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I.Tyrant ─やぶにらみの暴君─

 ある春の日のことだった。


 寒風吹きすさぶ日々が過ぎ去り、嘘のように穏やかな日々が続いている。そんな昼下がり、マナナとパラリティスはカフェでくつろいでいた。


 二人がいつも通っているカフェは、オープンカフェを備えている。柔らかな日差しが心地よく、座っているだけで気分が晴れてきそうな、そんな心地の良い外のテーブルで二人は向かい合っていた。


「私には絶対に出会いたくない化け物が居るんです」

「今の時代、そうそう化け物には会わないでしょ」


 唐突にそんなことを言い出したマナナにパラリティスが即答した。余程の秘境に行かない限り化け物に機会など殆ど無いのが今の時代の現状だ。


「そうは言いますけど、知れば知るほど出会いたくない化け物っているんですよ、先輩」

「例えばどんな?」


 呪文が専門であるマナナが言うからにはきっとろくでもない生き物なんだろうな、とパラリティスは思った。


「洞窟が主な住処で」

(ちょっと特定しづらいかな)


 マナナはパラリティスの顔をチラチラみて説明を続ける。


「触手があるんですよ」

「触手は嫌だよね~。主に見た目が……」


 パラリティスも半笑いでマナナに返していく。


(洞窟に住んでいて触手がある。そんな化け物居たっけか?)


 パラリティスの脳裏にローパーという触手の化け物が浮かんだがどうやら違うようだった。


「目がたくさんついてるんです」

「ああ、ブロッブ」


 地下に住んでいて、ちょっとした触手ぽいものも生えている。さらに目がたくさんとなれば不定形生物不気味度ナンバーワンのブロッブしかあるまい。パラリティスはこの判断にかなりの自信があった。


 パラリティスはコーヒーを一口すすり、上目遣いでマナナを見る。


「丸くて浮いてます」

(違ったーっ!!)


 カップを握ったままパラリティスは下唇をかみしめていた。結構自信があっただけにもの凄い悔しがり様だ。


「こいつはそんじょそこらの化け物とは格が違いますよ、先輩」


 ここからが本番だ、と言いたげにマナナがうずうず体を揺らしている。


「まだあるの?」

「鉄ほど固い鱗で覆われていたり、大きな口で襲いかかってきたりします」


「なかなかアグレッシブな化け物ね」


 マナナは大きく息を吸い込んだ。


「頭にある十本の触手にはそれぞれ目玉がついています」

「ああ触手と目玉は頭にあるのね」


 マナナは数度頷いた。


「その十本の触手についた目からですね……」


 どうやらまだ追加があるらしかった。パラリティスの喉がゴクリと鳴る。


「CharmPersonチャームパーソン、CharmMonsterチャームモンスターSleepスリープ、Telekinesisテレキネシス、FreshtoStoneフレッシュトゥストーン、DisintegrateディスインテグレイトCauseFearコーズフィアSlowスロウ、CauseSeriousWoundsコーズシリアスワンズDeathSpellデススペルという10もの効果を持った光線を発射してくるんですよ」

「それは死ねる……」


「しかも、その発射間隔は約10秒というおまけ付きです」

「酷いっ、それは酷いっ!」


「それぞれの目玉が一個ずつ能力を担っているので重複して使えないのが救いですね」

「救いになってないけどね」


 マナナとパラリティスは二人して乾いた笑みを浮かべる。


「なによりも許せないのが」


 そう言って溜を作るマナナの拳に力が入る。


「アンチマジックを持っているんです!」

「アンチマジック」


「丸い体の中央にどーんとついてる主眼。そこからアンチマジックレイを放射してくるんです!!」

「そんなことされたら呪文使いなんてただの人じゃん……」


 アンチマジックは極めて特殊な能力で、呪文の発動はおろか魔法の武器や工芸品でさえその効果を失うといわれているものだ。その特殊性故に王墓を呪文から守るため使用されたという記述をパラリティスは文献で読んだ記憶がある。


「呪文使いにとって極めてやっかいな能力ですけど、主眼のアンチマジックに小目玉の光線も打ち消されてしまうとの事で一長一短ではあるのです。でもでも、こんなバケモノ存在自体ゆるされませんよね!!」

「出会いたくないよね……」


 力説するマナナにパラリティスは苦笑いを返す。


「文献によると知性が高く、独自のコミュニティを形成しているとか、様々な亜種がいて次元を渡る能力も併せ持つとか」

「うわっ、この世界にも居るかもしれないじゃん」


「居るからこそこんな本が作られているわけでして」


 マナナはカバンから分厚い本を取り出し、気味の悪い化け物が描かれた表紙をパラリティスに向けた。


「ん……、と……。I,Tyrantアイタイラント?」

「Iはeyeなんでしょうね、きっと」


「あ~、なるほど」

「何故かこの化け物を熱心に研究している人が過去に居たみたいで、そりゃあもう詳細に調べ上げてるんですよ」


「この墨塗りは?」


 パラリティスが指したところが墨で塗りつぶされている。それは位置からすると著者がかいてあるところだ。


「あ~、著者が判らないんです、この本。全部塗りつぶされてて」


 マナナもそこは気になるところなのだが、手に入れた時にはすでにこのような状態だったのだからどうしようもない。


「ちょっと見せてね」


 パラリティスが表紙を捲った。この化け物の名前を早く知りたくてやきもきしていたのだ。


「えーっと、こいつの名前はなんてーのかなっと」


 表紙を捲った一ページ目、目次をみたパラリティスの目に信じがたいものが飛び込んできた。恐らくこの化け物の名前が書かれていたであろう箇所が墨塗りされており判読できないのだ。


「おっと、ここも墨塗りされてるんだけど」


 パラリティスは次々とページを捲っていくが、どのページでも墨塗りされている。躍起になって全ページ確認してみても結果は同じであった。


「肝心な事が判らないよ!!」


 オープンカフェに居ることも忘れ、パラリティスは思わず叫んでいた。


「この化け物について知りたいのに肝心な名前に墨塗りってありえないよ!! なんでそういうことするかな!」


 たたみかけるように叫び続ける。


「固有名詞が判らなきゃ他の本で調べることも難しいんだよっ!! あげく作者も判らなきゃどうしようもないんですけど!!」


 椅子をはね飛ばし立ち上がり、本の上に両手をドンとついた。興奮したパラリティスは、荒々しく息を吐きマナナをじっと見つめた。


(先輩、それは私がこの本に出会って感じたものと全く同じ感情です……)


 マナナの視線がそう語っている。パラリティスは椅子を戻し咳払いし、何事もなかったかのようにコーヒーをすすった。


「まあなんだ、やんごとなき理由でもあったんだろうな……」


 これだけこの化け物に執心し作り上げられたこの本もだが、時の為政者に快く思われなかったのかもしれない。はたまた危うく焚書ふんしょを逃れて生き残った本なのかもしれない。しかし、この化け物は確かにこの世界に存在するものなのだろう。そんなことをパラリティスは考えていた。


「墨塗りしたあげく土下座でもさせられたんですかね……」

「さすがにそれは無いでしょ」


「ですよねー」


 その時、さわやかな風が二人の間をゆるりと吹き抜けていった。無性に可笑しくなってきたマナナは小さく笑ってしまっていた。それにつられてパラリティスも笑っていた。二人はしまいに大笑いしてる。


「パンケーキでも食べようか」

「いいですね!」


 パラリティスがウェイターに追加の注文を告げる。


「コーヒーと紅茶のおかわりをお願いします-!」


 マナナもそれに続いて飲み物を追加しておく。


「そうだ。将来、私が調査する遺跡にコイツが巣くってたら手伝ってよね」

「いやいやいや、勘弁してくださいよ先輩……」


 パラリティスが一瞬真面目な顔になって言うので、マナナは慌ててそれを否定した。


「わははは。冗談。冗談だってば。マナナちゃんてば冗談が判らないんだから~」

「今の顔は冗談じゃあなかったですよ……」


 目の前にいる研究者はこの先様々な遺跡に赴くだろう。そうすればこの化け物が巣くっている確率は0パーセントではない。もしそうなら、むざむざこの人を危険にさらすことはできないとも思う。


 黙っているマナナにパラリティスが小首をかしげた。


「どしたの?」

「ま、まあ、その時はその時で考えてもいいですけど……」


「さっすがマナナちゃん。頼りになるわー」

「この本を読み込んでその時までに対策を考えておかないと、ですね」


「おっ、やるきだねぇ」

「そりゃあ、まあ。やるとなったら私はやりますよ!」


 そのあと、パンケーキが運ばれてくるまでこんなやり取りが続き、春のけだるいお茶の時間は流れていく。まだまだ先の事になるが、二人はこの時の会話が現実のものになろうとは夢にも思わないのであった。

 

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