グレゴール=ドール
ドール子爵視点となります。こういうのはいつも書籍の書き下ろしでやるのですが、なんかドール子爵を思ったよりも気に入ったので書きたくなりました。
私の領地では綿花の栽培、丈夫で綺麗な糸を吐く魔甲虫という魔物との共生によって布製品産業が活発だ。それに関係する製品のほとんどは領内で作られて私の家の下へと集まる。
周りに住む令嬢などは、色々な衣服が集まって羨ましがっていたが、さして衣服に興味のない少年だった私からすれば、そうは思えなかった。
どうせなら他の領地みたいに、そこでしか栽培することのできない美味しい食材や、そこでしか生息しない貴重な食べられる魔物などがいればいいのにと子供の時の私はずっとそんな風に考え、劣等感を抱いていた。
私の領地では、糸を紡いで布を作るようなものばかり。周辺の料理に比べて特筆するべき食材もない。衣服など集まってもつまらないではないか。
そんな風にどこか自分の領地を好きになれない私のことを、母はどうにかしたいと思ったのだろう。
母は私を街へと連れ出して、実際に衣服を作る過程を覗かせてくれた。
しかし、それはどこも地味な作業ばかり。綿花を栽培して、収穫して、厳選して。魔甲虫から糸を貰って、その糸を使ってチマチマと指を動かしているだけ。
そのような作業を延々と母の説明を受けながら見ていたが、特に興味のない私からすれば退屈そのものであった。
そんなあからさまな態度をしていた私に、母はがっかりしていたが諦めはしなかった。
何度も私を連れ回して、自分の領地の良さを伝えようとしていた。
だが、劣等感を抱いて自分の領地を好きになれなかった私からすれば、母がしつこく領地の素晴らしさを教えようとするのは嫌でしかなかった。
そんなある日の事。母がリビングで布や綿を使って何かを作っている姿を目撃した。
母である自分が作って見せることで、布や綿の素晴らしさ、衣服の素晴らしさを無理矢理教えてくるつもりなのだろう。
そう思っていた私は母を避けるようにしながら日々を過ごすようになった。
そして、数日後。私のベッドに見知らぬ物が置かれているのを見つけた。
遂に母は、私に領地を好きになってもらいたいがために部屋へと勝手に衣服を置くようになったのか。
憤り、置かれた物を投げようとしたところで、はたと気付いた。
それには手足があることを。
「か、可愛い」
丸い耳に丸い顔。瞳は小さくとてもつぶらで見る者を癒す不思議な雰囲気を発していた。手足は短くとても丸っこい。それがまたこちらの庇護欲をくすぐり何とも言えないざわつきを心に広げてくる。
気が付けば私は無我夢中でクマの人形を抱きしめていた。
フカフカで柔らかく、とても肌触りがいい。その感触には覚えがあり、すぐに自分の領地で作られた布や綿で作られた物だと気付いた。
す、凄い。私の領地はこのような素晴らしい物を作れる場所だったのか。
人形の素晴らしさと、その素材の良さに気付いた私は、即座に母の下へと駆けつけて礼を述べて、人形の作り方を教えてもらうように頼み込んだ。
豹変して人形に興味を示す私を見て、母は酷く驚いていたが、嬉しそうに笑って人形の作り方を教えてくれた。
布や糸や綿を使ってあっという間に、可愛らしい人形を作りあげていく母を私は尊敬した。それと同時に、こんな愛らしく人を幸せにするようなものを作れる我が領地は最高だ。他の領地など目ではない。気が付けば心の劣等感は靄が晴れたように消え去り、私は自分の領地が大好きになり誇りに思うようになった。
そんな風に人形を作りながら領地を継いで、経営する日々を送っていた私は、貴族の晩餐会でスロウレット家の当主と知り合い、文通をする中で変わった人物の話を聞く。
『うちの次男は、ドール子爵の人形をいたく気に入っており、魔法を使って動かして楽しく遊んでいるほどです』
魔法で人形を動かすだと? 人形が動く姿など幼き頃から何度も夢想してきたことだ。しかし、人形は人形。どれだけ私が語りかけて愛を注ごうとも、実際に彼らが動くことは決してない。
精々の己の脳の中だけで、声を吹き込み動き考えるだけ。そう、想像だけの話だ。
しかし、その動きという部分を魔法でやってみせる子供がいる。
それが如何なる魔法でどの程度の動きなのか全く想像ができなかった。
ノルド殿の次男は、年齢も二桁に及ばないものだと聞く。ノルド殿が子煩悩で大袈裟に言うような性格には見えないが、所詮は幼い子供の遊び。
とはいえ、人形を動かそうとするその発想は、私も心から共感できるものだったので、良き同士が作れるかもしれない。
この王国では人形文化が広まっておらず、ごく一部の少女がままごとに使うもの。そんな風に思われているせいか、人形について語り合える者が少ないのだ。
相手が幼い少年であろうと、人形を動かそうとする程の情熱であれば、人形への愛はあるはず。人形が魔法で動くことはあまり宛てにせず、同志との縁を結ぶ目的で、私はスロウレット領へと訪問した。
結果として、予想は大きく外れ、ノルド殿の息子であるアルフリート殿は、奇怪な魔法によって人形を動かしてみせた。
人間のようでありながら、人間ではあり得ない動き。人形が持つ愛らしさを十分に生かした人形らしい動きをしてだ。
さらに、それぞれの人形の性格などを考慮した上で、完璧なる仕草を見つけており、この人形であるならばこのような動きはしないという綿密なルールをしっかりと持っている。
想像以上だった。
アルフリート殿の魔法で動く人形の姿は、幼い頃から何度も夢想したものだった。
人形が目の前で生き物のように動いている。それはとても幸せなことだった。
私は即座にアルフリート殿に人形を動かす術の教授を願った。
自分で人形を動かすためであったら、財産の半分以上を譲渡してもいい。
それ程の覚悟を持ってして、頼むとアルフリート殿は無料でいいなどと言う。
このような革命的な技術を、会って間もない私に無料で教えるなど信じられない。
だが、アルフリート殿は決してお金を催促するような事は言わなかった。
もしや、これが噂に聞く、友情というものなのだろうか? 生まれてこの方、貴族同士の上辺だけの関係を築いてきた私には、それがどういうものであるかわからない。
人形好きの同士という、今までとは違った硬い友情が生まれた故なのか。
私はどこか照れくさい気持ちになりながら、アルフリート殿に無償で人形の動かし方を教わることになる。
私の手で人形を動かすことができる。そう考えるだけで幸せな気持ちになった。
しかし、そんな私の想いは無残にもへし折られることになる。
そう、アルフリート殿が使っている魔法は、無属性魔法のサイキックであるという。
それで重心を支えながら手足を巧みに操っているのだそうだ。
だが、私の魔法適性は土と水。無属性の適性が無い故に、サイキックを扱うことはできないのだ。
適性という、どうしようもない壁にぶち当たった私は、絶望の底に落ちた。
人形を動かす方法があるというのに、己の無才故にそれをすることができないとは……。
この時は一瞬、無属性の適性があるように産んでくれなかった母を恨みかけたが、母がいなければ私が人形を好きになることもなかったし、それは筋違いだ。
とはいえ、やはり自らの手で人形を動かすことができないというのは辛い。なまじ、目の前でアルフリート殿が動かしている姿を見ると、どうしても諦めきれなく切ない気持ちになった。
そんな時だ。アルフリート殿が私を絶望から引き上げてくれたのは。
『自分でできないのであれば、できる者に任せてはどうです?』
その言葉を聞いた瞬間。暗闇の中にいた私に光が差し込み、可能性という名の未来が広がった。
そうだ。自分でできないのであれば、できる者に任せてしまえばいい。
それなら目の前にいるので、早速アルフリート殿をスカウトしたのだが、すげなく断られてしまった。
むむ、彼を誘致するためであれば、かなりの待遇を約束したのだが、どうやらやりたいことがあるようだった。幸いにして、人形を動かす方法はきちんと教えてくれるということなので良しとする。
本当はアルフリート殿に来てほしかったのだが、仕方があるまい。彼ほどの人形師であれば、更なる動きの模索などとやることは大いにあるのだろう。
同士して、そのような至福の時間までを奪うことはない。
聞くところによると彼はまだ七歳だという。領地を継ぐのは長男であるシルヴィオ殿だというので、いずれ我が領地にやってくる未来がないでもない。
私に妻がおり、娘がいれば即座に婚約を結んで確実な繋がりにしたというのに残念だ。
だが、私とアルフリート殿には、人形好きという強固な絆がある。
それがある限り、私達の縁はこれからも続いていくだろう。
ともあれ、方針さえ決まれば即座に行動に移すのみ。本音をいえば、領地に戻るなり無属性魔法が使える者を探したいところであるが、こちらから訪問して用が済んだら帰るというのはあまりに失礼。
ここには同士アルフリート殿もいることだし、語らずに帰ってしまうのは勿体にない。
私は試しとばかりに、執事であるバスチアンに連れてきた使用人の中に無属性魔法を使える者がいるかと聞いた。
すると、運のいいことに連れてきていた従者の中で、ティクルが無属性魔法を使えるらしい。
そう言えばそうであった。ティクルは平民で幼いながらも魔力が多く、無属性魔法のライトが使えるので採用した。その能力のお陰で幼いながらもライトを使用しながら夜の見回りや給仕をしている姿をチラホラと見た気がする。
メイドであるティクルに無属性の適性があるなら話は早い。アルフリート殿も教授してくれることだから、屋敷にいる間はみっちりとティクルを育てるのだ。
しかし、人形を動かすということは相当難しいらしく、ティクルは人形を立たせることすらままならなかった。
私としては一刻もアルフリート殿のように人形を動かせるようになって欲しいので、ついもどかしく感じて怒鳴ってしまう。
それがただの嫉妬であることはわかっていた。
自分のすぐ傍に無属性魔法の使い手がいたことは喜ばしいことだが、やはり才無き自分からすれば妬ましいと感じてしまうのだろう。
アルフリート殿の言葉で吹っ切れたかと思っていたが、やはり長年蓄積していた想い故かそう簡単には消えてくれないようだ。
メイドであるティクルに八つ当たりしてしまったことに自己嫌悪していると、アルフリート殿が人形を作ってくれと頼まれたので、私は了承した。
こういう時は、いつものように大好きな人形を作るに限る。アルフリート殿も私のそんな想いを汲み取ってくれたのだろうか?
いや、彼の瞳は、単に人形がどのような風に作られるかという純粋なものであった。人形を巧みに魔法で操る奇才な彼であるが、そういう無邪気な一面は何とも子供らしい。
アルフリート殿のような尊敬できる人物から、人形作りを見せてくれと言われては張り切るもの。
私がデザインのリクエストを頼むと、アルフリート殿は奇怪な形をしたカエルの人形を提案してきた。
カエルにして丸く、手足がかなり短い。しかし、球体的なそのカエルのデザインはとても愛らしく、人形にすればとても良い物になると私の勘が告げていた。
私の中の創作意欲もドンドン湧いてくる。これなら口を開けて舌も作ってやれば、可愛くもリアルなカエルらしさの同居した人形にもなる。
しかし、アルフリート殿の発想はそれに留まらなかった。
『銅貨や銀貨などを入れてあげれば可愛い財布にもなりますね。敢えて綿を詰めないでおいて、お金を入れて丸く太らせると面白いかも』
綿を入れずにお金で丸く太らせる!? 人形=綿や布を入れて柔らかくするものと認識していた私からすれば、その考えは衝撃的だった。
確かにそれは財布でもあるが同時に人形でもある。
抱き締めた時のクッション性などは、人形には劣るが自分で硬貨を詰め込んで丸く太らせるという発想に途轍もない楽しさがあった。
アルフリート殿の助言によって増々創作欲が湧いてきた私は、あっという間にカエルの財布、人形を完成させた。
そして、完成したそれがアルフリート殿のサイキックによって、すぐ様命が吹き込まれた瞬間は思わず泣きそうになってしまった。
そうやって人形を作った後で、私はふと思い出す。
アルフリート殿に土産となる人形を渡していなかったことに。
私が人形を持ってきたというと、アルフリート殿は心から喜んでくれたためにメイドに銘じてプレゼントすることにした。
馬車一台分あるが、スロウレット家の屋敷ならば問題なく収納できるだろう。それにこれほどまでに人形に愛を持っているアルフリート殿がいるのだ。決して雑に扱うこともないだろう。
メイドが人形を室内に持ってくるとアルフリート殿は驚き笑っていた。恐らく、大量の人形を前にして感極まっているのだろう。
その反応がとても嬉しく思うと同時に、馬車三台分くらい持ってきてやればと私は少し後悔した。次に来る時はこの三倍の人形を持ってくるとしよう。
アルフリート殿は袋から人形を取り出すと、次々と人形をサイキックで歩かせて収納していく。
何十体もの人形が一気に動く様は、まるで人形の大行進だ。
まるで人形の世界に迷い込んでしまったような。
そんな夢の光景を見て私が興奮の声を上げると、アルフリート殿は平然とした顔でとんでもない事を口走った。
『人形をたくさん動かし、遠くから風魔法で声でも与えてあげれば立派な人形劇になりそうですよね』
人形を一気にサイキックで動かして、王都の劇のように風魔法で声を飛ばせば……いける! 舞台の上で一切人間の影がちらつくことなく、このような夢の世界を人々に見せることができる!
サイキックについてはティクルがアルフリート殿に教えてもらっている。人形については私が作ることもできるし、劇団の伝手もある。資材も問題ない。
だとすれば、後足りないのは人形の魅力を人々に伝える脚本だけだ!
気が付けば、私の中で熱意が膨れ上がり、それは止まらなくなっていた。
幼い頃から想像するだけだった人形の世界。それを一刻も早く発露して、物語として完成させたかった。
アルフリート殿には少し失礼になるが、私は即座に紙とペンを用意してその場で書き始める。しかし、アルフリート殿のテーブルサイズでは身体に合わず、私は渋々談話室に籠って脚本を書くことにする。
アイディアを貰ったアルフリート殿に報いるには、一刻も早く私の脚本を見せることだ。そう思って私は、想像の世界へと没頭してそれを紙の文字へと変換し続けた。
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