醤油とマヨネーズ
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「そういえば、ノルド殿。お土産の中にある醤油は生の魚、刺身にとても合うと聞いたが本当か?」
「僕は実際に食べたことがないので何とも言えないですけど……。合うんだよねアル?」
エーガルさんに尋ねられたもののノルド父さんは刺身と一緒に食べたことがないからか、俺へとパスを振ってくる。
「うん、合うよ。刺身に醤油をつけることで魚の臭みも取れるし、味もしゃっきりとするんだ」
「……いつもよりも美味しく感じられた」
「おお、そうなのか!」
「果実ソースとは違う調味料。……気になりますね」
俺とルーナさんがそう言うと、エーガルさんとナターシャさんが感心するように頷く。
刺身を食べ慣れているルーナさんがそう言えば、信頼性と興味は高まるだろう。
シルフォード家の方々が興味を示しているとなれば実食してもらうのがいいだろう。
「では、今刺身につけて食べてみましょうか」
「おお、ぜひ頼む!」
「お願いします」
ノルド父さんがそう言うと、エーガルさんとナターシャさんが嬉しそうに言う。
やはり刺身を身近に食べる一家としては、刺身に合うという醤油の存在が気になるらしい。
「ラルゴさん、醤油を持ってきてもらえるかい?」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
ノルド父さんが頼むと、ラルゴは一礼して退出。
そして、十秒としないうちにラルゴはガラスの容器に入れられた醤油を持ってきた。
これは明らかに事前に用意していたやつだ。もしくは新しい調味料と聞いて、研究でもしようと移し替えていたのだろう。
ラルゴは皆に容器を見せると、小皿へと醤油を注いでいく。
「おお、黒に近い色をしたソースと聞いていたが、本当に黒っぽいのだな」
「凄く香ばしい匂いがします。香りだけで醤油の豊かな味が想像できそうですね」
もはや見慣れたうちとは違い、初めて見るエーガルさんとナターシャさんが新鮮なコメントをしてくれる。
「刺身と醤油が合うとは聞いていたけど食べてみるのは初めてね」
「そうだね」
「醤油は味が濃いからあんまり付け過ぎない方がいいですよ」
エルナ母さんとノルド父さんならわかっているかもしれないが、エーガルさんとナターシャさんは初めてなので付け過ぎてしまうかもしれない。
せっかく美味しい調味料を紹介するのだから、やはり美味しく食べてもらいたい。
「ありがとうございます。では、最初に軽く味見をしてみましょうか」
「うむ、そうだな」
二人は頷くと、小さめのスプーンを醤油に軽く当てて口へと含む。
「おお、確かに味が濃い。しょっぱいとさえ言える。だが、塩のようなただの塩っ辛さではなく、複雑な味わいがあり濃厚だな」
「香辛料で辛くしたのとは違う。年数の重みを感じる味ですね」
ナターシャさんの言う通り、この味は一日や二日では出ない味だろうな。醤油にはそれほどの複雑な味わいがある。
「アルフリート君の言う通り、少量つけるくらいがちょうど良さそうだ」
「ええ、では早速頂きましょうか」
ナターシャさんがそう言うと、エーガルさんも無言で頷いてクロワナの刺身を醤油に少しつけ、口に入れた。
すると、エーガルさんの目がカッと見開かれる。
「おお! これは美味い! 生の魚はそれだけで完成された味だと思ったが、それを遥かに高めるソースがあったとは……っ!」
「魚の身と見事に調和していますね。果実ソースで食べるよりも醤油で食べた方が味も引き締まって私は好きです!」
二人はそんな感想を漏らすと気に入ったのか、次なる刺身をとり分けては醤油につけて食べていく。
醤油と刺身の相性は完璧だからな。はまってしまうのも納得だ。
「あら、本当に美味しいわね。何もつけずに味わうよりも、私はこっちの方が食べやすいわ」
「何もつけずに味わうのも好きだけど、こうやってアクセントをつけるソースがあった方がいいかもね」
何もつけずに食べると、魚によっては少し生臭さが感じられるものもあるからね。慣れている人ならともかく、一般の人からすれば醤油で臭みを取った方が食べやすいしな。
さて、見ているだけじゃつまらない。せっかく色々な刺身があるのだ。
醤油をつけた味もそれぞれチェックしないとな。
何もつけないと普通だった刺身が、醤油をつけるとかなり美味しくなる。なんてことなど、ざらにあるだろうしな。
ドスマグロ、キグナス、サーモンもどきなどを次々と取り分けて、俺は醤油と共に味わう。
うん、やっぱりキグナスなんかは美味しいな。エンガワのような部位があることから、ヒラメに似た魚なんではないだろうか。
淡白な味であるが醤油と共に食べることによって甘みが強調されているように思える。生で食べたどこか物足りない感じも、醤油の香ばしさと味で補われておりちょうどいい味わいだった。
「おい、エリック。キグナスは醤油につけて食べると、より美味しくなるな! ……エリック?」
俺がキグナスと醤油の相性を語るも、エリックは真剣な表情をして刺身を見ていた。
……確かあれはカツオの刺身。それと醤油を見比べて何を考えているのやら。
もしかして醤油が合わないと感じたか?
俺が疑問に思っていると、エリックはゆっくりとこちらを見つめる。
「……アルフリート」
「何だい?」
「マヨネーズは持っていないか?」
突然こいつは何を言いだすのか。
「どういうこと?」
「この魚に醤油、そしてマヨネーズをつけるとさらに美味しくなる。俺の中の勘がそう言ってるのだ」
「嘘つけ。お前ただマヨネーズが食べたいだけだろ」
「違うわ! とにかく食べてみればわかる! 貴様はいつも持ち歩いていると言っただろう。あるのならば持ってくるのだ!」
俺がそう言うが、エリックの表情は真剣そのもの。
確かにそうは言ったが、あれはいつも空間魔法で持ち歩いているという意味。
魔力にやたらと敏感なノルド父さんとエルナ母さんの前ではさすがに使えない。とはいえ、いつも持っていると言ってしまった手前、持っていないと言うのも変だしな。
船の時に醤油は常備していたのにどうしてマヨネーズはないのだ、とか言われそうだ。
「わかったよ。取ってくるから待ってて」
「おお!」
俺が椅子から降りるとエリックがあからさまに機嫌を良くする。
マヨネーズ一つでここまで機嫌が良くなるなんて、なんてチョロいやつなんだ。
そう思いながら出口の扉に歩いていくと、ラルゴが控えめに声をかけてくる。
「申しつければ、私が取って参りますが?」
「大丈夫だよ。置いてあるのは自分の部屋だし、ついでにお手洗いにも行きたいから」
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
必殺お手洗い。こう言ってしまえば、相手の気遣いを無駄にすることなく外に出られるというわけだ。
ラルゴに扉を開けてもらった俺は愛想良く笑ってダイニングルームを出る。
そのまま二階へと上がり、割り振られた部屋に入ると俺は空間魔法を発動させる
何もない空間に亜空間が出現し、そこに手を入れながらマヨネーズ瓶を想像すると、自然と手繰り寄せることができた。
うん、ちゃんと新鮮なマヨネーズだな。
確認した俺は、トイレのカモフラージュをするために三分くらいボーっと座って時間を潰してからダイニングルームへと戻る。
俺が扉に近付くと足音で察したのか、ラルゴが扉を開けてくれた。
ラルゴに礼を言うと、俺は自分の席へと戻る。
「おお、持ってきたか!」
俺がテーブルに置いてやると、エリックが早速手に取ってスプーンで取り出す。
「……これがエリックが美味しいって言っていたマヨネーズ?」
それを凝視するルーナさん。どうやらルーナさんも気になっているようだ。
うちでは既にマヨネーズが食卓に上がっているので、特に誰も気にすることはない。
だが、エリックが取った行動に、興味のなかったエリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんも目を見開くことになる。
そう、エリックは醤油にマヨネーズを入れたのだ。
「お、おい」
「慌てるな。これで合っているのだ」
俺が思わず声を上げるも、エリックは何の問題ないとばかりに頷く。
え? 醤油にマヨネーズって合うの? それも刺身につけてだぞ?
刺身といえば、ワサビもしょうが、紅葉おろし、ポン酢などで食べてきた俺だ。刺身にマヨネーズをつけるのはどうなのかと思う。
でも、回転寿司などではサーモンマヨとか合ったな。
もしかしたら意外に合うのかもしれない。
「げっ、あんたまでやるの?」
俺が真似をして醤油の中にマヨネーズをいれると、隣に座っているエリノラ姉さんがぎょっとした声を上げる。
「試しにちょっとやってみなよ」
「あたしはやめとくわ」
俺が軽く道連れに誘ってみるもエリノラ姉さんは断る。
だが、俺が美味しいとか言い出すと試しだすのがエリノラ姉さんなんだよな。まるで危険な道の地雷を俺に踏ませてから安全を確保するように。
「もしかしてルーナもやるの?」
「……違う。私はマヨネーズだけを食べてみる」
ルーナさんはマヨネーズの味そのものを知らないので味が気になったようだ。
自分の取り皿に少し取り分けると、スプーンですくって口に含む。
「……あっ、美味しい。これだけで十分おかずになりそう」
「さすがにずっと食べていると濃いわよ」
さすがはマヨラーのエリックの姉。マヨネーズをおかずだと言い張った。
まあ、今はそれよりもエリックだ。
醤油とマヨネーズの配合が完了したエリックは、カツオを取るとそこへつける。
それから迷うことなく口へと放り込んだ。
「「…………」」
そんなエリックを俺達は遠巻きに見つめる。
誰も彼もが視線で「そんなものが美味しいのか?」と語っていた。
エリックがカツオを咀嚼し、喉を鳴らす。
それからゆっくりと目を見開いて一言。
「美味い」
ただの一言であったが、それは心から表現したような感情の込もったものであった。
エリックはマヨラーだから味覚が違うだけかもしれない。
しかし、不思議とエリックが美味そうに食べるところを見ると、俺もやってみようと思える。
エリックが二切れ目を取るのをしり目に、俺は取り皿にあるカツオを同じように醤油マヨネーズにつけてみる。
カツオには醤油だけでなく、ドロッとした黄色いマヨネーズが付着した。
見た目的にはあまり美味しそうに見えないのだが……。
ちょっとためらいながらも、俺は意を決してそれを口へと運んだ。
口の中に広がるカツオと醤油の味。普段ならばカツオの癖のある臭みがやってくるのだが、それを覆い隠すようにまろやかなマヨネーズが主張してきた。
おお、カツオの独特の癖が抑えられた。それに醤油とマヨネーズの味が意外に合う。
調和した調味料がカツオの味と絡み、何とも言えない美味しさを出していた。
俺がカツオを飲み込むと、エリノラ姉さんがおずおずと尋ねてくる。
「ど、どうなのよ?」
「意外といける」
「意外ととはなんだ! これが一番であろう!」
俺がそう答えると、エリックが立ち上がって口を挟む。
カツオにマヨネーズと醤油をつける行為が王道だと言えるのか?
「やっぱり俺からすれば醤油の方がしっくりくるよ。でも、カルパッチョのようにこれも美味しいと思えたよ」
「一番ではないのが不服だが、そう思うなら良しとしよう」
俺がそう言うと、エリックはちょっと不服そうにしながらも席に座った。
まあ、味の好みなんて人それぞれだからね。色々と違いはあるよ。
「ちょっと貸して」
俺が呑気にそう思っていると、隣にいるエリノラ姉さんが醤油とマヨネーズの入った俺の小皿を取った。
それから試しとばかりにカツオにつけて食べる。
「確かに意外といけるかも。お米にも合うかもしれないわね」
まったく、この姉は。人が歩いた道を悠々と後ろから付いてくるのだから。
◆
エリック家と和やかな夕食が終わった後、俺達は割り振られている部屋に戻って一休みだ。
室内に入ると俺とエリノラ姉さん、シルヴィオ兄さんがソファーに座った。
クッション性がいまいちなソファーの上で俺はだらりと身体の力を抜く。
隣にいるエリノラ姉さんは、両腕を上に突き出して身体をほぐした。それから「ふう」と気の抜けるような息を吐くと、だらりと座り俺の頭に腕を置いてきた。
ちょっと、この人なに当たり前のように人の頭を肘置きに使っているのだろう。
「……エリノラ姉さん、腕邪魔」
「ごめん、ちょうどいい位置に頭があったから」
ここで重いなどという物騒な言葉は使わない。例えそれが腕部分だけであっても気にしてくるのが女性という生き物。俺は日々成長しているのだよ。
というか、エリノラ姉さん言葉で謝りつつもまったく腕を下ろす気配がないな。
依然として俺の頭にはエリノラ姉さんの腕が乗ったままだ。
まあ、腕くらいならさほど重くもないし、柔らかいから別にいいけどね。
しばらくはエリノラ姉さんの肘置きに徹していると、シルヴィオ兄さんが軽く笑う。
「あはは、二人ともお疲れみたいだね」
「料理は美味しいけど、行儀よくしていないといけないのが面倒だったわ」
「そうだね」
いくら相手が気安いとはいえ初対面の相手もいる貴族家では、楽にするというのは難しい。
特に女性であるエリノラ姉さんは、ある程度猫を被らないといけないからなおさらだろう。
「シルヴィオ兄さんは緊張しなかったの?」
「そんなにしなかったよ。交流会とかで出会う貴族に比べると、シルフォード家の皆は優しくて気さくだからね」
俺が尋ねると、苦笑しながら答えるシルヴィオ兄さん。
ああ、確かに交流会などに比べればそうだね。ここには鼻持ちならない人とか永遠に自慢話をしてくる人もいないし。
「多少気を遣ったけど海鮮料理はとても美味しかったわよね。毎日でも食べたいくらいだわ」
「そうだね。料理を食べるだけでも来る意味があると言えるね」
「ちょっと! ちゃんと稽古はあるのよね!?」
ノルド父さんが思わず漏らした言葉に、エリノラ姉さんと愕然とする。
「そうそう。このまま海鮮料理を食べ尽くす観光にしよう」
俺がノルド父さんの言葉に乗っかるように言うと、エリノラ姉さんが無言で髪の毛を引っ張った。
い、痛いです姉上。後頭部が禿げちゃいそう。
「ははは、それくらい美味しかったって意味だよ。ちゃんと明日からは合同稽古もするから」
「なら、いいのよ」
ノルド父さんの言葉に安心したのかエリノラ姉さんがホッとする。
「……ちっ、合同稽古なんてやめて海で遊べばいいのに」
「どうせあんたは砂いじりするだけでしょ。砂なら稽古の休憩時間にでもいじればいいじゃない」
俺の呟いた言葉を聞くと、エリノラ姉さんが呆れた声をあげながら頭をポンポンと軽く叩く。
「海の傍だからこそやる意義があるんだよ」
浜辺という絶好の場所だからこそ、ああいう芸術性の高いものを作りたくなるんだよ。エリノラ姉さんは芸術性をわかっていないな。
「何にせよ、明日は朝から合同稽古だから早めに寝るんだよ?」
「「はーい」」
「アルもわかってるよね?」
俺だけ返事していないことにしっかり気付いたのか、ノルド父さんが名指しで聞いてくる。
まったく鋭いな。
「はーい」
ノルド父さんに見つめられて、俺は渋々返事をした。
「じゃあ、あたし自分の部屋で寝るわ!」
エリノラ姉さんは明日の朝が楽しみで仕方ないのか、軽やかにソファーから立ち上がる。
ここでようやく肘置きという役割を解放された俺も、ゆっくりと立ち上がった。
今日は馬車移動、クルージング、砂遊びとハードスケジュールだったからな。俺の体力も限界で眠気が襲ってきたところだ。
「……くあぁ」
「じゃあ、僕達も部屋に行こうか」
大きな欠伸を漏らしていると、同じく立ち上がったシルヴィオ兄さんが俺の背中を押して出口へと歩く。
「おやすみなさーい!」
「ええ、おやすみ」
扉を出る直前に三人で挨拶をすると、エルナ母さんがにっこりと笑いながら手を振った。
エリノラ姉さんと別れ、俺とシルヴィオ兄さんは各々の寝室へ。
明日の朝は合同稽古かぁ。面倒くさそうだな。
次の話は合同稽古になります。




