小次郎 俺の相棒は刀ではなく包丁
小次郎の話です。
このマンガがすごいWEBでコミカライズ18話更新されました。エマとシーラが登場です。
河原でアルとルンバと別れた俺は、カグラ城へと走る。
本来であればこれからの予定は刀士との稽古、および部下の指導だ。
やりたくもないのにむさ苦しい男達と打ち合い稽古をやらされて、走り込みや筋力トレーニングに励む。そして部下達の様子を見ながら、気の利いたアドバイスをしなければいけない。
ハッキリと言えば苦痛だ。
いつもであればこれから始まる仕事にため息を吐きながら、トロトロと時間ギリギリまで登城せずにいただろう。
しかし、今日の俺は一味違う。
これから仕事場であるカグラ城に向かうというのに、その足取りは羽毛のように軽い。
軽やかに河原を走り抜けて住宅街へ。そして活気と人混みで溢れる大通りでさえも、すいすいと川を泳ぐ魚のように躱して通り抜けていく。
このように道を駆け抜けたのはいつ以来だろう。
己の鼓動がいつになく高鳴っているのがわかる。
勿論、走って息が上がっているとか軟弱な理由などではない。ましてや仕事に行くのが楽しいからなどという理由では断じてない!
そう、俺はいつものように仕事をするために城に向かうのではないのだ。
――今日は仕事を辞めるために城へとやってきたのだ。
俺の家は、この国を治める将軍家をお守りするのを代々の役目としている由緒正しき家柄だ。
その家の長男として生まれた俺は、将軍家の者を守る忠実な刀士となるために教育を受けさせられた。
幸いながら俺は元から身体を動かすのは不得意ではない、むしろ得意な方だ。
刀士としての稽古も最初は面白くはあったし、上達すれば両親からも褒められた。
単純な子供であった俺は、両親に褒められたい一心で稽古に打ち込んだ。
そうやって稽古に励み続ける少年時代を過ごした俺は、両親の教育のお陰もあってか並み居る城勤めの刀士すら倒してしまうほどの強さを手に入れた。
もはや、俺に敵う実力者など両親や将軍様くらいのものだろう。
家格に恥じない実力と教養を示した俺は、将軍様に請われて、そのご子息である修一様の護衛役兼、指導係という名誉ある仕事を賜ることができた。
毎朝早くに起きて掃除。それが終わると朝稽古。朝ご飯を食べたら、修一様の警護をしたり、街の見回りをする。そして、昼食を食べ終わるとまた稽古をやらされて、終わると雑用を頼まれ、理不尽なことで上司に怒られて、下げたくもない頭を下げる。クタクタになって家に帰ると何もやる気が出ないままに一日を終えて、また同じような朝を迎える。
そんな面白みのない生活を送っている。
元から俺は自ら望んで刀士になったわけではない。稲葉という将軍家に仕える長男であったから、刀を
握っただけのこと。
周りにいる刀士のように刀を振るのが好きだったり、国や主に仕えるのが好きだという忠誠心があるわけでもない。
ただ刀が上達すれば、両親や周りの者が褒めてくれるから。両親が期待するから流されるままにやっていただけだ。
そこに自らの意思などはない。
そんな弱い意思に不相応な形で、立派な職につけばどうなるか……。
毎日が辛いだけだ。
面白みもなく目指すべきものもない。だからといって、今の職を放り出してまでやりたい事もないし、勇気もない。
結果として俺は毎日「仕事を辞めたい」と呟くことしかできず、母上や妹、はたまた部下にまでも「冗談もほどほどにして、さっさと仕事に向かえ」などと言われる始末だ。
ただ惰性で辛い毎日を過ごしているだけだ。
そんな状況にあった俺だが、アルフリートという異国人に出会うことで変わった。
彼が食べさせてくれた、うな丼。
今までに食べたものの中で一番美味しかった。
泥臭くて生臭くて食べにくい。そう言われていたウナギだがアルフリートの巧みな調理技術によって魔法のように生まれ変わったのである。
表面はパリッとしていて噛むとウナギの脂が溢れてくる。中はふわっとしており、醤油ベースのタレと組み合わせることによってまたとない美味となる。
そのままだと少し味が濃いのだが、我が国の主食たるお米と共に食らうことで絶妙な味加減になるのが凄いところだ。
皆にマズいと言われていたウナギであっても、適切な知識と技を用いればあのような美味なるものに生まれ変わると。
普段何気なく食べている料理とは、このような研鑽を重ねた末に出来上がっているのだろう。
そんな事を今さらながらに実感した俺は、料理に対して称賛と面白さを感じた。
アルはうな丼は未完成だと言っていた。だとすれば、俺がこの手でそれを完成させてやりたい。
そして、俺と同じように美味しさによる驚きを誰かに与えてやりたい。
生まれて大してやりたいことなどなかった俺が、初めて自分の意思で何かをやりたいと思えた瞬間だったのだ。
今の仕事を辞めて、地位を放り投げてでも成し遂げてみたい。
それをアルとルンバは笑うことなく応援してくれた。
もはや、俺の心の中には仕事を辞めることへの恐怖など微塵もない。
だから、俺は今日を以て仕事を辞めるのだ。
「あれ? 勤務時間ギリギリでもないのに小次郎様が走ってるぞ?」
「……本当だ。珍しいな。小次郎様が走ってくるなんて。いつもは死人のような顔つきでトボトボ歩いてやってくるのに、いつになくやる気に満ち溢れているような感じがするぞ」
城門前の橋では、刀士が登城する客人などを調査しているが俺ほどの地位になれば不要。
何やら物珍しそうにこちらを見ていたが無視だ。
俺はあっという間に橋を渡り、憎たらしい上司に会いにいくために城内へと入る。
ああ、老中はどこだろう? いつも会う度に嫌味を言ってくるクソ爺。
遺憾ながらそれが俺の上司であり、いつもであれば絶対に会いたいとは思わない。城内で気配を察知すれば、遠回りをしてでも避ける相手。
だが、仕事を辞めるとなれば話は別だ。
早くあいつに会って仕事を辞めると言い放ってやりたい。
偏屈なあの爺はどのような反応をするだろうか。何やかんやで奴は俺の重要性をわかっている。いざ辞めるとなれば慌てふためくに違いない。
憎たらしい上司のそんな姿を想像するだけで、笑えるというものだ。
「あれ? 小次郎様? そんなに急いでどうしたのですか?」
そんな事を考えながら城内を小走りで進むと、部下の刀士が尋ねてきた。
今は相手をしている暇はないのだが、もしかすると老中の居場所を知っているかもしれない。
ここで駆け回るよりかは、居場所を聞いた方が賢い。
冷静になった俺は、立ち止まって応じる。
「老中を探しているのだが、どこにおられるか知っているか?」
「老中様なら、さっき四階に向かっていくのを見ましたよ」
「そうか、助かった!」
居場所さえわかればこっちのものだ。
俺は部下に軽く礼を言うと、颯爽と階段を上っていく。
途中、侍女や刀士に声をかけられるもおざなりに返事をして四階へ。
そして四階の廊下を走ると、寂しい後頭部をしている老人を見つけた。
あいつが俺の上司である絹笠新左衛門だ。
絹笠を見つけた俺は急いで後ろから近寄る。
今までの難癖や皮肉を思い出して、後ろからドロップキックしたくなる衝動を必死に堪えて。
「絹笠殿、少しお話よろしいか?」
「……騒がしいな小次郎。ここは将軍様のおわす城内なのだ。少しは慎みを持って行動したらどうじゃ?」
相変わらず嫌味な言い方をする爺だ。
確かに城内で小走りをしたのはよくないが、言い方というものがあろうに。
いつも通りの彼の言葉に苛立ったが、今日で俺は仕事を辞めるのだ。
彼との関係もこれっきりと考えれば、ささくれだった心が一気に落ち着いた。
「申し訳ない。次はこのような事がないように気をつけます」
「う、うむ。それでワシに話とは何じゃ?」
いつになく素直な俺の反応に戸惑いながらも、絹笠は尋ねてくる。
俺は居住まいを正すと、真っ直ぐに絹笠を見据えながら言う。
「絹笠殿、俺は今日で仕事を辞めさせて頂きます」
「……はぁ、またいつもの口癖か。ワシは暇じゃないんだ。そういう冗談を言うなら他の奴に当たってくれ」
俺の言葉を聞いた絹笠は、深いため息を吐くと用事は終わりとばかりに背を向ける。
「今回はそうではないのです! 本当なのです!」
俺が真面目さを訴えるのも、絹笠は聞く耳を持たず歩き出してしまう。
ええい、いつも口癖のように呟いていたが故に相手にされないとは。
こうなったらわかりやすい覚悟を示すべきだろう。
「この刀を将軍に返上する」
毅然とした態度で言い放つと廊下を歩いていた絹笠の足がピタリと止まり、振り返る。
「……お主、その言葉の意味がわかっていて言っているのか?」
俺の行動を非難するような鋭い目つき。
年老いたが故に刀士として一線を退いたが元は凄腕の刀士。
剣呑な空気を纏わせながら、こちらを睨みつけてくる。
絹笠が俺を非難するのは当然のこと。なぜならば俺は稲葉の家の者で、将軍様にお仕えするのが代々の役目。さらに修一様の護衛役となった際に、将軍直々に刀を賜ったのだ。
これを返上するということは将軍家を守るつもりも、修一様を守るつもりもないと言っているようなも
の。冗談の類で済まされる言葉ではない。
「勿論だ。今日でこの刀とはお別れだ。なぜならば、今日から俺の相棒は刀ではなく、包丁になるのだからな!」
「……はっ?」
いいなと思って頂ければ、感想、ブックマーク、評価してもらえると嬉しいです。励みになります。




