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1:徒花令息、天啓を得る

 ノエル・ヴェルディエは非常に美しい少年だった。


 淡く灰みがかったベビーピンクの色をした、やわらかなウェーブのショートボブ。澄み渡る冬の青空のような涼やかな色彩の瞳は長いまつ毛に縁取られ、まるで国一番の人形師が魂を削って作り出したビスクドールかのように麗しい。たおやかで線の薄いその身は、ふっと風にさらわれてしまいそうなほどに繊細だ。可憐で優美なその姿は、まるで愛されるために生まれてきたかのよう。それがノエル・ヴェルディエだった。


 そして、ヴェルディエ伯爵家の長子である彼は、このシルヴェストル王国では数少ない――いや、ノエルの世代では唯一と言ってもいいだろう――光魔法の使い手でもあった。


 魔力さえあれば鍛錬によって習得可能な魔術とは異なり、魔法はその使い手に火や水などの属性との親和性がないと使うことができない。そして、シルヴェストル王国で知られている基本的な属性は火、水、風、地、氷、雷――そして、ごくごく希少だとされる光の計七つだ。


 光魔法は使い手の数が少ないことからあまりその力の詳細は知られていないが、他の属性の魔法と異なり攻撃手段を持たないことが特徴だ。そして、光魔法の真価は、その癒しの力にある。回復系の魔術では到底治しきれない大怪我も、光魔法ならば瞬時に治してしまうのだ。このことから、光魔法の使い手は古来より重宝され丁重に扱われてきた。


 そんな奇跡のような力を持つノエルは、今までの光魔法の使い手たちと同様に幼い頃から王族との婚姻が決まっていた。その相手こそ、第一王子であるヴィクトール・シルヴェストル殿下である。王家の慣例に則って成人の儀まではまだ立太子されていないものの、ヴィクトールの王位継承順位は第一位であり次期国王としても名高いお人だ。

 ノエルは光魔法の使い手であることが発覚した後、齢五つにしてヴィクトールとの婚約が決まった。それから第一王子の婚約者としておよそ十一年の歳月を重ね、十六歳となった現在ではヴィクトールと共に王立の魔法魔術学院で勉学に励んでいる。


 恵まれた容姿、希少な才、そして第一王子の婚約者としての輝かしい地位。それらがノエルの持つ全てだ。



 ――そう、それ以外は何もなかった!



 ノエルを一言で表すならば「ポンコツ」である。

 勉強もできず、運動もできず、剣術なんかももちろんできない。魔術もからっきしで、頼みの光魔法すらも歴代の者たちに比べたら些か劣るという始末。


 三つ下の弟のルパートからも「ノエル兄様は愚鈍で思慮に欠けている方なんですから、一人きりで何かを成し遂げることができると思わない方がいいですよ」と言われるほどだ。兄の威厳など存在しない。


 そして、極めつけにはノエルは愛想が悪かった!

 いつもどこかツンとした態度で、王子の婚約者という立場を鼻にかけているというのが周囲からの総意だ。口を開いて出る言葉といえば「僕はヴィクトール様の婚約者だ」という傲慢なセリフばかり。


 それから、光魔法の使い手ということで婚約が認められているものの、ヴィクトールとの仲もあまり良好には見えないというのも周囲からノエルが軽んじられている理由の一つだ。婚約は単なる政略的なもので、昔からのしきたりに従っているだけに過ぎない。二人の関係はノエルの一方的な執心であり、ヴィクトールはそれに迷惑しているというのがもっぱらの噂である。

 入学当初には居たはずのノエルの取り巻きも、ノエルの態度やら成績やらが目につき、果てにはヴィクトールとの仲や家庭内でも浮いた存在であるとの噂などから「連んでいてもなんのメリットもない」と判断し徐々に消えていった。


 誰が最初に言い出したのだろう。いつからかノエルは、見てくればかり美しく光魔法が少し使えるだけで他になんの取り柄もない「徒花令息」と嘲笑されるようになっていた。



 + + +



「ぐ、ぐぬぬ……! 何が徒花だよ。僕が徒花だと言うのなら、あんな人たちなんて所詮そこらに生えた雑草じゃないか。せめて薬草にでもなってから言ってくれよ! 人のことばっか変な呼び方して暇人なのか!? そんなこと考えてる時間があるならもっと自己研鑽とかに使えばいいのに! バーカバーカ!」


 ノエルは伯爵家の自室にて、枕に顔を埋めながら喚いた。学院は全寮制だが、今は春季休業にて帰省していたのである。

 カーテンの閉め切られた室内には、月光すらも入る余地はない。明かりといえば枕元にある間接照明くらいで、ノエルの部屋はどこか薄暗かった。部屋が暗いから気分も沈むのか、気分が沈んでいるから部屋を暗くしてしまうのか。自分のことながらそれはノエルにも定かではない。


 うつ伏せにベッドに寝転がりながらぽすぽすとシーツを殴る。そんなノエルの傍らには、一冊の辞書が転がっていた。最近になって耳にするようになった、おそらく自分のことを指しているらしい「徒花令息」という言葉を、休みの間の暇つぶしも兼ねて調べてみたのである。そして「徒花」という項目に目を通し、わざわざ調べたことを後悔した。


「何が実にならないだよ……誰が見た目だけだって? 光魔法が使えるじゃん……! 勉強とかはまあ……遅咲きなだけで、頑張っては、いるし……」


 ノエルはそのまま力なく枕に顔を埋めた。彼は一見すると気が強く高飛車に見えるものの、実際には繊細で言われたことに対し一々落ち込む小心者だった。皆に見せている外面は、むしろその姿を隠す仮面のようなものだったのである。ノエルは王子の婚約者として、何人たりとも自分の弱みや隙を見せてはいけないと己をキツく律していたのだ。

 しかし、そんな固い決意は空回りし、今ではノエルの印象は高慢ちきで鼻持ちならない令息である。


 努力しているところを人に見られるのは、みっともないからやめた。何か失言をしてしまわないように、余計な話をするのはやめた。人前で涙を流すのは、頼りないからやめた。へらへら笑っているのは、バカみたいだからやめた。一人でも立っていられるように、誰かに甘えるのはやめた。


 でも、ノエルは何をやってもうまくいかなかった。


「僕はヴィクトール様の婚約者だ……」


 それがノエルの口癖だ。


「だから、ヴィクトール様に、相応しい婚約者にならないと……」


 ノエル・ヴェルディエは、とにかく不器用な人間だった。



 + + +



 ヴィクトールとノエルの出会いはおよそ十一年前の夏にまで遡る。


 当時のノエルは自分が王子の婚約者になった自覚など何もなかった。ノエルからしたら、ただ両親に「これから会う方には失礼のないように」とか「親切にするように」などと繰り返し言われながらとんでもなく大きなお屋敷に連れて行かれ、それから同い年の男の子に会わせられただけだった。


 その男の子がヴィクトールだった。


 ヴィクトールは幼いながらに整った綺麗な顔をしていたが、その表情はどこか暗く陰鬱としていた。あまりノエルを歓迎している雰囲気ではなかった。

 しかし、ノエルはそんなヴィクトールを前にしてもニコニコと笑っていた。友だちができるチャンスだと思ったのだ。それから、ノエルはヴィクトールに息をつく間もないほどにたくさん話しかけた。大して返事はなかったものの、ノエルは気にせず話していた。


「――雪うさぎみたいでぼくはすきだよ」


 なんの話の流れだっただろう。今ではあまりよく覚えていないものの、ノエルはヴィクトールの容姿に対してそう言った。ヴィクトールは白い髪に赤い目をしていたから。


 雪うさぎはいつかの冬の日にノエルの母が教えてくれたものだった。ノエルはいつもうまく作れなかったけれど、母との大切な思い出の象徴でもある雪うさぎはかわいくて大好きだったのだ。


 ヴィクトールはノエルの言葉に最初はきょとんとしていたものの、少ししてから小さく微笑んだ。そして、それを境に不思議とヴィクトールはノエルに心を開くようになっていったのである。



 二人はそれから少しずつ仲を深めていった。少なくとも友人にはなれていたと思う。共に遊び、共に笑った。

 何か特別な出来事があったわけじゃない。ドラマチックなエピソードなんて特にない。きっかけはきっと些細なことだった。それでも、ノエルはヴィクトールのことを好きになっていった。ヴィクトールが楽しそうにしているとうれしいし、もしヴィクトールが悲しんでいるなら少しでも支えになりたいと思った。


 ノエルはヴィクトールのことを心から愛しているのだ。



 ――しかし、いつの間にか二人の距離は遠ざかっていった。



 + + +



 そして、ノエルはとある夢を見た。


 とても幸せな夢だった。だって、あのヴィクトールが笑っていたのだから! いつものノエルを窘めるようなどこか困った様子の笑顔ではない。笑っているのかいないのかわからない曖昧な笑みでもない。ふっと綻ぶような、思わずこぼれ落ちたような自然体の笑みだった。ノエルがもう何年も見ることができていない笑顔だ。


 しかし、その笑顔はノエルに向けられたものではない。


 見知らぬ少年。ノエルはその人を知らないはずなのに、知っている。濁流のように流れ込む断片的な映像。ヴィクトールと、その人。置いてけぼりにされる。悲しみ。羨望。嫉妬。恐怖。絶望。


 これはきっと天啓だ。誰かが教えてくれているのだ。


 ノエルはそれが誰なのかわかった。



 ――彼こそが本当にヴィクトールに相応しい存在なのだ!

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