84.AlterEgo ≒ Möbius 8
ペンニエルとの会話を終えた後、2人はいつの間にか村に帰って来ていた。
──カルスの家
「………ん?」
白い光が収まり目を開けると、そこはカルスの家だった。
玄関先に転移させられたようで、丁度目の前にはカルスが座っている。
「あれ、何でカルスさんの家に…?」
「私が聞きたいんだがね…それで、ペンニエル様との話は済んだのかな?」
「一応終わりました。けど、話の半分くらいは何を言ってるのかさっぱりで…ほとんどシルドの事だったしね」
「あ、ああ…」
(気持ち悪く…なってないな。最初のあれは何だったんだ…?)
「ペンニエル様が誰か個人を呼び出すなんて、私も生まれて初めて見たよ。何か重要な事ではあっても、理解できないというのが筋なのかもしれないね」
「それに、君は今日初めて村に来たばかりの人間だ。特別だと思う他は無い」
それから程なくして、2人は中央部を離れ、マーシャレの元へと戻っていた。
「ペンニエル様の話、私はあまりよく分からなかったけど、シルドの事ばかりだったわね」
「細かく言うなら、俺の体の中にある、もう一つの魂の話だったはずだ。俺もよく分かっていない」
「いいなー。外的要因に対する絶対的不死性とか、他にも何か色々と言ってたけど、要は簡単には死なないって事だものね!」
「作り話の不老不死ほど便利じゃ無いぞ」
「何で?」
「致死の痛みがあるからだ。心臓が潰れる感覚も、腹にナイフを刺された時の感覚もな」
エルはそれを想定していなかったのか、ハッと驚いた後に青ざめたような顔になった。
「当然だが、何度も経験したいような感覚じゃない。完全に意識を失うまでの苦痛は耐え難い」
「そりゃそうよね…というか、同意すらできないわよ。死んだこと無いんだし」
「それに、不死の能力は常識で考えるなら、何度も使えて良いはずがない。一度目はドゥーモンキー、二度目はツナジリヤにやられたわけだが、これに次があるのか──」
そう話していると、3人の子供達がシルドとエルの横を駆けていった。
グアルダイアンの件で関わった子とはまた別の子供だが、わんぱくな所は共通だった。
その子供特有の騒がしさに、シルドとエルはしばらく言葉を飲み込み、子供達を目で追った。
「…楽しそうだな。誰かの背中を追うだけで、あんなに幸せそうな顔ができるものなのか」
「シルドだって、小さい頃はあんな感じだったんじゃないの?私は言わずもがなだけど」
「もうあまり覚えていない。歳を重ねて色々なことを経験した所為か、段々と昔の記憶が薄れていってる気がする」
「それはー…もう一つの魂の影響だったりするのかな?けど、ペンニエル様は特に何も言ってなかったし…」
人気の少ない道を歩いていると、2人揃って空を眺めてしまう。
別に気になる何かがあるわけでもないが、この適度な静けさが心地よくて、思わず空を見上げてしまうのだ。
『エル。管理者から伝言』『管理者から伝言を預かってる』
空を見上げて歩いていると、急に森の声が聞こえてきた。
(えっ。何だろう…?)
「…今のは……??」
エルが心の中で応じると、何故かシルドも辺りを見回し始めた。
エルはシルドの反応に疑問を感じたが、そのまま心を落ち着けて森の声に耳を傾けた。
『管理者から用がある時は森の声を通すって』『ただしその機会は滅多に無いって』
「な、何なんだ……??」
シルドは明らかに挙動不審だった。
それに思わず、エルは集中を切らしてしまう。
「さっきからどうしたの?変な虫でも居た?」
「いや…幻聴が聞こえる。これも転移した影響なのか…?」
(え………)
もしやと思ったエルは、そのまま森の声との会話を続ける。
(前にシルドは森の声が聞こえているって言ってたけど、今も聞こえているの?)
『前よりも聞こえてるよ』『バレバレ~』
「????????」
森の声が話す時だけ、シルドは辺りを見回している。
(前より…?)
何故かは分からないが、本当に森の声が聞こえるようになっているらしい。
「悪いんだが、幻聴を治す魔法とかって使えたりしないか?」
「…多分それ、幻聴じゃないわ。誰かの声みたいなのが聞こえてるんでしょ?」
「何を言ってるのかは分からないんだが、誰かが喋っていることは分かる。エルにも聞こえているのか?」
「聞こえるわよ。それが私の言っている、森の声だもの」
しかし、疑問に思う所がある。
(森の声は普通、他者が話している内容は聞けないはずなんだけど…それに、何でいきなり聞こえるようになったんだろう?)
(完全に聞こえるわけじゃないみたいだし、そこも謎なんだけど……多分、エルフじゃないからかな?)
森の声を作ったエルフの先祖は、人間による行使を考えているはずがない。
(シルドにエルフの血が流れてる…わけはないわよね。もしそうなら魂に現れるはずだし)
前方ではしゃぐ3人の子供達を眺めながら疑問に耽っていると、その内の1人の女の子がシルドをチラチラと見ていることに気が付いた。
少しすると、その女の子は少しづつ近づいてきて、シルドの視界から隠れるようにエルの隣に付いた。
「ん?どうしたの?」
「…隣の男の人、人間だよね?」
「そうだけど、気になる?」
「…んーん」
しかし、その視線はシルドに向きっぱなしであり、姿勢を変えようともしない。
足を掴まれているエルは動けないので、同じくシルドも足が止まり、女の子の視線に気づいている。
「…何してるんだ?」
「!……」
シルドに気づかれた幼女は、顔の半分が隠れるほどエルの足部に身を隠した。
「シルドのことが気になるらしいんだけど、ちょっと照れ屋さんみたいね」
エルはそう言うと、幼女の前髪を弄った。
「困ったな。エルほど子供の扱いに長けているわけではないし…」
「まぁそうよね。年齢的には貴方もまだ子供だし…?」
すると、エルはある事に気が付いた。
そのまま屈むと、幼女の耳元で囁いた。
「ねぇ、あの人って何歳だと思う?」
「えっ?んー……おねえさんと同じくらい?」
「ふふっ…シルド!今何歳なんだっけ?」
「17だが…」
質問の意図が分かっていないシルドは、不思議そうな顔をしていた。
「え…?でも、おねえさんと同じくらいに見えるよ?」
「人間はエルフより体の成長が早いの。だから、貴女の方が年上なのよ?」
「!」
それを聞いた幼女は一気に表情が明るくなり、エルの足を掴んだままシルドの前に出てきた。
「おにいさん、私より年下なの…?」
「多分……君は幾つなんだ?」
「私、46歳になったの」
シルドは言葉を失った。
それと同時に、目の前の幼女に完全に主導権を握られてしまった。
それまでエルにくっ付いていた幼女は、空いていたシルドの手を握り、道の前へと引っ張った。
「私が道を案内してあげるわ!私の方がおねえさんなんだから!」
「…えぇ……」
シルドもエルも、その突発ぶりに呆れるような声が洩れた。
そのまま子供達に絡まれつつ、2人はマーシャレの家へと帰ってきた。
「おじゃましまーす!」
当然、絡まれ続けた3人の子供達も同伴である。
しかし、子供が元気よく声を掛けたというのに、家の中からは誰の返事も無かった。
エルを先頭に子供達が進み、子供達の後からシルドが足を進めていく。
「──流石に作り過ぎじゃない?シルドさんが居るからって言っても、この大鍋だと流石に…」
「や、やっぱりそうかしら。ちょっと張り切りすぎちゃったかも…」
「お母さん?…あれ、カメリール!?」
「おじゃましまーす!」
シルドが居間に辿りつく頃には、かなり混沌とした光景が広がっていた。
子供達はマーシャレの所へ一直線に飛んでいき、湯気が立っている鍋の中身を確認しているようだった。
「マーシャレおばさんのカボチャスープ!」
「おばさんが食堂に居た頃以来だ~!」
(食堂に勤めていたのか…?)
マーシャレの来歴を不思議に思っていると、エルと話している女性がこちらを見ていることに気が付いた。
シルドはその顔に見覚えがあった。
「し、シルドさん……!」
「あなたは…」
「私っ、カメリールって言います!あの、あの時に助けてもらった…!」
その女性は、かつてシルドが偶然にも助ける事になった、エルの従妹だった。
今更ではあるが、エルと似たような雰囲気を放っている。
「あの時は、お礼もせずにすみませんでした!村に戻る最中で、それまで姿を消していたこともあり、パニックになってしまって…!!」
「………」
慌ただしく謝罪とお礼を述べるカメリールを見て、シルドは心中にて思うことがあった。
(…誰かにありがとうと言われて、まだ喜べるんだな)
それは、かつて無下にしたものだった。
ベルニーラッジを出ると共に、あの場所に置いてきた全てのように感じられた。
「……怪我はありませんでしたか?」
「へっ!?」
(えっ。何その笑顔…)
シルドは安堵のあまり、少しの笑みと共にそう問いかけた。
ごく自然に零れ落ちたその笑顔に、カメリールは頬を紅潮させる。
「え、エルぅー…あの人、普段からあんな感じなの…??」
「いや、こんなに恰好良いことはしないはずなんだけど…」
そう言われたシルドは、咳払いと共に緩んでいた表情を戻した。
「子供達も来てくれたから、大鍋で作ったスープは無事消費できそうね!シルドくんも、遠慮しないで良いのよ?」
「ええ、いただきます」
そう答えたシルドだが、既におかわりして二杯目に入っていた。
おかわりしている所を見ると、スープはちゃんと美味しいようだった。
「シルドさんっ。グアルダイアンや精霊様と何かがあったって聞いたんですけど、大丈夫そうですか?」
「俺も聞いたよー!グアルダイアンと戦ったって聞いたけど、本当なの!?」
「戦った…というわけではないが、ちょっとした一悶着はあった。ペンニエル様からは話をされただけで、特に問題は無い」
隣に座るカメリールからは、声の調子から好意が感じ取れる。
「でも、凄く不思議なことよね。今日村に来たばかりの人間が、ペンニエル様と会うことになっちゃうなんて、それこそ凄く大事な何かがあったに違いないんでしょう?」
「もちろんあったわ。でも、ペンニエル様から個別に頂いた言葉は基本口外禁止だし、教えてあげることはできないんだけどね」
「気になる~」
大人子供7人のちょっとした食事会は、ワイワイとした雰囲気で進んでいく。
その中で、シルドはペンニエルの話について、少しだけ引っ掛かっていることがあった。
(夢の中で出会った、あの男の話だが…)
ペンニエルが言うには、そう遠くない内に彼の断片を掴む事が可能だとか。
しかし、このまま待っていても知れるような事ではない気がしていた。
(彼が近代の偉人として数えられていないのは把握済み。なら、次に見つかる可能性が高い手段は…)
しばらくして食事は終わり、シルドとエルは村を出る時が来た。
マーシャレの家を出る前に、皆と別れの挨拶を済ましておく。
「もう行っちゃうの?1日だけでもゆっくりしてけばいいのに…」
「シルドとは別に、もう1人一緒に行動してる人が居るから、そういうわけにもいかないのよ。あとは…」
エルは、シルドの方に振り返った。
「…やらなきゃいけない事があるしね」
そう答えたエルに対し、マーシャレはクスっと笑った。
「そう。なら、またひと段落したら戻って来てね?次はちゃんと料理を振舞ってあげるから」
料理という単語を聞いたエルは、顔色が変わった。
「…お母さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「んー?なに?」
エルは、それ以上を話すことができなかった。
これが、マーシャレと2人きりの状況だったら、話せていたのかもしれない。
「……ううん、やっぱやめとく。また聞くよ」
「変な子ねー?」
もう一方のシルドの方では、カメリールが話しかけていた。
「もう行っちゃうんですね…全然話せていないので、ちょっと複雑です」
「俺も同じ気持ちだ。君のことは、まだエルの従妹ということしか知れていない」
事実その通りではあるが、誤解が生まれそうな言い方である。
「じゃあ、次に会う時は外の世界のお話を聞かせてくださいね!手強かった相手とか!」
「ああ。約束しよう」
「………」
絶妙に微妙な顔をしたエルと共に、シルドは外へと出た。
「気を付けてね~!」
子供達の元気な声援を受け、2人は来た道を戻っていくのだった。
AlterEgo ≒ Möbius 終わり
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