Diabolik Priest①
眠れない私の背後に、もぞもぞ……となにかが蠢く気配がした。
私は薄目を開け、背後の気配を探った。
目だけで周囲を見渡すと、避難した人々はほとんど床に転がって寝息を立てている。
中には私のように起きている人間もいるだろうが――抜き足差し足で歩いてゆく人影に注意を払うものはなかった。
コンラッドとの距離が十分に開いたことを確認して、私はゆっくりと起き上がった。
足からヒールを脱ぎ捨てた。
月灯りだけを頼りに、雑魚寝している人々を避けながら、私は怪我人たちが寝かされている司祭の私室に向かった。
途中、毛布に包まっているアンリエッタがいた。
余程疲れていたのだろう、起き出す気配などない安らかな寝顔を見て、ちくりと心が痛んだ。
私はアンリエッタをなるべく見ないようにしながら、気配を殺して廊下を進む。
司祭の私室――怪我人が寝ているであろう処置室の前に来ると、コンラッドとジークハルトが司祭の私室のドアの前に立ちすくんでいた。
どう見ても予想外のバッタリであったのだと、お互いの表情を見ればわかった。
コンラッドの手には、どこで見つけたのか両刃の短剣が、ジークハルトは宝剣の柄に手をかけている。
「――なんでお前がここにいる……!?」
「き、君こそ! 何を寝ぼけてるんだよ! トイレならあっちだろ!」
「ばっ、誰が小便なんか行くか! 俺は――!」
そこでコンラッドは、その先を言い淀んだ。
その反応に同じ意志を汲み取ったらしいジークハルトは、心底意外そうな表情でコンラッドを見ている。
やっぱり――男はバカだ。
妙な可笑しさを噛み殺しつつ、私は至近距離から囁いた。
「おふたりとも」
「……ッ!?」
心底驚いたように振り返った二人は、私を見ると顔を曇らせた。
「エレーナ……! なんでここに!?」
「私も彼らを見届けます。ご一緒させていただきますわ」
「ちょ、ちょっとエレーナ……! 勘弁してくれ、君だけには見せたくないんだよ!」
「何故?」
「何故、って……」
二人は顔を見合わせた。
私は決然と、エレーナの顔と言葉で言った。
「私はリヴレ公爵が惣領娘、エレーナ・シャルロッテ・フォン・リヴレ。民の安寧と王国の弥栄を守る貴族令嬢として、責任ならば女の私にもありますわ」
決然と言った私に、梃子でも動かない意思を感じ取ったのだろう。
二人は無言で前を向くと、ドアをそっと開けた。
途端に、むっ、と血の匂いがした。
月明かりに照らされて青白く光る部屋の中で、何者かが怪我人の顔を覗き込んでいる。
ベッドに寝かされ、苦しそうに呻き声を上げている怪我人。
影は右手に持った瓶からなにかの液体をスプーンですくい上げ、怪我人の口に滴を垂らした。
途端に、苦しそうだった怪我人の呼吸が、潮が引いていくように静かになり――。
私たちが見ている眼の前で、やがて完全に止まった。
影は怪我人の頭を我が子のようにひと撫でしてから、静かに言った。
「一滴で脳の神経組織を尽く破壊する猛毒だよ。彼らが死後動き出すことは、もうない――」
影はゆっくりと振り返った。
「君たちのやろうとしていたことは終わった」
眼鏡が反射する冷たい光。
司祭の法衣より簡素な、漆黒の僧衣。
そして人の安らかなる死を伝える、低くて美しい声。
ユージーン・クラウス司祭。
死神は、酷く優しい表情で私たちに微笑んだ。
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