愉快なピエロと一人の少年
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これは、愉快なピエロの珍道中。
西にドラゴンが現れたと聞けば、そちらへふらふら。
東で王国同士の戦争が始まったと聞けば、今度はそちらへふらふら。
面白そうな噂があれば首を突っ込み、騒ぎが起これば笑いながら飛び込んでいく。
行く先々で出会うのは、愚かな人間。欲深き人間。誰かを愛する人間。そして、どれほど絶望に打ちひしがれようとも、なお立ち上がろうとする人間。
そんな人々が織りなす、滑稽で、奇妙で、ときに目を見張るほど美しい人間模様。
それらを眺めることこそ、この旅のピエロにとって何よりの楽しみであった。
『ヨホホホ! さぁて、お次はどんな舞台で、どんな人間模様が待っているのでしょうなぁ!』
高らかな笑い声を響かせ、道化師は歩き出す。
行く先など決めていない。
旅の目的など、とうの昔に忘れてしまった。
ただ、退屈だけは御免こうむる。
さてさて、次はどこへ行こうか。
西か、東か。それとも、誰も知らないどこか遠くか。
赤と黒の道化師は、今日も気ままに旅を続ける。
これは、神か悪魔か。それとも、ただの愉快なピエロか。
その正体すら定かではない、ひとりの旅芸人が織りなす珍道中。
──さぁさぁ、皆々様!
どうぞ、ごゆるりとお楽しみあれ。
これより始まりますは、道化師ジェスターの気まぐれな旅路でございます!
────────
「きゃああああっ!」
「目的の女は捕らえた! ずらかるぞ!」
「待てぇ! 待ってくれ! 母さんを……母さんを連れて行かないでくれぇぇぇっ!!」
「アンジェ! 貴方は逃げて!!」
悲鳴が響き渡り、黒煙が空を覆う。
黒いフードを深く被り、胸元に金色のブローチを輝かせた邪教徒たち。彼らは村を襲い、略奪の限りを尽くしていた。
畑は無惨に踏み荒らされ、家々は炎に包まれ、逃げ惑う村人たちは容赦なく蹂躙されていく。
そして、アンジェの目の前で──。
好きだったあの娘が、命を奪われた。
あまりにも突然の出来事だった。
昨日まで笑い合っていた。明日も、明後日も、きっと同じように話せると思っていた。
なのに、もう二度と、その声を聞くことはできない。
理解が追いつかないまま、アンジェは立ち尽くしていた。
そして今、母までもが連れ去られようとしている。
「待って……! お願いだから、母さんを返して……!」
必死に手を伸ばす。
けれど、その小さな手は母の背中に届くことなく、虚しく宙を掻くだけだった。
母は何度も振り返りながら、息子の名を叫んでいた。
その姿が、少しずつ遠ざかっていく。
「母さんっ! 母さんッ!!」
走ろうとした。
追いかけようとした。
だが、恐怖にすくんだ足は思うように動かなかった。
邪教徒たちはアンジェの悲痛な叫びを嘲笑うかのように、母を連れ去っていく。
やがて、その姿も見えなくなった。
「う、ぅ……あ……」
喉から、嗚咽とも呻きともつかない声が漏れる。
何もできなかった。
好きだった娘を守れなかった。母を助けられなかった。村を守ることもできなかった。
大切なものが次々と奪われていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
もし、自分に力があったなら。
もし、あの邪教徒どもを打ち倒せるだけの力があったなら。
もし、村のみんなを守れるだけの力があったなら。
何かが変わっていたのだろうか。
答えなど、分からない。
ただ一つ確かなのは、今の自分には何もできないということだった。
焼け落ちた家々。踏みにじられた畑。血に染まった大地。
つい先ほどまで人々の営みがあった村は、見る影もなく変わり果てていた。
そして、そこに残された生存者は──アンジェ、ただ一人。
「う、ゔぁぁぁぁぁ……っ!」
アンジェは地面に膝をつき、声の限りに泣き叫んだ。
誰も答えてはくれない。
誰も助けてはくれない。
どれほど泣き喚こうとも、失われたものは戻ってこない。
あまりにも残酷な現実だけが、小さな身体に重くのしかかっていた。
──そのとき。
『ヨホホホホ!』
場違いなほど陽気な笑い声が、静まり返った村に響き渡った。
『おやおや、これはこれは! 坊っちゃん、いったいどうなされたのでございますかな?』
まるで散歩の途中で知人に出会ったかのような、軽やかな声音。
アンジェは涙に濡れた顔を上げた。
そこに立っていたのは、赤と黒の奇妙な衣装に身を包んだ、一人の道化師だった。
頭には鈴の付いた二股帽子。胸元には金色のボタンが並び、首元を白い襞襟が飾っている。
銀白色の髪の下で、赤い瞳がこちらを見つめていた。
道化師は燃え盛る家屋を眺め、血に染まった地面を眺め、そして泣き崩れるアンジェへと視線を落とした。
『おやおや。これはまた、ずいぶんと派手にやられたものでございますなぁ!』
その顔には、愉快そうな笑みが浮かんでいた。
まるで、これから始まる見世物に胸を躍らせる観客のように。
『ヨホホホ! いやはや、なんとも物騒な有様! いったいぜんたい、何があったのでございましょうなぁ?』
道化師は、くるりとその場で一回転した。
ちりん、と帽子の鈴が鳴る。
そして、アンジェの前にしゃがみ込むと、秘密を打ち明けるように顔を近づけた。
『さぁさぁ、坊っちゃん。よろしければ、このワタクシにお聞かせ願えませんかな?』
アンジェは、途切れ途切れに事の顛末を語った。
邪教徒たちが村を襲ったこと。
家々に火を放ち、村人たちを蹂躙したこと。
目の前で好きだった娘を殺され、母までもが連れ去られてしまったこと。
ジェスターはアンジェの隣に腰を下ろし、うんうんと何度も頷きながら、その話に耳を傾けていた。
時折、「ほほぉ!」だの「なんとまぁ!」だのと大袈裟に相槌を打ちながら。
まるで、旅先で珍しい物語を聞かせてもらっているかのように。
『あらららら! それはそれは、とんでもない災難でございましたなぁ!』
話を聞き終えたジェスターは、帽子の先を指先でくるりと弄びながら、感心したように声を上げた。
「……それよりも、貴方は誰?」
『おぉ! これは失礼! そういえば、自己紹介がまだでございましたねぇ!』
ジェスターは勢いよく立ち上がると、胸に手を当て、芝居がかった仕草で深々と一礼した。
『ワタクシはジェスター、しがない旅のピエロでございます! 以後、お見知りおきを!』
「ジェスター……」
『はいな! ジェスターでございます!』
「ジェスターは……どうしてここに来たの?」
『それはですねぇ……』
ジェスターは、もったいぶるように言葉を切った。
顎に指を当て、あちらを向いて、こちらを向いて。
わざとらしく考え込む仕草を見せたあと──。
『面白そうな匂いがしたからでございます!』
「…………え?」
『面白そうな匂い、でございます!』
ジェスターは、にっこりと笑った。
「おも……しろい?」
『はいな!』
「ふ、ふざけるなッ!!」
アンジェの怒声が、焼け跡に響き渡った。
「これのどこが面白いんだ! 人が死んだんだぞ! みんな殺されたんだ! 村だって、こんなに……こんなにめちゃくちゃにされて……!」
アンジェは拳を握り締めた。
爪が掌に食い込む。
けれど、そんな痛みなど、今のアンジェにはどうでもよかった。
「母さんだって連れて行かれたんだ! 僕は……僕は、何もできなかったんだぞッ!!」
声が震える。
怒りなのか、悲しみなのか。それとも、自分自身への憎しみなのか。
もう、自分でも分からなかった。
そんなアンジェの叫びを、ジェスターは黙って聞いていた。
そして。
『……それでも、貴方は生き残った』
「……っ!」
『そうでございましょう?』
あまりにも穏やかな声だった。
先ほどまでの大袈裟な調子は、ほんの少しだけ鳴りを潜めている。
けれど、その口元には相変わらず笑みが浮かんでいた。
「それは……そうだけど……」
『ええ、ええ。そうでございますとも』
ジェスターは、こくこくと頷いた。
『他の皆様が命を落とし、村が焼き払われ、貴方の大切なものが奪われた。その中で、貴方だけは生き残った』
一本、指を立てる。
『さて、ここで問題です!』
「……何?」
『貴方は、これからどうなさるおつもりで?』
「…………」
アンジェは答えられなかった。
どうする。
そんなこと、考えたこともなかった。
何もかもを失った。守りたかったものは、何一つ守れなかった。
今の自分にできることなど、何もない。
ただ、泣くことしか。
『ワタクシ、人間というものが大好きでございましてねぇ』
ジェスターは、空を見上げた。
『人間は愚かで、弱くて、実にどうしようもない生き物でございます。欲望に目が眩み、目先の利益に飛びつき、己の愚かさゆえに身を滅ぼす。いやはや、まったくもって困ったものでございますなぁ!』
ヨホホホ、と軽い笑い声が漏れる。
『ですがねぇ……そんな人間が、時折とんでもないことをしでかすのですよ』
ジェスターはアンジェへと視線を戻した。
『絶望の底にあっても立ち上がる者。己の命を顧みず、誰かを守ろうとする者。あるいは、どれほど醜い姿を晒そうとも、己の欲望を貫き通す者』
くるり、と指先で帽子を回す。
『人間が何を思い、何を選び、そして何を成すのか。その結果、どんな結末に辿り着くのか……ワタクシ、それを眺めるのが堪らなく好きなのでございます。はい!』
「……選択?」
『はいな! 選択でございます!』
ジェスターは、ぴんと人差し指を立てた。
『あっ! 決して洗濯ではございませんよ? ヨホホホホ!』
「…………」
アンジェは笑わなかった。
当然だろう。今の彼に、冗談を楽しむ余裕などあるはずもない。
しかし、ジェスターは気にした様子もなく、愉快そうに両手を広げた。
『さぁさぁ、それでは坊っちゃん! 改めてお尋ねいたしましょう!』
道化師の鈴が、ちりん、と鳴る。
『貴方は、どうしたいのでございますか?』
「僕は……」
アンジェは俯いた。
瞼の裏に、いくつもの光景が浮かび上がる。
燃え盛る家々。
血に染まった大地。
冷たくなった、好きだった娘の姿。
そして、遠ざかっていく母の背中。
──許せない。
あの邪教徒たちが。
何もかもを奪い去った、あいつらが。
許せるはずがなかった。
拳を握る。震える腕に力を込める。
何もできなかった自分への悔しさが、胸の奥でどす黒い炎となって燃え上がっていく。
「僕は……僕は……!」
アンジェは顔を上げた。
涙に濡れた瞳に宿っていたのは、悲しみだけではなかった。
「アイツらを……殺してやりたい」
それは、幼いアンジェが初めて口にした、明確な意志だった。
「村をこんな目に遭わせたアイツらを……母さんを連れ去ったアイツらを……絶対に、許さない……!」
声は震えていた。
身体も、まだ震えていた。
それでも、アンジェは目を逸らさなかった。
ジェスターは、しばしアンジェの顔を見つめていた。
そして。
『──ヨホッ!』
ぱんっ!
両手を打ち鳴らし、道化師は満面の笑みを浮かべた。
『承りました、坊っちゃん!』
ジェスターは恭しく一礼する。
『このジェスター、二言はございません!』
顔を上げ、片目をぱちりと閉じた。
『その願い、このワタクシが叶えて差し上げましょう!』
ちりん。
頭の鈴が、小さく鳴った。
焼け落ちた村に、場違いなほど陽気な笑い声が響き渡る。
『さぁさぁ! 幕は上がったばかりでございます!』
ジェスターは、アンジェへと手を差し伸べた。
『それでは坊っちゃん──復讐劇の、開幕と参りましょうか!』
ヨホホホホ!
道化師は笑う。
まるで、これから始まる物語の結末を知っているかのように。
あるいは──その結末が、どのようなものであろうとも構わないとでも言うかのように。
────────
『さてさて、坊っちゃん! それでは、最初にやるべきことは何だと思いますかな?』
ジェスターは、ぱちんと指を鳴らしながら尋ねた。
「そんなの、決まってる! 母さんを探すんだ!」
『あったりぃ! いやはや、実に素晴らしいお答え! ではでは、坊っちゃん。肝心の居場所はお分かりで?』
「それは……っ」
アンジェは言葉に詰まった。
そうだ。母がどこへ連れて行かれたのか、まるで見当もつかない。
邪教徒たちの姿は、とうに見えなくなっていた。彼らがどこへ向かったのか、どこに拠点を構えているのか。それを知る手掛かりすら、アンジェにはなかった。
『……分からない?』
ジェスターは、わざとらしく目を丸くした。
『あぁ〜ららら! それは困った! 大変困りましたぞぉ! いやはや、居場所が分からなければ探しようがない! これはまいった、まいった!』
「そ、そんなこと言ったって……!」
『──しかぁし!』
ジェスターは、ばっと両手を広げた。
『ご安心あれ、坊っちゃん! このジェスター、そんな程度のことでお手上げするほどヤワなピエロではございません! しばし、しばしお待ちを!』
そう言うと、ジェスターは腰にぶら下げた巾着袋をごそごそと漁り始めた。
右手を突っ込み、左手を突っ込み、時には袋をひっくり返す勢いで中を引っかき回す。
『おや、これは違いますなぁ……。おっと、こちらでもない……。おやおや、こんなものまで! ヨホホホ! いやはや、懐かしい!』
「……何してるの?」
『おっと、これは失礼! 何しろ商売道具が多いものでして! あっ、ありましたぞ!』
ジェスターの手が、ぴたりと止まった。
『これです、これこれ! これさえあれば、坊っちゃんのお悩みも一発解決!』
得意げに取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さな水晶玉だった。
透き通った表面には、何の模様も刻まれていない。淡い光を受けて輝くその姿は、一見するとどこにでもありそうな代物だった。
「これは……?」
『こちら、遠見の水晶と申しまして! 遠く離れた場所の景色を映し出してくれる、たいへん便利な代物でございます! はい!』
「それじゃあ、これで母さんを探せるの!?」
アンジェは身を乗り出した。
希望など、とうに失ったと思っていた。
けれど、もしかしたら。
もしかしたら、母を見つけられるかもしれない。
その一縷の望みに、アンジェの瞳に微かな光が戻った。
『はいなぁ! お任せあれ!』
ジェスターは水晶玉を両手で包み込むと、幼子に語りかけるような調子で声を掛けた。
『それでは、水晶ちゃ〜ん! この子のお母上様がいらっしゃる場所を、ちょちょいと見せてくれませんかなぁ?』
ぽん、と水晶玉を軽く叩く。
すると──。
ぼうっ。
水晶の奥で、紫色の光が灯った。
「わっ……!」
光は瞬く間に水晶全体へと広がり、やがてその表面に見知らぬ景色を映し出した。
石造りの巨大な建造物。
高くそびえる城壁。周囲を取り囲む堀。幾重にも重ねられた防壁と、天を突くような尖塔。
それは砦と呼ぶにはあまりにも巨大であり、城と呼ぶにはあまりにも威圧的だった。
さながら、難攻不落の要塞。
その内部を、景色がゆっくりと進んでいく。
石造りの廊下。薄暗い階段。武装した兵士たち。
そして、奥へ、奥へと引きずられていく一人の女性。
『ヨホッ! これはこれは!』
「──ッ!!」
アンジェの息が止まった。
見間違えるはずがなかった。
乱れた髪。汚れた服。それでも、間違いない。
「母さん……!」
水晶の中に映っていたのは、紛れもなくアンジェの母親だった。
母は邪教徒たちに両腕を掴まれ、抵抗する力もなく、要塞の奥へと連れ込まれていく。
「母さん! 母さんッ!!」
届くはずもないと分かっていながら、アンジェは水晶に手を伸ばした。
その手が触れる直前、映像がふっと揺らぎ、再び水晶の表面に光が戻る。
『いやぁ〜、見つかりましたなぁ! めでたし、めでたし!』
「どこだ……」
『はい?』
「ここは、どこなんだよ……!」
アンジェはジェスターへと詰め寄った。
「母さんがいる場所はどこなんだ!? 教えてくれ!」
『はてさて? どこでしょうなぁ?』
「──ふざけるなッ!!」
アンジェの怒声が響き渡る。
「分かってるんだろ!? だったら教えてくれよ! 母さんを助けに行かなきゃいけないんだ! 早く……早くしないと……!」
声が尻すぼみになった。
母が、どんな目に遭わされるのか。
考えたくもなかった。
アンジェの顔から、再び血の気が引いていく。
そんな彼を見つめながら、ジェスターは首を傾げた。
『まぁまぁ、そう怒らずとも! 場所が分からないのであれば、そこへ行けばよろしいのです!』
「……何を言ってるんだ?」
『ですから、そこへ行くのでございますよ!』
「だから、どこにあるのか分からないって……!」
『ヨホホ! 坊っちゃん、少々お考えが堅すぎますなぁ!』
ジェスターは楽しげに笑いながら、アンジェへと右手を差し出した。
『それでは、坊っちゃん! お手をどうぞ!』
「……手?」
『はいな! お手でございます!』
アンジェは怪訝そうに差し出された手を見つめた。
意味が分からない。
どうして今、手を繋ぐ必要があるのだろう。
しかし、ほかに頼れる者などいなかった。
アンジェはためらいながらも、その手に自分の手を重ねた。
──その瞬間。
ぐいっ!
「えっ?」
ジェスターがアンジェの手を引き寄せた。
そして、そのままアンジェを連れて、くるりと回り始めた。
『さぁさぁ、回れや回れ!』
くるり。
『ぐるぐる、ぐるぐる!』
くるり、くるり。
『世界は回る! 回って回って、目が回る! ヨホホホホ!』
「ちょ、ちょっと、ジェスター!? 何してるの!?」
アンジェは慌てて声を上げた。
ジェスターはアンジェの手を握ったまま、楽しげに回転を続ける。
赤と黒の衣装が翻り、帽子の鈴がちりんちりんと騒がしく鳴り響いた。
『回れや回れ! 右へ左へ、表へ裏へ! あちらの世界とこちらの世界の境目なんぞ、ぐるりと回せばひとっ飛び!』
「ジェスター、何を言って──う、うぷっ……!」
目が回る。
景色が回る。
空も、大地も、燃え落ちた村も、何もかもがぐにゃぐにゃと歪んでいく。
「ま、待って……! もう、気持ち悪……っ!」
『おやおや! まだまだこれからでございますぞぉ!』
「もう無理ぃぃぃ……!」
アンジェの視界が、ぐるんと大きく回転した。
そして──。
『廻り続けて、さぁ、どこへ出る!?』
ジェスターが、ぱちんと指を鳴らした。
ぴたり。
世界が止まった。
「…………は?」
アンジェは呆然と立ち尽くしていた。
つい先ほどまで、そこには焼け落ちた村があったはずだった。
それなのに。
目の前には、巨大な城壁がそびえ立っていた。
高く、厚く、どこまでも続く石壁。
その向こうには、無数の尖塔が天を突き、重厚な城門が威圧的に口を開けている。
見覚えがある。
忘れるはずがない。
先ほど、水晶の中に映し出されていた、あの要塞だ。
「ど……どういう、こと……?」
アンジェは口をぱくぱくと動かした。
つい先ほどまで、村にいた。
ジェスターと手を繋いで、ぐるぐると回っていただけだった。
それなのに、どうして。
どうして、こんな場所に──。
『はてさて! これはいったい、どうしたことでございましょうなぁ?』
隣では、ジェスターがわざとらしく首を傾げていた。
その顔には、いつもと変わらぬ満面の笑みが浮かんでいる。
「ジェスター……お前……」
『おやおや? 何かご質問でも?』
「どうやって……ここまで……?」
『ヨホホホホ!』
ジェスターは、くるりと一回転してみせた。
帽子の鈴が、ちりん、と鳴る。
『おやおや、坊っちゃん! 手品師に種を尋ねるなんて、そいつぁ野暮ってものでございますぜ?』
そう言って、ジェスターはアンジェの背中をぽんと叩いた。
『さぁさぁ! お立ち会い! ここから先は、坊っちゃんの出番でございます!』
そして、目の前にそびえる巨大な城門を指差した。
『それでは参りましょう! お母上様をお迎えに!』
ヨホホホホ!
場違いなほど陽気な笑い声が、要塞の城門前に響き渡った。
────────
こうして、絶望の底にいた少年と、得体の知れない道化師は出会った。
少年はまだ知らない。
自らが手を取った相手が、いかなる存在なのか。
そして、この出会いが自分の人生をどこへ導くのか。
ただ一つ確かなことは──。
復讐劇の幕は、今まさに上がったばかりだということだった。
読んでくれてあんがとな




