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11月13日……1

■十一月十三日



「おかえり、柚彦」


 校門で僕達を出迎えてくれたのは、いつものメンバーだった。

 リコ、コルちゃん、雪柳、母さん。そして市長達お偉いさん方。その後ろでは、異端審問官が市民を守るために蟲と一所懸命戦っていた。


「おい、何をぐずぐずしている!? あいつは異端者の一味なんだろう!? さっさと捕まえろ!」

「少々お待ち下さい、ミスター。まずは話をしてみましょう」


 僕の姿を見るなり噛みついてくる市長を、リコはやんわりと退ける。


「柚彦。何か言うことは?」


 リコは一見落ち着いているように見えるが、目つきがヤバかった。

 もし眼力で人を貫くことができるなら、僕はとっくに射殺されていたんじゃないだろうか。それくらい強烈に睨みつけてきている。

 最悪、その場で殺されてしまうかもしれない……という柚彦の言葉が、決して冗談ではないと嫌でも実感できた。


「本題に入る前に、みんなに言っておきたいことがあるんだ。聞いてくれる?」

「何よ?」

「実は……その。僕、記憶が戻ったんだ」


 ためらうように言うと、それまで固唾を飲んで見守っていた母さんが一歩前に出た。


「本当なの、柚彦!?」

「う、うん……」

「そうだったの! 良かったわ……ね……?」


 だが、母さんが顔を綻ばせたのも一瞬だった。

 おどおどと気まずそうに微笑む僕を見て、すぐに顔をしかめてしまう。


「ちょっと待って。その割には貴方、全然柚彦っぽくないじゃない。むしろ、記憶喪失の時と変わってないような……」

「確かに……。こんなに気弱でフレンドリーな笑み、元の夏見君ではありえませんよね」

『それも当然のことだ』


 母親と級友の率直な感想に、柚彦は笑いを噛み殺しながら髪を掻き上げる。


『何故ならここに居るこいつは、夏見柚彦などではないのだからな』

「なっ……!?」


 柚彦の告白に、全員絶句して顔を見合わせる。


「そ……それじゃあ、本物の柚彦はどこに居るというの!?」


 この時点で、混乱の極みなんだろう。母さんがヒステリックに柚彦に詰め寄る。


「それに、ここに居る『柚彦』は? 彼が柚彦じゃないっていうなら、この子は一体誰なの!? この姿、どこからどう見ても柚彦じゃない!」

「母さ――菫さん、落ち着いて」


 今にも自転車を倒しそうな母さんの前に、僕は割って入る。


「僕は……『椿』だよ。この自転車に憑いている、オオミズアオの椿」


 なるべくみんなを混乱させないよう、言葉を選んで説明する。


「実はね、事故に遭った時から僕と柚彦の精神が入れ替わっていたんだ。僕がどこからどう見ても柚彦なのも当然だよ。だってこの身体は、柚彦のものなんだから」

「そ、そんな……じゃあこっちの――私達が、今まで椿さんって呼んでいたのは……」

「本物の柚彦だよ。母さんの一人息子の、夏見柚彦」


 声が、緊張のあまり上擦っていた。

 僕はついに言ってしまったんだ。ずっと隠しておきたかった真実を……。


「……柚彦、なの? 貴方が……?」

『ああ、そうだよ母さん』


 母さんの呼び掛けに、柚彦はぎこちない笑みで答える。


『今まで、黙っていてすまなかった』


 このカミングアウトに、後ろではリコとコルちゃんが訝しげに顔を見合わせていた。


「コルチカム。そんなことってありえるの? 人と蟲の精神を入れ替えるだなんて」

「異端の術を使えば、可能かと思いやすけど」

「だからって、いきなり信じられるはずが――」

「……いえ、私は信じますよ」


 異端審問官二人が話し合ってる間に、母さんは見極めてくれたらしい。柚彦を見据えながら、確固たる口調でつぶやいた。


「椿さんの仕草や喋り方、それに表情……。言われてみれば、以前の柚彦そのものです」

『母さん……』

「柚彦、よく無事だったわね。ちょっと姿は違うけど……帰って来てくれて、母さん嬉しいわ」


 僕と身体が入れ替わってから、約一週間。

 それは、母と息子が本当の意味で再会できた瞬間だった。

 ホログラムのような体のせいで触れ合うことこそできないけど、柚彦も母さんも感慨深げに見つめ合っている。


「……ということはこの一週間、夏見君が椿さんで椿さんが夏見君で、私があの時告白したのは……」


 その横では雪柳が、何やら不吉な回想をしているようだから放っておこう。


「とにかく! 今度から、僕のことは椿って呼んでね。逆にこっちは柚彦だから!」

「なんかややこしいわね……」


 リコは渋々といった様子だったが、受け入れてくれたようだ。槍を握りしめた指をほんの少し緩めている。


『……で、ここからが本題だ』


 柚彦が目配せをすると、さっとその場に緊張が走る。


「アンタが……記憶喪失になる前の話、ね?」

『……ああ』


 それから柚彦は、みんなに全てを説明した。

 犬を使役している男――秋丁字琢磨と自分がどういう関係なのか。

 柚彦が蠱毒の基盤を作り上げて、秋丁字琢磨に提供したこと。

 秋丁字琢磨の目的を、詳しくは柚彦も知らないこと。

 それらを話し終えてから、柚彦は黙ったままのリコに視線を寄こす。


『どうだ、私を処刑台にでも送るか? 火刑台上のリコリス』

「んなことしないわよ。面倒臭い」


 驚いたことに、リコは間髪入れずに答えた。


「なっ……! 君は、自分がどれだけ責任のある立場なのか分かっているのかね!? この男は犯罪者だぞ!? 普通の事件だったら確実に罰せられるべき存在だ! それを君は、放っておくというのか!?」

「そうですよ、ミスター」


 市長の追及に、リコは胡散臭い笑みを浮かべる。


「ぶっちゃけ最初から、夏見柚彦のことは疑っておりました。だって、蟲を使役している時点で怪しいですからね。蟲と精神が入れ替わっていたというのには驚きましたが……。とにかく、今更真実が明らかになったところで何とも思いません」

「ならば何故、こいつを罰しない!?」

「情状酌量の余地があるからです」


 リコは自信を持って言う。


「まず第一に、夏見柚彦は都市を媒体に蠱毒を使われるなど想定しておりませんでした。彼は研究者としての知的好奇心を満たすために蠱毒の研究をしただけです。先ほどの話ですと、夏見柚彦は術の発動には一切関わりがないようですしね」

「しかし、それはあいつらの言い分だろう! そう簡単に信用してもいいのか!?」

「いいんじゃないでしょうか」


 と、リコは軽く頷く。


「彼らは、アタシ達が派遣されてくる前から秋丁字と戦ってました。この街で、唯一秋丁字を止めようとしてました。それは、アタシ達と行動を共にするようになってからも変わりません」


 と、そこでリコはいくらか顔色を和らげて、


「そして昨日。彼らは選んでくれました。秋丁字と戦うことを」

「あ……」


 リコの言葉で思い出した。

 昨日の戦闘で、リコは僕に聞いてきたんだ。


「柚彦! アンタはどうすんのよ!? アタシ達と共に戦うの? それとも、コイツの味方をするの? さっさと選びなさいよ!」


 そう聞かれて、僕は選んだ。

 秋丁字と戦うことを。リコと協力して、戦うことを……。

 例え僕が下心満々でそれを選択したとしても、結果自体は変わらない。


「だったらアタシも、その意思を尊重したいと思います」


 リコの言い分に、市長は怒りのあまり何も言い返せないようだった。額からねっとりと脂汗をにじませながら、


「……確か、異端者は異端審問官にしか裁けないんだったな」

「そうです。それが聖庁と政府が取り交わした契約です」

「なら、そいつの処遇に関して私は口出ししない。意味がないからな。君の好きにするがいい」

「ありがとうございます。ミスター・タチバナ」


 市長の投げやりな対応に、リコはビジネスライクに答える。


「だがな、ミス・トルケマダ。私は忠告したからな。犯罪者をそう簡単に信用するな、と。この判断が原因で被害が増大したら、私は聖庁を訴える。いいな?」

「お好きにどうぞ」

「……ふんっ」


 言いたいことだけ言うと、市長は他のお偉いさんを連れてどこかに行ってしまった。きっと彼らなりに、話し合わなければならないことが山積みなのだろう。

 そして、その場に残ったのは僕らだけで――


「……どうして?」


 思わず、疑問が口から出てしまう。


「なんでリコは、あっさり僕達を受け入れてくれるの? 僕達だって、異端者なのに……」

「それは……まぁ、友達サービスってヤツね」


 照れくさそうに頬を掻きながら、リコは笑う。


「これまで一緒に戦ってきて、信用できるって思ったから言ったまでよ。あと、アタシ達と一緒に戦うことを選んでくれた時は嬉しかったし」


 恥ずかしいのだろうか。最後の方は、ぶっきらぼうで早口になっていた。

 そんなリコを見ていると、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「だから、異端審問は見逃してあげるわよ」

「リコっ……!」


 彼女がはにかんだ瞬間。僕は思いっきりリコに抱きついていた。


「リコ、ありがとう! 僕……嬉しいよ!」

「や、やめてよ! 馬鹿!」


 と思ったら、リコは全力で僕を引き剥がそうとする。

 え、何? 痛い痛い。超痛い。でも、ここで離れたら負けな気がする。


『おい貴様! 私の身体で何をしている!?』

「リコに、ありがとうの気持ちを最大限伝えようとしてる!」

『あのなぁ……! 前も言ったが、貴様は女に対して馴れ馴れし過ぎる! だから、変に好意を持たれてベタベタされるんだ!』

「でもこれはアリでしょ! 僕、中身は女だしセーフでしょ!?」

「あーもう! 耳元で喋らないでよ! 汚い! 臭い! キモイ! 異端者が移る!」

「そ、そこまで言うことないんじゃない!? 確かにここ数日、お風呂に入れてないけど!」

「うっわ、最低! コルチカム、助けなさいよ!」

「は、はいオジョーサマ!」


 僕達がギャーギャーと騒いでいる中、雪柳と母さんはほのぼのと見守っていた。


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