再びぶつかるトング
さて、話をしているだけじゃ食は進まないな。
刺身は鮮度が大事だからな。刺身は早めに食べることにしよう。
クロワナの他にドスマグロだろうか? 赤いマグロのようなものや、オレンジ色のサーモンのようなものもある。
とりあえず一通り味を確認するために、俺はトングで全種類一枚ずつ取っていく。
するとエリックも新鮮なうちに刺身を食べる考えなのか、反対側からトングで刺身を取り出した。
王都のパーティーでも同じようなタイミングでトングを使ったよな。
まあ、今回は刺身もたくさんあるわけだし、トングがぶつかるはずもないけどね。
そんなことを考えながら刺身を取り分けていると、ふと一枚しかない刺身があることに気付いた。
……何だこれ? ただの白身のように見えるが薄っすらと輝いていて綺麗だな。
まるで貝の裏側にある虹色のような色だ。
好奇心が湧いたのでトングで取ろうとするとコツリと俺のトングに何かがぶつかった。
視線をやると二つのトングが同じ刺身を取ろうと絡まり合っている。
エリックと俺のトングがまたもやぶつかってしまったのだ。
何でだよ。またなのか。
うんざりとした気持ちで顔を上げると、エリックも同じような苦い表情を浮かべていた。
俺達が微妙な表情を浮かべて固まっていると、何故か皆からの視線が突き刺さる。
いや、視線が向かってくる理由などわかっている。どうせまたトングで喧嘩をするのではないかと思っているのだろう。
……ふっ、さすがに俺とエリックも同じようなことをするほどバカではないぞ。
俺はふっと息を吐き、余裕のある笑みを浮かべて、
「エリック、この綺麗な魚は何だい?」
「ああ、これはキグナスという魚の身だ。ほら、この辺りにあるのもキグナスの身だぞ。こっちは腹の部分だからいい具合に脂が乗っていて美味いぞ?」
俺は尋ねると、エリックが虹色の刺身からあからさまに話題を逸らそうとする。
これは明らかに怪しいな。
「へー、そうなんだ。ところで、こっちの虹色のやつもキグナスだよね? どうしてこれは一つしかないの?」
「そ、それはだな……その、あれだ……」
俺が直球で質問をすると、エリックがどもりだす。
あれって何だ? エリック。これは一体何なのかね?
「……稀少なキグナスから少ししか取れない部位。綺麗だけど味はクロワナほどじゃない」
俺が無言で問いただしていると、こちらを見守っているルーナさんがポツリと呟いた。
なるほど、見栄えを意識した部位だったのか。料理は目で楽しむっていうからな。こういう目を楽しませてくれるのは好きだな。
「そうなんだ。それなら別に――」
「……ちなみにエリックの大好物」
「と思ったけど、食べてみたくなったなー」
「ぐぬぬぬぬぬ! ……貴様、俺の大好物だと知った瞬間に手の平を返しおったな!」
俺がニヤニヤと笑いながらリクエストするとエリックの表情が面白いくらいに歪む。
キグナスという稀少な魚から少ししか取れない部位。それでありながらエリックの大好物ときた。
特別美味しい部位でもないので友達であればここは譲るのだが、今日の夕方からエリックを悪友に認定したので遠慮はしない。
大体今回は俺達がもてなされる側なのだ。その気になればいつでも食べることができるエリックに譲る意味がないだろう。
ここは客人である俺に大人しく渡せ。
俺が声に出さずに口の動きだけで言うと、エリックが怒りの込もったうめき声を上げる。
「ぐぬぬぬぬ!」
顔を赤くしたエリックが五秒くらいこちらを睨んでいたが、ふと冷静になったのか余裕の笑みを浮かべ出した。
「ふっ、別に構わん。キグナスの切り身なら別の皿にもある。それはくれてやるさ」
一応、稀少な部位だし気にはなっていたので、俺は素直にキグナスの刺身を取る。
俺達がトングで戦わないことに安心したのか、皆からの突き刺さるような視線も霧散した。
「姉上、そっちの皿にあるキグナスの身を取ってくれ」
「……ない」
余裕のある笑みを浮かべながら言うエリックだが、ルーナさんのきっぱりとした言葉によって早くも崩れ去る。
「な、何だと!? そっちの皿には二切れあったはずだぞ!?」
細かいな。いちいち確認していたのかよ。
「あ、何か綺麗だから食べちゃった」
「僕も……」
「な、何だと?」
エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんの言葉を聞いて、エリックは愕然とする。
もはや最初の余裕ある表情はどこにもない。
適当に選ぶ二人からすれば綺麗だからこそ自然と手が伸びてしまったのだろうな。
「お、奥の方には……」
「あら? このお魚とても綺麗ね?」
「本当だね。食べてみようか」
エリックは更なる奥に視線をやったが、そこではエルナ母さんとノルド父さんがちょうど取り分けているところだった。
さすがにこれは今更狙うことはできないだろうな。
となると残っているのは俺の取り皿にある一切れなわけで……。
そう思った瞬間、エリックが勢いよく振りかぶってトングを掴んだ。
この野郎、再びトングでの決闘さえも厭わない覚悟なのか。これが二人だけの場所であれば遠慮なく乗ってやって叩きのめすのだが、今は互いの両親が見張っている。
またもやあれを繰り返して怒られるのはゴメンだ。
俺はエリックとのトング勝負に乗ることなく、速やかに事態を収拾させるために取り皿に乗せた刺身をフォークで刺して口へと放り込んだ。
「ああっ!?」というエリックの悲痛な声が聞こえたが、俺は気にすることなくキグナスの刺身を咀嚼。
ふむ、エンガワのような独特な弾力が楽しいけど味の方は……。
「噛み応えは楽しいけどクロワナとかに比べるといまいちかな?」
「だったら食うなよぉ!」
俺が微妙な顔でコメントすると、エリックが悔しそうな顔をして叫んだ。
あはは、エリックが悔しそうにしているのを見るとクロワナよりも美味しく感じられるかもね。
◆
「エリック、悪かったって。いつまでも拗ねるなよ」
「別に俺は拗ねてなどいない」
そうは言うが眉毛がいつもよりも寄っており、眉間に多くのシワができている。
いつもむっつりとした表情をしたやつであるが、今は明らかに機嫌が悪く、拗ねている様子だ。
さっき稀少な刺身を食べたことはそれほど悪いことだと思っていないが、目の前で不機嫌そうな顔があると食べづらいものだ。
「じゃあ、その不機嫌そうな顔をやめてくれよ」
「俺は元々こういう顔だ」
「まあ、そうだけどね」
「何故だろう。死んだ目をしている貴様にそう言われると少し腹が立つな」
お? なんだこいつは。俺には喧嘩を売っているのかな?
しかし、ここで言い返したりすれば話がまたこじれるのは確実。ここは大人な俺が素直に謝っておこう。
「ごめんって」
「ふん、別に謝る必要などない。俺は貴様と違っていつでも新鮮な魚が食べられるのだからな! 稀少で大好物であるキグナスとはいえ、またすぐに食べることができるだろう」
め、面倒くせえ。こちらが下手に出てあげたというのにマウントしてきやがった。
だけど、それは俺も同じなんだよな……。
エリックの領地にある海はあらかた記憶したから空間魔法による転移でいつでもやってこられる。それに獲れたてのクロワナを亜空間に収納してしまえば、いつでも美味しい状態で刺身が食べられる。クロワナ以外の魚でも貝でもそれは同じこと。
あれ? 同じというかエリックよりも遥かにいい状態じゃないか。
海に面している領主の息子なのに山に囲まれている領主の息子の方が贅沢をしている。
何だかエリックが可哀想に思えてきた。
「そうなんだ。それは良かったね、エリック」
「き、貴様! 何だその憐れむような目は! よくわからんがその目をやめろ!」
俺がにっこりと笑いながら相槌を打ってあげたのに、エリックがそのようなことを言う。
どうやら俺の心情が微かに瞳へと現れてしまったようだ。
「そうだ。悪いと思っているのならばお詫びに船の上で食べた醤油とやらを寄越せ。それで許してやらんこともない」
「えっ? 謝る必要はないって言ったじゃん? だから、渡さないよ?」
「おのれ! こいつめ!」
惚けたことを言うエリックにきっぱり言ってやると、エリックが大声を上げ出した。
こいつももうちょっと素直になれば生きやすくなるのになぁ。




