商人グレゴール
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』小説6巻は11月10日。来週の土曜日に発売です!
Amazonでも予約できますので、是非よろしくお願いいたします。
ティクルにサイキックの訓練をさせながら歩き続けることしばらく。俺達は東の森にたどり着いていた。
「おお、豊かな森だな」
「そうですね。木の実などもとても豊富で――うわっと!」
ドール子爵と会話しようとしていたティクルであったが、話すことと見ることに意識がいってしまったらしくサイキックで浮かべていた石が落ちそうになっていた。
まだ歩いて喋りながらサイキックの操作を維持することは難しいようだ。
「ははは、無理して喋らなくても構わないぞ」
「す、すいません」
ドール子爵が朗らかに笑う中、ティクルが顔を赤く染めながら石を浮かばせる。
「最初のうちは視界の中で浮かばせた方がいいよ。ちょっと邪魔だろうけど、その方が意識から離れにくくなるから」
魔法というのは自分のイメージを想像しにくい状況になると難しくなる。だから遠くのものを操作したり、視界の中にないものを操作するのは難しい。
だから、慣れないうちはできるだけ近くで、見える範囲で魔法を使うべきなのだ。
「な、なるほど、ありがとうございます! やってみます!」
俺がそう説明すると、ティクルは自分の視界に入るように顔の前に浮かべた。
常に目の前で小石が浮いているのは鬱陶しいかもしれないが、そこまですれば意識から外れることもないだろう。
ティクルの石が落ち着いたところで、俺達は森の中へと入っていく。
森の中は青々とした木が生い茂り、太陽の光を適度に遮ってくれるために過ごしやすい。
道には木漏れ日ができており、それが奥へと誘うように見える。
遠くで聞こえる鳥の声に耳を澄ましながら歩いていると、不意に横の茂みがガサリと揺れた。
「ひゃっ!」
ティクルが驚きの声を上げてビクついたが、目の前に現れたのは野ウサギだった。
「な、なんだ。ウサギですか」
可愛らしいウサギを見て、ティクルが胸を押さえながらホッと息を吐く。
気持ちはよくわかる。茂みから急に出てくるとビックリするよね。でも、今は訓練中だ。
「ティクル、石が落ちてるよ」
「ああっ!?」
突然現れたウサギに驚いて制御を手放してしまったのだろうな。サイキックは解除されて石ころが地面に落ちてしまっていた。
ティクルは石ころの傍に寄って、再びサイキックをかけ直す。
「ふむ、ウサギか。ウサギも悪くないな」
俺達がそんなやり取りをしている間、ドール子爵はウサギを観察していた。
きっと脳裏ではウサギのキャラを想像しているのだろう。自然が舞台であるならばウサギがいても何もおかしくはないしな。
「いずれティクルは、ウサギとか動物も動かさないといけないから、積極的に動物を観察しておくことをオススメするよ」
ドール子爵の人形劇で動かすのはナイトのような人型だけではない。ゲコ太のようにカエルやウサギと動物の場合もあるのだ。
人間のような二足歩行だけでなく、四足歩行するものも観察しておいた方がいい。
動かす時に動物の動き方や仕草がわかっていれば、自然に動かすことができるからね。
「あ、はい! ああ、でも観察しているとサイキックの維持が……」
「そこは頑張って」
サイキックで浮かせながら、ウサギにも意識を向ける。これも同時操作を行うためのいい訓練だ。
「一流の人形師になるには、様々な動物の生態を知っておかねばならんのだな」
和やかな気持ちで俺も観察していると、不意にウサギが耳をピンと立てて逃げ出した。
もしかして、何かが近づいてきたのだろうか?
気になって気配を探ると森の奥から足音と声が聞こえてきた。
何やらぼやいているようだが、その声に酷く聞き覚えがある。
「お? 何だアルじゃねえか。こんな所で何してんだ?」
前方からやってきたのは俺の予想通りトールとアスモだ。
「散歩だよ。そっちは?」
「俺とトールは食材を採りにきたんだ」
俺が尋ねると、アスモが成果を見せるように背負い籠の中をみせてくれる。
その中にはキノコ、山菜、木の実、果物と様々な森の恵みが入っている。
「ほう、これだけのものを集めるとは大したものだな」
「何だこのでけえおっさんは! ルンバの友達か!?」
ドール子爵が大きな身体をずいっと傾けて覗き込むと、驚いたトールが後退りながら叫ぶ。
おいおい、いくらドール子爵の背が高いからといって失礼過ぎるだろう。
「トリエラみたいな服着てるし商人?」
「いやいや、この人は――」
「うむ、そうなのだ。私はトリエラ商会に所属している商人で、グレゴールという」
勘違いしてる二人に俺が正しき身分を説明しようと口を開くと、それに被せるようにドール子爵が述べる。
「おお、トリエラんところの商人か! 俺はコリアット村に住んでるトールでこっちのデブはアスモだ」
「誰がデブだよ」
あっさりと納得して自己紹介までしてしまうトールとアスモ。
馴れ馴れしく話しちゃってるけど、その人貴族だよ? しかも、子爵家の当主。
「私はお手伝いをしていますティクルと申します」
「「お、おお、よろしく」」
ティクルが挨拶をすると露骨に顔を赤くして単調な言葉を返す二人。
子爵家に仕えるメイドとしての所作が出ているせいか、ドギマギしているのだろう。
こういうタイプの女性はコリアット村に中々いないので、二人が狼狽えてしまうのも無理はないのかもしれないな。
「あれ? 何で石が浮いてんだ?」
「アルがよく使うサイキックってやつ?」
「は、はい、これは魔法の練習中で――」
ティクルとトール、アスモが会話している間に、俺はドール子爵に近寄って小さく声をかける。
「ちょっと、何考えてるんですか?」
「あの二人の会話は実に生き生きとしていて脚本の参考になりそうなのだ。だから、このまま商人のグレゴールとして合わせてほしい」
あの二人を参考にって正気だろうか? いや、確かにあいつらは欲望とかに正直だから言葉が生き生きしている風に見えるのかもしれないけど。
「まあ、ドール子爵がいいのであれば」
「アルフリート殿、今の私はただの商人なので言葉を砕いてくれ」
ドール子爵の言い分も最もだな。貴族が商人にかしこまって話すのもおかしいし。
「わかったよ、グレゴール」
「うむ、では私はアルと呼ばせてもらおう!」
俺がそう呼ぶと、ドール子爵はにっこりと笑って言う。
それはまるで初めて友達ができたかのような無邪気な笑みであった。
「なあ、アル。散歩するだけなら俺もついて行っていいか? グレゴールから商人の話とか聞きてえし」
「俺もー。まだ食材集めたいし、トールといるのも飽きた」
お互いにわかりやすい理由を述べてくれるな。
「俺はいいよ」
「私も構わない。代わりに君達の話も聞かせてくれると嬉しい」
「俺達の話か? 村人の話なんて聞いてもつまんねえぜ? 地味だし」
「そんなことはないさ。そういう生活模様が私には新鮮なのだ」
首を振って言うドール子爵の言葉を聞いて、トールは軽く目を見開いて笑う。
「わかった、おっさん。じゃあ、アスモが拾い食いして腹壊した話でもしてやるよ」
「あれは拾い食いじゃなくて、落としたものを食べただけだから。というか自分の話をしろよ。夜中に怪談話して翌日におねしょしたやつとか」
「お、おねしょなんてしてねえし! 汗かいただけだし!」
なんて醜い話なのだろう。とても貴族であるドール子爵に聞かせられるものでもないな。
「この話題は不毛な争いになりそうだね」
「ああ、ここは間をとってアルにしよう。アルがエリノラ様に虫弁当を作ってボコボコにされた話にするぞ」
「おいおい、俺は村人じゃないって」
村人の話だっていうのに、貴族である俺の話を入れ込むな。
俺がすかさず突っ込みを入れると、ドール子爵が笑った。
「ははははは、三人は仲がいいのだなぁ。それでもいい、気にせず聞かせてくれ」
そんな風に喜ぶドール子爵に、トールとアスモは喜んで口を開いた。
いいなと思って頂ければ、感想、ブックマーク、評価をしてもらえると嬉しいです。励みになります。




