彷徨く死霊の出現
ライセル家は神聖な存在なのだが、聖なるというよりも光の属性だという。光の持つ神聖さによって城や都を護っている。その都で邪教を布教し、レュネライは死の司祭を完全復活させるために奮闘していた。
遁走した後、どこに行ったのか。根城はいくつもあるようだから、探すのは困難だ。
「死霊が都に現れたらしい」
マティマナの工房に入ってきたルードランは、深刻そうな表情で告げた。
「えっ、どの辺りでしょう?」
死霊ということは、レュネライではなくシェルモギが活動をはじめたということだろう。
「都のあちこちで目撃情報がでているみたいだね」
「ああ、何か被害がでてますでしょうか」
「何かを探して彷徨っている感じらしい。一定時間で転移するのか消えるようだ」
今のところ、何か害を成すわけではないようだが、都を死霊が徘徊するなど物騒すぎる。
「死霊が出没するのだと聞いた」
工房へと入ってきたバザックスが、ルードランへと訊いている。
「そうなんだ。騎士たちが目撃情報を受けて駆けつける頃には消えているらしくてね」
ルードランの応えに、バザックスは少し思案気な表情を浮かべた。
「見つけたら、攻撃しても良いだろうか」
バザックスは勝算のありそうな表情で訊いている。
「空鏡の魔石で見つけられるのかい? かなり神出鬼没だよ?」
ルードランは驚いた表情だが、期待感に満ちた表情になっている。
「空鏡で視られる範囲は、どんどん拡がっている。今はライセル家の影響範囲内なら可能だろう」
ルルジェの都に含まれる部分ならば視られるというのは凄い。バザックスは空鏡の魔石で死霊と戦った経験があるし、魔石が学習しているだろうから死霊を捜すことは簡単に違いない。
「領民に怪我がなければ、構わないよ。ぜひ、宜しく頼む」
「ありがとう、兄上。では、見つけ次第、倒して行こう」
「死霊から情報は得られないだろうから、端から倒して良いと思うよ」
何か探して彷徨いているのだろうから、目的を達成する前に消滅させるに限る。バザックスの魔石は、聖なる属性が付与されている。弾が当たれば死霊は消えるだろう。
ライセル城に居ながらにして都中の警邏が可能なのは心強い。
バザックスは、順調に死霊を倒しているようだ。だが、死霊は消滅はせずに骨や死体として残ってしまう。騎士たちや自警団が見つけて回収し、グノーフ教の火葬場へと運んで供養している。
都に出没する死霊の数は、どんどん増えているらしい。
マティマナはルードランと共に、魔法をまく日課で法師の部屋へと訪れた。
「新しい根城を探しているのかしら?」
都に死霊が増えている話になり、マティマナは首を傾げて訊く。
教祖レュネライは若返り、元の面影は消えた美少女になっている。だが以前と力は変わらないようだ。根城候補の廃屋や廃墟はたくさんあるようだが、もっと堅牢な場所が必要だと実感しているのだろう。
「死霊の数が多いね。墓荒らしの数と合わない気がするよ」
ぞくぞくと入ってくる死霊の報告を、法師からも聞きながらルードランが呟く。
「頻繁に転移させているから……というだけでは、なさそうですね」
報告の途中で法師は呟き、頷いた。
「転移で別の場所で再報告もあるだろうけれど。あちこちから、色々な形の死霊が報告されているよ」
ルードランは悩ましげな表情だ。
「教祖が今まで生贄に捧げた死体を取り出して、死霊に変えたとかでしょうか?」
マティマナは、法師とルードランへと問いを向ける。
レュネライがルルジェに来たのは最近かも知れないが、邪教活動は長そうだ。捧げた生贄は相当数にのぼるだろう。生贄を、どこに捧げ、その後、どのように扱っていたかは謎だ。だが、レュネライらしきが墓荒らしをしていたとき、死体や骨を楽に運んでいた節はある。何らかの保存空間を所持しているに違いない。
「それは、あり得るね」
報告では、蟲や骸獣の種類も多いらしい。生々しい死体が動いていたりもするようだ。
「それにしても、死霊の種類が多過ぎです。消滅してくれないのが厄介ですね」
法師も戸惑いを隠せない表情だ。
シェルモギが異界から連れてきた死霊は、ライセル城ですべて消滅した。だから、現在、彷徨いている死霊は、こちらの世界に来てから調達した死体や骨だ。
「こんなに死霊を放ったら、シェルモギ、消耗してしまうのでは?」
マティマナは首を傾げながら訊いた。
シェルモギは、まだ完全復活できていないはずだ。少年の姿でも、充分に忌まわしい力の所持は感じられた。だが、ライセル城へと攻め入ってきたときに比べれば、格段に弱いだろう。
「いいえ。多分ですが、死体なり骨なりを、死霊として甦らせることで逆に魔気を得ているのでしょう」
骨系の他に、腐肉が外套を纏ったような死霊もいる。ぼとぼとと落とす屍肉を喰らった蛆蟲は、毒を放つから要注意だ。そういえば、池に映った映像から、その毒がシェルモギの甦りを助けているらしきが伝わってきていた。
「死体から、得られる魔気があるのかい?」
「ええ。腐敗させる魔気的なものや、集る蟲たち。それらが相対的に死霊使い……いえ、死の司祭として甦っているシェルモギに力を与えると考えられます」
進軍しているわけではないが、死霊の出没する位置は徐々に一定方向に集まっているように感じられた。
「呪いは……シェルモギの力になってしまうかしら?」
ちょっと嫌な予感を感じ、マティマナは訊いた。死霊たちは、なんとなくイハナ城方向へと進んでいるような気がするのだ。イハナ城の浄化は遅れている。封印してあるから誰も入れないと、たかを括っていたところはある。
「そうだね。呪いと相性は良さそうに思うよ」
ルードランの言葉に、マティマナは蒼白だ。
「イハナ城……浄化が遅れていて拙いです。あそこに入られたら……」
そうでなくとも取り囲む城壁こそ低いが、イハナ城は城自体が大きく堅固な要塞めく。対処できなくなってしまう。
「封印はしていますが、残存する呪いが強すぎます。呪いを好む存在ならば、呪いに惹かれ、転移で呪いを目指して城内へ入れるかもしれません」
法師もだいぶ蒼白になりながら呟いた。
「残された呪いが、死霊を招いているような気がします」
マティマナは、寒気を感じながら呟いた。
異界から来た死霊と、ユグナルガで調達された死体や骨を使った死霊は別物だ。
異界の死霊は蟲に至るまで、聖なる魔法を浴びると跡形もなく消滅した。魔気の成分が多い組成だったのだろう。
だが、こちらで死霊にされたものは、死骸が、骨が、残る。バザックスの聖なる弾で倒せても骨なりが残るから、幾ら倒してもシェルモギ側に回収されれば何度でも再生されてしまうだろう。






