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悪役令嬢 LAST ESCAPE③

「ユージーン・クラウス……?」

「えぇ、学院の魔法学と医学の教授を務めるはずだった司祭。この現象について、彼ならなにか知っているかも知れませんわ」


私はコンラッドであろう、深紅の服を着た人物に向けて頷いた。

《バグ》はいまだに彼らを酷く侵蝕したままだ。


「かつて彼は学院随一の……いえ、王国でも有数の賢者でした。過言ではなく、こと魔法の知識については、今の王国には彼以上の人材はいないかと」

「しかしエレーナ、そんなすげぇ奴がどうして司祭に……?」

「それは――私にもわかりません」


嘘だった。クラウス司祭ルートは、今まで何周もしている。

彼が野に降ったのにはれっきとしたきっかけがあるのだが……。

それは今、口にすべきことではなかった。


「とにかく、今回の事件の原因を解明するとしても、王国防衛の手段を講じるために王都を目指すにしても、彼は心強い味方になるはず……彼を連れて行かないと」

「しかしエレーナ、お前はなんでその――クラウス司祭が入学式に参加してないことを知ってるんだ?」


その質問には答えづらい――私はどう答えたものか悩んだ。


何故知ってるのか、それは前世、《琥珀のエルミタージュ》をしつこくプレイしていたからなのだが――そんなこと口に出せるはずがない。


とにかく、彼は入学式には参加していない。

後日、プレイヤーであるアンリエッタとは最後に出会う攻略キャラクターなのだ。


「そのお嬢様が言ってることは本当だぜ」


不意に――今までほとんど口を開かなかったリオンが口を開いた。


「俺たちは当日、そのクラウス司祭の料理を別に作ってたんだ。アレがダメ、コレがムリ、聖職者らしく食事の内容に随分注文つけて来やがったくせに、会食には来なかった――おかげでクソまずいその飯が俺の最後に食べた昼飯になったよ」


内心驚いている私の前で、リオンは忌々しげに言った。

コイツ、謎のモブキャラクターのくせに結構グイグイ来るんだな……と妙な関心を覚えていた私に、コンラッドが「でもよ、そいつは危険だぜ」と渋い顔をした。


「正直な話、俺はゾンビどもが出現したのが学院からとは考えてない。他のゾンビがここらを彷徨いてる可能性が高いと思う。わざわざ俺たちは遠回りして司祭だけを助け出しに行くのか?」

「気が乗らないが僕も彼と同意見だよ。僕らだけで寄り道は危険だ。まっすぐ王都に向かって応援をよこしたほうがいいよ」

「でも……!」

「エレーナ、落ち着いてくれ。僕は君や彼女を死なせなくないんだ」


ジークハルトが珍しく静かな声で言う。


「生憎、僕の力を持ってしても、あいつらを退治するどころか追っ払うのがせいぜいだった。まずは王都に行って、人を呼んでこないことにはどうしようもないんだよ。違うかい?」


なまじ普段があの口調であるために、真剣な表情と声のジークハルトの声には説得力があった。


《バグ》は更に勢いを強め、私の視界はほとんど漆黒の虚無と意味不明のコードに支配された。


まずい、このままだと押し切られてしまう! 

「で、ですが……!」と、私が絶望的な反論を試みたときだった。




「私は――エレーナ様の意見に賛成します」




雷鳴のような、不思議と威厳ある声が、私の言葉を遮った。


えっ? と私は隣のアンリエッタを見た。


アンリエッタはコンラッドとジークハルトをゆっくりと見つめる。


途端に、私はアンリエッタから発せられる、肌にピリピリと感じる何かを察知した。


なんだろう、この威圧感は。

コンラッドもジークハルトも同じ感想らしく、がらりと雰囲気が変わったアンリエッタを不思議そうに見つめている。


「如何にそのクラウス司祭が魔術の達人であるとしても、あの怪物たちがここらを彷徨いている状況ではいつかはやられてしまう。それに王都から救援を呼ぶにしても、時間がかかる。居場所がわかる人がいるなら、我々は一刻も早く救出に向かうべきです」

「話はわからないでもないがなお嬢ちゃん。しかし――」



「私は――七年前の戦争で家族を失いました」



唐突に、アンリエッタが意外な口を開いた。



「村は焼かれ――私以外の家族は焼け崩れた家の下敷きになりました。私は泣きながら助けを呼びに走りました。ですが、誰も助けには来てくれなかった、一人もです。兵士たちも大人たちも、自分のことで手一杯で、誰も私の願いに耳を傾けてはくれませんでした」



一言一言、とつとつとアンリエッタが語る度に、《バグ》が少しずつ減って、世界に色が戻ってきた。


一体何なのだ、この力は。この娘は一体――?

私は信じられない思いでアンリエッタを見ていた。



「これは甘い考えでしょうし、間違っているかも知れない。でも、私にはわかるんです。助けを求める人の気持ち――それだけは、私は無視したくありません。私は助けに行きたい。それが誰であっても、救える命があるなら、私は――!」



涙に震えるアンリエッタの言葉に、馬車の中は水を打ったように静かになった。





やがて、フン、と鼻を鳴らしたのだジークハルトだった。


「確かに――王太子なら民を救う義務もあるかもねぇ」


えっ? とアンリエッタが目を丸くした。

ジークハルトは不敵な笑みを湛えてアンリエッタを見た。


「わかった、僕はエレーナとこの娘についていく。司祭を救い出そう」


ジークハルトの一言に、私は真剣に驚いていた。

まさか、脳ミソの中に女のことしか詰まっていないようなチャラ男が、王としての義務なんて口にすることがあるのか。


うっかりジークハルトという男を見直す気持ちで見ていると、腕を組んだままのコンラッドが、深いため息をついた。


「ふん……運良く助け出せたとして、本当にその男が役に立ってくれることを祈るぜ」

「ラントイェーガー卿……! じゃあ、じゃあ……!」

「あんたの言うとおりだ、お嬢さん。人は助けられるなら助けるべきだ。俺もついてくよ」


わぁ、とアンリエッタが歓声を上げたのと同時に、私の視界を占領していた《バグ》は綺麗に修復され――世界は元通りに修復された。


「エレーナ様! 良かったですね!」


屈託のない笑顔とともに言われて、私は一瞬、戸惑う表情を浮かべてしまってから、ようやく笑みを返すことが出来た。


これが主人公の力か――。


私は安心したような、なぜかちょっと悔しいような、複雑な気持ちになった。

さすがは攻略対象を次々と虜にしてゆく魔性の少女。

その言葉は悪役令嬢の言葉なんかよりも、よほど人の心を動かすらしい。



とりあえず、これで世界は正しく進み始めた。


私が安堵のため息をついた、その途端だった。




ドン! という湿った音に馬車が震えたかと思うと、続いてゴトゴト……と、車輪が何かをまたいだような衝撃が馬車を揺らした。


馬車に急制動がかかり――馬車は土煙を上げて停止した。


「お――おい、何があった!」


コンラッドが言うと、手綱を握った手を震えさせていた御者が呻いた。


「ひっ、ひ……人を、人を轢いちまった! 急に飛び出してくるから……!」


そう言って、御者は慌てて地面に降りていった。


私たちも一斉に馬車を降り、既に薄暗くなっている街道に降り立った。

馬車から十メートルほど後ろの石畳の上に、平民の服装をした女が転がっていた。


「あ! お、おい……! アンタ大丈夫か!」


短躯を跳ねさせるようにして駆け寄った御者は、慌てて娘を抱き起こした。

抱き起こされた娘は口から血を流してぐったりしている。


「あ、治癒魔法を……!」

「待って!」


私はアンリエッタを鋭く制した。


なんだか嫌な予感がする構図だった。


私が眉をひそめ、ランプを高く掲げた瞬間だった。




地面に投げ出されたその娘の手首に――明らかに噛まれた傷があるのを見た私は、耳の奥に血の気が引く音を聞いた。




叫んだのはリオンだった。



「おいオッサン! そいつはゾンビだぞ! 離れろ!!」

「はえ――?」


間抜けな声を上げて御者が振り返った瞬間、今までぐったりとしていた娘の瞳が白く濁り、奇妙な声を上げて御者に襲いかかった。




「――はっ!? あ、ああああ!! いぎゃあああああ!!」




御者が事態を飲み込めていないうちに、娘は御者に覆いかぶさった。

バリッ、ゴキン……という身の毛もよだつ音が発し、ランタンに照らし出される足が、やがて電撃を喰らったかのように硬直した。


びぃん、と一直線になった足を見て、私は思わず顔を背けた。




「馬車を捨てろ! 走れ!」




そう言ったコンラッドの声に、私たちは一斉に遁走を開始した。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

ここからボチボチ第二部になっていきます。


もしお気に召しましたら、評価・ブックマーク等よろしくお願いいたします。



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