富豪貴族たちの企み
呪いの品を仕掛けている侍女が判明し、ルードランは家令に、その侍女の行動を調べさせることにしたようだ。
ライセル家は、ルードランへと家督を譲るべく準備が進んでいる。家令は主にルードランの指示を受ける形に移行しつつあった。
マティマナが魔法の効果の消えつつある広間に魔法を撒き直していると、ルードランが近づいてくる。
「侍女に接触していたのはイハナ家令嬢ケイチェル、君の元婚約者ザクレス・ジェルキの新しい婚約者だった」
家令からの報告を受けた後、ルードランは直ぐにマティマナへと内容を伝えに来てくれたようだ。
「え? どういうことです?」
だが、内容の意外さに混乱してしまった。
ザクレスさまが呪いに関わってるってこと?
「ジェルキ家には、ライセル家として極秘で調査を入れているんだけど手間取っていてね。それというのも、悪事は税率の引き上げだけではなかった。それも、富豪貴族が三家ほど絡んでいるようなんだ」
賄賂や、不正は日常茶飯事のようだよ、と、言葉が足された。
「まさか、呪いにも関わっているのですか?」
マティマナは婚約破棄されていて良かったと心から思う。
ザクレスに対する思いは微妙だ。元より愛情など感じてなどいなかった。親同士が決めた婚約だ。ログス家としては、上流貴族への足掛かりに、と、考えていたろう。マティマナは政略結婚だと諦めてはいたが、気持ちは常に晴れなかった。
「ザクレス君がどうかは分からないけれど、ザクレス君の婚約者は呪いの影響を受けているか片棒担いでいるだろうね」
ルードランと出逢った夜会のとき、ザクレスの近くで超絶に不機嫌そうな表情をしていた美人な令嬢の顔が思い起こされる。イハナ家であれば、ジェルキ家よりも羽振りの良い富豪貴族だ。
ザクレスの新たな婚約者ケイチェルは、少なくとも、呪いの品をライセル家に持ち込む役割をしていた。
「心配?」
ルードランは少し微妙な声と表情とで訊いてくる。
「いえ。ザクレスさまとは、ほとんど会話もしたことないんです」
ルードランがちょっとヤキモチを焼いているような気配なので、マティマナは両手をわやわやさせながら慌てて呟く。
夜会に連れられて来ても、ザクレスはマティマナなど放置で仲間と戯れあっていた。親の決めた婚約者だから、仕方なくマティマナを連れ回してはいたが扱いは酷かった。
「そうなの? でも婚約者だったのだよね?」
「そうです。でも、夜会に連れては来るけど、放置ですよ? 他の貴族の方々と飲み回ってました」
置き去りにされてたし踊ったこともないです、と、マティマナは小さく言葉を足した。
名ばかりの婚約者だった。ザクレスも親の決めた婚約に納得していなかったのだろう。
「不思議だね。マティマナはこんなに魅力的なのに」
ルードランはマティマナの手を取り、踊りに誘うような仕草だ。夜会会場だった広間に、ふたりっきり。広場の端から踊る場へと誘導されていた。夜会のときとは違い、楽団もいない。広すぎるしガランと静まりかえっている。
音楽が奏でられてでもいるように、ルードランの動きに合わせて自然に踊り始めていた。
最近では、ディアートから踊りも習っている。ルードランの導きが巧みなのだが、ちゃんと踊れている。
「それは、僕としては嬉しいよ。じゃあ、ザクレス君に処分が下っても平気かな?」
マティマナの腰を抱くようにして踊りながら、ルードランの声が弾んでいる。
「あ、冷たいようですが。どうかご存分に願えれば。わたしは彼の領地の者たちが救われることを望みます」
実際には、ザクレスの父であるジェルキ当主の統治だから、彼の領地というのも微妙なのだが。ただ親子して同罪だとは思っている。ザクレスは領民を奴隷かなにかだと勘違いしているようだった。
「踊り、上手だね」
一頻り踊り、互いに丁寧な礼をして一曲分が終わった後、マティマナの片手を取り、手を繋ぎながらルードランは囁いた。
「本当? 良かった。ディアートさまのお陰です」
ちゃんと踊れているか冷や冷やだったから、心から安堵したように声はこぼれた。
「とても良いよ。次の夜会では、ぜひ一緒に踊ろう! マティマナを見せびらかしたいよ!」
揃いの耳飾りも、マティマナの魔法も自慢したい、と、耳元近くで囁かれた。
「あっ、魔法はダメですよ、雑用魔法だなんて大っぴらにできません」
マティマナは首をふるふる横に振って慌てて止める。しかし、ルードランは愉しそうに青い眼を煌めかせた。
「なぜ? マティマナの魔法はライセル家由来の魔法なんだよ? 綺麗で、とても素晴らしいよ?」
真っ直ぐに瞳を覗き込まれ、青い眼の煌めきにどきどきと鼓動が高まってしまう。
そう、確かにライセル家からいただいた飾りがもたらす魔法だった。
「とても便利で、わたし、ものすごく気にいってます」
でも、世間的な評価は微妙なことになりそうだ。
使える魔法を列挙したとき家人は呆れた声を上げた。
『下働きの雑用ばかり! そんな魔法は隠しなさい!』
そんな魔法は使えないほうがマシ、という扱いだった。
だが、マティマナにとっては、ずっとお気に入りの魔法だ。部屋は片づくから侍女に入られなくて済むし。
窓帷の塵を除去し、書棚も簡単に整理できる。片づけ、ゴミ捨て、探し物、繕い、修繕。雑巾掛け。ちょっとした身だしなみ。食器や掛け布の角度。微細な調整も楽々だ。
今も、探し物の魔法が随分と役に立ってくれている。
「マティマナを最初に見たとき、魔法でキラキラしていて思わず見蕩れてしまっていたんだよ?」
出逢いの日、マティマナは会場に入れず庭園を歩きながら、雑用魔法で掃除と片づけをしていた。
ルードランは、ずっとマティマナの魔法が視えていたようだ。
「魔法使いまくってたから、不審だったでしょうに」
焦燥感に駆られ真っ赤になりながら訊く。ライセル家の敷地内で、ずっと魔法を使い続けていた。ルードランにだけは視えるようだったし、かなり怪しかったと思う。
「いや? 最初から不思議と何をしている魔法なのか分かったんだ。片づけしてくれてるって」
「あら。誰にも使うところバレたことないんですよ?」
「そうだろうね。夜会のときも、僕以外、誰も気づいてなかった」
夜会の間も、ついつい魔法を使ってしまっていた。そのたびにルードランには魔法で何をしていたか、バレバレだったのだろう。
「恐縮です」
「いや。今にして思えばだけど。ライセル家由来の魔法だから、僕には視えてたんだね」
ルードランはとても嬉しそうだ。
マティマナの両手をとり、また見つめてくる。
頬が火照って顔が赤い……。
「婚儀が待ち遠しいなぁ。マティマナが、ずっとライセル家にいてくれて、とても嬉しいよ」
呪い騒ぎは困りものだけど。と、言葉が足された。
本当に。
早く首謀者が見つかると良い。
ルードランに手を繋がれたまま、マティマナは探し物の魔法を広場に敷き詰めた。






