堕落の極み
サイキックで見事にジュースとお菓子を獲得したので俺の部屋へと移動した。
「何か読みたい本はある?」
まったり読書をすることが目標なので、ラーちゃんを本棚に連れて選ばせてみる。
ラーちゃんは棚にある本をじーっと眺めた。
「アルのオススメはある?」
「『サーボリーの日常』とかどうかな? のんびり過ごす時の考え方とか、物事のサボり方が書かれていてとても参考になるよ。ラーちゃんなら習い事やお茶会をサボるために使えそうな口実がいくつかあったり……」
「読む!」
具体的に使えそうな例を提示してみると、ラーちゃんが食いついた。
「あ、あの、あまり変な本をラーナ様に読ませるのは……」
「変な本とは失礼な」
まるで俺がラーちゃんに変な知識を植え付けようとしているかのようではないか。
「私、これ読む!」
「どうしてよりによってそのような書物に興味を示すのです!? ほら、こちらにダンフリーの冒険シリーズがありますよ! 王都でも人気の冒険物で――」
「サーボリーがいい!」
ロレッタが必死になってプレゼンをするが、ラーちゃんの意志は既に固いらしくサーボリーの日常を抱きしめていた。
そんなラーちゃんを見てロレッタが愕然とする。
「普段は読書に微塵も興味を示さないのに……」
「子供が本に興味を示すことは難しいからね。これを好きになってもらう機会として捉えたらどう?」
たとえ、ちょっと邪な気持ちがあろうとも本に興味が向くのはいいことだ。
小さな頃から本を読むと論理的な思考や、情報の取捨選択ができるようになるからな。
価値観や知識を深める意味でも本を読むのは悪いことではない。
サーボリーは著者自身が長々と文章を書くのを面倒くさがったからか、非常に文章も短く、読みやすいのでラーちゃんでも読めるだろう。
「そ、そうですね。本嫌いのラーナ様が興味を示す入り口となってくれれば……あくまで入り口に」
俺の意見に同意できるのかロレッタは渋々ながらも許してくれた。
「好きな場所で読んでくれてもいいよ」
「じゃあ、カーペットの上で寝ながら読むー」
「いいね。スライム枕をクッションにしちゃおうか」
ラーちゃんがカーペットの上に座ったので、俺は傍にあったスライム枕を渡す。
「ふにふにー」
渡されたスライム枕を手で触って遊ぶラーちゃん。
既にラーちゃんはスライム枕に対する見事な順応を示しているので特に問題はない。
クッションを使うなら変幻自在のスライムが一番だ。
俺は氷魔法でスライム枕の硬度を変えると、頭に敷いて寝転ぶ。
すると、ラーちゃんが俺の真似をするようにスライム枕を敷いて寝転ぶ。
その際、ツインテールの片方が俺の顔にかかった。
さらりとした髪の毛はとても肌触りがよく、いい香りがしたがちょっとくすぐったい。
「あっ、ごめんね」
「いいよ」
俺の顔に髪がかかっていたことに気付いたのか、ラーちゃんが手で手繰り寄せた。
あれだけ髪の毛が長かったら毎日の手入れが大変だろうな。洗うのは勿論、乾かすのにどれだけの時間がかかることか。
長い髪の毛を維持している女性は、それだけで尊敬に値するね。
ちなみに俺は髪を伸ばすほど癖が強く出るし、乾かすのが面倒なので伸ばさない。
「アルは何の本を読むの?」
「ダンフリーの冒険かな。新刊が出ていたから」
ダンフリーの冒険はシリーズ作だ。様々な国や島での冒険を主に描かれている。
基本的に描写されるものは実在している模様なので、読んでいるだけで見聞にもなる。
「面白い?」
ラーちゃんがそう尋ねると、ロレッタから無言の圧力がかけられる。
面白いと言って、他の本にも興味を持たせろということだろう。
「色々な土地のことを知れて面白いよ」
「ふーん」
しかし、今はそれほど興味がないのかラーちゃんは、仰向けになってサーボリーの日常を読み始めた。
それを見て、俺も魔法を教えようとするが気になることがある。
すぐ傍で控えているロレッタだ。
「……ロレッタもどこかに座れば?」
「いえ、私はメイドとして控えておく義務がありますから」
「そうやって傍で見下ろされると落ち着かないんだけど……」
生憎と俺の部屋はそこまで広いものでもない。
端っこで控えようにも中心で寝ころんでいる俺からすれば、見張られているような気しかしない。
「そういうことであれば、少し腰を下ろさせて頂きます」
俺の要望を聞き入れてくれたのか、ロレッタが丁寧に膝をついた。
しかし、彼女は俺たちが持ってきたボトルを持ち上げて、コップに注ごうとし始める。
「ちょっと待って。魔法の練習で使うから給仕はしないで」
「は、はぁ……」
そう言うと、ロレッタは微妙な表情を浮かべながら大人しく座ってくれた。
ようやく室内が落ち着いてくれたな。これでゆっくりと魔法の練習をしながら本を読める。
「さて、ラーちゃん。本を読む時も魔法の練習だよ」
「どうするの?」
「本を手で持つと腕が疲れるでしょ? だから、サイキックで固定するんだ」
そう言って俺はサイキックで本を浮かせて読書をする。
「ほら、こうすれば手で支えたりしないから腕が疲れないでしょ? ページもサイキックでめくってやれば視線を動かすだけで本が読めるんだ」
「本当だ! アル、頭いい! 私もやる!」
感動したラーちゃんはすぐにサイキックを使って同じように読書を始める。
しばらくは楽しそうにしていたラーちゃんであるが、ページをめくるとなると少し苦戦する。
「むぅ、ページを一枚だけめくるって難しい」
「薄いページ一枚だけに魔力を纏わせることが大事だよ。大まかに設定すると、他のページも一緒にめくれちゃうから」
「できた! けど、ちょっと時間かかる」
「その辺りは慣れだね。何回も繰り返せば意識しなくてもできるようになるよ」
「わかった!」
ラーちゃんはそう返事すると、本の世界に没頭していく。
薄い紙一枚だけに魔力を浸透させるのは結構難しいというのに、こうも早く形にしてくるとは。さすがはシェルカの妹であり、魔法貴族の令嬢だな。
■
「喉乾いた」
サイキック読書をして十五分くらい経過しただろうか。
ラーちゃんが立ち上がって、ロレッタのところに向かおうとする。
「ダメだよ、ラーちゃん。それじゃあ、サイキックを使える意味がない」
「ええ?」
ラーちゃんはまだサイキックの極意をわかっていないようだ。
きょとんとした顔をするラーちゃんに俺は厳かな声で告げる。
「サイキックの究極的な使い方は部屋から一歩も動かないこと。サイキックさえあれば、誰かに頼んで動いてもらうこともなく、最小の動きですぐにやりたいことはできるんだ」
俺はむくりと上体を起こして、テーブルの上に置いているボトルとコップにサイキックをかける。
ボトルの蓋を開けて、そのままコップに注いで、こちらまで引き寄せる。
そして、俺はリブラのジュースで喉を潤わせた。
「ほら、こうすれば一歩も動くことなく、好きなタイミングで気遣うことなく飲むことができる」
「なるほど!」
この素晴らしさに感銘を受けたのか、ラーちゃんはわざわざこっちに戻ってきて、座りながらサイキックを発動。
そして、俺と同じようにボトルを傾けて、コップにジュースを入れて手元に引き寄せた。
さらにクッキーの蓋を開けて、空いていたお皿に盛り付けて引き寄せる。
一歩も動かずして目の前に揃ったジュースとお菓子。
「どう? サイキックって最高でしょ?」
「最高!」
俺の言葉にラーちゃんは最高の笑顔で頷いてくれた。
よかった。ラーちゃんもサイキックの素晴らしさに気付いてくれたようだ。
「寝ながらジュースを飲むのは零す危険性が高いけど、クッキー程度なら手で掴まずにサイキックで口に運ぶこともできるしね」
俺はうつ伏せになりながらサイキックで本を読み、並行してクッキーを操作して口に運ばせる。
俺がするのは視線を移動させるのと咀嚼するだけだ。
「私もやるー!」
そして、素晴らしい生徒であるラーナ氏も俺の真似をした。
「だ、堕落の極み……」
俺たちのパーフェクトな過ごし方を見て、何故かロレッタが失礼な物言いをした。
「アルが最初に言ってくれたことがわかった! 魔法っていうのは面倒くさいを楽にするためのものなんだね!」
「その通り」
さすがはラーちゃん。この短時間で俺が言ったことの真意を理解してくれたようだ。
それさえ、理解してくれればこの先ラーちゃんが面倒くさいと思うことは減るだろう。それに伴い、魔法も上達していく。素晴らしいことこの上ないな。
「言ってることは正しいような気がしますけど間違ってもいるような……ああ、シェルカ様や当主様になんてご説明すればいいのか……」
俺はラーちゃんと一緒に魔法で遊んだだけ。それ以上でもそれ以下でもないよ。
まったく、ロレッタは大袈裟だな。後で変な報告はしないように釘を刺しておこう。




