増加一直線なので控えたことであろう。
しかし、今の俺の肉体年齢は七歳。多少の無茶は若さでどうにでもできるので、躊躇う必要はなく厨房に向かうことにした。
夜の厨房にやってくると、バルトロが明日の料理の仕込みをやっているようだ。
「こんな時間まで働いているなんてバルトロは偉いね」
「……なんだ急に。それより、こんな時間にどうした?」
その急な話題の転換は、気恥ずかしさからきているものだろう。
これがこのおじさんの可愛らしいポイントだ。需要があるかは知らないけど。
「ちょっと甘いものが食べたくなっちゃって。お菓子でも作ろうかなって」
「こんな時間にお菓子なんて食べたら――まあ、坊主の年齢なら気にすることじゃねえか」
あっ、さっきの俺と同じようなことを言っているバルトロ。無理もない、精神年齢的に考えると歳は近いからな。
「というわけで、ちょっと厨房を借りていい?」
「ああ、いいぜ」
厨房の主であるバルトロの許可もとれたので、遠慮なく使わせてもらうことに。
俺はミーナやサーラのような生粋の甘党ではない。
おやつの時間に食べるお菓子ならともかく、今は夕食後なのであまり重いものは食べたくない。
サラッと作れて、サラッと食べられるものがいい。
「うん、パンケーキかな」
そんな俺の欲望にピッタリなものはパンケーキだ。それもイギリスの家庭料理のような薄いやつだ。
あれならすぐに作れるし、ちょうどいい甘さにできる。果物と一緒に食べるとあっさりと食べられるし。
薄力粉と塩、卵、牛乳をボウルに入れてかき混ぜる。
それだけで元になる生地の完成だ。
後は油の敷いたフライパンでそれを焼いていくだけ。すごく簡単だ。
本人にやる気さえあればエリノラ姉さんでもできるんじゃないだろうか。
もったりとした厚みのあるパンケーキを作るつもりはないので、薄く大きく広げていく。
フライパンを傾けて綺麗な形を作り、十秒くらいでへらを差し込んでみる。
軽く覗いてみると、もう焼き色がついていたのでひっくり返す。
そして、同じように裏面も十秒くらい焼いたら完成だ。
それをお皿に盛り付ける。そのまま平べったいのも美しくないので、折りたたんでクレープのようにしてみた。
こうやるだけですごくお洒落なお菓子に見えるから満足感も違う。
後はそこにレモンをかけ、軽く砂糖をまぶす。お好みで蜂蜜なんかもかけていいが、素朴な甘みがほしいので今回は遠慮して、ドライフルーツにしておこう。
「よし、完成!」
「もうできたのか? 早いな!」
盛り付けられたパンケーキを見て、バルトロが驚きの声を上げる。
「簡単ですぐにできるのがいいからね。バルトロも食べる? 砂糖はあんまり使ってないし、夜に少し食べてもあんまり太らないと思うよ?」
「おう、じゃあ頼むわ」
俺のそんな売り文句に負けたのか、バルトロがしっかりと頷いた。
クッキーや揚げパン、パフェに比べれば、このパンケーキのカロリーは微々たるものだからな。
バルトロの分も同じように焼き上げて、お皿に盛り付ける。
「後はバルトロが自由にトッピングしていいよ」
「おお、パフェと一緒でミーナが喜びそうだな」
ミーナの名前だけを出して嬉しそうに笑うバルトロ。
そこで何故ミーナの名前が一番に出るのかと突っ込むのは野暮というものだろう。
バルトロはご機嫌そうに少しの砂糖とレモンをまぶし、俺と同じようにドライフルーツを盛り付けた。
やはり、同じ精神年齢のせいか嗜好も似通ってしまうのだろうな。
わざわざ自室やダイニングに行くのも面倒なので、厨房にある椅子を使ってその場で食べることにする。
ナイフでパンケーキを切り分けて、フォークで口に運ぶ。
洗練された甘味ではなく、どこの家庭でも再現できる素朴な甘み。
だけど、それが心地よかった。
ラズールの香辛料に揉みに揉まれた俺の舌が、癒されていくのを感じる。
バルトロもパンケーキを食べて、どこかホッとしているようだ。
「派手な甘さはねえがいい味だな。俺はこういうお菓子の方が好きだ」
「家庭的な味が出てるね」
「はは、坊主はいい嫁になるな」
「えー、どちらかというと俺は作ってもらいたい派だよ」
作るのも嫌いではないけど、その方が楽だし。
欲を言うならば養ってもらいたい。
「……坊主より美味い飯を作るとなると、そこいらにいる令嬢では無理そうだけどな」
「美味しくなくてもいいんだよ。そこに優しさがあれば」
「じゃあ、今度嬢ちゃんに作ってもらうか?」
「……いや、やっぱり美味しさは大事」
エリノラ姉さんが焦がしたお菓子を想像して、すぐに俺は発言を撤回した。
優しさや愛情も大事だけど美味しさも大事だと思う。
素朴なお菓子でほっこりとしたからか、俺とバルトロのそんなくだらない会話が続く。
「さて、坊主。そろそろ追加で作るか」
「そうだね。いつ突入してくるかわからないし」
いつからだろうか。ふと気が付くと入り口から覗き込む、エルナ母さんとメイド達がいた。
パンケーキの匂いをどこからともなく嗅ぎ付けたのだろう。
間違いなく所望するだろう人達のために、俺とバルトロは追加でパンケーキを作ることにした。
新作はじめました!
『異世界ゆるり農家生活』
植物神の加護を得た主人公が異世界で樹海を開拓するスローライフです。
https://ncode.syosetu.com/n7408gf/
下記にワンクリックでとべるリンクもあります↓




