卍 私勇者だけど仮装しつつある
ハロウィンネタ。
はい、遅刻ですね。ほんっとすみません。
「む………」
「主」
「くっ……」
「主よ」
「っしょ…」
「主よ!」
「うわっ、なによいきなり吃驚するじゃないやめなさいよね!」
脳内に『念話』が突き刺さるような痛みをもってキンキン響いた。
魔力の発生源である、足下に立て掛けた包丁(聖剣)から発せられた声なのだが、口調に対して威厳が全く感じられなくなったのが昨今の落ちぶれ加減という。
「もう我の面目丸潰れにしたいのか主よ!」
包丁に面目なんてあるかよ。
「それよりなんなのやかましい。見ての通り私今忙しいんですけど?」
「裏生地まで縫い付けているのだが、いいのか?」
「ゲッ!」
蛙が踏み潰されたような声をあげながら、手にもっている物をひっくり返す。
女としてその反応の仕方はどうなのかって?
ふ、それは今私の行っている事をよく考えてから言うんだな!
「糞がッ!また一からやり直しかファッキンッ!!」
「たかが裁縫でそこまで怒り頂点にならなくても良いだろうに」
そう、裁縫である。
家庭的と呼ばれる代表的な行為の一つ。その手際の良さは女子力を測るための指標にもみなされ、「趣味は裁縫です(裏声)」と言った日には女子会カーストの上位に食い込む事ができるという伝説級のスキルウェポン。
それを今現在行っているという事実。それ則ちこの世の女子を体現した存在であることは言うまでもないのだ。
料理すら手につけている私はこれでもうヒエラルキーの最上位に君臨していると言っても過言ではない。これも淑女の嗜みと言うやつよ。ほほほ。
「先ほど淑女とはかけ離れた発言をした者とは思えん主張だな主よ」
「黙りなさい」
心の在り方が大事なのだ。
「しっかし、まぁ……上手くいかないものね」
「元来初めてとはそういうものだろう、地道にやるしかあるまい」
糸切り鋏で縫い付けた部分を生地を切らないよう糸だけを慎重に切り解いていく。ため息が出てしまうのを堪えながら、もう一度縫い付けるラインを確認しつつ、針に糸を通す。
この作業だけは慣れてしまった。
そう、「また」なのだ。
「これで何回目かしら……最初は糸の長さが足りなくて、次は結び留めが甘くて、次は………」
やめよう。今失敗を思い返したところで気が沈んでしまうだけだ。
正直、熟練者に言わせれば非常に効率の悪く手際のなさが露顕したやり方であるのは間違いない。言葉通り、見様見真似で行うことに効率や能率などがついてくる筈も無いのだから。
「父上はこういうの、得意だったんだけどな……」
どうやらその才能は私には受け継がれなかったようだ。
でも、泣き言ばかり言ってはいられない。明日までには作り上げなければならないのだ。
この、『モンスターの衣装』を。
「明日は、仮装宴の日だものね」
手に持った布生地は、不恰好な合羽のような形をとっていた。
仮装宴。
元々は収穫祭とされていた秋のお祭りであったのが、紆余曲折あった後に開催されることとなった歴史上最もよくわからないお祭りである。
その起源となる理由も、これまた複雑怪奇なものだ。
まず第一に、収穫祭と名義される祭りは現在別の日程で開催されている。
言っている事と違うぞ、という意見もごもっともなのだが、誤解のないよう説明すると、元々仮装宴と収穫祭は同義であったのが過去の事だ。ある祭りのことを仮装宴とも収穫祭とも呼ばれる時期があり、決まった日にそれは行われていた。
この祭りは秋の精霊祭とも呼ばれ、農産物の収穫を祝い恵みをもたらすと云われる精霊に感謝を伝えるために開かれる祭りである。
文献には、祭事を執り行った人たちが、精霊たちに親しみをもってもらい祭りに訪れ易くしようと画策した結果、変装して人間であることを隠す、という方法をとった事から始まったと書かれているらしい。
他にも多数の言い伝えが記されており、けれど眉唾なものばかり記載されていてこれといって確信に至る諸説がなく、一番信憑性のありそうな伝承が以上のものであるという。
つまり、仮装をしながら収穫を祝う。それが仮装宴であり収穫祭であり、秋の精霊祭なのだ。
それが、どういった経緯で、背景になにがあったのかもわからないまま。
仮装宴と収穫祭は、別けて行われる事となったのだ。
結果、先週収穫祭が行われたのに対し、全く同じ目的の祭りである仮装宴が次の週に開かれるという本当によくわからない展開が現実となっているわけである。
勿論色々諸説はあるが、収穫に合わせて衣装を用意するのが難しかったからだとか、でも仮装パーティーはどうしてもやりたかったからだとか、なんか凝り過ぎて精霊が寄り付かなくなったとか、そんな感じでもしその通りなら本末転倒という言葉の意味を百回書きとらせてやろうかと考えてしまうほどの混沌っぷり。
精霊への感謝はどこへ行った。
個人的な予想としては、仮装の方向性があまりにおかしな方へぶっとんでしまったため、収穫や精霊に関するテーマが完全に迷子になってしまい「もうこれ祭りとして別物じゃね?」みたいな感じになってしまったのではなかろうかと踏んでいる。
何故なら、仮装の衣装は統一して『悪霊・死霊系モンスター』であるからだ。
最初は精霊を歓迎するために、自身も精霊の格好、もしくは穏やかな性格の動物などを模した衣装を身につけるのが普通だったらしい。それが、結果として、こうなってしまった。
いやもうほんと、どうしてこうなったのかは皆目見当もつかない。
学者ですら皆思考放棄して、テンションあがりすぎるとよくわからない行動起こしちゃうよねーだなんて笑っている始末。当時の人たちが何を思ってあろうことかモンスターの衣装を着始めたのかは預かり知らぬところだが、少なくともそこに至る過程も、何故かみんなしてモンスターの姿をして笑い合い化かしあうようになったと記されている。
それだけでも既に意味不明なのに、お菓子をとにかくばら撒くお祭りになり始めたという事実もあるのだから手に終えない。
つまるところ、参加する人たちの暴走によって手に終えなくなってしまったのを、ある程度操作しやすいように『仮装』と『収穫』を別ける事によってこれ以上悪化するのを防ごうとしたのだ。事実、仮装宴にはまた新しくお菓子を渡さない人間にいたずらをしても構わないという風潮も生まれ始めている。これ以上暴走するのはいただけない。
好意的に捉えると、唯一何かを目的としない自由なお祭りで、とにかくフリーダムだということだろうか。
これが仮装宴の起源の一つとされている。もちろん他説もある。全部語ったらもうそれだけで日が暮れてしまうだろう。
要約すると、仮装宴とはよくわからないまま仮装してお菓子ばら撒いて楽しむだけの祭りだということだ。
「百害あって一利なしを体現したような内容よね、そう捉えると」
しかし、人々はそれすらも楽しんでしまえるのだから逞しいというか図太いと言うか。
いや、自由だという時点で既に楽しいと思えるのかもしれない。人々はいつも農作業や納税に追われ、時間、天気、決まりなどに縛られていたのだから。
だから、収穫祭と別になった今でも根強く民衆に広まっているのだろう、仮装宴は。
それにしても。
「意外だったなぁ。あいつが仮装宴のこと、全く知らないだなんて」
そう呟きながら、魔法使いたる相方のことを思い浮かべる。
先週参加した収穫祭でのことだ。
『収穫祭って、もっと料理とか珍しい食材とかを売るような祭りだと思ってたんだが、違うんだな』
『まぁそうね。この時期は多少麦の値段が安くなるから、色んなエールが売店で売り出されるのがこのお祭りの目玉かしら。あとは、とにかく楽器を使って演奏するのを楽しむのが伝統かな』
『そういえば、どこに行っても楽しげな曲が聞こえるな。てっきり他の精霊祭と同じように外で色んなことをどんちゃんやる祭りだと思ってたけど、結構屋内の決まったイベントが多い祭りなんだな』
『どこもエールの飲み比べやストロー細工の販売ばかりで多様性がないってのはあるかもね。とはいっても、出店もたくさんあるわけだし、そんなに変わらないんじゃないの?人が屋内に集まり易いっていうのはわかるけど』
『いや、まぁ確かにそうなんだけど……なんか祭りにしては穏やかすぎるというか、目に付く人たちみんな、落ち着いているというか。何かをセーブした状態にみえるって言えばいいのかな?』
『そりゃ、来週もまたお祭りやるわけだし、今日で使い果たしたら駄目でしょ』
『え?来週も祭りがあるのか?』
『うん、そうだけど……知らなかったの?』
『全然知らなかった……なんのお祭り?今日の続きか?』
『だったら来週にせずとも明日やっておしまいにするでしょ。内容的に言えば、別のお祭りよ。おっきな仮装パーティーって表現したほうがいいかしらね』
『へぇ。ってことは、お前も何か変わった衣装着たりするの?』
『まるで他人事ね。アンタもちゃんと用意しときなさいよ、死霊系をイメージした衣装』
『死霊系……ってことは、お前の衣装オバタリオンか?』
『よし、そこに直れぶっ殺してやる』
回想終了。
因みにオバタリオンとはゾンビになった年配の主婦を題材にした劇中キャラクターのことである。あいつ絶対ぶん殴ってやる。
王国の喜劇すら知っている奴なのだが、そんな博識の馬鹿でも何故か仮装宴は知らなかったらしい。
「ま、そういうこともあるのかな。季節に一つ、大きな祭りがあるっていうのは有名だけど、他の記念行事なんて他国の人間が覚えているのも珍しいし」
知らないなら知らないでそれもまた一興ではあるのだろう。事前情報なしでイベントに参加するほうが楽しめる人も居るのだから。
それに今回は。
「ふふ、明日あいつお菓子持ってなかったらどうしてくれようかしらね」
最近の流行、仮装宴で問われる「Trick or Treat」の呪文。Tの韻を踏んだこの魔術とも呼べない呪文は、相手にお菓子の有無を確認させるという準強制力をもった、分類としては下級魔術のお呪い。それ以上の力も効能も持ち合わせていないが、なかなかどうして侮れない魔法である。
お菓子をばら撒くことこそが主流のお祭りだ。そこにお菓子を持っていて渡さないだなんて祭りの参加者とは言えない。また、持っていなくても同様だろう。用意して、渡しあって、それで成立するのを楽しむ祭りでもあるのだから。
だから、渡さないものには軽い意趣返しをしてやるのだ。それは暗い感情からではなく、純粋に祭りを楽しむために。そうすることで、渡せなかった人たちに免罪符を与え、最後まで祭りを楽しめるようにするのだ。
間違っても、相手を貶めるためのいたずらではない。これは、それ自体が祭りの一部なのだ。
「あの呆けた面を真っ赤に染めてやる。そうね……顔に落書きとか、女装とかどうかしら。うふふ」
「主よ、完全に相手を貶めにかかっているわけだが」
問題ない。あくまで悪戯である。
けれど実際のところ、そうなる望みは薄いだろう。ギルドに行けば大抵の情報は手に入るし、一応前知識なしで祭りに参加するように釘を刺しておいたが、世間話だけでもこういうのは耳を塞ごうが聞こえてしまうに違いない。
まぁ、そのときはそのときでつまらないが問題はない。それよりも今は自分の衣装と配るためのお菓子を用意することに集中したほうがいいだろう。
「とりあえず、今日中にこれ仕上げちゃわないとね」
むん、と今一度気合を入れなおして目の前の難題に取り掛かっていく。
数分後、私は再び悲鳴をあげることとなった。
☆
「で、完成したのか?」
「も、勿論よ!」
次の日。祭りの当日。
こそこそ作っていたつもりだったが、どうやらとっくにばれていたらしい。一々惚けるのも面倒なので、素直に答える。
「そっか、間に合ってよかったな。ところで俺は鍋の世話をしなくていいのか?」
「うん、火加減が強くなりすぎないように見張ってるだけでいいよ」
キッチンの前で棒立ちしている相方に答えながら、自分は多脂肪乳の分量を量りつつ、余った分からバターを精製しようとしていた。相方には悪いが、あまり手を付けられると困るのだ。
密封できる容器に乳を注ぎ、暫くばしゃばしゃと振りまくる。音がしなくなってもひたすらに振りまくる。バターの成分と水分をなるべく分離させるためだ。
それを終えると、今度は蒸かしておいた甘芋と、クービスと呼ばれるオレンジ色の野菜を鍋から取り出して、皮を取り除いて裏漉しする。
「ああ、南瓜だったのか、それ」
裏漉しする際に広がる香りに相方は頷いた。どうやら見た目が違うが同じ種類の野菜の名前なのだろう、その野菜は柔らかく、半液状に漉されていく。
「初めて見る野菜だったけど、煮詰めるとすごく甘くなるのよね、これ」
目の細かい布でクービスを絞り、同様に裏漉しした甘芋と均等になるように混ぜ合わせていく。そこに先程作り上げたバターと乳を投入し、塩をちょっと入れて味を調えていく。
砂糖は一切入れない。入れる必要がない。
「クービスの甘さだけでも十分なくらいだもの」
甘芋は受け皿だ。生地にするにしても、クービスだけではうまく形作ることが出来ない。
完成した生地を舐めると、よしと一息ついて今度は小さく球状に丸めていく。たくさんの丸めた生地の玉に、卵黄を塗りたくっていく。
そして。
「はい、出番よ。このあたりに熱源作って頂戴な」
「よしきた」
並べた生地の上を指差し、そう指示すると相方は待ってましたといわんばかりに術式を組み始める。強すぎず、生地をあぶる程度の出力で、余計な方向へ広がらないよう指向性をつけた魔術。
そんな都合のいい術式なんて存在しないのに、それを作り上げると言う軽く常軌を逸した事を易々とやってのけるあたり、あらためて化け物じみたやつである。
そんな魔術を簡単に要求してしまう自分も自分であるが。
そんなこんなで、完成。
「クービス入りスイートポテト…うーん、語呂が悪いわね」
「焦げ目、こんなもんでいい?」
「バッチシよ。ありがと」
本来、タルト生地や型にのせて焼くスイートポテトではあるが、今回は色々な人に配ると言うことで一口サイズで大量に作れる形にしたのだ。卵黄が上手く殻の様に包んでくれるか心配だったが、どうやらうまくいったようだ。
試しに一口。柔らかな食感から、クービスと甘芋の匂いが口の中に溶けるような甘みと一緒に広がっていく。
「うん、おいし」
ぺろっと指先を舐め、完成品を包み紙でまとめ、崩さないようにバスケットの中へ入れる。
その様子を、相方は物欲しそうな目で眺めていた。
「ん、味見する?」
そういうと、分かり易く目を輝かせ始めた。その姿はさながら尻尾をぶんぶん振り回す大型犬のよう。
なんかこう……ぐっとくるな。
「はい、あーん」
一つつまみ、それを相方の方へ差し出す。割と恥ずかしいことをしているが、今さら感は随分と強い。
相方は赤面しつつも釣られる様にして口を開き、唇で私の指ごとスイートポテトを挟んでから抜き取った。
「もむ……うん、美味い」
「でしょ?」
大分手馴れたものだ、お菓子作りにも。
いや、簡単に作れるものばかりだけれどもさ。
にしてもこいつの唇、やたら柔らかかったな。こっちはかさかさしてきてるってのに。
そんなどうでもいいことを小憎らしく思いながら、バスケットに布をかぶせて出かける準備を始める。
「さ、それじゃ各々着替え始めましょうか」
「了解。じゃあ俺ここで着替えるから、そっちは寝室で着替えてきなよ」
「そうさせてもらうわね」
衣装を置いてあるのも借家の寝室なので都合が良い。折角なので物より着た姿を先にみせたい。
といっても、ただ上から被るだけなのでこそこそ着るのはそう面倒なものでもないが。
ばたん、と寝室のドアを閉める。
ふぅ、と一度息を吐いた。
さぁ、着替えなくては。そして、その姿を、相方や道行く人々に魅せる覚悟を決めなくては。
しゅる、とベルトを取る。
気恥ずかしさはあるが、それを押し隠してでもやっていかねばなるまい。こういうのは勢いだ。少しでも臆せば、呑まれてしまう。
さぁ、勇者。
勇気をもって進もう。
「着替え終わった?」
「ええ、今行くわ」
刮目して見よ。
そして---
「さぁ、笑うがいいわ!」
それは堂々としてお披露目された。
その姿は全身すっぽり覆われた真っ白のカーテンレースを身に纏ったような、そんな雑な衣装。
自作・お化けの服である。
先ほど手に取ったベルトで固定しないと着崩れを起こす型無しだ。そうでなくても、激しく動けばベルトのいらないパンツと赤いシャツを着た自分の姿が露呈してしまうかもしれない。
テーマはお化けということで、悪霊の定番モンスターをイメージしている。が、それはイメージに過ぎず、聞けば「え、なにそれ……」と真顔で答えられそうなクオリティ。そもそも顔が見えてベルトがついてる時点で、お化けの衣装に見える希望なんてぺらっぺらである。
極めつけに、胸の部分に顔を作ろうとして目と口を黒く塗ったはいいけど、バランスが悪過ぎて模様にしか見えないという始末。
さぁ、さぁさぁ!
盛大に、笑うがいい!
「えっと……その。が、がんばったんじゃない……かな?」
「やめてそういうの優しさが痛いッ!!」
わっ、と顔を手で覆ってその場に崩れ落ちる。
いっそのこと笑ってくれた方が、色々と誤魔化せてよかったというのに。
これではぶん殴ってすべて有耶無耶にする展開がパァではないか。
「しかもそっちはなんか黒いマントとハット被ってるだけなのになんか凄い吸血鬼っぽく様になってるし!ズルイ!!」
「いや、そんなこと言われても……しっかり見ればお化けに見えるから大丈夫だって」
「しっかり見なきゃ駄目なレベルなのね、そうなのね!?」
「うわぁこれ何言っても地雷なパターンだ」
うるせぇ黙って八つ当たりさせろ。
「どうせカーテンレース巻き付けただけの方がまだマシな格好よ!ええ、悪かったわね!!」
「それもう服じゃないから。服として機能してるからまだマシだって、多分」
「多分って言ったわね今!?」
絶対めんどくさいって思ってるな、こいつ。
しかし矛先を自分に向ける発言には好感が持てます。覚悟しろ。
「こうなったら奥の手よ。Trick or Treat!」
どばーん!
こうなったらとか奥の手とか脈絡のない逆恨みと共に、格好良く言ってみたはいいが、内容はお菓子寄越せである。締まらない。
が。それでも構わない。
みたところ今こいつはお菓子を持ち合わせていない。ならば、確実にこいつに悪戯が出来るチャンスだということではないか。
(※悪戯を可能にする魔術ではありません。彼女はもう正常な思考を放棄しています)
服とか恥とかどうでもいい!
Trick or Treat!さっさと悪戯させるのだ!
「とり………なんて?」
「もうやだこいつー!この魔力お化けー!!」
全く効いてる試しがない。どうせ抗魔術耐性とか強い意志或いは鈍感とかそこらへんだろう。
「Trick or Treatよ!お菓子寄越すか悪戯させるかどっちかさせろってことよ!」
「お、おう……そういや、下世話な連中が『可愛子ちゃんにTrick or Treatして悪戯までもっていきたい』とか言ってたな……」
誰だそんな事抜かした奴。相方の教育に悪いだろ今度あったら叩きのめす。
「で、持ってるのお菓子。どうなの?」
「いや、持ってないけど……え、これもしかして悪戯されるの。俺?」
「That's right. 恥ずかしい思いをするのは私だけじゃないって、あんたにしっかりと教えてあげる……!」
「完全にとばっちりなんだけど!というか、何されんの俺!?」
謎の気迫に圧され、壁際まで後ずさる相方。
追い詰めた。
「目を、閉じて?」
「……出来ればもっと色っぽい声がよか」
「閉じろ」
「Yes, sir」
どうでもいいけどノリいいな。
恐る恐る目を瞑り、何をされるのか訝しむ相方。無防備である。
よし、落書きだ。
額に目玉でも描いてやる。
お化けの目を描いた時のペイントを懐からとりだし、筆につけて準備完了。
勝負は一瞬。驚いて動かれる前に簡単な目をさっと描くのだ。
そろ〜っと狙いを定め、接近していく。相方の顔を間近で眺める。
それがいけなかった。
「(……睫毛長いなこいつ)」
筆が、下がる。
そういえば。
こんな近くで相方の顔をまじまじと見るのは、久しぶりかもしれない。
中々来ない悪戯に戦々恐々としながらも、律儀に目を瞑ったまま相方は眉をぴくぴくさせていた。
最近野菜をメインに料理を作っているからだろうか。肌はつるつるで、でも薄っすらと残っている傷痕が目に留まる。
つい撫でてしまいたくなるが、今触れたら確実に目を開いてしまうだろう。それは勿体無い。
………いや。
触れたら終わりだというのなら。
いっそのこと、頬にキスでもしてやるのはどうだろう?
何を馬鹿な。と一笑するが、心臓の動きはそれに反して加速していく。
そう、これは悪戯なのだ。
一番驚くような事をしてやるのが、悪戯としてはこれ以上ない大成功を納めるだろう。
それに、これならお互いに害はない。陰険でもなんでもない、二人にとって不幸を起こす悪戯ではないのだから、これはきっと何の問題もないのだ。
そんな。
言い訳が。
止めどなく、溢れてくる。
「(悪戯、悪戯だから……)」
誰に向けての言い訳かもわからず、ただ己の鼓動に従う。
相方の顔が、触れそうな程に近い。
壁は、境界線は。
既に、見失っていた。
接近。
そして。
「あ」
「!!!!???!??!?!!」
目を瞑ったまま、相方が間抜けな声をあげた。
ずざざざざっ!と飛びすさる。顔が熱い。しかし頭の中が混乱していて今の今まで何をやっていたのかわからない。
目をぐるぐる回しながら、それでも今度は現実的な言い訳を考える。先ほどの暴走の、尤もな言い訳を。
が。
それは不要だった。
ぱちくりと目を開いた相方は、その憎らしい呑気な声で。
「そういや、昨日依頼先で砂糖菓子貰ったっけ」
そんなことを。言った。
「確かポーチの中に……あ、あったあった」
「………」
「って、うわ。それ筆?それで落書きしようとしてたな。道理で顔の前に何かが迫る感じがすると思った」
「」
「まぁ、これで取引成立。お前はお菓子で、俺は悪戯されずに済んで。めでたしめでたし、だな」
「な、に、が、めでたしめでたしだぁぁあああああああああああああああ!!!???」
その時、私は知った。
鈍感は重罪だと。
「ひぃっ!?な、なんで怒ってんの!?」
「うるせぇテメェが全部悪いんだボケナスがぁぁッ!!」
「お菓子あげたじゃん!ルール守ったじゃん!つーか俺終始八つ当たりされただけじゃんかさぁ!!」
ドタンバタンと貸家が揺れる。
二人の攻防は罵声と悲鳴によってダークな感じに彩られた。
狭い室内で、筆を片手に追う自分。
それを捌きながら、必死に逃げる相方。
まさに、混沌である。
だが、それもまた正しい在り方なのかもしれない。
何故なら、今日は。
怪奇奇天烈意味不明、暴走ありきのフリーダム。
そして、最もカオスな甘い騒宴。
モンスターの姿が蔓延る、仮装宴なのだから。
「っていい感じに終わってたまるか!テメェ絶対一発殴って顔に落書き入れてやるからな!」
「だから俺何も悪くないじゃんかさ!どうすればよかったんだよ一体!」
「うるさいうるさい!乙女の純情を前にして罪は裁かれなくちゃならないのよ!」
「もうさっきから言ってること全然わかんないんだが!?」
「Trick or Trick!殴打か平手か、加えて両方かどちらか選べ!!」
「選択させる気ないだろその理不尽な選択肢!」
kuerbis:キュルビス ドイツ語でカボチャです。今話は風車とかの町をイメージしていただければ。
冬童話に参加致しました。題名は「お菓子屋さんと冬の精」です。本当は一昨日書き上げたのに一話だけ11月に投稿したせいで参加規定に引っかかって焦りました。おバカさんかな?
次回は二月の終わりを目安に投稿する予定です。