後ろ盾の素晴らしさ
翌日の朝。ふと、気が付くように目が覚めた。
瞼を持ち上げるといつもの屋敷とは違う、天井が広がっている。
カーテン越しに差し込む日差しから図るに、早朝の少し前というところだろうか。
早朝から稽古を始めるにしろ、今起きるには早すぎる気がする。
昨日は疲れていたからぐっすりと眠ってしまうかと思ったが、微妙に違う枕や布団のせいか早く目が覚めてしまったらしい。
旅行先あるある現象だ。
幸いなことに起きるタイミングがよかったのか頭の方は冴えている。
しかし、今起きてもやることがない。
ここはゴロゴロしながら惰眠を貪るべきだろうか。
そんなことを考えていると不意に廊下の方から足音が聞こえ、寝室の扉がノックされた。
「おはようございます、アルフリート様。起床のお時間で――ちょっと! どうして扉をロックするんです!」
おお、起床の時間なんておぞましい言葉を言うから、つい条件反射サイキックを使ってロックしてしまった。
「起きるにはまだ早い時間のはずだよ」
「ノルド様から早めに起こすように言われたんですよ!」
俺が厳かな声で言うと、扉の奥からミーナの焦ったような声が聞こえる。
ノルド父さんめ。俺のことをまったく信用していないな。
熟睡するつもりだったといえ、俺はこうして早起きしているというのに。
「はいはい、起きてるからノルド父さんによろしく伝えといて」
「ダメです。大部屋に連れてくるように言われています!」
合同稽古をするために遅刻は許さない。ノルド父さんのそんな意思を感じた。
「アルフリート様、ここは人様の家なのでいつものように――」
「はいはい、わかったよ。今から着替えるから待ってて」
ミーナが説教臭いことを言い始める前に、俺は観念してサイキックで扉のロックを解除する。
「あ、あれ? 今日はいつになく素直ですね」
俺がベッドから降りると、ミーナが扉からきょとんとした顔を出してきた。
「いつもならもっとごねますよね? 魔法で抵抗しますよね?」
「さすがに人様の家でそんなことはしないよ」
さすがに人の家でそのようなやり取りはしたくない。
それに何より昨日はノルド父さんに助けてもらったからね。ここは借りを返す意味でもきちんと参加しておこうじゃないか。
「普通に起きられるのであれば屋敷でも普通に起きてくださいよ!」
「それはそれ。これはこれ。というかメイドなのによく寝坊するミーナが言っても、説得力がないよ」
「うっ! たまにです! たまになんです!」
「はいはい、わかった。着替えるから閉めて」
なおも何か言いたげのミーナの言葉を遮るように言うと、大人しく扉が閉まってミーナが出ていった。
しかし、着替えを終えて大部屋に歩くまでの間、ミーナは如何に自分が普段早起きして頑張っているかを語ってきた。
きっと、サーラやメルという気安い喋り相手がいないせいで、ストレスのようなものが溜まっているのだろうな。
そのことを察した俺は、ふんふんと適当に相槌を打ちながら大部屋に向かった。
◆
俺が大部屋に向かう頃には、既に家族全員が勢揃いしていた。
目覚まし時計もないのに、よく皆してこんなに早く起きられるものだ。
「おはよう」
「「おはよう」」
とりあえず朝の挨拶をしてから入ると皆から返事がくる。
「アル、髪の毛が跳ねているじゃないの。早く寝癖を直しなさい」
適当にソファーに座ると、エルナ母さんから寝癖のついている場所を指で突かれた。
洗面台に向かうのが面倒だったので、俺は水魔法で小さな水球を浮かべる。それから寝癖を直しやすいように温水にし、寝癖の場所へとコンパクトに当てていく。
寝癖の場所を濡らすと、今度は風魔法で濡らした髪を乾かしていく。
「うん、これで多分直った」
「寝癖は直ったけど髪がぐちゃぐちゃよ。もう少し手で整えなさいよ」
エルナ母さんはそう小言を言いながらも、俺の髪の毛を手で整えてくれる。
おお、いつもは俺がエルナ母さんの髪を整えてあげる方が多かったから、なんだか新鮮だ。
エリックの家に来てから、エルナ母さんの母力が高いぞ。
「あら? よく見たらエリノラも後頭部が少し跳ねてるじゃないの。エリノラも寝癖を直しなさい」
「えー、別に後ろの髪で隠れるし、これくらいわかんないわよ」
エルナ母さんが注意するも、エリノラ姉さんは木剣の最終チェックの方に意識がいっているようだ。
ポニーテールで隠れているとはいえ、少し動くとあの寝癖は目立つのではなかろうか。
いつもながらのエリノラ姉さんに呆れているとエルナ母さんが顎をくいっと動かして、視線でメッセージを伝えてくる。
今の状況と視線から察するに「やってやれ」ということだろうか。ちょっとした怒りの籠っている目から考えると、お灸をすえるような感じか。
俺が執行されば報復を受けるのも当然俺だが、今は巨大な後ろ盾がある。
となると怖いものなどない。遠慮なくやらせてもらおう。
俺はさっきと水魔法でさっきと同じように小さな水球を作り上げる。通常なら寝癖の時は、人肌くらいの温度に調整するのだが、今回はお灸をすえることが目的なので、氷魔法を併用してウンと冷たくする。
凍ってしまう温度ギリギリの冷たさにしたら、俺はそれをエリノラ姉さんの後頭部の寝癖へと乱暴に当てた。
「ひゃっ! 冷っ!」
いつもなら優しく当てるので水が散らばらないが、今回は乱暴に当てたので後頭部だけでなく、首周りにもかかった。
エリノラ姉さんは短い悲鳴のような声を上げて、肩を勢いよく上げた。
「ちょっとアル!」
「ほらほら、さっさと寝癖を直しなさい」
エリノラ姉さんが犯人にあたりをつけて怒りの声を上げようとしたが、後ろ盾なるエルナ母さんが俺を守ってくれる。
エルナ母さんの差し金であることを理解したエリノラ姉さんは、不満そうな顔をしつつも大人しく寝癖を手で整える。
おお、後ろ盾に守られることの何と素晴らしいことだろうか。
いつもこんな風だったら素敵なのに。
とはいえ、後での仕返しが怖いので風魔法で風を流してエリノラ姉さんを手伝う。
これでアフターケアは完了。エルナ母さんに言われて仕方なくやったんだという意思表示はできただろ
う。
「さて、軽めの朝食を食べたら今日は合同稽古だよ。今のうちに稽古道具の準備をしておくんだよ」
「はーい」
◆
昨夜と同じように魚料理と少しの肉料理、パンという朝食を食べると俺達は稽古服に身を包んで屋敷の外へ。
すると、エリックとルーナさん、エーガルさんが稽古服に身を包んで待っていた。
稽古服は俺達と同じように胸当てや腕周り、膝周りといった最低限のものを革防具で覆っている感じだ。
「それにしても貴様は稽古服を着てもシャンとしないな」
「うるさい。ほっといてよ」
稽古服にどこか着られているような俺と違って、エリックは意外と稽古服が様になる。
今ではグローブをキュッとしばって、これ見よがしにアピールしているほどだ。
普通に着れば様になる服が様にならないという問題は、結構気にしているので触れないでほしい。
「ルーナは相変わらず防具は最低限なのね」
「防具がそれだけで大丈夫なんですか?」
感心した口調のエリノラ姉さんと、心配げな声を上げるシルヴィオ兄さん。
エリックとエーガルさんに比べるとルーナさんの防具は随分と薄い気がする。
肌に張り付くようなインナーのようなものを着ており、申し訳ない程度に薄いものを纏っているくらい
だ。
「……大丈夫。あたしは速度を重視した戦闘スタイルだから。シルヴィオ君も打ち合いの時は遠慮せずに打ち込んできてもいい」
なるほど。スピードを意識した動きをするならば納得だ。要は防御を捨ててでも攻撃、または回避なのだろう。
どちらにせよ何かが突出していないと取れる選択肢ではない。
「え、でも、もし当たったら……」
「大丈夫よ。シルヴィオの実力じゃルーナに当てるのは無理だから」
おずおずと心配の声を上げるシルヴィオ兄さんだが、それをエリノラ姉さんがばっさりと切り捨てた。
「あはは、そう」
これにはシルヴィオ兄さんも思わず苦笑い。
相手のことを過小評価することもなく、過剰評価することもないエリノラ姉さんだ。恐らく言っていることは事実なのだろう。
エリノラ姉さんを見ながらエリックは俺に囁く。
「……エリノラ嬢は、俺の姉上と同じく物事をハッキリ言うのだな」
「そんな二人だから馬が合うんだろうさ」
「それもそうか」
お互いに思ったことをハッキリ言うからこそ、変に遠慮しないでいられるということはある。
ただ、一般的な貴族令嬢の性格からは外れていると思う。




