第2節:観察と理論
鍛冶場から追い返された俺は、そのまま科学教室の生徒たちが待つ広場へと向かった。そこでは、アリアを中心に、若者たちが昨日の復習とばかりに輪作計画の図を地面に描いて議論を交わしている。
「領主様! お帰りなさい!」
俺の姿を見つけたアリアが、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「ボルツさんのところ、どうでしたか?」
「まあ、案の定、門前払いさ。だが、収穫はあった」
俺はそう言うと、集まった生徒たちを見回した。
「よし、緊急授業だ! 今日のテーマは『鉄』。なぜ鉄は硬いのか、そして、なぜグレイウォールの鉄は脆いのか。その謎を解き明かすぞ!」
俺の宣言に、若者たちは目を輝かせた。彼らにとって、科学はもう退屈な座学ではない。自分たちの生活を豊かにする、最も刺激的な冒険なのだ。
俺は、地面を黒板代わりに、木の枝で絵を描き始めた。まずは、俺たちが掘り出す鉄鉱石の姿だ。
「いいか、みんな。俺たちが鉱山から掘り出すこの赤黒い石、鉄鉱石は、実は純粋な鉄じゃない。鉄が『酸素』とガッチリ手を組んだ、『酸化鉄』という姿なんだ」
俺は、鉄の元素記号「Fe」と酸素の「O」を描き、二つを線で結んだ。
「鉄を作る作業、つまり製鉄というのは、この二人の仲を引き裂いて、酸素を追い出し、鉄だけを取り出す作業だ。この引き裂く作業を、科学の言葉で『還元』という」
「かんげん……」
生徒たちが、新しい言葉を復唱する。
「そして、この還元の手伝いをしてくれるのが、ボルツさんが炉で燃やしている『木炭』だ。木炭の正体は『炭素』。こいつは、鉄よりも酸素のことが大好きでな。高温になると、酸化鉄から酸素を奪い取って、自分とくっついて二酸化炭素として空気中に逃げていっちまうんだ」
俺は、炭素「C」が酸素「O」とくっついて、「CO₂」となって飛んでいく絵を描いた。残されたのは、純粋な鉄「Fe」だ。
「へええ! 木炭って、ただの燃料じゃなかったんだな!」
「酸素を奪うために必要だったのか!」
若者たちから感心の声が上がる。
「その通りだ。だが、ここからが重要だ。この時、酸素と結ばれなかった炭素の一部が、一人ぼっちになった鉄に『俺も混ぜてくれよ』って言って、溶け込んでしまうことがある」
「鉄に、炭素が混ざる……?」
アリアが、不思議そうな顔で首を傾げた。
「ああ。そして、この炭素の混ざり具合で、鉄の性格は全くの別物に変わってしまうんだ」
俺は、三種類の鉄の図を描いた。
「まず、炭素がほとんど混ざっていない、ほぼ純粋な鉄。これを『錬鉄』という。こいつは粘り強くて加工しやすいが、柔らかすぎて刃物には向かない」
「次に、炭素がめちゃくちゃたくさん混ざってしまった鉄。これを『銑鉄』という。こいつはカチカチに硬いが、その分、衝撃に弱くて、ハンマーで殴るとガラスみたいにパリンと割れてしまう。グレイウォールの鉄が脆いのは、主にこいつのせいだ」
俺の言葉に、生徒たちは「ああ!」と納得の声を上げた。ボルツが打った鍬が、固い石に当たるとすぐに欠けてしまうのは、これが原因だったのだ。
「そして、最後に、この錬鉄と銑鉄の、ちょうどいい塩梅……炭素が少しだけ、絶妙なバランスで混ざった鉄。それが、強くて、粘り気もあって、刃物にも農具にも最適な、最高の鉄――『鋼』だ!」
俺は、「鋼」の文字を力強く地面に書いた。
「ボルツさんの炉は、温度管理が難しくて、木炭と鉄鉱石が直接混ざってしまうから、どうしても炭素が入りすぎて『銑鉄』に近いものができてしまうんだ。さらに、鉱石に含まれる硫黄やリンといった不純物が、その脆さに拍車をかけている」
「じゃあ、どうすれば……?」
「答えは二つだ」と俺は言った。
「一つは、不純物を取り除く工夫をすること。そしてもう一つは、炉の構造を根本から変えて、鉄に溶け込む炭素の量を精密にコントロールできるようにすることだ」
俺は、生徒たちの真剣な眼差しを受け止めながら、確信を込めて言った。
「俺たちのグレイウォールで、『鋼』は作れる。ボルツさんの経験と技術に、俺の科学の知識が合わされば、絶対にだ」
授業が終わる頃には、若者たちの目は、鉄という物質への新たな理解と、頑固な職人を打ち負かす(?)ための計画への期待で、キラキラと輝いていた。彼らにとって、ボルツは乗り越えるべき「期末試験」のような存在になったのかもしれない。




