肉食系腐男子(ゾンビ)スクール!②
「肉食系腐男子……?」
「えぇそうよ、多分間違いない」
フリフリのドレスの裾をつまみ上げながら、私は学園内を走った。
そのやや後ろを、アンリエッタとコンラッドがついてくる。
「いい!? あいつらが厄介なのは他人に感染することよ! そのきっかけは噛まれること! 腕でも、足でも、噛まれたらそこで一巻の終わり! しばらくは正気でもそのうちに意識を失ってゾンビ化が始まる……一度ゾンビになったらもう元には戻らないわ!」
「ってことはやっぱり、学生寮は……!」
「えぇ、多分さっきの衛兵隊長よ! 学生たちを誘導してる間に怪物化したんだわ!」
無論、それはただの想像だった。
この世界にはそういう魔物、もしくは病や呪いが存在するのかも知れない。
だが、死体が動き、噛まれれば感染し、脳を破壊されれば沈黙するという点。
それは別にホラー映画のファンでもなんでもない私の目から見ても、明らかにその特徴を満たしている。
現状確かなのはその思いつきしかない。
ホールから学院の本棟に続く渡り廊下からは既に人の気配が消え、そこここに書類や衣服が散乱している。
既に多くの学生が自力で学外に逃走したはずだが……その中には噛まれた傷を負ったものもいたに違いない。
衛兵たちはもうアテにならないだろう。
統制を取り、感染者を隔離する時間はとうに過ぎていた。
「それで、どうするんだ? 奴らはまだ校内にいるぜ、逃げるか?」
「もちろんそのつもり! 急いでこのことを誰かに知らせないと!」
「そうとなりゃ、厩はこっちだ! 馬が残ってりゃいいがな!」
コンラッドがそう言った瞬間だった。
廊下の向こうから悲鳴が聞こえ、ばたばたと何人かの学生たちが走ってきた。
私たちがぎょっと足を止めた瞬間、側を走り去っていった令嬢が右手で左腕の傷口を押さえているのを――私は見逃さなかった。
途端に、助けて、という絶叫を上げながら大勢の人々が向こうから走ってきた。
学生たちだけではなく、この学院の教授や衛兵たちまでもが含まれている。
そのうちの一人、確か教養学を担当するはずの男性教授がすれ違いざまに足を止め、必死の形相で言った。
「逃げなさい! ここから先はもう――!」
高齢の教師がそう言った瞬間だった。
背後から迫ってきた令嬢のゾンビが教師に覆いかぶさり、教授は枯れ木のように床に引き倒された。
「キャーッ!」
私が悲鳴を上げると、教授が必死の形相で節くれだった手を私に伸ばしてきた。
思わずその手を取ろうとしたとき、ゾンビが教授の顔に噛みつき、皺だらけの皮膚を食いちぎった。
「ぅあああああああああ!!」
魂を振り絞るような悲鳴とともに、教授は目の前で喰い殺されてゆく。
その目に釘付けになりかけた私の背中をどつきながらコンラッドが叫んだ。
「ダメだ! 戻ろう!」
その声に促され、踵を返した途端、廊下の向こうからよろよろと歩いてきた影を見て、私たちは言葉を失った。
十数人の影――皆一様に「あ」とも「お」ともつかない唸り声を上げ、綺羅びやかな衣装を血で汚れたボロに様変わりせたゾンビたちの群れが、足を引きずりながら向かってくる。
「くそっ、あっちももうダメか……!」
「窓! 窓から出て中庭を突っ切りましょう! 厩までショートカットできるはずです!」
そう言ったのはアンリエッタである。
「中庭ね、よし……!」と頷き、私は傍らに転がっていた木製の椅子を取り上げると、嵌め殺しの窓ガラスに叩きつけた。
どうにか一回で叩き割ることに成功し、窓枠に残ったガラスを椅子で散らした私は、窓枠を潜り抜けて中庭に出た。
瞬間、頭上からガラスが割れる音が聞こえ、バラバラとガラス片が振ってきたかと思うと、ドシャ! という音がそれに続いた。
見ると人だ。首から地面に着地したらしく、頭があらぬ方向にねじ曲がっている。
思わず、全身から力が抜けかけた。
ストンと腰が抜けた私の腕を掴んで、コンラッドが怒鳴る。
「見るな! 走るんだ!!」
私はコンラッドの腕に縋ってなんとか立ち上がると、フリフリのドレスを邪魔に思いながら走り出した。
学院の真ん中に広がる広場は――悲鳴と怒号の修羅地獄と化していた。
既に火の手が上がったらしく、学院の窓からはもうもうと煙を上げているものもある。
中庭にはそこかしこに喰い散らかされ、引き裂かれた死体が転がり、よたよたと逃げ惑う学生たちを猟犬と化したゾンビが襲いまくっている。
数人のゾンビに噛みつかれながらも剣を振り回すことをやめない衛兵。
椅子や火かき棒などの雑多な武器でゾンビたちに応戦する令息たち。
首から上の肉をごっそり失った男の骸を泣きながら揺さぶる令嬢――。
一瞬、全てが夢ではないかと思った。
学院での生活、貴公子たちとの恋、魔法の授業、そしてその先に待ち受ける悪役令嬢としての末路。
暗澹とした気分でいつつも、きっと心の中では楽しみにしていたに違いない私の新しい世界――。
それは私の見ている目の前で、見るも無残に血にまみれていく。
「頑張れ! 中庭を抜けたらもうすぐだ!」
今はコンラッドの声だけが頼りだった。
どす黒く血と汚れた世界よりもなお赤い赤。
その火のような情熱と闘志だけが文字通りの血路を開くのだと信じて、私は裸足でその深紅の軍服を追いかけた。
広い中庭を抜け、巨大な図書館の真裏を通り、リストランテ学院の正門の東にある空き地に出た。
馬車の御者が憩う詰め所はもうすぐ目の前だ。
「と――止まれ!」
そのときだった。
前を走るコンラッドが急に両手を広げて私たちを制した。
急には立ち止まれず、わわっ!? と私は転びそうな勢いで前につんのめった。
「な――何!?」
「くそ……! なんだってこんなところにいるんだよ、役たたずめ……!」
え? と前を見ると、図書館と石造りの壁に挟まれた場所に――立ちはだかるものがいた。
皮膚は灰色に腐り、口ひげを血に塗れさせてはいたが、その顔には見覚えがあった。
視覚なのか、聴覚なのか、こちらを発見したらいゾンビは、腐った顔の皮膚を震わせて威嚇の表情を浮かべた。
半開きになった口からは、生臭さが臭ってきそうなほどの量の鮮血が滴り落ちている。
「衛兵隊長――!」
「……の、肉食系腐男子だ。あの口見てみろ、相当食い散らかしやがったみたいだぜ……!」
コンラッドが呻くように言った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こんなスプラッタでめちゃくちゃな小説を気に入っていただければ幸いです。
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