ウサギと戯れる
スローライフ7巻は4月25日発売! コミック3巻は5月発売予定です!
ラーちゃんとハンカチによる小魚すくいをした後。
俺達は小川の先にある平原へと向かっていた。
その道すがら、俺はちょっと気になっていたことがあったので声をかける。
「ねえ、メイドさん」
俺が声をかけると、アレイシアに付き従っているメイドと、ラーちゃんのメイドが反応する。
そして、おずおずとラーちゃんの傍にいるメイドさんが尋ねてきた。
「……えっと、多分私を呼んでいるのですよね?」
「ああ、うん。そう言えば、名前を聞いていなかったから二人共聞いてもいい?」
名前で呼ばないと、どちらかを呼びたい時に不便だ。
「ラーナ様のメイドをしております、ロレッタといいます」
「……リムと申します」
ラーちゃんのメイドが名乗ると、アレイシアに付き従っているメイドもぽつりと名乗る。
「ロレッタさんに、リムさんだね。今度から名前で呼ぶことにするよ」
「それで私にお聞きしたいこととは何でしょうか?」
「今日はあのおっかないメイドさんはいないの?」
あれだ、あれ。ブラムをお米様抱っこして持ち帰ったり、パンツを見られたら引っ叩けばいいなどと過激な発言をしていた綺麗だけどちょっと近付き難い感じのメイドさん。
名前で呼ばれている様子がなかったので、名前が出てこない。
えーっと……。
「ああ、リベラさんはシェルカお嬢様のおられる魔法学園で護衛をしているのでいませんよ」
アレイシアがちょっと言っていた魔法祭とやらに行っているのか。
というか、名前が出てこないので特徴を言おうとしたが、すんなりと答えが返ってきたのが驚きだ。
やはり、俺とエリック以外でもそう思うんだな。
「へえ、おっかないメイドさんってだけで通じるんだ」
「通じていたな」
「あっ! こ、このことはどうか、リベラさんには内緒にしてくださると助かります!」
俺とエリックが指摘すると、ロレッタはハッと我に返って顔を青くした。
「えー、どうしようかな?」
「どうしよっかなー?」
俺が腕を組んで渋ってみせると、ラーちゃんも面白がって渋ってみせる。
俺の真似をして腕を組んでいるのがとても可愛らしい。
「うう、どうか……」
なんだか、ロレッタが真剣な眼差しで訴えかけている。
そこまで本気で懇願されるって、リベラさんはどれだけ怖いというのか。
ロレッタの本気度合いが伝わってきて罪悪感が出てきた。他所の家のメイドさんをいじめるのは良くないな。
「まあ、俺は早々関わることもないから大丈夫だよ」
「私も言わないよ。多分」
「ラーナ様、その最後に付いている言葉がすごく不安なのですが……」
とりあえず、リベラさんがヤバいってことはわかった。今後もシェルカ共々、不用意に近付かないようにしよう。
「そういえば、屋敷でも話していましたけど魔法祭ってどんなものなんですか?」
「なんだお前、観に行ったことがないのか?」
アレイシアに尋ねたのに、エリックがしゃしゃり出て小バカにしてくる。
「だって、王都にある魔法学園でやる祭りでしょ? 遠いじゃん」
どのような祭りか知らないが、さすがに王都まで行って見に行こうとは思わない。
今では転移で気軽に行ける場所となったが、今日まで存在を知らなかったしな。
「ふふ、スロウレット家の引きこもり体質は相変わらずね」
俺だけじゃなく、他の皆もあまり領地から出て行かないもんな。
一応、必要最低限の行事や交流はノルド父さんやシルヴィオ兄さんがやってくれてはいるが、それでも積極的に出るわけでもない。
まあ、王都の場合は単純に遠いだけでなく、ノルド父さんとエルナ母さんの人気が凄すぎて疲れるということもあるだろうけど。
「魔法祭は、魔法学園が毎年行うお祭りよ。数日間にわたって、生徒達が日頃の成果を発揮するべく様々な魔法競技に出場したり、研究成果を発表したりするわ」
へー、簡単に言うと、前世でいう体育祭と文化祭を混ぜたような感じだろう。
「お姉ちゃんは、首席だからいっぱい競技出るんだよ!」
「へえ、やっぱりシェルカは凄いんだね」
姉の活躍を観に行かなくていいのかと一瞬思ったのだが、それがあると知りながら遊びにきてくれたのだ。そんな言葉は無用であろう。
にしても、八歳で飛び級をしていながら学年首席か。王都で魔法を放ちながら追いかけてきたあの技量は伊達ではないのだな。
「フン、他人事のように言ってはいるが、いずれはお前も通る道だろう?」
「え? どういうこと?」
ボンヤリと考えていると、エリックが意味のわからないことを言ってくる。
さっきの話の流れで、どうして今のような言葉が出てきたというのだろうか。
「どういうことも何も。いずれはお前も魔法学園に入学するのであろう?」
「いや、しないよ」
「ええっ!?」
「なぬっ!?」
俺がきっぱりと告げると、エリックとラーちゃんが驚きの声を上げる。
それだけでなくアレイシアまでも目を丸くしているようだった。
「お前、それだけ魔法が得意なのに魔法学園に入学しないのか?」
エリックの絞り出すかのような言葉を聞いて、俺はため息を吐く。
「なんで魔法ができる=魔法学園への入学なのさ。別に魔法が使えるからといって、学園に通う義務も必要もないじゃん」
魔法が得意だから、剣が得意だからといって必ずしもその道に進む必要はないだろう。
その人にとって、得意なことや好きなことが最終的な目的であれば、近道になる場所に行けばいいと思うが、別に俺は偉い魔法使いになることや研究者になることを目指してはいないからな。
コリアット村でのんびりしたいだけなので、学園になど通う必要はない。
「まあ、それはそうだが……」
「えー、アルは魔法学園に行かないの?」
「うーん、ごめんね。今のところ行くつもりはないかな」
ラーちゃんがこちらを見上げながら残念そうにするが、こればかりは譲れないものだから。
◆
皆で何てことのない会話をしながら歩くことしばらく。
俺達は平原にたどり着いた。
「うわー、緑がいっぱいで綺麗!」
「ここまで綺麗な平原は中々ないだろうな」
平原を眺めながらラーちゃんとエリックが感嘆の声を漏らす。
ラーちゃんは領地が王都付近だし、エリックも領地は海辺だ。二人にとって広大な平原というのはあまり身近なものではないのだろう。
広さでいえば屋敷の近くの平原の方がいいのだが、ウサギなどの生き物が生息しているのは、こちらの平原。
周囲が森に囲まれているので、たまに野生のシカなども紛れ込んだりもする。
遠くからこちらに向かって風が吹き、草原の葉が波打って潮騒のような音を上げる。
「気持ちのいい風ね」
「うん!」
風を浴びて気持ちよさそうに瞳を細めるアレイシアとラーちゃん。
アレイシアの紅髪とラーちゃんの金糸のようなツインテールがなびいて、空中に軌跡を描いているようでとても綺麗だな。
「確かこの村には海がないのだったな?」
「うん、川はあるけど俺の領地に海はないよ」
「潮の匂いがしない風というのは、どこか落ち着かないが悪くない」
腕を組んで耳を澄ませるように風を感じるエリック。
草原の葉音を聞いているようだ。
波の音もいいものだが、草木の葉音もまたいいものだと思う。
しばらく並んでぼんやりと風を感じていると、ラーちゃんが腕の裾を引っ張ってくる。
「ねえ、アル。ウサギさんは?」
「そういえば、ウサギがいるって聞いたわね。どこにいるのかしら?」
まあ、四歳児のラーちゃんからすれば、草原をボーっと眺めるよりもウサギと触れ合う方が楽しいだろうしな。
「多分いると思うよ。付いてきて」
アレイシアもどことなくワクワクしている様子なので、草原鑑賞は切り上げて皆で歩き出す。
脛ほどの高さのある草を踏みしめながら奥に進んでいくと、地面に小さな穴が空いている。
そこには俺がここに立ち寄った時に、たまに可愛がっているウサギがいるのだ。
穴にゆっくりと近寄ると、屈み込んで手を叩く。
すると、穴の中から茶色い毛皮をしたウサギがひょっこりと顔を出した。
「うわぁ! ウサギさんだぁ!」
しかし、ラーちゃんが興奮の声を上げてしまったからか、ウサギが驚いて穴に戻ってしまう。
「あぁ……」
「人懐っこい方だけど急に大きな声をあげると驚いちゃうから静かにね」
こくりと静かに頷くラーちゃんを見てから、もう一度手を叩く。
穴の中を覗いてみると確かにいるのだが、知らない人がいるからか警戒しているようだ。
「おーい、おいで。怖くないよ」
声をかけながらポケットからニンジンを差し出してチラつかせると、ウサギはピクリと反応してやってきた。
食事をチラつかせると簡単に反応するところが、どことなくミーナに似ているな。
穴の外で待機しながら持っていると、ウサギはおずおずと穴から出てきた。
鼻をスンスンと鳴らしながらニンジンを食べていくウサギ。
俺はウサギを安心させるように撫でながら、ニンジンを与え続ける。
「撫でていい?」
静かな声で尋ねてくるラーちゃんの声に頷くと、ゆっくりと小さな手を差し出す。
そして、ウサギの柔らかな背中の毛を撫でると、感激したような表情を浮かべた。
ウサギの毛皮って柔らかいもんな。
「私もいいかしら?」
「俺も」
「ちょっと待ってね。広いところに行くから」
さすがに穴の前で可愛がるには限界があるからな。
俺はウサギを持ち上げると、柔らかな草原の方に移動。
そこに座り込んで、そっとウサギを置いてあげた。
ウサギは餌がもらえると理解しているからか、特に逃げる様子はない。
俺がニンジンを与える隙に、ラーちゃんやアレイシア、エリックが手を差し伸べて撫でる。
「お、おお」
「あら、いい毛皮ね」
ウサギを撫でて感嘆の声を漏らすエリックとアレイシア。
しかし、不思議だ。アレイシアがそう言うと、商品としての毛皮を品評しているように思えてしまう。
「どうしたの?」
俺の視線を感じたのか、アレイシアがウサギを撫でながら尋ねてくる。
さすがに先程の失礼なことを言うわけにもいかない。
「いえ、アレイシア様でも、こうやって動物と触れ合うんだなーって思いまして」
「普段は触らないというか、王都にいることが多いから触れないってことが大きいわね。令嬢との交流になると、どうしてもお茶会みたいなお喋りすることが多いの。だから今、貴重な体験ができて私は嬉しいわよ?」
へー、高貴な令嬢だと動物に触るのは苦手そうなイメージがあったのだが、アレイシアからすればそうでもないようだ。むしろ、さっきから積極的だな。
ずっと他所の令嬢とお茶会って、優美な生活をしているイメージがあるが、アレイシアも意外と大変な生活をしているのかもな。
「このモフモフは中々いい……あぁっ」
「あら、手が当たったわね。ごめんなさい」
「い、いえ」
エリックは違う意味で幸せを堪能しているようだった。
……気持ちはわかるけど、手が当たっただけで意識しているとキリがないからな。




