楓さんの欲望全開
「決まったなアル!」
「うん、経緯はどうであれ最後に決まれば大丈夫だよ」
終わりよければ全て良しという言葉があるくらいだしな。
「まったく大丈夫じゃありませんよ」
俺と春が呑気に笑い合っていると、楓さんがそう言いながらやってきた。
楓さんは周囲へのフォローという役で、周りから護衛をしていたのだろう。
楓さんは目にしたスケさんとカクさんは、少し気まずそう。
何と言ったって春が将軍家の印籠を見せびらかせて騒ぎにしてしまったからな。お目付け役として止められなかったという責任があるのだろう。
楓さんはスケさんとカクさんに厳しい視線を向けると、そのまま素通りして春の下へと向かう。
ああ、今のは後で説教という上司からの合図だな。異世界でもそういう合図は共通なんだね。
「春様、とりあえず民衆を楽にさせてあげましょう」
春の耳元に寄った楓さんはそう囁く。
辺りを見ればここらにいる民衆達は平伏しっぱなしだ。
俺やスケさんカクさんは春の護衛みたいな立ち位置をしているせいか平伏せずに済んでいるが、先程からずっと地面で平伏しているトリーやアーバインと面々はちょっと辛そう。
それに何より、ここにいる人達は仕事にもならないだろうな。
「ん? そうだな! もう自由にしていいぞ!」
春があっさりとそう告げると、平伏していた人々は恐る恐る顔を上げて、春や楓さんが特に反応しないのを確認すると、そそくさと移動してそれぞれの仕事や用事に戻り始める。
トリーやアーバインといった面々は一応関係あるので、居心地悪そうにしながらも待機している。
いくつかの野次馬みたいな人々は残って見ていたが、楓さんやスケさん、カクさんが睨みを利かせると気まずそうに去っていった。
楓さんは周囲が落ち着くのを待つと、ため息を吐いて春へと語りかける。
「春様、将軍家の威光である印籠を街中で軽々しく使われては困りますよ」
「むう? あたしはそんな風に使ってはいないぞ! あのチンピラ二人を成敗するためにだな――」
「護衛として近くにいたので経緯は知っています。しかし、今回はお互いが話し合う事で解決できた事ですよね?」
反論しようとする春に楓さんがいつもよりも厳しい声音で指摘する。
まったくもって、その通りで反論の余地もございませんね。アーバインやモルトは何だかんだと言いながら暴力を振るう事は勿論せずに、最後まで対話にて解決を図ろうとしていた。
突っかかっていたのはこちらだ。
「春様から聞いたご老公は、話し合いをしようとした相手までも権力を使ってねじ伏せていたのですか?」
「それは違うぞ!」
楓さんの言葉に春が強く否定をする。
思っていたよりも春の中でご老公という人物は立派な人になっているようだ。
そしてそれを逆手に利用する楓さんも流石だな。
「だったら、今回の行いは間違いですね?」
「ああ、そうだな」
春は自分の間違いを認めると、所在なさそうに立っているアーバインとモルトの方へと向かう。
「話をロクに聞きもせずに突っかかって悪かった!」
春はアーバインとモルトに軽く頭を下げて言う。
それを見たアーバインとモルトは驚きの表情をする。
将軍の娘、王国でいう王女様があっさりと平民である自分達に頭を下げたのだ。
うちの王国はどうか知らないけど、貴族でさえ間違いがあっても謝らない場合があると聞くこともあるからな。
将軍家の娘として正しい行いなのか俺には判断はつかないが、自分の非を認めるというのはとても難しい事だ。
「いえ、こちらこそすいません。俺達もちょっと邪魔だったかもしれないですし、場所を考えずに変な会話をしていましたから」
「気にしないでください」
頭を下げた春に向かってモルトとアーバインが頭を下げながら言う。
真面目な会話だとわかってはいるが変な会話ってなんだ。もう少しマシな言い方はなかったのだろうか。
俺がそんな事を思っていると、謝罪を済ませた春がこちらに戻って来る。
円満な和解をしてみせた春だが、その表情はまだ硬い。
楓さんにまた怒られるのではないだろうかという思いが表情から見て取れるようだ。
それを察した楓さんは、春と視線を合わせるように腰を屈める。
そして春の懐にある将軍家の印籠を手に持つと、優しげな表情で、
「これは将軍家の威光を示す印籠。軽々しく使っては将軍家の威光を貶めるだけです。使うならばご老公のようにここぞというところで使ってくださいね、春様」
「ああ! そうだな!」
楓さんの優しい言葉に、春はにっこりとした表情で頷く。
それを見た楓さんは満足そうに頷いて立ち上がると、いきなりクルリと反転。
「あぁ……もうダメ。鼻血噴いちゃいそう。春様のしょんぼりとした表情から満開の笑顔とか最高!」
ああ、もう頼りになる護衛が台無しだよ。
この人、本当に春の護衛で大丈夫なのだろうか? 春の教育的にも心配だな。
◆
春のご老公事件を丸く収めると、俺達は神社へと引き返すことにした。
将軍家の印籠を見せびらかしたせいか、街は騒ぎになっていたので大人しく戻るのがいいという判断だ。
俺達は楓さんという新たな護衛を連れて、街から神社への道のりを歩く。
その際に俺は屋台で焼きおにぎりや、串焼きといった物を買った。
朝早くから歩き回って太陽の位置はすでに中天。時刻はお昼頃だ。さすがにお腹が減るというものだ。
俺が屋台飯を食べていると、春もお腹が空いてしまったのか、楓さんに五平餅や串焼きを買ってもらっていた。
普段の家では薄味の料理が多いので、こういう屋台特有の濃い味のする料理は滅多に食べられないらしい。
そういえば、春は将軍家の娘なのだから街にそびえる城に住んでいるってことだよね。
巨大な建造物である城と五平餅を食べている春を見比べてもあんまりイメージが一致しないな。
王都の貴族交流会で見かけた第二王女クーデリア様は、いかにも品のある王族って雰囲気があったけど春にはそういう雰囲気は感じられないな。
精々が男勝りで小生意気な少女といったところだろうか?
「うん? どうしたアル?」
俺が横顔を見ていたからか、気になった春が五平餅を口にくわえながら振り向いてくる。
そんな春の顔が少し面白くて、俺は思わず笑ってしまう。
「何でもないよ」
「いや、今笑ったじゃないか?」
こういう気安さがあるから春とは仲良くなれたんだろうな。普通の貴族と違って、プライドも高くないし。
「春様、焼きおにぎり一口どうですか?」
「じゃあ、一口もらうぞ!」
楓さんが差し出した焼きおにぎりを春がパクリと食べる。
「五平餅もいいけど、焼きおにぎりもいいな!」
「ええ、そうですね! ……特に春様が齧ったものなら!」
徐々に楓さんの欲望が丸出しになってきていると感じるのは俺だけなのだろうか。
後ろを付いてきているスケさんとカクさんを見てみるも平然としている模様。まるでこれが日常風景と言わんばかりの様子だ。
その事に違和感を覚えたが、あまりよそ様の事情に首を突っ込むのは良くないと思い込み、気にしない事にした。
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