やっぱりエリノラ姉さん
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』
小説1巻から6巻。
コミック1巻から2巻が発売中です!
「アル! 起きなさい! 稽古よ!」
聞き覚えのある高い声を聞いて、俺は目を覚ます。
瞼を擦りながら視線を向けると、そこには今日も凛々しい顔をしたエリノラ姉さんが立っていた。
俺と違って朝の眠気とは全く無縁のようだ。
「ええー? 稽古? 今日はグレゴールの相手するからパスで」
「なに言ってるのよ。ドール子爵はもう領地に帰ったでしょ。もうそれを口実にサボらせないから」
もう一度布団に潜り込もうとすると、エリノラ姉さんが勢いよくはいだ。
ああ、俺の布団が遠くへ。
無魔法のサイキックでそれを引き寄せると、エリノラ姉さんが拳で叩いた。その衝撃で布団を包み込んでいた魔力が霧散し、サイキックが中断。再び布団が床に崩れ落ちる。
くっ、エリノラ姉さんの癖にサイキックの対処法を覚えやがったな。
「……なにするのさ?」
「二度寝禁止。五日間も稽古をしていなかったんだから、今日はちゃんとするのよ!」
そう言って、エリノラ姉さんはこちらの手を掴んで、軽々とベッドから引きずり出す。
エリノラ姉さん相手に物理的な戦いになってしまっては勝ち目がない。
こんな細い腕をしている癖に握力や腕力はバカみたいに強いからな。反抗しない方が身のためだ。
俺は欠伸を漏らしながらも、エリノラ姉さんに引っ張られるままに中庭へ出た。
稽古服を身に纏って木剣を手にした俺は、外の暑さに愕然とする。
既に季節は九月に突入しており、夏の日差しもマシになってきた――と思いきや、太陽はまだ夏は終わり
じゃないぜと告げるように燦燦と輝き続けている。
「……エリノラ姉さん、今日はちょっと暑くない?」
「まだ夏だもの。暑いのは当然でしょ?」
案に今日は止めておこうと告げるも、エリノラ姉さんは気付いていないのか、はたまた気付いていても取り合うつもりもないのか事もなげに言う。
エリノラ姉さんはこの暑さが辛くないのか?
俺が心底疑問に思うも、エリノラ姉さんは、ノルド父さんの待っている場所に移動して柔軟を始める。
どうせ稽古を始めるのは柔軟をしてからだ。だとすれば、日陰のある屋根の下で行った方がいいだろう。
俺は屋根によって日陰のできている場所に腰を下ろし、足を伸ばしてストレッチを始める。
「アル、おはよう」
「シルヴィオ兄さん、おはよう」
右足をぐっぐと伸ばしていると、シルヴィオ兄さんがやってきた。
シルヴィオ兄さんはエリノラ姉さんのように、炎天下のところに移動することなく、俺と同じように日陰へと腰を下ろす。
「今日は本当に暑いね。最近は涼しくなってきたと思ったけど、また夏に戻ったみたい」
「本当にそうだよ。なにもこんな日に稽古なんてしなくてもいいのにね」
「アルは似たようなことを毎日言ってるよ」
俺がそのような事をボヤくと、シルヴィオ兄さんが苦笑いする。
そうだっただろうか? もう無意識のうちに口に出しているので覚えていないな。
「アル、背中を押してくれるかい?」
「うん、いいよ」
二人いるんだ。自分で腰を曲げるよりも押してもらう方が楽だ。
シルヴィオ兄さんの後ろに回った俺は、ゆっくりと背中を押してやる。
「ふぅ~」
息を吐きながら身体を前に倒していくシルヴィオ兄さん。稽古をする度に柔軟はしっかりとしているので身体はそれなりに柔らかい。
限界のところで何秒か維持すると、それを戻して同じようにまた背中を押す。
「ありがとうアル。今度は僕が背中を押してあげるね」
「俺の背中は任せたぜ」
「え? あ、ああ、任せろ相棒?」
屋敷にある英雄譚の台詞を言ってみると、シルヴィオ兄さんが恥ずかしながらもノッてきてくれた。
良かったスルーされたりしなかった。ノッてくるかは微妙だったけど、本が大好きなシルヴィオ兄さんならちゃんと覚えていると思っていたよ。
何となく男子校的なノリをして満足していると、グイッと背中が押される。
んん? シルヴィオ兄さんにしては力が強いような? まあ、いっか。ちょっとした違和感を覚えながらも俺は身体を前に倒して筋肉を伸ばしていく。
そして、俺の身体の柔軟性が悲鳴を上げ始めたところで、それを察したシルヴィオ兄さんがそこで維持……することなくさらに押してきた。
「ちょ、ちょっとシルヴィオ兄さん? これ以上は無理なんだけど?」
「なに言ってるの。もうちょっといけるわよ」
違和感を覚えて声を上げるも、帰ってきた言葉はシルヴィオ兄さんのものではない。エリノラ姉さんのものであった。
「ちょっとシルヴィオ兄さん、俺の背中は任せたって言ったよね?」
信頼の言葉を交わしたというのに呆気なくそれを裏切るとはどういうことか。
「あー、うん。ごめんね。姉さんがやりたそうにしてたから」
頬を掻きながら悪びれるシルヴィオ兄さん。
姉の前には兄弟の絆すらも意味はないと言うのか……。
「アルはちょっと身体が硬いというか、動かし方が悪いのよね。もっと腰から動かして」
そう言ってエリノラ姉さんが、俺の腰をぐっと引くとコキッとした音がした。
「今、腰からコキッとした音がしたけど大丈夫だよね? 腰の骨が外れたりしていないよね?」
「こんなんで外れたりしないわよ。ほら、背中押すわよ」
俺が不安の声を上げるもエリノラ姉さんは気にせずに、背中を押してくる。
すると、何故か身体がスムーズに倒れた。正しい柔軟の仕方というか、身体の使い方ができている、そんな感じがした。
「あれ? いつもより倒しやすい」
「アルは、手と足を動かして伸ばそうとしすぎなのよ」
そうだったのか。柔軟でももうちょっと腰から動かすようなイメージをすると自然にできるんだな。
エリノラ姉さんは俺の柔軟性の限界ギリギリで止めると、数秒してから戻した。
それからまた同じようにゆっくりと背中を押してくれる。
くっ、普段はガサツな癖にして、こういうところだけ加減ができているのが憎らしい。
稽古でもそんな優しさを見せてくれたらいいというのに。
というか、エリノラ姉さんの癖に妙に教えるのが上手いな。
もしかして、王都の騎士団の演習を経て、人に教えるのが上手くなったとか!?
今日の剣の稽古では、エリノラ姉さんが上手く優しく剣を教えてくれるのかもしれない。
「それじゃあ、そろそろ稽古を始めるよー」
俺はそんな淡い期待を抱きながら、合図の声を上げるノルド父さんの下に移動。
ジョギング、素振りなどの稽古をこなして、エリノラ姉さんとの打ち込みになったのだが……
「だから、違うって言ってるでしょアル! ここはこうシュッと剣を引くのよ!」
「ええ? シュッとってなに?」
「シュッっていうのは……こう、何と言うのかしら? とにかく流れで早く引くのよ」
曖昧ながらも力強く言うエリノラ姉さん。
そんなんでわかるか。
わざわざ見本を見せて、剣を引く動きをしてくれるが俺の視界では手元がぶれているようにしか見えない。
多分、これでもエリノラ姉さんにとってはゆっくりやっているつもりなのだろうな。
「もうちょっとこう、さっきの柔軟みたいにわかりやすく教えてくれないの?」
「はい? 今教えてあげているじゃない?」
俺がそう言うも、エリノラ姉さんは何の悪意もない、純粋な表情で首を傾げた。
やっぱり、エリノラ姉さんは人に剣を教えるのはダメなんだな。
改めて、そのことを痛感した稽古日であった。
N-star第四期連載。『おいでよ 魔物牧場!~田舎ではじめるまったりスローライフ~』
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