グレゴールの帰還
小説六巻発売中!
脚本を完成させると、グレゴールは自分の領地へと帰ることになった。
もう少しゆっくりしていけばいいと言ったが、人形劇の制作にすぐにでも取り掛かりたいとのことだ。
とても楽しそうな笑顔と共にそう告げられては引き留めることもできない。何ともグレゴールらしい理由である。
そんな訳で、五日目の朝。
スロウレット家の屋敷の前には、ドール家の馬車があり、使用人達が荷物を運び込んでいる。
荷馬車の方にはお土産の人形が大量にあったお陰で今ではほとんど空だ。
しかし、もてなしておきながらお土産を渡さずに帰すわけにもいかない。
空いた荷馬車にお礼とばかりに、グレゴールの気に入ったシルフォード家の干物や、カグラのお米、醤油、味噌、干した果物などを入れていく。
お陰で料理人であるバルトロも動員されて大変そうだな。
そう思いながら眺めていると、シルヴィオ兄さんが呟く。
「あの荷馬車全部に人形が入っていたってすごいよね」
「しかも、全部が最高品質の人形だったからね」
多分、王都の貴族御用達の店くらいのクオリティがあるだろうな。
あの人形を売りに出すとどれくらいの値段がつくのだろう。
まあ、そんなことはグレゴールの好意を無碍にすることになるし、お金には困っていないからしないけど。
「ねえ、後で貰った人形を見せてくれない? 僕もいくつか部屋に飾っておきたいんだ」
「いいよー」
空き部屋一つがメルヘンな人形部屋となっており、空間魔法でいくつか収納しても足の踏み場に困るくらいだ。
誰もいない部屋でただ飾っておくよりも、誰かに愛でられる方が人形もグレゴールも嬉しいだろう。
そう思ったところで、俺はふと思いつく。
「エリノラ姉さん、シーラとかエマさんは人形とか欲しがるかな?」
俺がそう尋ねると、エリノラ姉さんは悩むように腕を組み。
「うーん、どうかしら? あの二人はどちらかというと食い気だし」
シーラは想像できるけど、エマお姉様までそうだと言うのか? 可愛い人形を抱きながら転がったりするエマお姉様とか凄く似合うと思うのだが……。
「まあ、今度聞いてみるわ。それで欲しがったらあげることにする」
そうエリノラ姉さんが言ってから気付いた。
もしかして、俺がプレゼントした方が好感度が上がっていたのではないかと。
エマお姉様に可愛がってもらえることは勿論、トールとアスモと何かをやらかしてしまった際に庇ってくれる可能性もあった。
しまったな。エリノラ姉さんなんかに相談するんじゃなかった。
惜しいことをしたと悶えていると、ミーナとサーラが玄関の扉を開いて、グレゴールとティクルが出てきた。
その後ろには、ノルド父さんとエルナ母さんが仲良さそうに腕を組んでおり、バルトロやメルも見送りで出てきた。
相変わらずうちの両親は仲良しだな。
そんな事を思いながら、こちらに歩いてきたグレゴールに声をかける。
「グレゴールは、領地に戻ったらまずは何をするの?」
「まずは人形師と声優の発掘及び育成だ。この者達がおらぬと話にならんからな。領内や王都、持ちうる人脈を駆使して雇い入れてみせる!」
俺が尋ねると、グッと拳を握りながら答えるグレゴール。
人形師と声優の育成が一番時間がかかるだろうし、早めに取り掛かる方がいいだろう。多分年単位のプロジェクトでお金もかかると思うが、グレゴールの財産と熱意があれば十分に可能だろう。
「人形師に関してはティクルがいるから安心だね」
「ふええっ!? 私なんかでは人を教えるなんて無理です! まだ人形を立たせるだけで、まともに動かすこともできませんし!」
「大丈夫だよ。ティクルはこれから上手くなっていくから。無意識に浮かせられる物体も二つに増えたじゃないか」
そう、ティクルの顔の傍には二つのスプーンが浮いている。
つい、この間まで一つで精一杯であったのに、今や二つも浮かせている。
ここから増やすのが難しいところではあるが、才能がないなんてことは全くない。
グレゴールへ恩返ししたいという健気な気持ちと、人形への愛がある彼女なら可能だ。
「でも、まだまだで……」
しかし、ティクルは自信がないのか、不安そうな表情で俯いてしまう。
そんなティクルに、俺はある物を渡す。
「こ、これは?」
「サイキックを使う時の注意や、訓練方法、人形を動かす時のコツとかが書いてあるよ」
「なっ! つまりこれは人形師になるための秘伝の書!? い、いくら必要なのだ? 人形師のためなら財産は惜しまん!」
戸惑うティクルに説明すると、グレゴールが興奮した声を上げて食いついてきた。
顔が近い。
「そんな大袈裟なものじゃないよ。あくまで参考書みたいなものだし役に立つかもわからないから無料でいい」
「いや、しかし……」
「俺もグレゴールの作る人形劇を楽しみにしてるからさ」
躊躇うグレゴールに本心を伝えると、グレゴールは目じりに涙を浮かべてこちらの手を握ってきた。
「本当にありがとう。アルのためにも絶対に素晴らしい人形劇を完成させてみせるぞ!」
ガッチリと大きな手で包みながら言ってくるグレゴール。
渡すのはティクルだし、どうせならティクルに手を握ってお礼を言って欲しかったが、ここまで嬉しそうにグレゴールに言われては邪険にもできないな。
こういう趣味に真っすぐで真摯な奴を嫌いになることなんてできないし。
俺は笑顔を浮かべて、グレゴールの手を握り返した。
「あんた、こういう趣味には真面目よね。剣の稽古でも、そういう姿勢で取りかかったらいいのに」
「その言葉、魔法や勉強を乗せてエリノラ姉さんに返すよ」
不満そうに言ってきたエリノラ姉さんだったが、そのように言い返すと詰まったような声を上げて黙り込んだ。
ノルド父さんやエルナ母さんも傍にいるし、これ以上反論すると不利になると思ったのだろう。
後ろを見るとエルナ母さんがニコニコとした表情でいるのが怖い。今頃俺達の教育方針でも考えていたりするのだろうか。
「ティクル、アルからもらった大切な秘伝書だ。丁寧に扱い、隅々まで目を通すのだ」
「は、はい! アルフリート様、ありがとうございます!」
ティクルはぺこりと頭を下げて礼を言うと、壊れやすいものでも扱うような手つきで抱え直した。
別にちょっとしたコツを書いてある程度で、そんな凄い理論とかを書いてる訳でもない。大袈裟だよ。
まあ、人形師に関してはティクルが上達して、無魔法の適性のある人に教えていけば大丈夫だろう。
問題は声優だな。
「声優に関しては教えられる人がいないから、実力のある役者を指導役として雇った方がいいかもね。彼らの演技には勿論声も含まれているだろうし」
声優という職業は、恐らくこの世界にはまだ存在していない。
ということはグレゴールが一から始めていかなければいけないという事になる。
いくら理想の人形劇の声をイメージできても、声の指導まではできない。
だったら、似通った知識や技術を持つ者から教えてもらう方がいい。
「なるほど、確かに。声だけの声優とは違うが、役者にも発声や声の演技といった部分はある。彼らの意見を取り入れて昇華させていくべきだろう」
「うん、そうだね。探り探りになるだろうけど根気強くね」
「ああ、そこは折れない自信がある! 何故ならばこの人形劇は必ず良いものになるからな!」
グレゴールのこの晴れやかな笑顔を見れば、そういう心配は無用だとわかるな。
それからしばらく、皆で雑談をしていると、執事のバスチアンがやってきた。
「旦那様、馬車の準備が整いました」
「うむ、わかった」
恭しく礼をするバスチアンに、グレゴールが鷹揚に頷くとゆっくりと階段を下りて馬車に歩き出す。
馬車の周りでは、ドール家のメイド達が綺麗に並んでいた。
バスチアンが馬車の扉を開けると、グレゴールとティクルがそこで振り返る。
「スロウレット家の諸君、世話になった! 私のような人形好きという変わった男に、嫌な顔をせずに温かく迎えてくれたところは初めてでとても嬉しかった。本当にありがとう!」
「いえいえ、うちにはドール子爵と似たような息子がいますので」
礼を言うグレゴールにエルナ母さんが微笑みながら、そんなことを言う。
すると、皆が俺に視線を向けてきてニヤニヤと笑っていた。
はいはい、趣味人ということは自覚していますよ。
「これから人形劇で忙しくなるでしょうが、またいつでも来てください。歓迎しますから」
「ああ、またくる!」
ノルド父さんの言葉に頷くと、グレゴールはさっと身を翻して馬車の中へと入り、ティクルもそれに続
く。
そして最後にバスチアンも馬車に入り、メイド達が後続の馬車に乗っていく。
出発準備が完了すると御者の男性が鞭を鳴らして、ゆっくりと馬を歩かせた。
グレゴールの馬車が庭から屋敷の外へと出て行く。
ティクルは窓から顔を出して手を振り、グレゴールは巨体故か手だけを出して振っていた。
そんな微笑ましい光景を見て和みながら、俺達も手を振って見送った。
やがて、グレゴールの馬車は屋敷の門を出て、見えなくなる。
「存在感があったせいか、いなくなったら寂しく思えるね」
最初は貴族の客人の相手をするだなんて面倒だなと思っていたが、グレゴールは一般的な貴族と違ってすごく気さくで、趣味に情熱を持っている。
方向性は違うが趣味ということに情熱を注ぐ仲間であるが故に、話も非常に合った。
軽く人形を動かすのを見せればいいだけだったのだが、ついついこちらから構って仲良くなってしまったな。
貴族というか、客というか仲のいい遊び友達が去ってしまうような寂しさだった。
「アルとドール子爵ってば、無駄に仲が良かったものね」
「あはは、この間まで初対面だったとは思えないよ」
「でも、そのお陰で、いつでも格安で衣類を売ってくれることになったから大助かりだわ」
嬉しそうに微笑みながらそう言うエルナ母さん。
どうやら俺の知らないところで、そんな話が進んでいたようだ。
俺からの指導料やアイディア料を無料で受け取るのが心苦しくて申し出たのかもしれないな。せめてものお礼というところだろう。
グレゴールの領地の綿や布の素晴らしさは人形で堪能し、十分に知っているので感謝だな。
せっかく安く仕入れられるのだ。人が埋まってしまう程の大きなクッションを頼んでみてもいいかもしれない。
「さあ、屋敷に戻ろうか」
「ええ」
そんな事を考えていると、ノルド父さん背を向けて、エルナ母さんが当然のように寄り添って歩く
俺とエリノラ姉さん、シルヴィオ兄さんは、両親の仲の良さを微笑ましく思いながら屋敷に入るのであった。
これにてドール子爵来訪編おわりです。
夏の終わりの日常を少しやると、次は貴族収穫祭編になります。もしかすると、あの少女がやってくるかも……?
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