季節はもう一度
『は、初めまして。……小遊鳥、空です』
『俺は高羽望夢だ。覚えとけよ』
『俺は久遠紫》。望夢とは小学の時からの付き合いなんだ。よろしく』
『立谷飛鳥だ。いっとくけどな、望夢が認めたイコール俺もってわけじゃないからな!』
『飛鳥、何恐がらせちゃってんの! ったく……。ごめんね。気にしないでね。オレは鳴瀬海。飛鳥とは幼馴染ってやつで、望夢と紫とは中学から一緒。よろしくね』
入学式の出逢いから二年後。
時は流れ、再び季節は巡る――
「今日からマジでJKだよウチら」
「楽しみ!」
「彼氏出来るかな~」
周りが真新しい制服に身を包んで浮足立つなか、一人の少女が不安で仕方ないという表情をしながら、手を緊張で握り絞め、俯きがちに歩いていた。
どうしよう……みんなキラキラしていて眩しい……。
今時の高校生ってこうまで変わる?みんな示し合わせたみたいに高校デビューってやつでしょうか!?
真新しい制服といっても、同じ制服を着ているとは思えないほど、皆既に好きなように着こなしたり、女子なんかは化粧や髪型で自分を大人っぽくみせていた。
一方の少女は、ギリギリ耳が隠れるくらいの黒髪ショートで、特に化粧や飾り気もなく、制服はお手本通り着ただけ。
間違っているかどうかで言えば、きっと正解なはずなのだが、あまりの違いに取り残された気分だった。そして、ぽつんと一人でいる自分を顧みて、いささかパニック状態になった末に、つい何もない所で躓き、思い切り前に倒れこけてしまった。
「わあっ!?」
(あらら~派手にこけたな)
(痛そう……っ)
(ちょっと、笑うなって!)
(だってよっ……何もない所であんな、漫画みたいなこけ方するか!?)
周りから変に注目を浴びることになり、一人最悪だ……と心の内で泣きたい想いでいると、突然どこからか声が掛かった。
「大丈夫……っ? ケガとかしていないかな!?」
「だ、大丈夫です……っ!! が、頑丈なので!!」
恥かしくなり真っ赤になりながら慌てて顔を上げると、サラサラの黒髪を胸元まで伸ばした、清楚で優しそうな女生徒と目が合った。
彼女はこちらを心配そうに見つめていたが、ケガが無いのを確認すると、ホッとしたように柔らかく笑った。
あ……何だろう。この人の笑顔、とっても安心する。
「捕まって」
女生徒がそっと差し出してくれた手をとりながら立ち上がると、じっと綺麗な目で見つめられ、何だか妙に緊張した。
「もしかして……新入生さん?」
「は……っ、はい」
「懐かしいな。……最初って、本当にドキドキしちゃうよね。でも、一歩踏み出せば、きっと自分でも想像していなかったような、楽しい毎日が待っていると思うから」
「え……っ」
優しく語りかけてくれる女生徒につい見入っていると、彼女の後ろから4人の男子生徒がやって来た。
「空、どうかしたのか?」
「あ、みんな。あのね、ちょっと今、新一年生の子に出くわして」
「へぇ……一年か。そうだよな、俺らももう三年だもんな」
「入学式か~。やっぱり、空ちゃんに出会ったころ思い出すよね」
「てか、こいつ、昔の空に感じ似てねえ?」
「飛鳥、女の子をこいつとか呼ばない。でも、ちょっと解かる」
「そうなの。だからかな、余計にあの頃懐かしくなっちゃった。……あ、びっくりさせてごめんね。みんな私の友達なの!」
そう言って、女生徒が笑いかける彼らは、とても目を惹くほど華やかな集団だった。
女生徒はどちらかというとマジメな雰囲気で、失礼ながら本当に彼らと友達なのかと耳を疑った。だが、暫く見ていると、彼のなかに流れる空気から、本当にお互いが大事なんだろうなというのが伝わってきた。
なにより、彼女を見つめる4人の目が、見た目とは違って、とても穏やかで優しく、女生徒もとても楽しそうにしているから。
……いいな。私も、こんなお互いを思い合えるような友達が欲しいな。
彼女達をみていると、ふいにそんな風に思ってしまった。その時、自分の心の声が聴こえたのかと思うほどタイミングよく、女生徒がこちらにふりむいた。
「大丈夫だよ。私も昔は今のあなたみたいに緊張でどうしようもなかったけど、この学校へ来て、こんな素敵な仲間に出逢えた。きっと、あなたにも、ここで楽しいことが待っているよ」
「本当に……?」
「うん!」
何だか、その時の「うん」と笑顔がやけに強く、胸に響いた。
「――あ、見て! あれ、有名な5人組じゃない?」
「ホントだ! 高羽先輩・久遠先輩・立谷先輩・鳴瀬先輩……それに、紅一点、小鳥遊先輩!!」
「あの人たちって一見凸凹だけど、本当に仲良くて、いつも楽しそうで羨ましいよね~。噂では、小鳥遊先輩があの中に入ってからみんな雰囲気変わったって!」
「小鳥遊先輩のポジションになりたいってみんな思っているよね! でも、あの人じゃなかったら、あの4人はあそこまで笑顔にはならないって、仲良い先輩たちが話していたんだよねえ。羨ましい……!」
「……だけど実際、小鳥遊先輩って、話したらすごく素敵だもんね。敵も味方にしちゃうって有名だし」
「あははははっ」
「あたしら、あんな先輩達が居る学校に入れて良かったんじゃない?」
「うん、学祭とか行事楽しくなりそうな予感!」
そんな通り際の生徒達の会話を、少女は、遠くを歩く5人を見つめながら聞いていた。
『大丈夫だよ』
「……大丈夫。私にも、きっと楽しい事が待っている……はずだから」
小さく一度呟いてみると、不思議と勇気が湧いてきて、そんな気がしてきた。
「――新入生のみなさん。もうそろそろ式が始まります。体育館前まで集まってください!」
教師の呼ぶ声が聴こえてきた。――いよいよ、始まる。
「よし、行こう!」
少女は、もう悩まなかった。
ふり返ると、声がする方へ顔をあげて歩き出した。この一歩が、未だ見ぬ新しい世界へ繋がっていると信じて。
「空?」
望夢がふと見れば、さっきまで少女がいた方を振り返る空の顔には笑みが浮かんでいた。
空は不思議そうな望夢をみあげると、笑みはそのままに応じる。
「あの子もそうだけど、真っ新な制服に身を包んだ一年生をみると、私も三年生になって、これから新たな道を進んでいくんだなって実感が次第に湧いてきちゃった……」
「そっか。けど……お前、あの頃と全然顔が違うな」
「本当?」
「ああ。良い顔してる」
訊き返す空に、望夢は笑みを浮かべて頷く。
するとそれに続くのが、飛鳥、紫、海の三人。
「確かに。それに、落ち着いているよな!」
「楽しそうだよね」
「うん。そう思う」
彼ら自身、入学式のときのことを思い返すと、見た目とともに纏う空気が変わっていたが、ずっと〔小鳥遊空〕という一人の少女を見てきて、あのころより輝いているのは決して見間違いなんかじゃないと思った。
少女は知りあった当初、臆病で人見知りで、話をするにも時間がかかるような、そんな見ていて不安を感じ、どこか守らなければと思わされるようなところがあった。
でも今見ている彼女は、肩を並べながら、自然に笑って、4人と同じ未来を見つめている。なんなら、自分達が彼女に追いつかなければと思わされるほど、真っ直ぐな力強ささえ感じる。
――それでも、彼女はいつだって、こちらの心を知ってか知らずか、決まって言うのだろう。
「多分それはきっと、もう「大丈夫」って思えているからじゃないかな。私は、いつだって、みんなと居れば強くなれるから!」
4人を前にやっぱりそう言った空の顔は、澄み渡った青空をバックにしても負けないほど綺麗で眩しい笑顔だった。
END