悪役令嬢 LAST ESCAPE④
「馬車を捨てろ! 走れ!」
そう言われても――。
私は思わず立ちすくんだ。
馬車は街道沿いのだだっ広い草原のど真ん中に停車した。
目の前には、手にしたランタンの灯りなどではとても照らしきれない闇が茫漠と広がるばかりだ。
この中をどうやって進む?
しかもどこにゾンビがいるかわからない状況下で――。
私が立ち止まっていると、不意に何者かに手を引かれた。
ひっ――! と思わず振り払おうとした私の耳に「落ち着いて、私です」という声が聞こえる。
「皆さん、この光に向かって集まってください!」
そう言って高く掲げたアンリエッタ手のひらから、柔らかな光が迸った。
その白く清浄な光が闇を照らし、馬車を中心におろおろしている私たちを照らし出した。
「おおそっちか! 今行く!」
「やれやれ、王都までまだ半分も来てないのになぁ」
「くそ、なんだってんだよ……!」
それぞれにぼやいた私たちはアンリエッタの周りに集結した。
アンリエッタは右手を左右に振ったが、白く照らし出される街道上には人っ子一人見えない。
「エレーナ様、そのクラウス司祭が今どこにいらっしゃるかわかりますか?」
矢継ぎ早に訊かれて、私はしばらく眉間に皺を寄せ、《琥珀のエルミタージュ》の記憶を探った。
彼は――初めて会ったときに何を言っていただろう。
しばらく考えて、私はようやく言葉を絞り出した。
「……ナルフィの教会よ。彼は当日に寝坊して入学式に遅れたはずだわ」
「寝坊……ですか」
「そう、寝坊。彼はそういう人だから」
「ナルフィか……丁度いい」
そう言ったのはリオンだ。
リオンは街道の向こうを見ながら言った。
「俺はここらにちょっと土地勘があるんだ。よく街まで買い出しに行ってたからな――ナルフィはすぐそこだ、あと少し走れば滑り込める」
おっ、非攻略キャラクターが活躍している。
思えばよくよく役に立つモブだなコイツ……などと思って私がリオンを物珍しそうに見ていると、リオンが私の視線に気づき、不審そうに睨み返してきた。
「なんだよ?」
「へ? あ、いやいや、なんでもありませんわ」
おほほほ……と久しぶりに取り繕ったお嬢様言葉で言うと、リオンはなぜか不機嫌そうな顔で、チッ、と舌打ちをした。
そのあまりに自然な動作に、私は年甲斐もなくムカッと来た。
コイツ、|非攻略対象キャラクター《モブ》のくせに有能であるだけでなく、感情表現がやたらと多彩だ。
よく見れば美少年と言えるだろう顔の造作のよさも含めて、登場していれば後日専用ストーリーが追加されそうなキャラクターである。
もしかして私が忘れているだけで、《琥珀のエルミタージュ》の世界に出てきていた人物かも知れないな――。
「となりゃ長居は無用だ。あちらさんもどうやら満腹になったみたいだしな……」
コンラッドが背後を振り返って言う。御者を喰い殺したゾンビが立ち上がり、私たちに向かって呻き声を上げる。私たちは一斉に走り出した。
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