声優の誕生
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スロウレット家の談話室にて、私は目の前にある紙へと思いつく限りのストーリーを書き続ける。
人形を魔法で動かし、風魔法で声を吹き込むという画期的な人形劇。それを聞いて、幼い頃から夢想していた物語が現実的なものとなると明らか。
今はそれを一刻も早く実現するために、頭の中にある幻想を書き続けるのみ。
そんな作業をしてどれくらいの時間が経過していただろうか。気が付けば室内は薄暗くなっていた。さすがに紙面が見えなくては書くことができないので、供えつけられた光の魔導具を点灯させる。
明るくなったことに満足した私は、再び意識を沈めて脚本の執筆にとりかかる。
そうやってしばらく執筆していると、紙面の端に緑色の何かが入ってきた。
視界に入ってきたもの視線を向けると、それは先程アルフリート殿と一緒に作ったゲコ太であった。
む? これはアルフリート殿の部屋に置いたはずだが……まあ、いい。目の前に人形があれば愛でるだけのこと。
「ふふふ、可愛い奴め」
私は丸々としたゲコ太を指先で撫でてやる。
「あはは、くすぐったいよ」
「…………」
不意にそのような無邪気な声が聞こえ、私はゲコ太を撫でている指を止める。
……今、声が聞こえてきたように思えるが気のせいか?
不意に周囲を見渡すが、私の部屋には誰もいない。
当然だ。私が人形劇の脚本を書くために使用人は追い出して、閉じこもったのだから。誰かが入ってこられる訳がない。
室内では魔導具がぼんやりとした光を灯している。
「ふっ、気のせいか……」
「もう撫でてくれないの?」
「ふおっ!?」
ただの空耳、そう思って執筆を再開しようとしたが今度はハッキリと声が聞こえた。
信じられないことに私の目の前にあるゲコ太からだ。
「も、もしや、さっきから声を発していたのはゲコ太なのか?」
「うん、オイラだよ!」
私が恐る恐る尋ねると、ゲコ太は器用に体全体を動かして頷いてみせた。
目の前で人形が動き、あまつさえ声を発するというあり得ない現象を前に思わず叫んでしまう。
「バカな! 人形が喋るだと!?」
「人形じゃない! オイラはゲコ太!」
短い手足で器用に跳ねながら抗議するように叫ぶゲコ太。
私からすれば、それは小さな頃から想像していた理想の姿。しかし、そのようなことが起きるのはありない。
「いや、しかし、どうやって喋って――」
「人形であるオイラが喋っちゃダメなの?」
そのような問いかけをした私は自分をぶん殴ってやりたくなった。
人形が、ゲコ太が目の前で動いて声を上げている。命を宿しているのだ。そこに理由など必要ないだろう。
「いや、いい! すまない! バカなことを言った私が悪かった! 許してくれ!」
「あ、あの、だ――」
「あのだ?」
「……ううん、なんでもない。気にしなくていいよグレゴール」
グレゴール。自分の作った人形から名前を呼ばれる。それは正に幼い頃からの夢であり、とても甘美な響きだった。
ゲコ太が私の名前を呼ぶ声が、脳の中で何度も反響する。
ああ、ただ幸せだ。
「グレゴール? どうしたの?」
「もう一度呼んでくれ」
その甘美な響きを何度でも味わいたくて、私は催促を促す。
「え、ええっと、グレゴール?」
「もう一度」
「グレゴール」
「もう一度だ」
「グレゴールって、いつまで呼ばせるのさ!」
「すまない、ゲコ太と話をできるのが嬉しくてな」
人形と語り合うなどとまるで夢みたいだ。いや、これは夢なのかもしれない。それでもいい。私はこの幸せな時間に浸っていたい。
「それよりグレゴールは何してるの?」
「ん? 私か? 私はこの部屋で人形劇の脚本を書いているのだ!」
「へー! すごいや! 脚本が書けるなんてグレゴールはすごいね!」
「人形への愛があればこの程度のことは容易いことだ」
ぬふふ、ゲコ太に褒められてしまったぞ。嬉しくて顔のにやけが止まらないな。
「ゲコ太を主人公にした物語とかいいかもしれん」
「え? オイラの物語?」
「ああ、とある森の中には、ゲコ太をはじめとする小さな生き物達が住んでいる。綺麗な草に水、美味しい食べ物があり、彼らはそこで楽しくも穏やかな日々を送っていた。しかし、そのような日々は唐突に失われ
る! 人間達が木々を切り倒して、大きな店を建てようとするのだ。突然の住処を奪われたゲコ太達は、己の居場所を守るために森に住む生き物達と協力して戦う。これはゲコ太と森の仲間の友情の物語であり、自
然の大切さを訴えるものでもあるのだ!」
「す、すごいや! 面白そう! オイラ観てみたい!」
私の考えた話を聞いて、ゲコ太が嬉しそうに飛び跳ねて喜んでくれる。
素晴らしい。ゲコ太と会話をしているだけで、このような物語が即興で組み上がってしまった。きちんとテーマもあるし、いいのではないだろうか。王都の劇場ではそういうところを重視したりするものだからな。これは王都の劇場での公演も夢ではないかもしれない。
「よし、では早速とりかかろう!」
「うん! ああいや、そうじゃなかった!」
「む? 何かおかしいところや変なところがあっただろうか?」
これはゲコ太を題材にした物語だ。彼をモチーフにしている以上、彼の要望にはできるだけ沿うべきだ。
「そうじゃなくて、もう暗いよ? 晩御飯の時間じゃない? ご飯食べようよー!」
確かにゲコ太の言う通りだ。もはや太陽の光も落ちて部屋は真っ暗。そろそろ夕食を食べるべき時間だろう。空腹感はあるが今はそれよりも大事なことがある。
「そうだが、私はこの脚本を急いで完成させなければいけないのだ」
私には急いでアルフリート殿の期待に応える義務がある。今は夕食を食べることよりも脚本を完成させることを優先したいのだ。
「……それってオイラと一緒にご飯を食べらくないってこと?」
「いやいや、そういうことではないぞ! 私は決してそのような事は思っては――」
「じゃあ、一緒に食べてくれる?」
上目遣いにこちらを見上げてくるゲコ太に、私は……。
「食べる。脚本なんて今はどうでもよい」
「良かった! それじゃあ、ご飯を食べに行こうか!」
「うむ!」
私が立ち上がるとゲコ太が嬉しそうに頷いて、テーブルから飛び降りる。
すまぬ、アルフリート殿。私の目の前でゲコ太が喋り、一緒にご飯を食べようと誘ってくるのだ。
人形と一緒にご飯を食べる。そのような甘美な事をどうして無下にできようか。
夢にまで見た食を共にする喜び。それが今叶うのだな。
「グレゴール、扉を開けて!」
「ああ」
私が扉を開けると、廊下にはどこか恥ずかしそうにするティクルと気まずそうな顔をするアルフリート殿がいた。
「どうして二人がここに?」
私が首を傾げていると、足元にいたゲコ太がピョンピョンと跳ねてアルフリート殿の両手に収まった。
呆然としながらそれを眺めていると、アルフリート殿がティクルの脇腹を肘で小突く。
すると、ティクルはもじもじとしながら口を開き、
「さっ、グレゴール。夕食の時間だからダイニングルームに行くよ!」
と、先程のゲコ太とまったく同じような軽快な声で言った。
それを耳にした瞬間、私は夢から覚めたような気持になった。
「あ、あの……」
「……いや、いいんだ。幸せな時間をありがとう」
わかっていた。人形が、ゲコ太が喋るはずはないということを。ただ、それでも私は目の前で起きている奇跡のような光景を信じたかったのだ。
だから、細かい疑問点には気付かぬフリをして、この幸せな時間に浸っていたのだ。
「これはアルフリート殿がゲコ太を動かし、ティクルの声を風魔法で吹き込んだということだろうか?」
「はい、その通りです。人形劇の完成形はこうなるかと」
最高の人形師、アルフリート殿が思い描く人形劇。それを最初に体験できた私は幸せ者だな。
人形に動きを与え、声を与える。それがどれだけ素晴らしいものか理解することができた。
「にしても、陽気なゲコ太の声がティクルのものとは……」
私がそう言うと、ティクルは途端に顔を赤くして頭を下げる。
「うう、お恥ずかしいです。演技とはいえ、馴れ馴れしく名前を呼んでしまい申し訳ありません!」
「いや、気にしなくていい。私は嬉しかったのだから」
こちらを見上げながらホッとするティクルはいつもの姿そのもので、どこか飄々としたゲコ太とは全く印象が異なる。
「声で演じる……俳優とも違う声だけの……声優といったところか?」
「いいですね。声優。声だけの演技に特化した職業。人形に命を吹き込むには必要な人材です」
私が呟くとアルフリート殿が大きく頷いて言う。
「ふむ、声優か! いいではないか! 声だけで相手を魅了する素晴らしい職業だな! 帰ったら人形師の育成と共に、声優の育成も進めねばなるまいな!」
人形作りに脚本、人形師に声優の育成。やることが山積みではないか。
しかし、先程体験したような感動。それを再現するためならば苦に思うこともない。
やはりスロウレット家にやってきて良かった。ここにきてから私の世界はさらに鮮明に色づいてワクワクが止まらぬ。
「アルフリート殿、今から声優という職業についての話し合いを――」
「「その前に夕食です!」」
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