遊べる最後の日
昼食を齧りながら歩くことしばらく。俺達はようやく神社へと戻って来ていた。
勿論、俺は自分の足で上らない。今朝使った岩をサイキックで頂上から下に引き寄せて乗り込み、同じように空を浮かんでの登頂だ。
「凄いな! アル! 宙に浮くのは気持ちがいいな!」
頂上に到着するなり俺の後ろに乗っていた春が喜びの声を上げる。
「でしょ? 何より面倒な道でも歩かなくて済むっていうのが魅力的だよね」
「いや、あたしは単純に空の景色が好きなだけなのだが……」
「今は元気だからそう思えるだけで、数年もしたらこんな階段は上るのも辛いって思うようになるよ」
「アルはあたしよりも年下なのにお爺ちゃんみたいな事を言うな」
俺が諭すように言うも、春はまだその境地に至っていないのか呆れた視線を向けてくる。
まあ、今はわからなくてもいいや。春もサイキックを使いこなして、この技を習得すれば理解できる日がくるだろうからな。俺はそう信じている。
「はぁ、はぁ、やっと終わりましたか? もう降りてもいいですよね? 降りますよ?」
「もう地上だから安心して降りていいよ」
息を荒くしながら問いかけてくる楓さんにそう言うと、楓さんは真剣な表情を浮かべて地面に降りる。
そして服が汚れるのもお構いなしに、うつ伏せの状態で地面と密着しだす。
まるで長い航海を終えて、久しぶりの陸地へとたどり着いた船員みたいだ。
「死ぬかと思いました! やっぱり地面があるのが一番です!」
何かあったら春様が危険だからと勇んで乗り込んできたが、一番ビビッていたのは楓さんだった。
この世界ではあのように空を浮かぶという経験は滅多にできないからな。ある程度常識が凝り固まった大人からすれば結構な恐怖心があったのだろうな。
「おお! アル、戻ったか!」
地面と抱擁をしている楓さんを見ていると、ルンバと修一がやってきた。
「どうだ? 街で悪党退治はできたか?」
悪党退治というのは、俺達が行っていたご老公ごっこの事であろう。
「街は平和だったよ。出てきたのはアーバインとモルトとか言うチンピラだけ」
「ガハハハハ! じゃあ、あいつらを成敗してきたのか!」
かなり聞き覚えのある名前を聞いたルンバがお腹を抱えて笑う。
意気揚々と悪党退治に向かったが、出てきたのは身内とも呼べるチンピラだったのだから仕方がないな。
「でも、皆で街を回れて楽しかったよ」
「だな!」
「そうか!」
ひとしきりルンバと会話をすると、春が気になっていたのか修一を指さしながら言う。
「修一はボロボロだな!」
ルンバは少し汗をかいているだけだが、修一は全身汗と砂に塗れてボロボロだ。
恐らく稽古中にルンバに何度も転がされたのだろう。下手すれば吹き飛ばされたりもしたかもしれないな。
「ルンバに手酷くやられたようだね」
「ああ、普段の稽古でもここまでされる事は少ないからな。ここまでボロボロになったのは久し振りだ。周りにいる人とは違った戦法をたくさん知ることができて非常にためになった」
ボロボロであるというのに晴れやかな表情でそう答える修一。
相変わらずポジティブな考えをしているようだ。
エリノラ姉さんと気が合うんじゃないだろうか? うちにこんな兄か弟が一人でもいれば、俺やシルヴィオ兄さんはより平和な生活をおくることができたのかもしれないな。
「修一は将軍家の息子だしね。稽古でボロボロになったら、他の習い事に差し支えることもあるしね」
「お? 修一は将軍家の息子なのか?」
「……どうしてアルがそれを知っているんだ?」
俺の言葉を聞いたルンバが驚き、修一が訝しむような視線を向けてくる。
「……あー、春がそう名乗って将軍家の印籠を見せたからねー」
「あー! もうアル! そこは正直に言わなくてもいいじゃないか!?」
うっかり春を売りに出すような言葉を言ってしまったせいか、春から抗議するように言われる。
そして、そんな春を修一がジットリとした目で見つめる。
「……おい、春」
「まあまあ、楓さんにもたくさん怒られたんだし、もういいじゃないか」
「そ、そうだぞ! 楓にも怒られたぞ!」
春を売ってしまった罪悪感から、俺はそれとなく春のフォローをする。
すると、修一もここは堪えることにしたのかため息を吐きながら、
「……まあ、今は何も言わないが帰ったら父上と母上から説教だからな?」
「うげー、あたしお城に帰りたくないぞ」
春、女の子なんだから「うげー」と言うのは止めた方がいいよ?
でも、そう言いたくなるくらい帰りたくない気持ちはわかる。俺もエリノラ姉さんに何かしらやらかした時などは、春のようにぶうたれていたものだ。
「春が言ってしまったのなら、しょうがない。ルンバとアルに改めて名前を名乗ろう。俺は神楽修一。この国の将軍家の長男だ。御大層な肩書きはあるが、今まで通りに接してくれると有難いな」
おお、やはり苗字にカグラが入っているのか。長男ということだし修一は次期将軍か。
何だかとんでもない人物とお友達になってしまった気がする。
「あたしは神楽春華! 将軍家の長女だ! 二人とも改めてよろしくな!」
聞いていた名前と微妙に違うものだから俺とルンバは思わず首を傾げる。
「うん? 春っていうのはあだ名で本名は春華なの?」
「そうだぞ! でも、親しい奴は皆春と呼ぶし、アルとルンバも今まで通り春と呼んでくれ!」
「わかったよ、春」
「わかったぜ、春」
俺とルンバが親指を立てながらそう言うと、春は満足そうに笑う。
そんな俺達の姿を見た修一は、どこか不思議そうに言う。
「しかし、アルとルンバは俺達が将軍家だと知っても全く態度を変えたりしないんだな」
「だって、いちいちその事を気にしていたら面倒くさいじゃん」
「修一と春がこのままでいいって言ってくれたからな。俺達は遠慮なくそうするまでだ」
さすがに公的な場所では面倒事にならないように、きちんと振る舞うけどね。そういう必要もないし、相手が遠慮するなと言っている場合は遠慮なく甘えさせてもらう。
「じゃあ、アル、ルンバ。お城であたしと一緒に怒られてくれるか?」
「「嫌だ」」
残念ながら春のその頼みには答えることはできないな。
国で一番偉い将軍家の城に入るなど冗談ではない。春に水戸黄金の知識を授けたのは俺だけど、それとこれとは話が別だ。
「むうううう!」
「春様、私が一緒に怒られてあげますよ」
空の恐怖心から回復したのか、楓さんが寄ってきて春を優しく慰める。
「嫌だ。楓は最終的に父上と母上に負けるから」
「そ、そんな……」
春にきっぱりと言われて、少し落ち込む楓さん。
さすがに楓さんの地位をもってしても、将軍とその妻には敵わないようだ。
「そうだ、アル。俺達もあれを言わなくていいのか?」
俺がそんな事を考えていると、ルンバがそう言ってくる。
「あれって何だ? ……もしかして、アルも本当は王族だったりするのか?」
「いやいや、俺は本当にありふれた下級の貴族だから。そんな事はないよ」
どこか期待する春には申し訳ないが、俺はただの男爵家の次男ですよ。
「じゃあ、あれって何だ?」
「あれって言うのは、俺とルンバが帰る日にちの事だよ」
「ええっ!?」
俺がそう言うと、春が驚いた表情をする。
俺とルンバが帰る。そんな事なんて考えてもいなかったというようだ。
「……それで帰還の日程はいつなんだ?」
春に比べて比較的冷静な修一が尋ねてくる。
「明後日の正午だよ。明日は帰るための準備があって動けないから、春と修一と遊べるのは今日で最後になると思う」
「まだお土産とかも買ってねえしな」
隣にいるルンバも俺の言葉に同意するように頷く。
さすがにお土産や必要な物を買っておかないと何をしにカグラに来たのかわからなくなってしまうからな。そして、何より家に帰った時にエルナ母さんに殺されてしまう。
「何とかならないのかアル?」
驚きから回復した春が、どこか期待するように上目遣いで聞いてくる。
「俺はトリエラ商会っていう商会の人に連れてきてもらって、ここまでやってきたからね。日程については口を出せないよ」
「じゃあ、この印籠を使ってその商会を滞在させよう!」
俺が理由を述べると、春が懐から将軍家の印籠を取り出してそんな事を言う。
「春様、そんな無茶を言ってはなりませんよ」
「あたしにとっては今がここぞという時だ!」
一緒にいたからこそわかる言葉の嬉しさ。それほどまでに春は俺やルンバと一緒にいたかったのだ。
「そんなものは一時しのぎにしかなりませんよ。それにトリエラ商会はミスフィリト王国の中でも大きな商会です。そのような無理をしては大きな遺恨を残すことになり、今日の騒ぎとは比べ物にならない迷惑が父上と母上にかかります。それでもいいのですか?」
「くっ、それは……ダメだ」
楓さんの説得にどこか項垂れた様子で受け入れる春。
その瞳には微かに潤んでおり涙目になっていた。
ここでトリーの商会を止めると、従業員、船員、取引先の関係者といった数百人に迷惑がかかるからな。仕方のないことだ。
「……せっかく仲良くなれたのに残念だな」
修一が腕を組みながらポツリと呟く。
修一と春が本当の名前を告げて、もっと遠慮のない関係になった。
そうなると今までよりも会話も弾んで楽しくなるのだろうが、帰還の日にちだけはどうしようもない。
「ごめんね」
「いや、いいんだ。アルには帰るべき家もあるし仕方がない事だ」
俺が謝ると、春は目元をゴシゴシと腕で擦って晴れやかな笑顔で言った。
楓さんに怒られる前の春なら、まだ駄々を捏ねていたかもしれない。そういう意味では春にとって、今日の出来事は大きな事だったのではないだろうか。
「アルが帰る時に使う港はどこなんだ?」
「南の港だよ」
「あたしと修一で見送りに行ってもいいか?」
「友が帰るんだ。俺も見送りたいな」
「勿論だよ。見送ってくれると嬉しいな」
「ああ、見送りのない旅は寂しいからな」
春と修一の言葉に、俺とルンバは勿論頷いた。
ルンバの言う通り、見送りのない旅は寂しいものだからな。
俺がそんな事を思っていると、突然春が俺の腕を掴み出す。
「しめっぽいのは終わりだ! しばらく会えないからな! 今日は思いっきり遊ぼう!」
「わかった!」
その日、俺達は様々な事を話し合いながら、日が落ちるまで遊び尽くした。




