83.AlterEgo ≒ Möbius 7
ペンニエルにより、シルドは自身の運命を少しだけ聞かされることになった。
「実体が無いというのは、あなた自身が魔法によって発現しているから、ということなのか…?」
『いいえ。私は魔法に因るものではなく、世界の意思に因って生み出されました。魔力が私の源であっても、発動者は魔法でも人間でもありません』
理解が追い付かない部分の話になったと感じたシルドは、口を閉ざしてしまった。
(魔力を通さないということは分かっていたけど、世界という概念への特攻性…何でそんなものが…?)
予想もしていなかった所への効果に、エルも思考を膨らませている。
『次に、外的要因に対する絶対的不死性。此れは、もう一つの魂が作用する事で発動しますが、人格の変化も其と同様』
『そして、其等三つは同じ動力源を持っており、今の貴方の魂と結びついています』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
永遠と話を続けてしまいそうなペンニエルに、エルが沈黙を破った。
「私がシルドの中にある2つ目の魂を認識した時、人間とよく似た魂の形をしていたと思うんです。そうすると、先ほどの3つ…特に、黒い炎と絶対的不死性における、人間との関連性が見えないのですが…」
それを聞いたペンニエルは、静かに頷いた。
『其こそが一番の問題で在り、三つの根源に繋がっています』
『極めて強い憎悪の念。そして、血と闘争への執着』
『行過ぎた憎悪は魂の造形を崩壊させ、血と闘争への執着は不死と人格の変化として現れた』
『其の魂を持っていた人間は、自身が人間で在った事すら魂に刻まず、人で在る証の理性を失くす程までに何かを憎んでいた』
『肉体と精神が消滅して尚、憎悪は消えず、止まず、月日の流れと共に火種を大きくしていた』
『軈て、自身と共鳴し得る者を見つけた其の魂は、内側に潜み乍ら今も憎悪を燃やしている』
元は人間の魂だったが、強い憎悪の念によって魂の形が崩壊し、理性が無ければ残っているのは野性と不思議な力だけ。
自我を失った人間は獣に還り、理性の代わりに野性を得る。
得ると言うより、元から持っていると言う方が正しいのかもしれない。
「その魂には、一体何があったのでしょうか…?」
『分かりません。管理者の権限を行使しても、造形の崩壊に因る損傷が酷く、其の者の因果を辿る事ができませんでした』
『唯一分かった事は、過去に存在した人間と言う事だけです』
「もしかして、前例も…」
『在りませんでした。抑、人間の自立自体が我らにとっては予想外の事。生命の魂は私の元に還り、記録される手筈ですが、理性も無い儘世を漂い、他者の肉体と結び付いた』
『其は行動です。私の元へ還る事を拒み、漂い、個体を選別し、結び付いた。此れは、意思が無ければできない事。憎悪の中に、隠された何かが在るのかもしれません』
「血と闘争……血には、覚えがある」
何だったら、便利だからと好き勝手に使っていた。
出処も分からずにだが、まさかもう1つの魂が関係しているとは思わなかった。
『血に精神を通わせる事で、其の場で起きた出来事を把握する。其に因り、思考限定では有れど、貴方は時間遡行と生命の観測が可能に成る』
『其処に至ってしまえば、私と同じ力を扱っているも同然です』
「そ…そこまで凄いのか……」
神と同じ力を持っているそうだが、実感は湧くわけがない。
『此れは比喩ですが、人類と言う存在だけでも頭が痛いと言うのに、貴方に限っては人一倍頭が痛くなります。管理者である私に理解できない因果、要素を持ち過ぎている』
『管理者に理解できないと言う事は、世界に対してどう作用するかも分からないと言う事。悪事を働く様には見えませんが、解析不可能の不安因子で在る事には変わりません』
釘を刺すような言葉に、エルが反応した。
「人格の変化は、どうにか制御することはできないんですか?」
『私に解析が不可能である以上、他生命に制御できる由は有りません。無理と言うべきでしょう』
「何が起きているのか、俺自身も把握しきれていない。正直なことを言うと、この力が使えて良い物なのかが不安だ」
「血の能力も、自分が自分ではなくなる力も、ここまで普通ではないと言われると、どう扱うべきなのかが分からなくなる」
そう言うシルドの顔には、不安が見て取れた。
『其の儘で結構です。其の力を持つ事で、貴方の運命が左右される事は有りません』
「………」
少し間を置き、もう一度シルドが口を開いた。
「あなたは運命が見えると仰いますが、どの程度まで見通せているのですか?」
『今の貴方が、此の儘辿る運命。過去から未来へ無数に存在する分岐点から、貴方が辿ったであろう別の運命迄を見る事ができます』
「…ということは、俺の母や、ベッシーが生きている運命も見れる…そういうことでしょうか?」
『はい』
結論は一言で帰ってきた。
もしもの世界については、ずっと考えていた。
そして、目の前に居る神は、そのもしもの世界を見れるという。
「もし良ければ、その運命のことを教えていただけますか」
『成りません。私が此処で貴方に話せる事は、私が管理者で在る事を証明する、或いは運命に因って話す必要が有る場合のみ』
『本来在るべき運命を変える可能性が有るものは、話す事ができません』
「…分かりました」
正直、引き下がりたくなかった。
だが、”引き下がりたくなかった”と思えた事、これはシルドの成長だった。
(今、目の前に居る者をどうにかできれば──)
自身の願いは叶う。それが幻想であろうとも。
しかし、シルドは我慢というものを覚えた。
夢は夢に過ぎないということを知った。
『死者は生き返らない。人でなくても、生命で在ると言うのなら、死からは免れません』
「…心を読んだのですね」
『貴方は今、其を本当の意味で理解しています。良い事です』
ペンニエルは表情を一切変えないものの、その言葉からはどこか暖かさが感じられた。
『最後に、シルド・ラ・ファングネル。貴方は此の世界に於ける、番人と呼ぶに相応しい存在です』
『貴方の生死に因って、世界の運命が決まります』
それを聞いたシルドとエルは、双方が共に驚いた。
「何故俺が…それに、世界の運命だなんて、規模が大きすぎるような──」
『番人とは言え、気にする必要は有りません。此れは所詮、世界が無作為に指定する事』
『貴方は貴方の生きたい様にすれば良い。番人で在る事など、ただの伝言と捉えても結構です』
ペンニエルは、シルドの前に歩み寄る。
『伝えるべき事は伝えました。貴方達を村に送り返します』
そして、この場所に連れてきた時と同じように、手を差し出した。
困惑が残る中、2人はペンニエルの手に触れる。
『シャーレティー、シルドを頼みましたよ。迷える子羊として、もう少しだけ面倒を見てあげてください』
その言葉に、シルドとエルは再び困惑した。
「?は、はい。もちろんです」
エルが答えると、シルドとエルの周りが白い光で包まれた。
そして、一瞬だけ白い光が強まると、シルドとエルの姿は既にそこにはなかった。
『………』
その場に残ったペンニエルは、無情のまま空を見上げた。
雲と青空が均一に広がった、良い天気だった。
『解析不可能な能力を持つ個体が、現時点だけで三つ存在するとは、此れが世も末と言うものなのでしょうか』
『別世界からの来訪者、神に近付きつつ在る魔王、そして──』
『私と同じく、遥か彼方より辿り着いた者』
『特に、此度の魔王と人類に因る戦争は、此れ迄とは比べ物に成らない程激化する事でしょう』
『其こそ、解析不可能な能力を持つ個体同士が衝突するのですから』
『………』
ペンニエルは椅子に腰掛けた。
『此れも、数奇な運命──いいえ、此れこそが因果なのかもしれません』
『世界の全てを知る管理者として、初めての推測と成るものが、世界を変え兼ねない事だとは』
『──結構な事です。其でこそ、予想外の存在に相応しい』
『願わくば、私は人類の勝利で終わる事を望みますが』
人類を忌むべき存在と認識しているのに、何故か庇護の対象から外そうとは思えない。
魔物は魔王を始めとして、驚異的な速度で成長と進化を繰り返し、この世界の全生命を支配しようとしている。
『現在の魔王に就いては、最早我ら管理者を乗り越えんとしている』
『シルド・ラ・ファングネルが此の世界に存在しなければ、我らが直接芽を摘まなければならない程、あの魔王は世界にとっての脅威』
その話で、不思議な事がある。
シルドが存在する世界において、そのほとんどでは魔王と接触することになっている。
そして、そのほとんどの中で、シルドは魔王を打ち倒す運命にある。
その結末が幸福なものか、不幸なものであるのかは別だが。
『シルド・ラ・ファングネルと魔王には、何らかの形で因果が有るに違いない』
それまでの分岐点をどれだけ滅茶苦茶に選んだとしても、シルドと魔王には必ずと言って良いほど接点が発生する。
無限に近しい形で広がる可能性の世界において、ここまで同じ現象が起きることは、有り得ないと言って良いはずだった。
シルドという存在が現れるまでは。
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