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『召喚された俺のスキルは【理科】でした~辺境で始める科学文明再生記~』  作者: とびぃ


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第2章:土と生命の授業 第1節:土壌診断と仮説

「――診断結果が出た」

俺がそう宣言すると、固唾を呑んで見守っていた領民たちの間に、緊張と期待が入り混じった空気が走った。手の中の乾いた土をパンと払い、俺は彼らに向き直る。

「この土地は、病気だ。病名は……『極度の栄養失調』と、それに伴う『消化不良』だ」

案の定、領民たちはキョトンとしている。「えいようしっちょう?」「しょうかふりょう?」と、聞き慣れない言葉を鸚鵡返しにするばかりだ。無理もない。彼らの世界には、まだ体系化された栄養学や医学の概念が存在しないのだから。

「みんなも、毎日同じものばかり、例えばカチカチのパンだけを食べていたらどうなる?」

俺が尋ねると、一人の若者が「そりゃあ、腹も壊すし、力も出なくなるだろうよ」と答えた。

「その通り。この土地も、それと全く同じなんだ」

俺は、広大な、しかし生気の感じられない畑を指差した。

「この土地は、何十年も、もしかしたら何百年も、同じ作物に『ごはん』をあげ続けてきた。そのせいで、作物が大好きな特定の栄養だけが、土の中からすっかり無くなってしまった。これが『栄養失調』だ」

俺のスキル【観察者の眼】が示したデータは残酷なほど明確だった。植物の成長に不可欠な三大要素、窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)のうち、窒素とリン酸が「検出限界以下」。これはもう末期的な飢餓状態と言っていい。

「さらに、栄養バランスが崩れた土は、体質まで変わってしまった。人間で言えば、胃腸が弱って、何を食べてもうまく消化・吸収できなくなった状態。これが『消化不良』だ。専門的には、土壌のアルカリ化という」

俺が手に取った土のpHは8.9。弱アルカリ性を示す石鹸水に近しい数値だ。これでは、わずかに残った栄養素すら、植物が根から吸収できない「養分ロック」という現象が起きる。これこそが、彼らが信じる「呪い」の正体だった。

「呪いなんかじゃない。ただ、腹を空かせて、体調を崩しているだけだ。だから……」

俺は、集まった領民たちの顔を一人一人見回し、ニヤリと笑ってみせた。

「ちゃんと、栄養バランスのいい『ごはん』を食べさせて、体質を改善する『薬』を飲ませてやれば、この土地は必ず元気になる」

俺の言葉に、絶望に慣れきっていた領民たちの瞳に、困惑と、そしてほんのわずかな希望の光が灯った。水の時と同じだ。理解不能な「呪い」が、対処可能な「病気」に変わった瞬間、人々は初めて前に進むことができる。

「りょ、領主様……その『ごはん』と『薬』ってのは、一体……?」

長老が、震える声で尋ねる。

「これから、みんなで作るんだ。最高の処方箋をな」

俺は、領民たちの中から、ずっと真剣な眼差しで俺の話を聞いていた一人の少女に声をかけた。

「アリア。君、確か薬草とかに詳しかったりするか?」

突然指名され、アリアは「ひゃいっ!?」と素っ頓狂な声を上げて肩を跳ねさせた。村の皆の視線が一斉に彼女に集まり、顔がみるみるうちに真っ赤になる。

「わ、私は別に……おばあちゃんの手伝いをしてるだけで……」

「十分だ。君のその好奇心は、何よりの才能だよ。明日から、俺の助手になってくれ。この土地の最初の『医者』として、一緒に『診察』から始めるぞ」

「わたしが……いしゃ……?」

アリアは、自分の手のひらを見つめ、呆然と呟いた。

翌日、俺の宣言通り、グレイウォールの土地を救うための本格的な調査が始まった。俺はまず、アリアに「系統的な調査」の重要性を教えることから始めた。

「いいか、アリア。病気を治すには、まず患者の状態を正確に知る必要がある。畑の土と言っても、場所によって症状は微妙に違うはずだ。だから、こうやって区画を分けて、それぞれの場所から土を採取して、比較・分析するんだ」

俺は畑にロープで碁盤の目のような線を引き、それぞれのマスに番号を振った。そして、アリアに木の札と炭を渡し、採取した土の場所と特徴を記録させた。それは、彼女にとって初めての「科学的調査」の体験だった。

最初は戸惑っていたアリアも、俺が【観察者の眼】で土の成分を読み解き、「ここの土は特にカリウムが少ないな」「あそこの区画は、他の場所より少しだけ酸性寄りだ」と分析していく様子を目の当たりにするうち、その瞳は輝きを増していった。

「すごい……領主様には、土の中が見えるんですね……!」

「まあ、そんなところだ。だが、大事なのは『見える』ことじゃない。その違いが『なぜ』生まれたのかを考え、次に『どうすれば』改善できるかを導き出すことだ。それが科学だ」

俺たちは丸一日かけて、領内の主要な畑の土をすべてサンプリングし、簡単な土壌マップを作り上げた。それは、この土地の「カルテ」そのものだった。

領民たちは、俺たちが泥だらけになって働く姿を、遠巻きに、しかし興味深そうに眺めていた。水が綺麗になったことで生まれた信頼は、彼らをすぐに行動させるにはまだ足りない。だが、確実に、変化の兆しは生まれていた。

カルテを手に、俺はアリアと領民たちに宣言した。

「よし、診察は終わった。明日から、いよいよ『治療』を開始する。まずは、この土地のための最高の『薬』と『ごはん』――つまり、『堆肥』作りからだ」

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