ブラム来訪
「ねえ、アル。お外見たい!」
転移による目撃情報から見事に話題を逸らして会話していると、ラーちゃんが唐突に言い出した。
「ん? 外って庭のこと?」
「村! なんか色々してて楽しそうだった!」
あー、なるほど。ここにくるまでに馬車で村を通っているからな。今日は収穫祭の前日、
明日の準備に向けて屋台を並べたり色々しているだろうからな。
それが楽しそうなものに思えたのだろう。
「しかし、ラーナ様。長旅の疲れもありますので、今日は屋敷でお休みになられたほうが……」
「全然疲れてないもん!」
そうは言うが、ラーちゃんは四歳。
王都から一週間もの旅をしてここまでたどり着いたのだ。強がってそう言い張るが、身体は疲労を感じているはずだ。
村まで向かって遊んだりするのは、少ししんどいだろう。
「村には収穫祭で明日行くから、今日は違うところを回ってみない? 近くに綺麗な小川とかウサギさんのいる広い平原とかあるよ」
「ウサギさん!? 行く行く!」
俺が近場のいいところを提案してみると、ラーちゃんは見事に食いついた。
これなら問題ないだろうか? それとなく視線でラーちゃんのメイドさんに確認を入れると、目礼で感謝された。
どうやらこれであれば問題ないようだ。
ラーちゃんを無理矢理押さえつけるより、近くで代案を出して好奇心を発散させてあげたほうがいいだろう。屋敷の傍なら疲れてもすぐに帰ることができるし。
「それじゃあ、お散歩しようか。エリックもくる?」
「俺はここで休んで――」
「エリックいこ!」
「いや、俺はここで休んでいるから二人でだな」
「エリックも!」
「……わかった」
断りを入れようとしたエリックであるが、ラーちゃんに強く誘われて頷いた。
こいつも案外年下には弱いところがあるな。ルーナさんに似ている。
さて、これでメンバーは揃ったな。
「コリアット村は自然豊かだと聞くし楽しみだわ」
三人で歩き出そうとしたら、唐突にアレイシアもやってくる。
あれ? ついさっきまでエーガルさんと会話をしていたように思ったのだが、いつから聞いていたのだろうか。まるで最初からずっと傍にいたかのように自然に混ざってきた。
後ろにはしれっと黒髪のメイドさんもついてきている。
「アレイシア様も来るのですか?」
「ええ、少し外の空気が吸いたくなって。私も連れて行ってくれると嬉しいわ」
「是非とも! おい、アルフリート案内しろ」
何故に領地について知っているわけでもないエリックが、勝手に返事をするというのか。
まあ、散歩するだけなので別にいいけど。
「エリノラ姉さん達はどうする?」
「んー、あたし達はここにいるわ」
ルーナさんもいるので念のために尋ねてみると、エリノラ姉さんが代表するような形で答えた。特にルーナさんもシルヴィオ兄さんも依存はなさそうだな。
俺はノルド父さんに散歩してくることを伝えて、皆で玄関に向かう。
スリッパから外口に履き替えるのだが、そこでラーちゃんが動きを止めた。
あれ程外に出たがっていたのだが、どうしたのだろう? もしかして、急に疲れが出てきたとか?
「どうしたの、ラーちゃん?」
「これ、外でも履いちゃダメ?」
履いているスリッパを眺めながら尋ねてくるラーちゃん。
どうやら、ラーちゃんはゲコ太スリッパを気に入ってくれたらしく、脱ぎたくないと思ってくれたようだ。
くっ、何ていい子なのだろうか。俺の作ったゲコ太スリッパにそこまで深い愛を注いでくれるだなんて。
二つ返事で許可しそうになるが、それではスリッパがダメになるし散歩には向かないからな。
「残念だけど屋敷の中だけで履くものだから。また戻ってきたら履けるよ。それはラーちゃん専用だから」
「……わかった。また後でね。ゲコ太」
俺が優しく言い聞かせると、ラーちゃんは素直にゲコ太スリッパを脱いで、小さく手を振った。
今度、靴屋さんに頼んでゲコ太シューズとか作ってもらおうかな。そうすれば、外でもラーちゃんはゲコ太と一緒だ。頼んでみる価値は十分にあるな。
全員が外靴に履き替えたところで俺はサイキックで屋敷の扉を開ける。
「ふぎゅっ!?」
すると、扉の向こう側で何か押し潰れるような声が聞こえた。
サイキックで扉を動かすのをやめて、おそるおそる顔を出すとそこにはミーナが尻餅をついていた。
痛そうにお尻を押さえるミーナを見て、俺はどういうことが起こったのかすぐに理解した。
「アルフリート様、人通りの多い扉を魔法で開けるのはやめてください~」
「ごめん。こんなことあるんだ」
俺が内側からサイキックで扉を開けると同時に、外にいたミーナも扉を開けようとしていたんだな。なんと間が悪いのだろう。こういうケースは初めてだ。
「ああ! 駄メイド!」
「ちょ、ちょっとラーナ様!?」
「誰ですか! 人のことを駄メイド呼ばわりする失礼な人は!」
お尻を強打したあげく駄メイド呼ばわりされたからだろう。ミーナが顔を上げて強気な発言をする。
しかし、その失礼な発言をしたのは貴族の中でも最高位に属する公爵令嬢のラーちゃんなわけで。
ミーナもそのことに気付いたのか、顔をサッと青くした。
「ラーちゃ……じゃなくて、ラーナ様!?」
「私、失礼?」
「いえ、失礼なんかじゃありませんよ! 合っています! 私は駄メイドのミーナです!」
これまで駄メイド呼ばわりされると形だけは否定をしてきたミーナであるが、さすがに権力には敵わなかったのか、遂にこの瞬間自らを駄メイドであることを認めた。
「だよね、駄メイド!」
「はい! でも、ミーナおねえちゃんって呼んでもらえるともっと嬉しいなーなんて」
「駄メイド!」
ミーナがそれとなく頼むが、屈託なく答えるラーちゃんを見て肩を落とした。
もはや、ラーちゃんの中では駄メイドの名前で決定しているらしく、修正されることはないようだ。
「ラーナ様、屋敷でも一時期そのようなことを言っていましたけど、どこでそんな言葉を覚えたのですか?」
「え? アルが言ってたよ」
ラーちゃんがそう言った瞬間、メイドさんがこちらを振り向いた。
俺は視線から逃れるように前を向く。
「…………」
メイドさんからのジットリとした視線が俺の頬に突き刺さる。
とても気まずい。なんだかメイドさんの俺への評価が少し下がった気がした。
「さあ、とりあえず外に行こうか!」
「うん!」
俺は気まずさを振り払うかのように、明るく声を出して歩き出す。
「あっ! ちょっと待ってください! ちょうど今バームラル家がいらっしゃいましたので!」
しかし、ミーナがそれを遮るようにとめてくる。
げっ、ブラムの奴、本当に来たのかよ。
「そう言えば、ブラムもくると手紙に書いていたな」
「ブラムって誰?」
ラーちゃんは覚えていないのだろう。エリックの呟きを聞いて素朴な疑問を漏らす。
「バームラル伯爵家のご子息よ」
「王都のパーティーで二日目にいた、プライドが高くて、口うるさい男だね」
「うーん」
アレイシアと俺が教えるも、それだけではピンとこないのかラーちゃんが小首を傾げる。
ラーちゃんとブラムは一緒にいて話していたわけじゃないから面識もないのだろう。知らないのも無理はない。
そんな風にラーちゃんにブラムのことを教えていると、前方から馬車の音が聞こえてきた。
「あっ! バームラル家の馬車がもう庭に! すいません、私はノルド様を呼んできますのでアルフリート様よろしくお願いします!」
「ええ、ちょっと!」
くそ! お出迎えはミーナに任せて俺達は悠々散歩作戦を使おうとしていたのに先に逃げられた。普段からやり慣れているかのような手際の良さだったな。
仕方がない。ちょうど俺達が庭にいることだし、適当に挨拶だけでもしてやるか。
玄関に並んで待っていると、バームラル家の馬車とその護衛がやってくる。
アレイシアとラーちゃんの時よりも、護衛の数は多くないのはうちに気を遣ってくれているのだろうな。
いくら使用人専用の屋敷があるといっても、大勢の面倒を見るのは無理だし。
とはいえ、呼んでもないのに来る時点で迷惑なのだけど。
俺達の目の前で馬車がゆっくりと停まる。御者の男性が段差を置いて、扉を開けるとそこからブラムが優雅に下りてきた。
そして、自尊心の高そうな瞳を細めてどこか敵意に満ちた視線を俺に向けてくる。
俺はそれに向き合うことなく、スッと視線を逸らした。
獰猛な獣と視線を合わせると襲われることは日頃から学習しているからな。
しかし、俺のそんな態度が気に食わなかったのか、ブラムはどこかイラッとしていた。
どんな反応をするのが良かったのか全くわからない。
このままだんまりを決め込みたいところであるが、ノルド父さんはまだやってこない。
ここにいるスロウレット家は俺だけだ。
「遠路はるばる、お越し頂きありがとうございま――」
「白々しい言葉は寄せ、アルフリート」
仕方なく代表として挨拶の言葉を述べようとすると、ブラムがそれを遮った。
「俺は貴様と上辺だけの話をするために、こんな田舎までやってきたわけではないのだ」
エリノラ姉さんを婚約者にしたいと思っている癖に、その言い方はどうなのか。
確かにうちが王都と比べて田舎であることは間違いないが、そのように見下される謂れはない。
俺がちょっとイラっとする中、ブラムは涼しい顔でこちらに歩み寄る。
そして、腰から剣を引き抜くと俺の眼前に突き付ける。
「決闘だ、アルフリート。今度こそ、正々堂々俺と戦え!」
人に剣を向けてはいけませんってお母さんに習わなかったのだろうか。
眼前に剣を突き付けるなんて危ないだろうが。
とりあえず、危ないので一歩下がると、傍にいたラーちゃんが思い出したかのようにブラムに指をさして言った。
「あっ! 思い出した! この人、アルのお姉ちゃんに言い寄って返り討ちにあったって人!」
「その言い方はやめろおおおおおお!」
ラーちゃんの辛辣な言葉にブラムが吠えた。
このやり取り、パーティーでもあったような気がするな。




