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リリアナの幸せ

最終話です。

 

 恥ずかしい。悲しい。苦しい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。

 もう消えてしまいたい…!


 表情すらなくしたリリアナに、ハドリーは動揺する。


「リリアナ!何かされた?どこか痛いか?」

「近寄らないで!!!」


 強く睨みつけられ、踏み出した足をピタリと止める。


「助けにきてくれてありがとう。迷惑かけてごめんなさい。

 でも、もう、だ、大丈夫だから、放っておいて!」


 震える足を必死に動かして、この場所から逃げ出そうとハドリーの後ろにある出入り口に向かって走る。ハドリーの横を通り抜ける瞬間、体をぎゅっと強張らせながら。そんなことをしても意味はないのに、少しでも匂いを嗅がないでほしいとそればかりを思って。


 だけど、そんなリリアナの行動は、やはりハドリーに止められる。


「止めて!お願いだから一人にして!」


 振り切ろうと暴れても、掴まれた手は離れない。


「待て!そのまま出ていくつもりなのか?!」

「だから放っておいてよ!」

「今出て行ったら、寮に着くまでに下校中の生徒の目につく!」


 その言葉にリリアナはさらに興奮していく。


「そうね!他の生徒にバレちゃうわね!でももういいの!」

「何を言って…」

「分かってるのよ!ハドリーだって本当は私といるのは辛いでしょ!?」

「本当に何を言ってるんだ?」


 本当に、ままならない。リリアナはパニックを起こしながら叫ぶように声を上げる。

 こんなことを言うつもりじゃなかった。こんな恥ずかしいこと。事実は変わらないとしても、言葉にして自分に突きつけるつもりは一切なかったのに。

 リリアナの興奮は最高潮だ。


「だから!分かってるのよ!私が臭いってこと!獣人にとって私の匂いは嫌悪の対象なのでしょ!?」

「はあぁ!!?」


 今度はハドリーがパニックを起こす番だった。


「なんでそうなる!?リリアナを嫌悪するだなんてあり得ない!」


 ハドリーはリリアナの両手をぎゅっと握り自分の方に向かせる。だがリリアナは顔を背け、目を合わせようとはしない。


「離して!」

「離さない。リリアナ、こっちを見て」

「……」

「リリアナ、よく聞いて。ちゃんと話すから」


 リリアナの肩がびくりと揺れる。

 何を話すというのか。嫌だ、聞きたくない…。



「リリアナ。…俺は、リリアナのことが好きだ」

「…幼馴染としてね」

「違う。いや、幼馴染としてももちろん好きだけど」


 ハドリーはここにきてようやく理解していた。どうしてリリアナが自分の好意を信じないのか。どうして関係を進めようとすると緊張するのか。どうしてか。全部自分のせいだった。


「幼馴染とか友達として以上に、俺はリリアナが一人の女の子として好きだよ。ずっと、子供のころから、ずっとリリアナだけが好きだ」


 今までだって好意を隠さず接していたつもりだった。だけど、リリアナとハドリーでは大前提が間違っていたのだ。その証拠に、リリアナは信じられないとでもいうように目を見開いている。


「嘘よ…だって、私は臭いでしょ?」

「俺、リリアナが臭いだなんて一度も言ったことない」

「だって、小さい頃、すごい匂いだって…今だって…やばいって、鼻を覆って、嫌な顔して…」

「そうだね、リリアナから見ればそういう風に思われても仕方ない。全部俺のせいだ」


 ハドリーを見つめるリリアナの目からは次から次へ涙が溢れていく。


「私、気づいてたの。ハドリーが毎朝私を迎えに来てくれるのは、私の匂いをチェックしてるんだって。そうでしょう?」

「気づかれてたのか…1番の理由はリリアナと少しでも一緒にいたいからだけど、匂いを気にしていたのも間違いじゃない。でも、そういう意味じゃない」


 辛そうな顔で誤解だというハドリー。もうわけがわからない。


「全然意味がわからない。私に気を遣っているならやめて。余計にみじめだから」

「違う!‥‥そうじゃない。違うんだ。傷つけてごめん…」


 ハドリーは肩を落とし、深呼吸する。

 言わないと、言いたくないけど言わないと、リリアナの誤解は解けない。


「リリアナは、臭くなんかない。落ち着いて聞いてくれ。リリアナは…」


 その真剣な目にリリアナも涙をぬぐいもせずに見つめ返す。




「リリアナは……すごく…ものすごく……」


 死刑を宣告されるかのような気分である。リリアナの心臓は大暴れだ。






「リリアナは、ものすごく…!いい匂いなんだ………っ!!!!!」

「…………は?」





 涙は今度こそ引っ込んだ。

 今なんて?


「え?ちょ、は?ちょっと、全然意味わからないのだけど…」

「いい匂い過ぎてやばい!今も本当はわりとちょっとやばい!」


 ハドリーの語彙力は崩壊した。


「ちょっと、ちょっと待って、ちょっと今混乱中だから、よくわからないから、一回。一回ちょっと落ち着こう」

「そ、そうだな‥‥」


 神妙に頷きあい、そっと距離を取る2人。

 とりあえず。


「ごめん、本当にごめん。ちょっと一回、換気していい…?」


 真面目な顔でそう聞いてくるハドリーに、リリアナは何とも言えない気分になった。








「私、ずっと自分は獣人が嫌悪する匂いなんだって思ってた」


 しばらくして少し落ち着いたころ、リリアナはぽつりと話し始めた。


「家庭教師の先生に聞いたの。獣人は嫌悪する匂いの相手と、仲良くはできても伴侶には絶対に迎えられないって。だから…だから、私は」


 ハドリーは言葉に詰まるリリアナの手をそっと握る。


「ごめんね、リリアナ。まさかそんな風に思ってるなんて考えもしなかった。あの時の俺の態度で、そう勘違いしてもおかしくないって少し考えればわかるはずなのに」

「私、本当に臭くない?一緒にいても、嫌じゃない?」


 リリアナはそんなハドリーの手を握り返す。


「もちろん。リリアナが臭かったことなんて一度もない」


 安心して、ほっと息を吐く。

 自分は、臭くなかった。ハドリーの嫌悪の対象じゃなかったのだ。


「でも、それじゃあ『やばい』ってなんなの?」


 途端に苦い顔をするハドリー。

 その説明と言い訳を聞いてリリアナは頭がくらくらするのを感じた。



 リリアナが数年間思い悩んでいたことは、実は全く真逆であった。

 獣人にとってリリアナの匂いは嫌悪の対象であるどころか、まるで猫にマタタビのようにいい匂いなのだということ。恋愛感情がなければそれ程ではないが、リリアナを好きなハドリーは、その匂いが強いと抱きしめたくてたまらなくなるということ。真面目なハドリーは、恋人でも婚約者でもないのにうっかりそんなことをしてはならないと我慢していたこと。


 獣人高位貴族の令息の中にはいまだに匂いで相手を判断する者が数多いるので、そんな中で婚約者のいない者がリリアナの匂いに気付けば伴侶に望む声がきっと出てくるはずだと必死で隠そうとしていたこと。


「じゃあ、もしかして今日、妙に獣人の男子生徒の視線を感じたのは…」

「どこまで気づいたかは分からないけど、多分妙にいい匂いがするから落ち着かなかったんだと思う」


 ハドリーはものすごく嫌そうな顔をして言った。


「でも、今までハドリーといる時はそんなことなかったのに」

「それは…いつも、俺の匂いを付けておいたから…」


 目を逸らしながら気まずそうに白状する。

 いや、ちょっと待って。


「リリアナは確かにすごくいい匂いだけど、毎朝お風呂に入ってただろう?だから普通にしていればそこまで匂いが強いわけじゃない。…だから、俺の匂いをつけてちょっとくらい匂いが強くなっても他の獣人に分からないようにしてた」


 開き直ったように説明するハドリーに思わず開いた口が塞がらない。


「待って…じゃあ獣人の女子生徒は?」

「男と女で好む匂いは少しだけ違うんだ。だからリリアナの匂いが特別だとは分からない。ただ…いつも俺の匂いをつけてるのは気づいてるはず」


 嘘でしょう。だって獣人が自分の匂いを相手に移す行為って。


「婚約者じゃないのはみんな知ってるから、俺がリリアナを好きで誰にもとられないように必死だって獣人はみんな知ってることになるな」


 …マーキングじゃないの!

 リリアナが思わず遠い目になってしまったのは仕方のないことである。



「――ねえリリアナ、何度でも言うよ。俺は本当にリリアナのことが好きだよ」


 その口から再び紡がれた言葉にリリアナは気づく。

 そうか、ハドリーを好きな気持ちを諦める必要はもうないんだ。

 瞬間、言いようのない喜びが体中を駆け巡るのを感じた。


「ハドリー!わたし、うっかり言い忘れていたわ。―――私もあなたのことが大好き!」


 嬉しそうに飛びついてきたリリアナを受け止めながら。


「これは…なんて幸せな拷問なんだ…」


 ハドリーは今日何度目かになるうめき声をあげたのだった。





 ***************




 その後間もなく、リリアナとハドリーは正式に婚約者になった。

 お互いの両親はやっとなのかと喜んでいたくらいで、驚きもしなかった。ハドリーとは結ばれないのだと思っていたのはリリアナだけで、周りはそもそも、そのうち2人は結婚するものだと当然のように思っていたらしい。


「それならそれで、もっと早く私はいい匂いなんだって教えてくれればよかったじゃない」


 自分が一人で勝手に誤解して、思い悩んで拗らせていただけだったとようやく知ることとなったリリアナは「散々悩んだのに」と拗ねたように口を尖らせたが。


「聞かれたら答えたとは思うけど、いい匂いがするって本人に言うのは変態みたいじゃないか。それに、いい匂いだから好きなんだと思われたくなかったんだ。匂いなんて関係なく、俺はリリアナが大好きだから」


 例えば本当にリリアナが嫌な匂いだったとしても、俺はリリアナが好きだったと思うよ。

 …そう言われてしまえば、嬉しくて不機嫌な顔を続けることはできなかった。


 婚約を結んで、ハドリーは今まで以上にリリアナにべったりになった。何より、我慢する必要がなくなったと嬉々としてリリアナに触れてくる。おかげで案の定リリアナが好ましい匂いをさせていることに気が付いた獣人男子生徒が数人。


「獣人にとって重要である匂いの優秀な者を伴侶とするのは高位貴族の者であるべきだ」


 と爵位の低い子爵令息であるハドリーとの婚約に難色を示す者が現れたが、それを見込んでハドリーが婚約を大急ぎで済ませていたため、それ以上横やりを入れられることはなかった。獣人は正式に相手の決まっている者には手を出さないらしい。そういうものなのか。


 あの時、気が付けばいなくなっていた女子生徒。リリアナを閉じ込めた彼女だが、お咎めはなしとなった。というより、何もなかったことにしようということで落ち着いた。結局リリアナがハドリーに対して中途半端な態度をとっていることに腹を立て、嫌がらせをしようとしただけであったし、そうさせたのは自分の態度であるからと被害者のリリアナ本人が望んだからだ。

 ちなみに2人のすれ違いの真相を全部知ったマリエは、嘘でしょう?と笑っていた。




「そういえば、どうしてあの時あの距離から私の場所がピンポイントで分かったの?」


 ハドリーが振り向いたあの瞬間。やはり目が合っていたと知ったリリアナは不思議に思い首を傾げる。


「あの瞬間、急にリリアナの匂いがものすごく強くなったんだ。今までにないくらいだった」


 今はもう自分の感情の高ぶりが匂いの強さを左右すると知ったリリアナは思い出す。

 ハドリーに抱き着いた女子生徒はリリアナを閉じ込めたあの子だった。あの時、その光景を見たリリアナは嫉妬したのだ。


(結局、私はハドリーと他の人との幸せをお祝いすることなんて絶対に出来なかったんだわ)


 実はリリアナは少しだけあの女子生徒に感謝していた。

 リリアナが今こうして幸せでいられるのは、あれがきっかけであったことは間違いないのだから。新入生歓迎パーティーで他の人との出会いを見つけようなんて、今となってはよくそんなことを考えていたものだと思う。










「リリアナ、準備はできた?」

「ええハドリー!楽しみね!」


 これから学園のダンスホールで新入生歓迎パーティーが行われる。

 ハドリーは自分の贈ったドレスを着たリリアナを眩しそうに見つめ、優しく抱きしめた。


「リリアナ…すごく綺麗だ。こんな綺麗な君をエスコートできる俺はなんて幸せ者なんだろう」


 ハドリーの腕の中で応えるようにその背に腕をまわしながら、幸せ者なのは自分だとリリアナは思う。馬鹿な勘違いで中途半端な態度をとり続けていたのに、ハドリーはずっと変わらず自分を好きでいてくれた。

 ハドリーはそんなリリアナの首筋に嬉しそうに顔を摺り寄せてくる。





「あーリリアナの匂い…本当に…ものすごくいい匂い……」

「ちょっと!やめてよ!変態みたいな言い方しないで!!」




 リリアナは、幸せだ。




ブクマ、評価、感想などくださっている皆様、本当にありがとうございます!

前作から引き続き見てくださっている方もいて嬉しい限りです。

未熟者なわたしですが、より楽しんでいただける作品が書けるように精進いたします。

次回作も近いうちに始められたらと思っていますので、そのときはまたお付き合いいただけたら嬉しいです^^

読んでくださった皆様に感謝を!ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1話目でこれはきっと…とすれ違いを察知しましたが案の定なすれ違いっぷりでかわいそうでかわいそうで楽しかったです笑 妙に過保護だったのもなるほどマーキング…!ラストの用意周到っぷりも好きで…
[一言] こういう貴族が主語をぼかして臭いがすごいという単語だけで、いい匂いとも取れるしその逆も然りの曖昧話法を題材にした本作は面白かったです。この曖昧話法を他の作品でも見れたら嬉しいですね。 次回作…
[良い点] 面白い作品でした。 良作との出逢いに感謝を。 [一言] 獣人だから仕方ない。理由も大変納得。 わかって読んでるんだけとも。それでもあえて思う。 ヒーロー様、言動が変態っぽく見えます(笑
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