第九話 無料
勘 千佳伊 は不機嫌だった。
「なぁ、仙。いい加減にしろよ」
「何をだ?」
ヘアサロンの後片付けをする黄泉 仙 も不満げだ。
壁を背もたれにした千佳伊が続ける。
「カット客の相談を勝手に受けるなと言っている」
「世間話をしてるだけだろ?」
「法律関連は事務所に回すべきだ。二人の将来設計のために」
仙のヘアサロンは無料で法律相談ができると大人気。
清掃を終え、仙が表の電気を消す。
「あのなぁ、事務所の取り分がおかしすぎるだろ!?」
仙が泥酔したときに、騙されて申請書に署名と捺印をした事件。
法律事務所で仕事を受けると、税務の関係で一度会社に入金される。
「給与の分配が9:1はあり得ない!」
「契約書どおりだ。弁護士がそんなことも分からないのか」
仙としては、事務所にお金を入れる旨味がない。
「契約書に書いてる将来設計ってのはなんだよ?」
「結婚も育児もお金がかかるからな」
さっきから目を合わせずにいた仙ですら、思わず振り向いた。
「私の印税が入るのは、子供が成人した後かもしれんし」
「どちらも永遠にないから安心しろ!」
「唾を飛ばすな。私の顔に唾液をかけたい性癖でもあるのか?」
片眉とまぶたをヒクつかせる仙は言葉も出ない。
近寄った千佳伊が目を閉じ、背伸びをした。
すかさず仙が飛びのき、スマホを取り出す。
『ウチに何か用?』
「尾茂井 弧見さまどうかお願いします。助けてください!!!」
◆◇◆
弧見が到着するまで、仙はトイレで決死の籠城戦。
「仙! チカチカ! いったい何があったの!?」
「弧見、良いところにきた。トイレからでるように仙を説得してくれ」
「はいー!?」
弧見の絶叫を合図にガチャリと開くドア。
怯え切った仙が出て、今度は千佳伊がトイレに飛び込む。
「仙どしたん!?」
「貞操の危機だったんだよ!」
「私も人の尊厳を失う一歩手前だったぞ!」
数分後、改めて事務所の応接室に集まった。
「スッキリしたところで話がある」
いつの間に撮ったのか、弧見を呼び出す仙の映像が用意されていた。
「ここだ。〝助けてください!!!〟のシーン。感嘆符が多すぎると思わないか?」
千佳伊が謎な主張を始め、弧見も仙も首を傾げた。
「多いか? 普通じゃね?」
「縦書きのときに変になるかもね」
「私にいちゃもんをつけてきたやつが多いと言ってきたのだ」
至極どうでもいい発言に、一気に聞く気を失くす仙。
「べっつに何個でも構わねーぞ」
「ウチは2個までって決めてる」
「うむ。こんなところを突っ込む輩は頭がオカシイと思う」
二人は「だったらなんで言いだした」の目で千佳伊をガン見。
「トイレで踏ん張っているときにふと思い出したのだ。言えてスッキリしたぞ」
一人、千佳伊だけがスッキリした顔をしていた。




