男の勘違い
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トール、アスモを加えた俺達は、長閑な森の中をゆっくりと進む。
「でな、アルが仕返しに虫弁当を渡したら、すぐにバレて戻ってきたエリノラ様にボコボコにされたんだ」
「ふむ、屋敷で見かけた時はお淑やかで、とてもそんな風に見えなかったが姉弟故の仲の良さというものか?」
「いやいや、それはただエリノラ姉さんが猫を被っているだけだよ」
「弟の癖に嘘言うなよな! エリノラ様の所作はお前と違って気品に溢れていて、お淑やかなんだ」
俺が呆れたように言うと、トールが噛みつくように言ってきた。
「気品とお淑やかだなんて言葉は、エリノラ姉さんに一番似合わないものだよ。トールは見る目がないなぁ」
「お前こそ、俺の姉ちゃんのお淑やかだとか優しいとかバカみたいなことをほざいて、見る目がないだろ」
「……どっちも見る目がない」
「「あ?」」
「ま、まあまあ、喧嘩はしないでください」
俺とトールがアスモをねめつけると、ティクルが苦笑いしながら間に入る。
おっと、ドール子爵の前で見苦しいところを見せてしまった。
さっきからトールの話しには突っ込みたいところが山ほどあるけど、ここは我慢してやろう。
「そういや、ティクル。サイキックの方はどう?」
「アルフリート様のおっしゃられた通り、視界に入れてからは制御が大分楽になりました」
ティクルの顔の傍に浮かんでいる石は、一定の位置を保っており安定している模様。
さっきまでは会話をすることもままならなかったが、今ではこのように受け答えをする余裕もできているようだ。
「少し余裕もできてきたし、次は観察しながらやってみようか。目の前では同じ子供であるトール、アスモが歩いているけど、それぞれ歩き方が違うでしょ?」
「は、はい、トールさんは何か足が外側で、アスモさんは意外と歩幅が小さいような気がします」
「うん、そうだね。トールに関してはガニ股歩きみたいで足を大きく動かしているんだ。これは本人の自分の大きく見せたい現れみたいなものかな。アスモは小さな足を細かく速く動かして歩いているね。こっちは大きく足を動かすのが面倒臭いからだと思う」
「お友達なだけあって、わかるんですね」
「まあ、お互いの性格は嫌なくらいにわかるからね」
トールやアスモと友達になって一年か。期間で数えると短く思えるが、濃密な時間を過ごしてきているせいかそんな風にはまったく思えないな。
もう軽く、五年、六年は一緒に過ごしているような気になる。
なんて感慨深いことを思っていたが、今は関係ないので霧散させる。
「そんな訳で同じ人間でも性格や癖で歩き方が違うから、普段から意識して観察しておくといいよ。そういう細かさな所作への拘りが、人形を動かす際によりらしく見せるポイントだから」
「確かに! アルフリート様のナイトやエリザベスもそれぞれの性格に合わせた動きをしていましたもんね。わかりました、私も普段から歩く人の姿も観察するようにします!」
ティクルはそう意気込むように言うと、目の前を歩くトールとアスモの歩き姿を観察しだした。
◆
「なあ、アル」
「なに?」
前を歩いていたトールが呼んだので返事をしたが、トールは顎でこちらに来いと言う。
この距離で言いたくないということは何やら秘め事か言いにくいことか。
もしかして、グレゴールが貴族だと気付いたとか? とかだったら、面倒なので俺は素直にトールの傍に寄ってやる。
すると、トールは気持ち悪いことに肩を組んで囁いてくる。
「……なあ、後ろのティクルさんからすげえ熱い視線がくるんだけど……もしかして俺って惚れられたか?」
グレゴールの心配をしたのは杞憂であり、そのような鋭い観察眼をトールが持っているなどと思った俺がバカだった。
「……はぁ」
「何だよ、そのため息は。さては信じてねえだろ? だったら、ティクルさんを見てみろよ。ずっと俺に視線をやってるぜ?」
トールに言われてチラリと振り返ると、それはもう食い入るようにしてティクルがトールを見ていた。正確にはその足元を。
俺とトールが視線を送っていると、ティクルは慌てて顔を赤くする。
「ほら、見たかよ今の! 俺と目が合って顔を赤くしたぜ!」
などとトールは興奮したように言うが、実際には観察に夢中になったせいかサイキックの制御を手放しそうになって慌てただけだ。顔を赤くしたのは俺達に魔法の失敗を見られて恥ずかしかったせいだろう。
運がいいのやら悪いのやら。
このようにして世の男性は「あの子、俺のこと好きかも」などと恥ずかしい勘違いをしてしまうのだろうな。
ティクルがトールに熱い視線を送っている理由は、俺のアドバイスのせいだ。
トールが勘違いして黒歴史を作ってしまうのはあまりに可哀想なので、ここはしっかりと否定することにする。
「ただの勘違いだって」
「いーや、そうじゃねえ。だって、母ちゃんが言ってたんだ。女の子は好きな男に無意識に視線を送るものだって。そんで視線が合って背けられたら、それは好き避けだって」
「それは男でも一緒だろ? というか、異性のことが好きだったら、もっと相手は興味を持って質問とかしてくるもんだよ」
気になる異性がいたらもっと知りたいという想いが湧いてきて、もっと質問をしてくるはずだ。
実際、トールとティクルがした最初の会話など差しさわりないもの。むしろ、トールに興味を示しているのはドール子爵と言うべきだろう。
「そ、それはあれだよ。ティクルさんは村の女とは違って奥手だから例外なんだ」
「ミュラさんはコリアット村の女性だよね? だったら、さっきの言葉は例外のティクルさんには当てはまらないんじゃないの?」
「ぐっ、それはそうかもしれねえけど……」
「大丈夫? 自分の願望とか入っていない? そういう男の自意識過剰な勘違いが、悲劇を起こすんだよ?」
「お、おお、お前なんか酷い経験でもしてきたのか?」
俺が問い詰めるように言うと、トールはどこか引いた表情でそんな事を言う。
……ふっ、前世で二十七年も生きていれば色々あるよ。
俺がどこか遠い目をしていると、トールは察してくれたのか何も言う事なく離れた。
その顔に先程のような興奮はもはやない。冷静になってもらえたようで何よりだ。
「ぬ? 何やら動く影が見えたぞ?」
トールを見て一安心していると、ドール子爵が前方を見ながら呟いた。
視線を前方に向けると、そこにはアルキノコが歩いていた。
「アルキノコだ! 捕まえるぞ!」
「おう!」
アルキノコを見つけるなり、トールとアスモが雄叫びを上げて走り出す。
アルキノコは迫りくるトールとアスモに気付いたのか、驚くように飛び跳ねて逃走を開始。
「待ちやがれ!」
トールとアスモが追いかける中、アルキノコは木を障害物としながら必死に逃げ回る。
「ふむ、この森にはアルキノコがいるのか。食べたことはないが味の方はどうなのだ?」
「少し薄味だけど量もあって美味しいよ」
俺の腰くらいの大きさがあるのだ。通常のキノコと比べると、その量もダントツだ。
薄味気味なのが難点だが、それなりの量をぶち込めば旨味のある出汁は十分にとれるしな。
「ちなみに足が一番美味しいよ」
足だけは味が濃厚なので、濃厚な味を食べたい時は足を食べると良い。
目の前ではトールとアスモが二人がかりでアルキノコを追いかけているが、依然として捕まえられていない。二人の意識をついたり、木や根っこを盾にしているアルキノコの方が知能が高いのではないだろうか。
「おい、アル! 笑ってねえで手伝えよな!」
「しょうがないな」
俺は逃げ回るアルキノコの足元にある草にサイキックをかける。
そして二つの草を結んで即席の草結びの罠を作ると、アルキノコは見事に足を引っかけて転んだ。
「何やったかしんねえけど、でかしたぜアル!」
倒れ込んだアルキノコに飛びついて捕まえるトール。
「へへ、見ろアスモ! アルキノコを捕まえてやったぜ!」
「バカ! それよりも早くとどめをさしてよ! 胞子出すから」
「あっ」
トールが間抜けな声を上げたと同時にアルキノコが白い胞子を吐き出した。
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