黒曜教の目的
家人に連れられてライセル城へと入れる被害者は、幸運だといえた。
黒曜教の教団へと踏み込んでも、移動の後でもぬけの殻だったりするようだ。
それに運悪く教祖と鉢合わせると、そのまま魔法で信者としての祈りに加えられてしまう。信者は女も男も関係なく暗黒神へと祈りを捧げ、美しいレュネライを切望する状態だ。
「黒曜教の全容は、全く分かってきませんね」
ルードランと一緒に法師の部屋へと赴き、呪いの品に魔法をかける日課をこなしながらマティマナは呟いた。
「教祖の目撃情報がないからね。遭遇すると皆、魔法で信徒にされてしまう」
魔法を掛けられ信者にされてからの記憶は、魔法が解けると消えてしまうようだ。皆の証言を少しずつ繋ぎあわせても、大した情報にはならなかった。
わかったことも若干はある。与えられる褒美である【堕天】の魔法は、一度味わえば虜となり必死になってなんでもする。どんどん祈りを貢ぎ、信者に加えるべく出かけ、無作為に授与されている魔法を掛けて仲間を増やす。
自動的に信者が増えるので、教祖は時々黒い石を回収するだけで基本放置だ。拠点はたくさんあり、どれが大元なのか未だ分からない。
「皆、魔気が枯渇寸前でした」
法師は、城へと連れられてくる黒曜教の被害者たちを離れたところで見ていたようだ。
「え? そうでしたの? 帰してしまって大丈夫だったでしょうか?」
マティマナは自分も含め、他の者の魔気量も知ることができない。万能魔法のように言われているが案外一般的な魔法が使えなかったりする。
魔気が枯渇寸前だったと聞き、シェルモギに囚われたときのことが想起され恐怖を感じてしまった。
「ええ。ただライセル城に入ったことで回復し始めていましたから、後は徐々に戻るでしょう」
法師はマティマナの不安を和らげるように告げてくれる。
「祈りを捧げて、魔気を使用していたということかな?」
ルードランは目的がわからず、不思議そうに訊く。
「捧げた、というよりも、恐らく、祀られていた黒い石が魔気を吸い取っているのでしょう」
状況を見ていた法師は、祀っている黒い石で魔気を回収するのが目的と睨んでいるようだ。
「仲間を増やしているのは、魔気を集めるためだったのかしら?」
「そうなりますね。死への誘惑が、邪教である黒曜教にとっては目眩ましに手っ取り早かったのでしょう」
「魔気の枯渇で死に到れば、墓荒しで死体を回収する必要もないね」
ルードランは、やはり墓荒しと黒曜教は根が同じだと考えている。
「その線が濃厚になってきました」
法師も、ルードランの見解に賛同する形だ。
「そんなに大量に魔気を集めて、どうするのでしょうか?」
訊くマティマナの声は少し震えている。
応えは聞きたくないような気がしていた。
「シェルモギが関わっているのかもしれない。あの最期の状態だと生きていたとして、復活するには膨大な魔気が必要だろうからね」
総力戦の魔法を一身に受け、シェルモギは木っ端微塵になっている。マティマナが見た蟲が錯覚ではなくシェルモギの変容した姿であり、なんらかの方法で脱出できたのであれば早急に復活したいところだろう。
「魔気を集めさせているなんて……シェルモギに仲間がいる、ということですよね?」
異界から来たばかりで、しかも身体も死霊使いの力も失ったような状態で、既に協力者がいるというのが怖い。
「邪教と死霊使いは、惹きつけ合うところがあるのかもしれないね」
「シェルモギの完全復活を阻止するには、黒曜教の魔気回収を止める必要があります」
「膨大な魔気が必要になるほど、痛手は受けたのだろう。とはいえ早めに手を打つほうが良さそうだ」
誘惑して勧誘する黒曜教の教祖を、遠目に目撃したという者が駆け込んできた。
法師の転移で、マティマナとルードランも話を聞く。
「魔法の力は、遠くてもわかるほどに邪悪でした。今も寒気が止まりません。ですが、教祖は美しい。儚げな美少女のように見えました。レュネライ・ユドと名乗り、灰色の髪が長く棚引き、金の瞳が光って……魔法は、蒼白い光の蝶が闇に舞って飛び交って、蝶に取り憑かれたように、皆、教祖の後をついて歩き、消えました」
目撃者の女性は寒気に震え続けながら、訴えの内容をマティマナたちへも繰り返してくれた。
「邪の魔法から余波を受けたようですね」
法師が深刻そうに呟く。
「魔法、掛けてみます」
寒がっているし、温泉みたいと言われた雑用魔法が良いかもしれない。たしか、しみ抜きだった。どの雑用魔法が効くのか確認するために、マティマナは敢えて魔法を混ぜず、しみ抜きだけを浴びせ掛けてみた。
「ああ、温かくて気持ち良いです」
ホッとしたような表情になる。
「寒気が消えると良いのですけど」
マティマナは三回ほど同じ魔法を掛けた。
「あ、何か抜けだしましたね。影みたいなものが」
法師が呟き、女性は安堵した表情だ。
「すっかり、寒気が消えました。とても怖かった。あ、でも、もう大丈夫みたいです」
嫌な感じが消えた女性を、騎士が門まで送って行く。
「しみ抜きに使う雑用魔法で、黒曜教の魔法が除去できたみたいです」
「確か、呪いの除去にも効いていたね」
呪いの品や、棘にも反応していた。
「絶世の美女と言われたり、儚げな美少女と言われたり。教祖は同一人物なのでしょうか?」
離れて見ていた者にも邪の影響を与えてしまうのは、怖い魔法だとマティマナは感じた。
間違いなく邪悪な魔法なのに、途轍もなく美しく見えるということにも、怯える感覚がある。
「目撃者のほとんどが、邪の魔法で狂わされているから言葉は余りあてにならないだろうけど。たぶん、同一人物なのではないかな?」
確かに、こんな邪悪な魔法を使う者が複数いたら、厄介すぎる。
軽い症状の者は、ライセル城の敷地に入れば浄化され、【堕天】の魔法を掛けられていても、マティマナの魔法で除去はできる。今のところは。
「警邏の者や、黒曜教に関わる騎士たち、都外れの自警団には、念のため聖なる力の付与が良いかと」
法師は、念のため、と、言葉を足した。
「騎士たちは、城での戦いの際に聖なる付与が成されている。自警団には早急に配ることにしようか」
ルードランは、法師に同意して即座に対処してくれるようだ。
「対策になるような品が、造れると良いのですが」
どんな品を造れば効果的なのかしら?
死霊に対するものとは、少し違った要素が必要な気がする。
黒曜教の力を削ぎ、都の者たちを護れるよう、マティマナは力を尽くしたいと思っていた。






