納品と戦況報告
捨て台詞で脅してはいたが、ベルドベル王シェルモギは、即座に人間界に攻め入っては来なかった。
偵察的な死霊が螺旋階段を渡ってくることもない。シェルモギからの意思表示がないのは、かえって不気味だった。
「かなり造れたと思うのだけど、どうでしょう?」
マティマナは、夢中で大量に納品する品を造っている。聖霊石と聖灰石を触媒にすると一気に大量に造れるし、聖霊球と聖灰球も慣れれば簡単だった。なので個数を揃えるのは、マティマナ的にはわりと楽。どちらかというと納品のために、個数管理する使用人のほうが大変だろう。
本来、個数管理など、マティマナにとっては得意な分野なのだが、自分の品を扱うとなると、別の魔法効果が働いてしまう。自分の造った品に関しては整頓などが全くできず、もどかしい。
「聖霊球と聖灰球は、もうすぐ指定量です。聖霊石と聖灰石は数え終わってません」
「ありがとう。個数が多い分には問題ないわよね?」
数量を管理する使用人の言葉にマティマナは応えると、更に追加を収納箱のなかへと造り入れる。
数合わせは使用人に任せるようにルードランに指示されたので、安心して造り続けられた。
最初から個数を合わせて収納箱に入れられれば簡単なのだが、それは上手くいかない。数を合わせようと画策するときにも、別のものができてしまう。
納品箱は別途多数用意した。必要数を入れて箱を数える形で使用人たちに納品準備してもらっている。
「箒が意外に便利らしいよ。地面の死霊蟲に効果覿面なようだ」
グウィク公爵からの連絡を、ルードランが教えてくれた。
「箒は、公爵さまの城に届けられたのですね。……って、公爵さまの城、攻められているのですか?」
国境はどうなっているのだろう?
マティマナは気掛かりが増し、少し寒気を感じる。
「公爵城には定期的に、一定量が攻めてくるらしいね。死霊蟲が多いようだけれど、一部、人型というか、骨戦士のようなものが混じるらしい。王家に納品したマティマナの品が一部、公爵城に譲られている。お陰で勝利を続けているとのことだよ」
シェルモギは、即座には人間界に攻めて来ないが、公爵の城は何度も攻められている。マティマナの聖なる力を付与した武器や防具で、楽勝しているらしくホッとした。
第二王子からの依頼品は、そろそろ納品完了するはずだ。
「何故、すぐに攻めてこないのかしら?」
来てほしくはないが、あれだけ息巻いていたのに不思議だ。
「死霊たちを強化してるのではないかな? 聖なる力に対抗できないまま攻めても無駄だろうからね。何か対策を見つけるまでは来ないだろうが……。何か手段が見つかれば、即座に来ると思うよ」
ルードランは、全く楽観していない。シェルモギがマティマナの魔法への対策をしていると確信しているようだ。
「異界通路から攻めてくるとして、狭いから一気には来られないですよね?」
「そうだね。それに、通路から攻めようとすれば、横からというか、背後から公爵の兵に討たれる」
「それで、公爵さまの城を先に攻めているのですか?」
「う~ん、それにしては攻めている死霊が少なすぎる」
ルードランは思案気だ。
公爵から定期的に入る報告では、国境は破られていないし、公爵城も無事だ。
どこから入ってくるのか分からないのが不安なようだが、攻めてくるのは毎回少数らしい。
やはり、聖なる力への対策を考えている、ということなのだろう。
「聖なる付与が、シェルモギの対策で効かなくなったら、どうすれば良いんでしょう?」
「一応、聖なる力の付与がなくても、死霊系を倒してきてはいるからね。付与があれば楽に倒せるというだけで。聖なる力が効きにくくなっても倒せなくなるわけではないと思うよ」
ただ楽観はできないし、こちらも対策は必要だろうね、と、ルードランは言葉を足した。
「色々と造れてしまう品が、少しでもお役に立てると良いのですけど」
「第二王子が何を考えているか分からないが、注文されたマティマナの品は、ほとんどが王家に運ばれている。最前線だというのに、公爵のための品ではなさそうだね」
「公爵は、公爵家として聖なる品を購入できてますか?」
「使者は頻繁に来ているが、王子に先を越されたような状況だ。魔法の布は、市場から買い取ったりした様子だけれど」
「勝手に送り付けるわけにもいかないですよね?」
公爵家が攻められて敗戦すれば、異界通路はシェルモギに占拠されてしまう。
「万が一のために、ライセル城の者には、聖なる力の付与を行き渡らせるのが良いだろうね」
「花から出来上がった装飾品類を配りますか?」
「いや、騎士たちには聖霊石と聖灰石を配って、侍女たちには刺繍の布、使用人には聖霊球を持たせよう」
マティマナの言葉を聞き、ルードランは即決している。確かに花からの装飾品は立派すぎるし、同じ物がほとんどないから取り合いになりそうだ。
一律の品が良いに違い無い。
「外套を増やしましょうか?」
「それは良いかもしれないね。防御は良いと思う。ただ、外套は魔法の力が多く必要だろうから無理はしないで」
「わかりました!」
ルードランに釘を刺されながらも、マティマナはセッセと外套を増やした。刺繍の布と聖霊球、聖霊石と聖灰石が皆に行き渡るように、造り足しながら、息抜きに花へと魔法を掛ける。異界の花ばかりでなく、ライセル城に咲いている花も活けられているので、それにも魔法を掛けてみていた。
ライリラウンが、一点物も全て鑑定して紙をつけてくれている。
今の所、一点物は、別室での保管だ。
数日後。
『何か企んでいるようです。攻めてくる死霊が日に日に強くなっています』
公爵からの連絡が、緊迫したものに変わった。
聖なる品への対策ができてきたのか、公爵の所持する聖なる力の効力が薄れたのか、その辺りは分からない。
直ぐに、次の報告が飛んでくる。緊急連絡だ。
『公爵城が包囲されました! 異界通路を護れません! ライセル城側の通路を塞いでください』
たとえ通路を塞いでも、転移を応用した書簡で公爵家との連絡は可能だ。
ただ、包囲されたようだが、国境がどうなったのか状況把握はできていないようだ。連絡がとれても、状況把握には繋がらない。
「通路、どうやって塞げばいいの?」
マティマナは悲鳴めいて訊く。
「聖女マティ、わたしに魔法を振り掛けて。タップリお願い!」
にっこり笑みを浮かべてキーラが囀る。
「何する気なの?」
「偵察よ! 鳳永境に行ってくる!」
「そんな、危ないです!」
「ふふふん、小さいから平気よ! 戻ってくるまでに、通路を塞ぐ準備しておいて!」
マティマナは杖を使用し、小さなキーラへと集中的に聖なる魔法を振りかけた。きらきらと、光に包まれたキーラは、小鳥の姿になると宙を爆走して行く。
キーラなら、速効で偵察して帰ってくるだろう。
「マティマナ様の魔法の布を大きくして通路に掛け、糊付けか、紐で縛るか、といったところでしょうか」
法師の提案にマティマナは頷いた。
通路を塞ぐ、といっても、確かに、そのくらいしかできなさそうだ。
ふたつの鉱石を籠にいれ、異界棟に行く準備をした。






