矛と盾
「次は片手に盾を持ってやる? それとも一度休憩する?」
「盾を持って継続でお願いします!」
エリノラ姉さんの問いに、俺が盾を持ち出して言う。
こういうパターンになると思ってシルヴィオ兄さんの盾を持ってきていたのだ。
「どうしてアルが答えるのさ。まあ、いいけど」
どこか不満そうにしているが、盾を渡すとシルヴィオ兄さんは素直に準備をし始めた。
シルヴィオ兄さんは押せば何とかなることが多いので大好きだ。
そんな訳で右手に木剣、左手に盾を装備したシルヴィオ兄さんが再びの戦いへと赴く。
……何だろう。左手に盾を装備したシルヴィオ兄さんはいつになく自信に満ち溢れているような気がする。
シルヴィオ兄さんの体格は男にしては華奢で、どこか頼りない印象なのだが左手に盾を装備しただけでそのような印象は吹き飛ぶようだ。
木製の盾を左手に装備しただけだというのに、この違いは何だろう?
シルヴィオ兄さんの内面から満ち溢れる自信が、姿を大きく見せているのだろうか。
「……盾を持っただけで雰囲気が変わったわね」
「そうかな?」
エリノラ姉さんの言葉に、不敵な笑みを浮かべながら返事するシルヴィオ兄さん。
剣一本を構えていた時とはまるで別人だ。
シルヴィオ兄さんはエリノラ姉さんに敵わないと言っていたが、この様子を見る限りいけるのではないかと淡い期待をしてしまう。
そうすれば、日々の稽古のターゲットがシルヴィオ兄さんに大きく傾くはずだ。
俺が楽に稽古を過ごすためにもシルヴィオ兄さんには是非頑張ってもらいたい。
エリノラ姉さんが位置に着くと、木剣を正面に構えて前を見据える。いつも通りのいつでも飛びかかって振り下ろしができる体勢だ。
対するシルヴィオ兄さんは腰を低く落として、左手の盾を前に、右手の木剣を少し引くという完全に防御の体勢だ。
辺りからは緊張感が漂い、吹き込んだ風の音がやたらと大きく聞こえる。
そして風が止んだところで、俺は鋭い声で合図の声を上げた。
「始め!」
俺の声が響いた瞬間、エリノラ姉さんが強く地面を蹴ってダッシュした。
何の小細工もない直線運動。だが、その速度は先程と比べものにならず、一瞬の間に十メートルもの距離を食い尽くす。
「はあっ!」
エリノラ姉さんの裂帛の気合と共に木剣を叩きつける。シルヴィオ兄さんは盾で迎撃し、木剣と盾が乾いたような音を立てる。
そしてエリノラ姉さんは剣を即座に引き戻して、嵐のような連撃を繰り出した。
縦横無尽に繰り出される攻撃を、シルヴィオ兄さんは冷静に木剣と盾を駆使して弾き、時にいなして捌いていく。
中庭では木剣と盾がぶつかり合う音とは思えない、硬質な音が絶え間なく響いていた。
凄い、あの怒涛の攻撃を防ぐことができるなんて。
盾を持つとシルヴィオ兄さんの実力はこんなにも変わるのか。
俺が驚愕している間に、二人は目まぐるしく移動して入れ替わり剣戟を続ける。
そして隙を伺っていたシルヴィオ兄さんが、エリノラ姉さんの攻撃の軌道を呼んで盾で大きく弾いた。
大きく仰け反ったエリノラ姉さんは、体勢を崩すことなく、そのままのけぞったエネルギーを利用して回転斬りを放った。
シルヴィオ兄さんはそれに驚きつつも、右手の剣で受け止める。
そしてお返しとばかりに左手にある盾を構えて、そのまま突撃した。
エリノラ姉さんは、苦々しい表情を浮かべながらステップで回避。そのまま後方へと下がって一度距離を取った。
「凄い! シルヴィオバッシュだ! 攻めにいったエリノラ姉さんを退かせるなんて凄いよ!」
「シールドバッシュだよ! 姉さんといい、変な名前を付けないでよ!」
褒めたたえる声を上げたのだが、怒られてしまった。
どうやらエリノラ姉さんもあの技を見て、過去に同じような事を言ってしまったらしい。いい名前を一番に付けられたと思っていたのに残念だ。
「あの回転斬りを防いで、カウンターまでしてくるなんてやるじゃない」
「この間、アルが同じような事をやっていたから対処ができたんだよ」
「……へー」
ひいい! こっち見ないで! あれは偶然できた事だから、エリノラ姉さんみたいに当たり前にできる技じゃないよ。過度な期待をされて稽古のハードルを上げられても困る。
「今度はこっちから行くよ姉さん!」
「攻撃は不得意な癖にいけるのかしら?」
シルヴィオ兄さんの言葉に、エリノラ姉さんが面白がって笑う。
どうやら今度はシルヴィオ兄さんから仕掛けるようだ。
攻撃を仕掛ける事が苦手なシルヴィオ兄さんからすれば無謀のように思えるが……。
俺が内心首を傾げていると、シルヴィオ兄さんが左手にある盾を前に突き出してダッシュした。
おお、一見無謀なシルヴィオバッシュを仕掛けたように見えるが、盾を前に突き出し、右手にある木剣を身体で隠す事でブラインドとなっているな。
このままシルヴィオバッシュをしてくるのか、それとも盾と身体で軌道を隠しながら剣を振るのか。エリノラ姉さんにプレッシャーを与える事ができるだろう。
盾を持って接近したシルヴィオ兄さんは、エリノラ姉さんの間合いに入る。
そして盾と身体で隠していた木剣で水平斬りを放った。
エリノラ姉さんは全く惑わされることなく、落ち着いて木剣で受け止める。
「騎士団の中には盾持ちの騎士がたくさんいたのよね。盾使いとは散々戦ってきたわ」
お、おお。エリノラ姉さんはすでに大勢の盾使いと稽古をしてきた模様。道理でまったく動じた気配がないわけだ。
シルヴィオ兄さんは接近したまま剣を振るい、シルヴィオバッシュを繰り出したりするが、エリノラ姉さんを捉えることはできない。すいすいと縦の構える方へとステップで逃げられてしまう。
木剣による攻撃が大した脅威ではない以上、盾によるシルヴィオバッシュが唯一の活路。しかし、それを正面から甘んじて受ける姉ではない。盾による攻撃を繰り出した瞬間、待ってましたとばかりに強烈なカウンターをかけてくるだろう。
シルヴィオ兄さんが攻め続けて、エリノラ姉さんがカウンターを待って避け続ける攻防が続く。
「防御に回るのも飽きたわね。次は私の攻撃の番よ。今度はスピードをもっと上げるから、ちゃんと付いてきなさいよ?」
「えっ?」
え? まだ上がるの? 恐らく今のシルヴィオ兄さんと俺の心境はまったく同じものであっただろう。
俺とシルヴィオ兄さんが呆然としている間に、エリノラ姉さんは攻守交替とばかりに連撃を繰り出していく。それらの一つ一つは俺達の知っている剣の型だ。
しかし、エリノラ姉さんはそれらを流れるように繰り出し、時折変化をつけながら猛スピードで叩きつけてくるのだから実際はまったくの別物だ。
それでもシルヴィオ兄さんは必死に木剣と盾を使って弾いていく。だが、相手の剣速は無慈悲にもドンドンと上がっていく。
まるで速度のギアを上げていくかのように、一つ一つの剣速が鋭く、速くなっていく。
それはさながら剣の嵐のようで、シルヴィオ兄さんの剣は弾き飛ばされ、とうとう盾を掲げて防ぐことしかできなくなった。
「降参! 降参だよ!」
「ええ? まだまだこれからだって言うのに……」
シルヴィオ兄さんの必死の叫び声に、エリノラ姉さんが不服そうに動きを止める。
身体強化を使わずのあの速度だ。身体強化を使えば、どんな風になってしまうのか考えるだけで恐ろしい
な。
思わず身震いしていると、エリノラ姉さんがこちらを見て、
「次はアルよ」
「……お手柔らかにお願いします。本当に……」




