プチ会議
ドール子爵が人気ですね。
ティクルやドール子爵の話を聞いた俺は、休憩室を出て一休みするべく自分の部屋へと向かう。
さすがにティクルも俺がずっといたら休めないだろうしな。どっちにしろ魔力が回復するのはもう少し後なので、それまではやることもない。
ここぞとばかりに昼寝と洒落込もうと階段を上ると、ノルド父さんがリビングから出てきた。
「ん? アル。ドール子爵の相手はどうしたんだい?」
「談話室にこもって人形劇の脚本を書き始めたよ。多分しばらくの間は部屋から出たがらないと思うから大丈夫」
そう言って階段を上ろうとすると、ノルド父さんが俺の腕を掴んだ。
「人形劇の脚本ってどういうことだい?」
「えっと、そのままの意味だけど? 人形を動かして劇をするんだよ」
「……これは共有しておかないと面倒なことになる気がする。ちょっとリビングにきなさい」
「ええー」
反論すら許してもらえず、俺はノルド父さんにリビングへと連行される。
俺は今から自分のベッドで昼寝をするつもりだったというのに。まあ、いいか。リビングには柔らかいソファーがあるし、そこで昼寝すればいいか。
「あら? ドール子爵の様子を見に行くんじゃなかったの?」
ノルド父さんと一緒にリビングに戻ると、エルナ母さんがソファーに座って編み物をしていた。
よく見ると、それはスリッパだ。なるほど、ドール子爵のためにサイズの合う物を作っていたという訳か。何だか久し振りに家庭的な事をしているエルナ母さんを見た気がする。
「ちょっと、その前に気になることをアルがしていてね」
「いや、俺は何もしてないって」
俺は口を出しただけで今回は自分で作り出していない。
だというのに、ノルド父さんとエルナ母さんからジトッとした視線が突き刺さる。
「アルはまた何かをしたのね」
ため息を吐くとスリッパ作りを中断して、テーブルへと移動するエルナ母さん。
家族プチ会議のようなものは避けられないらしい。
二人から無言の圧力のようなものを感じたので、渋々俺もテーブルに着く。
「で、ドール子爵が急に人形劇の脚本を書き出すなんて、一体何を吹き込んだんだいアル?」
「吹き込んだって人聞きが悪いよ。俺は人形をサイキックで動かして、そこに風魔法で声を飛ばしたら人形だけの劇ができるねって言っただけだよ」
「「はぁ……」」
俺が弁解するべききちんと経緯を説明したら、ノルド父さんとエルナ母さんがため息を吐いた。
「またアルは、そんな突飛なことを言い出して……」
「革新的で面白そうなところがまた憎いわね」
「だよねだよね。人形だけの劇とか完成したら面白いよね。人間にはできない動きや可愛さだって表現できるし、ドール子爵が完成させたら楽しみだな」
「ほら、吹き込んでいるじゃないか」
ノルド父さんに突っ込まれて、はたと気付く。
確かにこれでは俺がドール子爵に吹き込んでいるかのように見えてしまう。何ということだ。エルナ母さんの言葉に乗ったらこの結果だ。相変わらず恐ろしい母だ。
「練習さえすれば実現だってできる現実的な計画だわ。ドール子爵の熱意と財力を駆使すれば、何かしらの物が完成するでしょうね」
「いやいや、さすがに大袈裟な」
これは主にドール子爵の趣味でやっているものだし、そもそも人形劇が受け入れられるかも不明だ。いきなり王都のような大きな劇場でする訳でもないし、エルナ母さんが危惧しているようなことはならないだろう。
「アルが考えたリバーシやコマの収益は大きなものになっているんだ。今回もそうなる可能性は高いよ」
いや、確かにそうだけど、玩具と人形劇は違うしね。
ノルド父さんとエルナ母さんが考え込み、何となくリビングに重苦しい空気が漂う。
「とにかく、人形劇のことで具体的な動きが決まったりしたら教えてくれるかい? まだ人形劇とやらが完成するのかも不明だけど、事態が大きくなってから動くのでは対応が間に合わないから」
「うん、わかった」
領地に関係しそうな事はきちんと報告。ノルド父さんとの約束だ。
とは言っても、そんな大事にはならないと思うけどね。
◆
「アルフリート様、そろそろご夕食の時間ですよ」
ノックと共に投げかけられるサーラの声によって、俺は部屋で目を覚ます。
ノルド父さんとエルナ母さんとプチ会議をしてから、自分の部屋で昼寝をしていたのだが、随分と眠っていたようだ。外では日が暮れており室内は暗くなっている。
とはいえ、起こされたタイミングが悪かったのか知らないが少し眠いな。
真面目なサーラのことだから早めに俺を起こしたのだろう。ここは二度寝をして、気分をスッキリとさせてから降りるとしよう。
「わかったー。すぐに降りるよ」
「とか言いながら、布団を被り直さないでください」
二度寝しようとすると、サーラが室内に入ってきて残酷にも布団を剥ぎ取った。
ちょっといつの間に。
「まだ眠いからもうちょっと……」
「ダメです。今日は客人であるドール子爵がいますので早めに席についていないといけません」
俺が甘えるような声音で言うも、サーラにはまったく効き目がない。
それもそうか。俺は美少女でも美少年でもあるまいし。
というかドール子爵なら、そんなこと気にしないと思うんだけどなぁ。
客人のためとあっては仕方がない。あんまり駄々を捏ねるとノルド父さんとエルナ母さんが怒るので、妙にスッキリとしない気分を押し殺して布団から這い出る。
「顔が酷いですよ。顔を洗ってきてはいかがでしょうか?」
「意味は伝わるけど言い方が酷いよ」
そんな言い方をされるとナチュラルにブサイクだと言われているように思えてしまう。
とはいえ、眠気で今の自分の顔が酷いことは想像できる。
「タオル取って」
「かしこまりました」
俺がそう頼むとサーラが手慣れたようにタンスからタオルを取り出す。
そして、俺は水魔法で小さな水球を浮かばせて、そこに顔だけを突っ込む。
冷たい水が顔を覆うと、先程まで靄がかかっていたかのような眠気は一気に払われた。
冷たさを堪能するように顔を軽く洗う。そして、顔をつけながら右手だけを差し出すと意図を汲み取ったサーラがタオルを渡してくれた。
この間、ミーナに同じことをやったら「クッキーならありませんよ!?」とか意味不明なことを言い出したよ。できるメイドは違うね。
そんなことを考えながら顔をタオルで拭いてサーラに渡す。前髪が少し濡れてしまったので風魔法で風を作ると少し乾いた。
うん、これくらいなら違和感もないし、後は自然乾燥で十分だろう。
準備が整ったので歩きだそうとしたら、俺の足が柔らかい何かを踏みつけた。
「ん?」
「どうしました?」
気になって持ち上げると、それはドール子爵が作ってくれたカエル人形、ゲコ太であった。
「ああ、ドール子爵が作ってくれた人形だ」
「あまり物を床に置いておきますと危ないですよ」
それもそうだな。人形を踏みつけたシーンなどドール子爵に見られてしまったら怒られてしまう。
俺はもう踏む事がないようにテーブルに戻そうとして、思い出す。
先程リビングで言ったノルド父さんの言葉を。
別にこれを売るわけではないけど、俺の案が採用されたことだし報告がてらに持っていくか。
そう考えて、ゲコ太をポケットの中へ。
「それじゃあ、いこっか」
サーラと共に部屋を出る。
階段を降りてダイニングルームへと向かうと、談話室の方からティクルの慌てたような声が響いてきた。
「だ、旦那様! そろそろ準備をしませんとスロウレット家の皆様をお待たせすることになりますよ!」
どうやら夕食前だというのに、ドール子爵が中々出てきてくれないようだ。
脚本の執筆に夢中になっているのだろうか?
「……ちょっと様子を見てきてもいい?」
「はい、お困りのようですしね」
客人であるドール子爵に何かがあっては困るだろう。
ドール子爵のことが気になるので、俺は談話室の前にいるティクルへと近付く。
「どうかしたの?」
「あ、お騒がせしてすいません。あの、夕食前なのですがドール子爵が部屋から出てきてくれなくて……」
「まさか倒れてたりしないよね?」
「それは大丈夫です。返事もありましたし」
念のために扉の隙間から覗いてみると、ドール子爵が必死に脚本を書いている姿が見えた。
「ああ、これは集中している感じだね」
「はい、最初に声をかけて返事してから、ずっと返事をしてくれなくて困っているんです」
ふむ、そうなると集中している今は何を言っても無駄か。
「ドール子爵、ご飯ですよー」
試しにノックしながら叫んでみるも反応はない。
これはダメだ。想像の世界にのめり込んでいる。
「扉を開けようにも鍵がかかっており入ることができないね」
「アルフリート様、お得意の解錠魔法はいかがです?」
「ただのサイキックだよ。でも、中に入っても説得に応じてくれるかどうか」
「だ、旦那様は、人形のことになると熱中し過ぎますから」
ドール子爵の熱意と集中力が裏目に出てしまったな。これも俺が人形劇とか言ったせいなのだろうか。これでドール子爵が夕食に出てこないともなると俺が怒られそうだな。
「何とかしてドール子爵の気を惹かないと……」
ドール子爵の気を惹くものといえば、やはり人形しかないな。
俺は自分のポケットの中にあったゲコ太を触って、ある作戦を思いついた。
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