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『召喚された俺のスキルは【理科】でした~辺境で始める科学文明再生記~』  作者: とびぃ


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第4章:見えない敵との戦い 第1節:薬草師の知恵と限界

鋼鉄の農具が大地を切り拓く、力強い金属音。それは、グレイウォールに訪れた希望の音色のはずだった。だが、その音は日ごとに数を増していく病人の呻き声と、静かな祈りの声にかき消され、村は再び重苦しい沈黙に包まれ始めていた。希望の光が強ければ強いほど、その後に訪れる絶望の影は、より一層濃く、人々の心を蝕んでいく。未来への期待に輝いていた領民たちの顔から表情が消え、再びあの虚ろな諦めの色が戻りつつあった。

村の薬草師であるセーラお婆さんの小屋は、臨時の診療所と化していた。壁際の棚には、乾燥させた薬草が種類ごとに分類されて所狭しと並び、天井からは束ねられた薬草が吊るされている。部屋の中には、様々な草根木皮が混じり合った、独特の土と緑の匂いが立ち込めていた。だが今、その匂いに、病人の発する熱っぽい汗の匂いと、死の気配が微かに混じり始めていた。

「また一人、熱を出した……。今度は西の家の、まだ乳離れもしておらん赤ん坊だというのに……」

セーラは、すり減った薬研やげんで薬草をすり潰す手を止め、深く刻まれた皺の奥にある瞳を、悔しそうに歪めた。彼女の指は、長年の労働でごつごつと節くれだっているが、その動きは正確無比だ。彼女は、この村で最も尊敬される知識人だった。何十年という経験則に基づき、どの薬草がどの症状に効くのかを熟知していた。それは、彼女の母から、そしてそのまた母から、途方もない時間をかけて受け継がれてきた、グレイウォールの知恵の結晶だった。

高熱にうなされる患者には、川辺に自生する解熱作用のある「銀葉草」を丁寧に煎じて飲ませた。体の節々の痛みを訴える者には、森の奥深くでしか採れない鎮痛効果のある「眠り茸」の粉末を、慎重に分量を量って処方した。彼女の治療は、常に的確で、これまではどんな病も、数日のうちに快方へと向かわせた。

だが、今回の病は違った。薬を飲んでも、燃えるような熱は一時的にしか下がらず、薬の効果が切れれば、まるで勢いを増したかのように再びぶり返す。まるで、体の内側で見えざる悪意が、彼女の知恵を嘲笑うかのように、命の炎をじわじわと喰らい尽くしていくかのようだった。

「わしの知識では……もう、手が打てん……」

セーラは、力なく呟いた。薬研を握る彼女の手から、力が抜けていく。彼女のプライドが、経験が、目の前で次々と弱っていく小さな命の前に、無残に打ち砕かれようとしていた。彼女が信じてきた知恵の限界。それは、彼女にとって死の宣告にも等しい絶望だった。

俺は、そんな彼女の背後で、最初の患者であるミミの様子を、静かに観察していた。藁の寝床で、ミミは真っ赤な顔をして、浅く速い呼吸を繰り返している。時折、全身が弓なりにこわばるように、小さく痙攣していた。額に浮かぶ汗を拭ってやろうとアリアが差し出した手さえも、無意識に振り払ってしまう。

(高熱、意識混濁、そして特徴的な筋硬直……後弓反張に近い症状だ)

俺の脳裏に、大学の教養課程で学んだ感染症の知識が蘇る。症状は、破傷風菌によるものに酷似していた。破傷風菌は、土の中に普遍的に存在する嫌気性菌だ。酸素を嫌うため、傷口の奥深く、酸素の少ない環境で増殖し、強力な神経毒を産生する。

グレイウォールで今、何が起きているか? 鋼鉄の農具を手に入れた領民たちは、今までにないペースで、固く痩せた大地を掘り返している。人々が土に触れる機会は、爆発的に増えた。そして、慣れない頑丈な農具の扱いで、手に豆を作ったり、小さな切り傷を作ったりする者も少なくないだろう。その傷口から、土の中に眠っていた未知の菌が侵入した……。仮説としては、十分に成り立った。

俺は、絶望に打ちひしがれるセーラに向き直った。

「セーラさん。少し、聞かせてほしい」

俺の声は、不思議なほど冷静だった。パニックは、何の解決にもならない。教師として、生徒たちが混乱している時ほど、冷静に、論理的に道筋を示す必要がある。

「この病にかかった者に、何か共通点はあるか? 例えば……最近、どこかで怪我をした、というような話は聞いていないか?」

俺の問いに、セーラは虚ろな目で顔を上げた。

「怪我……?」

彼女は、はっとした顔で、記憶の糸を手繰り寄せ始めた。

「そういえば……ミミは三日前に、新しく開墾した畑で、はしゃいで転んで、膝に大きなすり傷を作っておった。次に倒れたカイという若者も、新しい鍬の柄の木目が手に食い込んで、豆が潰れたと……。ああ、そうだ。その次の女衆も、洗い場で桶のささくれが指に刺さったと言っておった……!」

セーラの目に、わずかな光が戻る。無秩序に見えた発症に、一つの法則性が見出されたのだ。次々と挙げられる患者たちの共通点。それは、大小の違いはあれど、誰もが皮膚に「傷」を負っていたという、動かしがたい事実だった。

「……まさか。病は、悪い空気を吸うてかかるものじゃなかったのか……? それが、血から入る……と、いうのか……?」

セーラの声が震える。吸気感染ではなく、接触感染、それも傷口からの感染。それは、彼女の経験則には全くない、全く新しい病の姿だった。それは、世界の理が、彼女の理解を超えたところで動いていることを意味していた。

「ああ。おそらくは」

俺は、決意を固めた。顕微鏡もなく、細菌を培養する術もない今、この仮説を完全に証明する手段はない。だが、このままでは村が全滅する。今は、彼らが理解できる言葉で、進むべき道を示さねばならない。

「セーラさん。あんたの知恵は、決して間違ってはいない。だが、今回の敵は、あんたが今まで戦ってきた相手とは、種類が違うのかもしれない」

俺は、彼女のプライドを傷つけないよう、慎重に言葉を選んだ。

「この病の原因は、呪いでも、悪い空気でもない。俺たちの目には見えないほど小さな『生き物』が、土の中に潜んでいて、それが傷口から体の中に忍び込むんだ」

俺の言葉に、セーラは息を呑んだ。その表情は、単なる疑いではなかった。むしろ、長年の謎――なぜ同じ環境にいても、病にかかる者とかからない者がいるのか、なぜ薬が効く時と効かない時があるのか――その答えの入り口を見出したかのような、畏怖に近い色を浮かべていた。彼女の長年の経験が、俺の突飛な仮説に、奇妙な真実味を感じ取っていたのだ。

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