アルフリート、痩せる
「おはよう」
「「おはようアル」」
いつものようにダイニングルームに入ると、エリノラ姉さん以外の家族が勢揃いしていた。
朝の挨拶をそれぞれ一言で済ませた俺は、欠伸を漏らしながら自分の席に着く。
「……はぁ、今日も朝から疲れた」
大きく息を吐きながら、疲労によって掠れた声を漏らす。
テーブルに突っ伏すと隣にいるシルヴィオ兄さんの苦笑いが見えた。
「今日も朝から姉さんと走っていたんだね」
「そうだよ。そのせいで最近はずっと朝が早いよ。久し振りに朝から思いっきり二度寝したい……」
そう、以前に稽古をしてからというもの、俺は毎日のようにエリノラ姉さんに追い立てられて馬のように――じゃなくて、エリノラ姉さんの有難い指導と監視の下に走り込みを行っているのである。
前回の自主稽古から二週間は経っただろうか?
毎日朝から走り込み。それとは別にノルド父さんの稽古、昼には再びエリノラ姉さんとの自主稽古による走り込み。
とにかくいっぱい走ったのだ。それはもうこの世界に転生した人生の中で一番多く。
「でも、そのお陰ですっかり元通りにの体型になったね」
「カグラに行く前と同じくらいの体型に戻ったんじゃないかしら」
「本当?」
シルヴィオ兄さんとエルナ母さんの言葉を聞いて、俺は思わず顔を上げる。
「ええ、そこに鏡があるから見てらっしゃい」
エルナ母さんに促されて、席から移動して鏡を見る。
そこには酷く眠たそうな瞳をした七歳児くらいの少年がいた。
カグラから帰ってきた時のような丸みはほとんどない。顎のラインもシャープで二重顎もない。お腹をつまんでみるも、無駄につまめるようなお肉は全くなかった。
「おお! 痩せている!」
連日の走り込みによる疲労のせいだろうか? 瞳がいつもよりも死んでいるように見えるが、全体的に凄く痩せているぞ。
「アル、エリノラは何をしているんだい?」
俺が鏡を見ながら自分の身体を触っていると、ノルド父さんが尋ねてくる。
「まだ走り足りないとか言って走ってるよ。そのうち適当に帰ってくるんじゃないの?」
エリノラ姉さんは俺が走る程度の距離では足りないと仰っていた。今頃もう一回コリアット村まで行っているか、隣の村にでも行っているのではないだろうか。
「どこまで行ったのかしら? もうすぐご飯の時間なのに……」
さもエリノラ姉さんを心配している風に言うエルナ母さんだが、心配しているのは自分の空腹具合だろう。
うちの家族は揃って朝食を食べるのが決まりだから、エリノラ姉さんが帰ってこないと朝食を食べられないからな。
俺も朝から走っていたのでお腹がペコペコだ。どこまで走ってるのか知らないが、さっさと戻ってきてほしいものである。
「ただいま!」
ここ最近のダッシュしているコースをシルヴィオ兄さんに語っていると、エリノラ姉さんが帰ってきた。
その声を聞いただけで背筋が無駄に伸びてしまうのは、ここ最近走り込みで調教されてしまったせいだろうか。
エリノラ姉さんってば、俺が速度を緩める度に怒るから。
「やっと帰ってきたわね。ミーナ、朝食の用意をお願いね」
「わかりました!」
エルナ母さんがそう言うと、ミーナが元気な声で返事をしてダイニングルームから出ていく。それと入れ違うようにエリノラ姉さんがダイニングルームに入ってきた。
「おはよう皆」
「「おはよう」」
俺はとっくに出会ったが、皆は初めての挨拶なので俺も乗っかって挨拶をしておく。
季節は八月の上旬。まだまだ夏真っ盛りだからな。
朝から走り込みなんてすれば汗だくになるのは当然で、エリノラ姉さんは白い肌と服をうっすらと汗に濡らしていた。
「エリノラ、もうちょっとしっかりタオルで汗を拭きなさいよ。汗が額から垂れているわよ?」
「いいわよ。拭っても拭っても垂れてくるんだし」
エルナ母さんが嗜めるが女子力の低いエリノラ姉さんは面倒臭がって、タオルを首にかけるだけだ。汗が垂れてきて面倒になったら、肩にかけてあるタオルで即座に拭うというスタイルであろう。
とても朝食前の女子とは思えない。朝のジョギングを終えたおっさんのようなふてぶてしさだ。
「ダメよ。朝食を食べる前にしっかりと汗を拭いて着替えてらっしゃい」
「えー、面倒よ。もう朝食の準備を頼んだんでしょ? 今から着替えていたら朝食が冷めるわよ?」
「……それでも汗を流しながら食べるなんてダメよ。さっさと着替えてらっしゃい」
朝食が冷めるという言葉に母親としての意思がぐらつきそうになるエルナ母さんであったが、ノルド父さんがいるお陰か見事に厳粛な母として振る舞えたようだ。
「えー」
エルナ母さんの言葉に不満げな言葉を漏らすエリノラ姉さん。
エリノラ姉さんは不貞腐れて正面を見据えるが、俺が目の前にいると何か気が付いたのか嬉しそうに笑った。
「アル、ちょっと氷魔法であたしに冷気を送りなさいよ。そうすればすぐに汗もひいて着替えずに済むから」
「汗かいてすぐに冷やすと、体温が急に下がって風邪ひいちゃ――」
そう忠告しようとしたが、エリノラ姉さんが風邪を引いている姿など見たこともない。
自分で言おうとしながらだが、エリノラ姉さんが風邪を引くなど微塵も考えられないな。
「エリノラ姉さんは丈夫だし風邪なんてひかないよね」
「何か凄く失礼な事を思われた気がするわね。怒らないであげるからさっさと冷気を送ってちょうだい」
「はいはい」
無駄に勘の鋭い姉に叩かれないために、俺はさっさと氷魔法を使うことにする。
俺は両腕を正面にいるエリノラ姉さんの方にかざす。それから氷魔法を発動し、汗を凍り付かせないように加減をしながら冷気を送っていく。
俺が冷風を送ると、エリノラ姉さんの前髪やポニーテールがはためく。
「……あー、涼しくて気持ちいい」
それからエリノラ姉さんは、結っていた髪をほどいて恍惚の声を上げた。
汗で湿っていたエリノラ姉さんの赤茶色の髪が波打つように揺れる。
俺はその間じーっと手をかざして冷風を送り続ける。その間にもエリノラ姉さんはパタパタとシャツの襟口をあおいで冷風を身体に送ったり、後ろを向いてうなじの辺りを乾かしたりと好き放題。もはや女子力の欠片もない。
一体俺は朝から何をしているのだろうな。俺だけでなく、周りでそれを見ているエルナ母さんやノルド父さん、シルヴィオ兄さんも何ともいえない表情をしていた。
「冷たくなってきたから普通の風にしてー」
そんな微妙な空気が漂う中、当の本人であるエリノラ姉さんは気にした様子もなく言い放つ。
冷風はもう十分と言うので、今度は風魔法に切り替える。
風魔法で風を送ると、エリノラ姉さんはヘアゴムを口で咥えて手櫛で髪を整えだした。
それで髪を梳かし、慣れた手つきで後頭部を結い上げると、口に咥えていたヘアゴムを使って後頭部を結い上げる。
「はい、お終い! 汗もかいていないしこれでいいでしょ!」
エリノラ姉さんはポニーテールをさっと手で流すと、堂々とエルナ母さんに言い放った。
「……一応、後で着替えておきなさいよ」
エルナ母さんは、エリノラ姉さんを複雑そうな顔で見つめるとため息を吐いた。
エルナ母さんの言葉は女子力の低いエリノラ姉さんには、まだ上手く通じないようだ。




