厨房でサイキック
「あれ? アル、お部屋に行かないの?」
俺の部屋がある二階に向かわないからか、ラーちゃんが首を傾げる。
「まずは部屋で快適な時間を過ごすために必要な物を取りに行くんだ」
「必要な物?」
「人間、生きているだけで喉が渇き、お腹が空くでしょ?」
俺が問いかけるとラーちゃんはしばらく考えた後、気が付いたように目を見開いた。
「もしかして、ジュースとお菓子!」
「そういうこと」
これらのアイテムはのんびりとした時間を、より彩ってくれる大切なもの。
物事には入念な準備が必要で、これができるかできないかで時間の密度というものが変わるのだ。
にしても、ラーちゃんもわかっているじゃないか。これに気付くことができるなら、快適なスローライフを送る才能は十分にあるといっていいだろう。
「でも、今回は魔法の修行だから普通に貰いに行きはしないよ」
「じゃあ、どうするの?」
「料理人であるバルトロにバレないようにサイキックを使うんだ」
「なにそれ! 面白そう!」
目を輝かせるラーちゃんと顔を見事にしかめるロレッタの顔が対称的だった。
「でしょ? やっぱり、魔法はドンドン使っていくのが一番の上達だからね」
「そ、そうなのでしょうか?」
ロレッタが首を傾げるが、少なくとも俺はそうだった。
なんて会話をしながら歩いていると、俺達は厨房へたどり着く。
厨房を覗き込むとバルトロは料理をしているようだった。
恐らくうちのメイドや、アレイシアが連れてきた使用人のまかないを作っているのだろう。
厨房には香ばしい匂いが漂っている。
いつもなら三人程度で済むからすぐにできるが、今のスロウレット家は一時的に使用人が多くなっているのでバルトロは大変だ。
忙しなく厨房を動き回って、フライパンで炒めている具材をかき混ぜたり、野菜の下処理を行っている。
「……アル、何をとればいいの?」
まさに真剣な空気が厨房に漂っているにも拘わらず、ラーちゃんは物怖じすることなくワクワクとした顔で尋ねてくる。
中々の胆力だ。
「冷蔵庫の中にあるリブラのジュース。食器棚の上にあるクッキーの入った箱は欲しい」
「あの二つだね」
獲物を見定めるような目で頷くラーちゃん。
中でも難しいのは冷蔵庫の中にあるジュースを取ることだろう。
まず、サイキックで扉を開けるというのが第一の関門だ。
ただ開けるならば簡単だが、バルトロにバレないように速やかに開ける必要がある。加減を間違ってしまえばパタンと閉じる音が鳴ってしまうので注意いる。
次に第二の関門は中にあるジュースの入ったボトルを取り出すこと。
冷蔵庫の中ではボトルが倒れて零れないような仕組みになっているので、若干角度をつけるというコントロールが要求される。
これらをバルトロに気付かれないうちに速やかにこなすことが大事だ。
「まずは俺がお手歩を見せるね」
俺はバルトロがフライパンに夢中になっている隙に食器棚へサイキックをかける。
すると、食器棚の扉が音もなく開いてジュースを入れるためにコップが二つ、クッキーを入れるための皿を一つ取り出した。
音もなく食器棚の扉を閉めると、バルトロの視界に入らないように操作してこちらに持ってくる。
「ま、魔法技術の無駄遣い……」
「すごい、アル!」
「まあ、こんな感じさ。難しいと思うけどやってみて。仮に失敗して見つかっても、バルトロは怒ったりしないから」
「わかった!」
ラーちゃんはしっかりと頷くと、厨房内へと静かに目線を向ける。
そうだ。まずはバルトロの動きを把握することが大事だ。
さすがに料理をやったことがないであろうラーちゃんが、バルトロが次に起こすであろう工程を予測することは難しいが見ているだけで何となくわかる部分はある。
「…………」
魔法のことになると無邪気な表情は潜め、四歳とは思えない真剣な表情になっているな。
凄まじい集中力だ。
そうやってバルトロを観察すること三分。
ラーちゃんがゆっくりと右手を冷蔵庫にかざした。
「『我は求める 意思に従い 念動せよ サイキック!』」
小声で詠唱すると冷蔵庫に魔力が宿り、扉がゆっくりと開かれた。
バルトロはフライパンで炒めた料理をお皿に盛り付けるのに夢中で気が付いていない。
音もなく静かに開けることが成功したからだろう。
ラーちゃんはそのまま第二段階であるジュースのボトルへ移行する。
冷蔵庫の中にあるボトルを斜めに取り出すのが難しいからか、少し苦戦しているようだ。
冷蔵庫から微かにボトルが擦れるような音がするが、バルトロはまだ気づいていない。
ラーちゃんは表情を少し険しくしながらも、何とかサイキックでボトルを取り出そうとする。
この微妙な操作が難しいんだよな。だけど、魔法の精密性はこういうところで練習していくのが一番の上達だと思う。
「やった!」
見守っていると何度かボトルを擦らせながらもラーちゃんはボトルを取り出すことに成功した。
しかし、その瞬間に料理の盛り付けが終わってしまい、バルトロが冷蔵庫を視界に入れてしまう。
そのことがわかった俺は即座にサイキックを発動、ラーちゃんのものを魔力で上書きして、ボトルをしまって冷蔵庫の扉を閉めた。
「……アル?」
「ごめんよ、ラーちゃん。でも、バルトロにバレるところだったからさ」
ラーちゃんが信じられないとばかりに視線を向けてくるが、これはバレずにやるというのが肝なのだ。
「そっか。ゆっくりしてちゃダメだもんね。わかった。次はアルみたいにもっと速くやる」
そのことを説明すると、ラーちゃんは趣旨を理解してくれたのかめげずに意気込んだ。
俺が高速で操作する技術を見せたこともよかったらしい。
こんな風に魔法で張り合ってくれたのはアリューシャやイリヤ以来なので懐かしいな。
「『我は求める 意思に従い 念動せよ サイキック!』」
感慨深く思っていると、ラーちゃんがもう一度サイキックを発動してチャレンジ。
バルトロが新たな食材を炒めている隙に冷蔵庫の扉を開いて、再びボトルを取り出そうとする。
少し苦戦しながらも先程よりも速くボトルを取り出すことに成功した。
しかし、バルトロがそこで予想外の行動を見せる。
「……もうちょっと調味料を足してみるか?」
フライパンを動かしていたバルトロが思いついたように冷蔵庫の近くにある調味料を取りに動いたのだ。
料理をしている時、不意にひと手間を加えて変化を出したくなるあるある病だ。
冷蔵庫を開いていたラーちゃんは、すぐに反応してサイキックでボトルを冷蔵庫の裏に退避させて扉も閉めた。
しかし、焦りでコントロールが乱れたせいか、冷蔵庫がパタンと音を立ててしまう。
「うん?」
自分しかいない厨房で冷蔵庫の音がすれば気になってしまうもの。
バルトロが訝しげな声を上げて冷蔵庫に視線を向ける。
ラーちゃんは顔に緊張感を漂わせている。バレないように祈っているようであるが、それでは甘い。
相手の意識が注目しているなら、別の場所に逸らせばいいのだ。
俺はサイキックを発動して調理台にある小さじスプーンを落としてやる。
金属質の物を落ちる音が響き渡って、バルトロの意識が完全に逸れた。
「あー、端っこに置くんじゃなかったな」
バルトロは調味料を手に取ると、面倒くさそうに小さじスプーンを拾い上げて洗い始めた。
「ほら、今のうちのこっちに引き寄せて、クッキーも取っちゃお」
「う、うん」
そう声をかけると、緊張していたラーちゃんが動き出し、食器棚のクッキー箱と一緒にジュースのボトルを引き寄せた。
必要なものを手に入れた俺たちは速やかに退避。
「どうだった?」
「すっごく、楽しかった! それに魔法の練習にもなる!」
厨房から離れて尋ねると、ラーちゃんが興奮した様子で言った。
「でしょ? おうちに戻ったら、やってみるといいよ」
「うん、やる!」
「う、うーん、お付きとして止めるべきなのでしょうか? ですが、魔法の練習となると何とも……」
俺とラーちゃんがなんて会話をしている傍で、ロレッタは悩ましそうに呟いていた。




