王都と騎士団
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門兵に教えられた道を進み、ジェスターとリリィは、ついに冒険者ギルドへとたどり着いた。
「わぁ……!」
目の前に広がる光景に、リリィは思わず感嘆の声を漏らした。
そこにあったのは、想像を遥かに超える規模の施設だった。
広大な敷地には、いくつもの建物が立ち並んでいる。正面にそびえる大きな建物は冒険者ギルドの本館。その周囲には酒場や訓練場、会議場、倉庫と思われる建物まで確認できた。
それぞれの建物が独立しているにもかかわらず、全体として一つの巨大な施設を形作っている。
建物の壁や看板には、青と銀を基調とした紋章が掲げられていた。
大きく広げられた二枚の翼。その中央には、輝く金色の星が描かれている。
『ほほう! これはこれは、実にすんばらしい規模でございますなぁ!』
ジェスターは感心したように両手を広げた。
「本当に大きいね。ここ全部が冒険者ギルドなの?」
『そのようでございますねぇ。いやはや、これほどの施設を管理するとなれば、さぞかし大変でしょうなぁ!』
「ふふっ。ジェスター、なんだか楽しそう」
『もちろんでございます! これほど大きな舞台を前にして、心が躍らないはずがございません!』
二人はしばらく施設の外観を眺めたあと、正面にある大きな入口へと向かった。
扉をくぐった瞬間、賑やかな声が二人を迎えた。
「次の依頼は俺たちが受けるぞ!」
「おい、素材の査定はまだか?」
「だから、あの魔物は俺が仕留めたんだって!」
「またその話かよ!」
広々とした館内には、大勢の冒険者たちが行き交っていた。
人族だけではない。獣人やエルフ、ドワーフなど、様々な種族の姿が見える。
体格も年齢も実に多種多様だった。大柄な男たちが集まったパーティーもあれば、小柄な少女たちだけで構成されたパーティーもいる。武器を背負った者、魔法使いらしい杖を持つ者、仲間と談笑する者など、その様子はまさに千差万別だった。
「すごい……。いろんな人がいるね」
『ヨホホホ! まさに人間模様の宝庫でございますなぁ!』
ジェスターは楽しげに周囲を見回した。
その奇抜な衣装と道化師然とした姿は、当然ながら目立っていた。
「おい、あれ見ろよ。ピエロじゃないか?」
「隣にいるのは子供か?」
「冒険者なのか、あいつら……?」
周囲からひそひそと声が聞こえてくる。
しかし、ジェスターはまるで気にする様子もない。むしろ、視線を向けてきた冒険者たちに向かって、軽く帽子を持ち上げてみせた。
『ヨホホホ! 皆様、ご機嫌麗しゅう!』
「もう、ジェスターったら」
リリィは苦笑しながら、受付カウンターへと向かった。
そこには複数の受付窓口が設けられており、職員たちが忙しそうに冒険者の対応をしていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付の女性が、にこやかに声を掛けてくる。
「私たちは、モルドさんから紹介されて来ました。これが推薦状です」
リリィが腰巾着から封筒を取り出し、受付へ差し出した。
「モルド様から……?」
女性は封筒の蝋印を確認すると、丁寧に封を開け、中の書類に目を通した。
やがて、その表情が少しだけ引き締まる。
「承知いたしました。お二人のお名前を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
『ワタクシはジェスター。こちらは同行者のリリィちゃんでございます』
「ジェスター様とリリィ様ですね。少々お待ちください」
受付の女性は手元の書類を確認し、何度か頷いた。
「確認が取れました。ギルド長がお待ちです。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
『おやおや! ギルド長……一体全体どんな人で御座いましょうなぁ!』
「ふふっ。どんな人なんだろうね」
二人は受付の女性に案内され、本館の奥へと進んでいった。
◇
「こちらがギルド長室です。どうぞ、お入りください」
案内された扉の前で、受付の女性が足を止める。
彼女が扉をノックすると、中から豪快な声が返ってきた。
「おう! 開いてるぞ!」
「失礼いたします」
女性が扉を開ける。
その先に広がっていたのは、ギルド長室という肩書きから想像するものとは、あまりにもかけ離れた光景だった。
床には空になった酒瓶がいくつも転がり、机の上には飲みかけの酒瓶や食べかけの料理が散乱している。
書類の束はあちらこちらに積み上げられ、椅子の背には上着が掛けられていた。部屋の隅には毛布らしきものまで置かれている。
まるで仕事場というより、誰かの私室のようだった。
「……えっと」
リリィが思わず足を止める。
『ヨホホホ! これはこれは! 実に個性的なお部屋でございますなぁ!』
ジェスターは愉快そうに室内を見回した。
「おう、来たか!」
そのとき、部屋の奥から一人の女性が顔を出した。
小柄な体躯に、橙色の髪。少々乱雑にまとめられたツインテールが揺れている。
その背後には、彼女の体格には不釣り合いなほど巨大な戦斧が立てかけられていた。
女性は二人の姿を見比べると、にやりと笑った。
「お前らがモルドの話に出てきた冒険者だな?」
『ヨホホホ! いかにも! ワタクシがジェスター、こちらがリリィちゃんでございます!』
「そうかそうか! がっはっはっは! ようこそ、蒼穹の旅人へ! アタイがここのギルド長、ヴァルカだ!」
「初めまして、ヴァルカさん。リリィです」
『これはご丁寧に。お会いできて光栄でございます、ヴァルカさん』
「おう! 堅苦しい挨拶はいい! そこら辺に座って待ってな!」
ヴァルカは机の上に置かれていた酒瓶を、まとめて端へと寄せ始めた。
ガチャガチャと瓶がぶつかる音が響く。
「ったく、どこに置いたっけな……。おっ、あったあった!」
ようやく机の上にわずかな空間を作ると、ヴァルカはその下から二枚の書類を取り出した。
そして、二人の前にある机へ並べる。
「よし。まずは本題だ」
ヴァルカは一枚目の書類を手に取った。
「こっちがジェスター、お前の情報だ」
続いて、もう一枚を指で叩く。
「こっちがリリィ。どっちもモルドから送られてきた報告をもとに作ったもんだ」
ジェスターは書類へ目を向ける。
『ほほう。ワタクシたちの情報が、すでにこちらへ届いていたのでございますか』
「当たり前だろ。モルドの奴、ずいぶん前からお前らのことを報告してきてたぞ」
ヴァルカは椅子に腰を下ろし、二人を見据えた。
「それでだ。あんたらが例の過激派の情報を仕入れてきたやつらだな?」
『ヨホホホ! そのとおりでございます』
「今回は、その情報の精査がようやく終わった。内容も確認できたし、報告された功績も十分だ」
ヴァルカは書類を机に置き、にっと笑った。
「その功績として、お前ら二人にはBランク冒険者になってもらう!」
「本当!?」
リリィの顔がぱっと明るくなった。
『おやおや! これはまた、すんばらしいお話でございますなぁ!』
ジェスターも嬉しそうに両手を広げる。
「がっはっはっは! いい反応じゃねぇか!」
ヴァルカは満足そうに笑った。
「だがな、その前に一つ話しておくことがある」
「話しておくこと?」
「ああ。冒険者ってのは、Bランクになってようやく一人前だと言われてる。そして、一人前の冒険者には、二つ名がつきものなんだよ!」
「二つ名!」
リリィの目が輝いた。
『二つ名ですか。ほほう、これは興味深い!』
「そうだ。モルドから二つ名の案も打診されていてな。それを審査に通した結果、正式に決まったってわけだ!」
ヴァルカは一枚目の書類を手に取ると、芝居がかった調子で読み上げた。
「ジェスター、お前は──」
一拍置いて、彼女は口元を吊り上げる。
「【狂気の道化師】クレイジー・ピエロ!」
『…………』
ジェスターは、しばし黙っていた。
そして、ゆっくりと帽子の先にある鈴を指で弾く。
ちりん。
『ヨホホホ! これはこれは! 実に愉快な二つ名でございますなぁ!』
その声はいつも以上に弾んでいた。
『狂気の道化師、クレイジー・ピエロ! いやはや、ワタクシにぴったりではございませんか!』
「だろ? モルドの奴も、ずいぶん考えたみたいだぜ!」
ヴァルカは今度は二枚目の書類へ手を伸ばした。
「そして、リリィ! お前は──」
彼女はリリィへ向けてにっと笑う。
「【白い魔女】ホワイト・ウィッチだ!」
「白い魔女……ホワイト・ウィッチ……」
リリィはその名を小さく繰り返した。
少しの間、言葉を噛みしめるように俯いていたが、やがて顔を上げる。
「えへへ……なんだか、かっこいいね!」
『ヨホホホ! 実にお似合いでございますよ、リリィちゃん!』
「ありがとう、ジェスター!」
リリィは嬉しそうに笑った。
そんな二人の様子を見て、ヴァルカも豪快に笑う。
「がっはっはっは! 気に入ってもらえたようで何よりだ! これからはその二つ名も、お前らの看板になるんだからな!」
『看板、でございますか! ヨホホホ! それならば、ますます立派な舞台を用意せねばなりませんなぁ!』
「ふふっ。私も、ホワイト・ウィッチって呼ばれるのが楽しみ!」
こうして、ジェスターとリリィは正式にBランク冒険者となった。
そして二人には、それぞれ新たな二つ名が与えられた。
【狂気の道化師】クレイジー・ピエロ。
【白い魔女】ホワイト・ウィッチ。
王都プティシュの巨大な冒険者ギルド、蒼穹の旅人。
ここから始まる新たな舞台で、二人の名はどのように広まっていくのだろうか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
『ヨホホホ! さぁて、次はどのような演目が待っているのでしょうなぁ!』
◇
ヴァルカがギルド内を案内しようとした、そのときだった。
「ヴァルカ。彼らが来たら、まずはプティシュ騎士団へ連れていくという話だっただろう」
副ギルドマスターのセリウスが静かに声を掛けた。
「あー……そう言えばそうだったな!」
ヴァルカはぽん、と手を打った。どうやらすっかり忘れていたらしい。
「まったく……。あなたは本当に思いつきで行動するのだから」
「がっはっはっは! 細かいことは気にすんな!」
「細かいことではありません。先方にも話を通してあるのですから、予定を変えるわけにはいきませんよ」
「わーった、わーった! それじゃあ、騎士団に行くぞ!」
そう言うと、ヴァルカは大斧を担ぎ直し、勢いよく歩き出した。
ジェスターとリリィもその後に続き、セリウスも軽くため息をついてから歩き始める。
ギルドを出ると、そこには相変わらず活気に満ちた王都の街並みが広がっていた。
大通りには多くの人々が行き交い、商人たちの威勢の良い呼び声や、馬車の車輪が石畳を叩く音が絶え間なく響いている。立ち並ぶ建物も色とりどりで、王都という名にふさわしい華やかさを感じさせた。
そんな道を歩いていると、ふとヴァルカが不機嫌そうに口を開いた。
「……アタイ、あんまりアイツら好きじゃないんだよなぁ」
『ヨホ? それまたどうしてでございます?』
「まぁ、良いヤツもいるんだが……差別がな」
「差別?」
リリィが首を傾げる。
「ああ。騎士団は表向き、種族を問わず誰でも歓迎って掲げてるんだがな。実際には人族しか採用してねぇんだ」
『ヨホホホ! それはそれは』
ジェスターは口元に手を添え、愉快そうに笑った。
『誰でも歓迎と大きく掲げておきながら、門をくぐれる者は限られている……。これはまた、なんとも奇妙なお話でございますなぁ』
「酷いわね……」
リリィは眉をひそめた。
「だろ? 王様は差別反対派なんだがな。まぁ、その王様のお膝元で働いてる騎士団に差別意識があるって考えると……なぁ?」
『まぁ、確かに仰る通りでございますなぁ』
ヴァルカは肩をすくめ、呆れたように鼻を鳴らした。
「もちろん、全員がそうってわけじゃねぇ。真面目に騎士の務めを果たしてるヤツもいる。だが、腐ったヤツらがいるのも事実だ。権力を振りかざして好き勝手やってる連中もいるからな」
「そんな人たちが騎士を名乗っているの?」
「騎士ってのは本来、弱いヤツを守るためにいるもんだ。なのに、その立場を利用して弱いヤツを虐げるなんざ、笑い話にもならねぇよ」
ヴァルカの声には、普段の豪快さとは違う、明確な怒りが滲んでいた。
セリウスは彼女の言葉を否定することなく、静かに口を開く。
「騎士団にも、グランツ団長のように規律と正義を重んじる人物はいます。ですが、組織全体に根付いた意識を変えるのは簡単ではありません」
『ヨホホホ? 団長さんはまともなのですかな?』
「少なくとも、腐敗を見過ごすような人物ではありませんよ」
『それは上々ですな』
ジェスターはそう言って、再び前を向いた。
その後も、騎士団についていくつか話を交わしながら歩いていく。
やがて、大通りから少し離れた場所に、重厚な石造りの建物が姿を現した。
建物の周囲には整然とした庭が広がり、正面には騎士団の紋章が掲げられている。入口の両脇には鎧をまとった騎士たちが立ち、訪れる者たちを厳しい眼差しで見つめていた。
ここが、プティシュ王国直属の騎士団。
プティシュ騎士団の本部である。
『ほほう……。これはこれは、立派な建物でございますなぁ』
「うん! なんだかお城みたい!」
リリィは建物を見上げ、目を輝かせた。
「がっはっはっは! まぁ、王都の騎士団だからな! それなりに立派じゃねぇと格好がつかねぇってもんよ!」
ヴァルカは豪快に笑いながら、騎士団の正門へと歩み寄った。
正門の両脇に立つ門兵たちは、近づいてくる一行の姿を認めると、すぐさま姿勢を正した。
「これはヴァルカ殿。お待ちしておりました」
「おう! 話は通ってるな?」
「はい。応接間へご案内いたします。どうぞこちらへ」
門兵の一人がそう答え、正門の内側へと一行を導いた。
騎士団の敷地内は、外から見たとおり整然としていた。手入れの行き届いた庭には雑草一本見当たらず、建物の周囲では騎士たちが規律正しく行動している。
その様子を眺めながら、ジェスターたちは門兵の後に続いた。
やがて、一行は本部の建物内にある応接間へと通された。
室内には来客用の長椅子とテーブルが置かれ、壁には騎士団の紋章や歴代の団長と思われる人物の肖像画が飾られていた。冒険者ギルドのギルド長室とは違い、隅々まで整えられた空間である。
「こちらで少々お待ちください。団長と副団長をお呼びしてまいります」
門兵が一礼して退室すると、ヴァルカは慣れた様子で長椅子に腰を下ろした。
「相変わらず堅苦しい場所だなぁ。肩が凝っちまうぜ」
「あなたが普段いる場所が自由すぎるだけではありませんか?」
「がっはっはっは! 違いねぇ!」
セリウスの言葉に、ヴァルカは気にした様子もなく笑った。
ジェスターとリリィも向かいの長椅子に腰を下ろし、しばらく室内を見回していた。
やがて、扉の向こうから足音が聞こえてくる。
コン、コン。
「失礼する」
落ち着いた声とともに扉が開いた。
最初に姿を現したのは、一人の老騎士だった。
白くなった髪は後ろへときれいに撫でつけられ、口元から顎にかけては立派な白い髭が伸びている。年齢を感じさせる風貌でありながら、その背筋は真っ直ぐに伸び、歩みには一切の衰えを感じさせない。
長年、騎士として戦場に立ち続けてきた者だけが持つ、揺るぎない威厳があった。
その後ろから、もう一人の男が入室する。
肩にかかるほどの黒髪に、黒い瞳。騎士としては比較的細身で、他の屈強な騎士たちとは少し異なる印象を受ける。しかし、身にまとった制服には乱れ一つなく、その立ち居振る舞いにも隙がなかった。
二人は一行の前まで進むと、静かに足を止めた。
「待たせてしまったようだな」
老騎士は一行を見渡し、穏やかな声で告げた。
「私がプティシュ騎士団団長、グランツだ」
続いて、黒髪の男が一歩前に出る。
「副団長のセドリックです。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
丁寧な口調で、セドリックは柔らかく微笑んだ。
「おう、久しぶりだな、グランツ!」
「これはヴァルカ殿。相変わらずお元気そうで何よりだ」
「がっはっはっは! アタイがそう簡単にくたばるわけねぇだろ!」
ヴァルカの豪快な笑いに、グランツは小さく笑みを浮かべた。
そして、彼の視線がジェスターとリリィへと移る。
二人の姿を一通り見つめたあと、グランツは隣に立つセドリックと目配せを交わし、静かに頷いた。
「なるほど……。報告書にあったとおりの姿だな」
その言葉に、セドリックも穏やかな表情で頷く。
「ええ。間違いないようですね」
グランツは改めてジェスターとリリィへ向き直った。
「では、早速本題に入らせてもらおう。君たちに話しておきたいことがある」
こうして、ジェスターたちとプティシュ騎士団の話し合いが始まろうとしていた。
読んでくれてあんがとな




