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憑かれて灰色姫  作者: 綾女
序章
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08.イーアリル子爵家4(視点:イライザ)

あの娘が、この家から出て行った。



その事実を聞き、イライザは意外な事の様に思えた。あの娘の事だ、結婚が家の為と言えば自分の感情よりも優先すると踏んでいたのだ。だから利益になる相手で、自分の頷ける悪男を充てがうつもりでいたのに……まあ、それはそれで我が家の方針を嫌って居なくなったのだから、他家にとやかく言われる筋合いもないだろう。目障りな存在が消えてくれたのだ、二度と帰ってこなければ良いと、イライザは深く笑いながら自室の窓から外を眺めながら血の様な深みがある上質な葡萄酒を口にした。



我が父は優秀な人ではなかった。良くて凡人、ただ周りと調和する事に長けた人だった……私の生家ディートリヌ家は格があり、財も有る。世間ではそう言われていたが、内情は焦りを感じていた。我が家は先代の王の元、功績を認められ出世した貴族。周囲の羨望を集めていた、あの頃までは。…もう20年近く前になる。先王様が息子である王子に殺されたのだ。その王子は、現在の王となり、今まで貴族に対して甘かった法律を強化していった。当時重用された我々は遠ざけられ、疎まれ自領に引きこもっていた者たちを側近としていき力を徐々に削がれていくのが分かった……私たちは不安を感じていた。


本家の連中はまだ、いい――


分家は本家頼み、才がある当主に恵まれた家ならとにかく、当時の力を振るっていた者の多くはゆるやかに減退していった…それは我が家も例外ではなかった。父は焦っていた。そんな時だ、王都でも名の高い才ある若者の話を聞いたのは。話を聞く内に、感心した様子の父は私の相手にどうだろうと聞いてきた。私はとんでもないと嫌がった。なぜ?力ある家に生まれ、周りから羨望の目で見られている私が、一体どうして格下を相手になどしなくてはならないの。


勝手に整えられた見合いの席で、相手を見るとふん、と見下した。確かに聞いていた通り美形だった。だが、会話をした途端幻滅した。まるで家庭教師とでも話しているかのようだったから。いちいち理屈をつけて物事を見ている様で頭が痛い。こいつは私を馬鹿にしてるわけ?こんな気持ちになったのは久しぶりだ。縁談が、白紙になってくれてよかったと思った。


何度か見合いを重ねてしばらく。私は、理想の縁談相手と結婚した。背が高く当然美男子で家柄は侯爵家、彼は話していてとても面白くて、周りから羨ましがられ嫉妬を受けるのも自身のプライドをくすぐっていた。


そんなある日、私は見てしまったのだ。彼の浮気現場を。


何時も私に「彼を奪った女」と嫌がらせをしてくる女が、私の元にやって来たのだ。何時もは陰口で攻撃する陰湿なこいつらしくないわね、と思っていると相手に謝られたのだ。そして私に同情する始末。何なの、一体?


夫が浮気をしている。


それは今までも囁かれていた。でも結局はただの遊びな訳だろう?そう思いつつも、心は騒ぎ、急いで逢引をしているという領地で1,2を争う高級宿にやって来た。そこで何をするか考えてなかった、いや有り得ないと否定していたのかもしれない。そこで見たものは、彼と例の女が周りの女たちから問い詰められていた光景だった。


私と結婚する前は、プレイボーイであちこちの女と浮名を流していた彼。誰の者になるのか皆噂していた。華やかな容姿、高貴な血筋、社交好きな性格、彼は時めいていた。そんな彼があっさりと自分と結婚をした。それは私が、血筋も、財も、美貌もあるからでしょう?と自信があった。それゆえに、彼の取り巻きの女たちから嫌がらせを受けていたのに。


そこで知った事実は、今までの私の自尊心全てを粉々にしてしまうのに十分だった。彼は、元々幼馴染のその女が好きだったのだ。家柄が釣り合わないからと、両親に諦めるように言われていたと更に彼は続けた。彼女を忘れようと思って、あちこちの女と関係になったこと。親と社会の目が煩いので、都合の良い女を探していた――それが、私だったのだと。


その後、私は離婚した。


元夫は、その現場に私がいた事を知ると謝罪と多額の賠償金を渡した。実家に帰ってしばらくの間、邸を出ることはなかった。周りからの嘲笑・同情を向けられることが堪らなく惨めで嫌だった。屈辱でこのまま消えてしまいたかった。


そんな時である。父が本家から命令を受けた。

イーアリル子爵との縁談が纏まったと。


娘が男に酷い目に合ったので、別の娘をと懇願したが聞く耳はなかった。決定事項なのだそうだ。それ以上の会話は、無駄だと思ったのだろう、父は私に一言「済まない」と告げた。


本家の決定事項なら父だけでなく分家の誰もが逆らえない。私は以前の見合い相手の元へと嫁いだ。私は心を殺して接しようと思った。どうせ人を馬鹿にしてるだろうからと。これ以上男のせいで、傷つきたくない。命令に逆らえない身の上での囁かな抵抗だった。


だが、そいつの家で暮らしてみる内に随分印象が変わった。私の事を好きでもないくせに、正妻と私の元に通うのは平等で、1日ごとに通ってくる。律儀で頑固で変な奴だった。接する時間が少なければ良いと思っているのに、何故?


するとそいつは相変わらず面白くない事を言う。妻にしたのだから、打ち解けて欲しいなどと抜かすのだ。正直、ただ冷たい印象だけあった男なのに…意外だった。それから少しづつ小さな事を話していった――


最初の頃のような印象は思わなくなっていた……慣れだと思う。私が、詰まらない話だろう、と訪ねてみると「そうだな」と言われるのには腹が立つが、その後に何かしら感想は返してくる。そんな日々が続いている内に、気づく。そいつと自然な態度をとれる自分が、安らぎを感じているのを。


その内に私に子供が出来た。

その2年後には、正妻の子供も。


ある日、私は偶然目にする。普段接触がほとんどないと言っていい正妻が、生まれたばかりの赤子を腕に抱いて、中庭で散歩を楽しんでいた。その正妻の子供の魔力の高さにまず驚いた。溢れんばかりの魔力を感じた。魔力を抑制する方法が分からない幼子だからこそ分かる。…これは天才だ。その魔力を受けて顔色一つ変えぬこの母親もまたそうなのだろう。……それに比べ、私に似たこの子の魔力は…我が子を抱き寄せ声を押し殺して泣いた。


案の定、夫は生まれたばかりの正妻の子供を溺愛した。


夫はそれからも正妻と差を付けず接してくれたせいか、待望の男児が生まれる。そして私が願った凄く強い魔力を持つ子だった。しかし、私はこの子を育てることが出来ないと言われたのだ。生まれたばかりのこの子の魔力は強い、抑制する方法を覚えるまでは危険だという。魔力の低い私が長く居すぎると大事になるやもしれぬと言うのだ。この家の長男だと言う事もあって、力を抑制出来る様になるまでの期間、という条件で正妻に預けることになったが……私は、この時ほど我が身の力の無さを呪ったことはなかった…。


あれから2年して、愛しい我が子は私のもとに帰ってきた。「小さい頃の事は記憶にありませんから、大丈夫ですよ」と私の乳母が私を慰めてくれた言葉だったが……今ではそれが信じられなくなっていた。10年ほどが経った今でも、仲睦まじく息子と遊んで居るのはあの女の娘。私の娘ではなく――


私の娘はと言えば、家庭教師の元で勉強している。先ほどまで3人で学んでいたのに……2人は授業が終わって遊んでいるのだ。娘は出来が悪い、教師からも小言を言われている姿は、昔の自分が重ねて見えた。



次第に娘は、差がある弟妹と会うのを避け1人で遊ぶようになってしまった。そして出来が悪いと夫からも冷たい態度を取られるようになる。心の傷になってる娘に、優しく接してあげられるのは私だけ。バルバラは、私に懐いてくれる最愛の子だった。


それからしばらくして、正妻が死んだ。


日頃からの私の恨みが効いたのかもしれない。私は心の内で大笑いした。私を苦しめ、息子を奪い、娘の心を傷つけたあの女が居なくなったのだから。


そしてその内に夫が亡くなった。


不思議とぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じて(私は夫が好きだったんだなあ)とプライドの高さ故に認めなかった言葉を胸にしまった。



正妻は死んだが…年々そっくりになっていく義娘に、まるであの女が生きている様に見えて――忌々しい。息子は今になっても義娘を庇い、血を分けた姉を攻撃する。何とか引き離さなければ…そして苦しめてやろうと考えた。


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