肉食系腐男子(ゾンビ)スクール!③
「参った、よりにもよって兜被ったまんまかよ……!」
コンラッドは忌々しげに吐き捨てた。
衛兵隊長の頭は目深に被られた鉄の兜でしっかりと守られている。
これでは弩も歯が立たないだろう。
「側を通ってやり過ごす?」
「いや、無理だな。ここは狭すぎる。……おい平民のお嬢ちゃん、アイツに治癒魔法かけられねぇか?」
「いくらなんでも無理です、白魔法は本来傷病者の隣で使うものですから、遠距離からは……」
そう言う間にも、衛兵隊長はパンパンに膨らんだ腹を揺すりながらこっちに歩いてくる。
怪我した足を引きずっているためにその動きは緩慢だが、いずれは追い詰められれば三人ともおしまいだ。
「それじゃあ……やるしかないよな」
何かしらの覚悟を決めた声でコンラッドがいい、足を開いて両拳を前に突き出した。
ファイティングポーズ――である。
私とアンリエッタは仰天した。
「ら、ラントイェーガー卿! なにをする気なんですか!?」
「決まってんだろ。アイツと格闘して、素手で首をねじ切るしかない。経験はないし、自信はもっとないけどな。少なくとも時間稼ぎにはなるように暴れてやるよ」
「やめてコンラッド! 危険すぎるわ! それに噛まれたら貴方まで――!」
「へっ、お嬢様。ラントイェーガー家の人間には敵に背を向ける選択肢はないんだよ。自分の後ろにいるのがアンタなら……なおさらだ」
ふぇ? と私は、場にそぐわない萌えキャラのような声を上げた。
えっ、今のどういう意味?
そう問いかけたかったが、闘志の塊となったコンラッドは敵しか見ていない。
「エレーナ、もしも俺になにかあったら……構わず逃げてくれよ――!」
そう言ってコンラッドが地面を蹴った。
あ、と私は手を伸ばして彼を止めようとしたが、すんでのところで届かなかった。
雄叫びを上げて駆けてゆく背中を見ながら、私は声にならない悲鳴を上げた。
やめて。
彼を死なせないで。
おねがい、誰か助けて。誰か――!
涙に視界が滲んだ、その時だった。
銀色の風――そう思える何かが私とアンリエッタの脇を通り過ぎた気がした。
視界の端から端まで長く尾を引いた閃光はコンラッドの脇を光の速さですり抜け――。
衛兵隊長の首に吸い込まれた。
ボン! という爆裂音が発し、衛兵隊長の首が天に飛び上がった。
アンリエッタも私も、コンラッドさえもがその光景に瞠目する中、閃光の主は凄まじい身のこなしで急制動をかけ、手に持っていたものから血を払った。
あれは――剣だ。ひどく長くて冷たく感じる、氷の刃。
持ち主が剣を鞘に戻すのと、衛兵隊長の首が地面に落ちたのは同時だった。
よたよたと数歩歩いた衛兵隊長のゾンビは、やがて俯せに倒れて動かなくなった。
突然のことに固まっているコンラッドの背後で、影は呆れたように言った。
「ねぇそこの赤い君、いくら軍隊格闘の達人でも人の首をねじ切るのは無茶だよ。血生臭くて見栄えも悪いし危険だし、第一仮にも貴族の子弟が考えることじゃあない。ね?」
ひどく間延びしたような声に、ん? と私は眉を動かした。
この声と口調には聞き覚えがある……。
なんだか嫌な予感がして――私は目を凝らした。
「お、お前は……!? 誰だ!?」
「誰だ、だなんて心外だなぁ、命の恩人だろう? それに一応言っとくが、僕はあいつらと同じ化け物じゃないぞ。それどころかこの学院の誰よりも高貴な生まれの人間さ……」
出た! 『高貴な生まれ』! あいつの殺し文句!
私は確信した。こいつはやはり、やはり……!
「は、はぁ? 何言って――」
「この顔を見ればわかるさ。苦しゅうない。近う寄れ」
影は身体ごと振り返った。
「やぁ、誰だか」
やっぱり――! 私はあんぐりと口を開けた。
この世界には珍しい、長めに伸ばされた深い青の髪。
シルクで織られた絢爛豪華な仕立ての礼服とマント。
得体の知れない妖艶さを潜めた紫色の瞳。
絶妙にセクシーすぎる垂れ目と、目元の泣き黒子。
そして腰に帯びられた――王家の権威を示す宝剣。
コイツは――コイツは……!!
「じっ、ジークハルト・フォン・ラビリシアン王太子!!」
私の代わりに、隣にいたアンリエッタが大声を上げた。
ジークハルト・フォン・ラビリシアン(CV:(^o^)(^o^))、十九歳。
イメージカラーは青。ゲーム内での通称は《蒼の貴公子》。
この乙女ゲ《琥珀のエルミタージュ》の、メイン攻略キャラクターの一人であると同時に――このラビリシア王国の正式な世継ぎである。
その圧倒的に高貴な血筋、抜群の容姿、溢れ出る自信と俺様な性格故に、彼は常に学院の令嬢たちの羨望の的となっている有名人であり、プレイボーイ的なポジションのキャラクターだ。
「お、王太子!? お前が……!?」
「『お前』なんて呼び方は感心しないな。僕をそんな風に呼べるのは父である国王陛下だけだよ、貴族の令息クン?」
そう言ってジークハルトはコンラッドを見て、フン、と鼻を鳴らした。
途端に、コンラッドの顔が強烈に歪んだ。
眉間に寄った皺の深さが、『コイツとは合わない』と全力で訴えかけている。
「……とりあえず助けてくれたことは礼を言う。しかしこの学院では身分の上下を口にすることは禁止じゃなかったか?」
「そりゃ君たち下々の場合さ。僕の場合はちょっと違う。僕はこの王国の未来そのもの、どこぞの向こう見ずの山猿とは違う――そうだろう?」
「あぁ……!? 誰が山猿だって!!」
状況そっちのけで殴り合いを始めそうな二人を見て、私ははっとした。
そうだ――この二人はその性格故に、ゲーム中でも水と油、犬猿の仲だ。
実際にストーリー分岐次第ではアンリエッタを巡ってお互いに決闘するシーンさえある。
まぁそれを焚きつけるのは悪役令嬢たるエレーナなのであるが……今はそんなことどうでもいい。
この状況なのに早くも殴り合いをやられたら目も当てられない。
「ちょ、ちょっと、ラントイェーガー卿……!」
アンリエッタは今にも食って掛かりそうなコンラッドを引き剥がしにかかった。
私も遅ればせながら立ち上がり、ジークハルトを後ろから引っ張った。
「殿下も冷静になってください! 今は喧嘩してる場合じゃないでしょう!」
私がジークハルトを引き剥がすと、ジークハルトははっと私を振り返った。
「エレーナ……」
ジークハルトの紫色の瞳が驚愕に見開かれる。
しばらくその瞳を阿呆のように見つめてしまってから、私の脳裏を閃光が駆け抜けた。
はっ――!? しまった!!
気づいた時には全てが遅かった。
ジークハルトの顔が迫ってきたと思った瞬間。
私は思いっきり抱きしめられてしまっていた。
「あぁ……あぁ! 愛しの僕のエレーナ! 生きていたんだね、よかった!!」
コンラッドとアンリエッタは私たちをポカンと見つめている。
何がなんだかわからずに蚊帳の外に置かれている二人をよそに、ジークハルトは全身で喜びを爆発させている。
違うの違うのこれは違うのとにかくこれは違うの……。
私は浮気バレした若妻のようにコンラッドに向かって訴えかけたが、呆気にとられているコンラッドには全く届いていなかった。
彼の名はジークハルト・フォン・ラビリシアン。
このゲーム『琥珀のエルミタージュ』の中における悪役令嬢、エレーナの婚約者。
そしてついでに――。
『内なる私』、高柳千鶴は、このジークハルトというキャラクターが大の苦手なのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こんなスプラッタでめちゃくちゃな小説を気に入っていただければ幸いです。
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