噴水の映す風景
貝殻草の指輪からの攻撃は聖なる力なので、人間とか生き物とかには効かない。ただ、その者が呪いや邪を受けていた場合には攻撃で弾けるかもしれない。指輪を嵌めさせることで、正気に返すこともできる可能性もあるそうだ。
貝殻草の指輪は、販売にログス侯爵家も協力してくれている。元より、娘である聖女マティマナの造る聖なる品。更に雑貨屋ナギは、ログス領内だ。リジャンの説得も功を奏したようだった。
「良かった。思ったより順調に指輪が行き渡りそうね」
マティマナは大きな籠に山盛りの貝殻草を、聖なる指輪へと魔法で変えながら呟く。
「本当に、宜しいんでしょうか?」
メリッサは、無料で卸されていることに戸惑いを隠せないままだ。
マティマナは笑みを向け、もちろんよ、と囁いた。
ログス侯爵家へと他の領地の者も協力を申し出ている。実家は人脈も拡がったようだ。
ナギから買い取る形で、ログス家は買値と同じ額で卸し仲介していた。緊急時なので儲けは考えていない。確かに人脈のほうが大事だろう。
売値は安いので、あっという間に拡散し大量の花が届く。マティマナは大忙しで、嬉しい悲鳴だ。
「どんどん造らなくちゃね!」
マティマナは、ふんわりと布を敷いた納品箱を雑用魔法でたくさん造り、そこに指輪を並べて造り入れて行く。
自分で造った品の整頓はできないが、造った瞬間に置く場所は何とか指定できる。
メリッサが所定の位置に運んで箱を積み上げ、ナギ雑貨店への納品には法師が転移させて送り込んでくれていた。
貝殻草は、他の都からも取り寄せしてくれているようだ。貝殻草は高く買い取っても、金額はたかが知れている。聖なる指輪を売ることで充分儲けられるようだ。
皆が身につけてくれることで、マティマナの安心感は増していた。
ルードランの魔法は、マティマナが一緒にいることで発動するものが多い。
今までルードランは、あまり魔法を使わなかったようだ。ライセル城には魔法の品が豊富にあるから、魔法を全く使ってこなかったわけではないと思う。
「ルーさま、ほかの魔法を試したりは、なさらないのですか?」
宝物庫に色々ありますよね? と、囁き足しながら訊いた。
「僕は、マティマナと一緒にいるときに使える魔法が気に入っているよ」
息抜きに散歩に誘われ、中庭を歩きながらの会話だ。手を繋いで歩いているから、ときどきルードランの心の言葉が洩れ聞こえてくる。
自らの独自の魔法はかなり嬉しいけれど、マティマナと一緒に使う魔法は、もっと嬉しい……。
マティマナ、好きだよ……。好きすぎて、愛があふれて、甘やかしたくて仕方ないんだ。
だけど、耽溺して溺愛しすぎで引かれるのが、ちょっと怖いよ……。
(……!)
感情の渦巻くような声にマティマナは、真っ赤になって思わずルードランを見上げる。
「あ、聞こえてたかな?」
ルードランは、聞こえても一向に構わない様子で笑みを向けてきた。今すぐにも抱きしめたいけれど、と、思いが伝わってくる。さすがに、中庭では留めているようだ。
(嬉しいです。……引いたりしないです。幸せすぎて、ちょっと怖いですけど)
真っ赤になったまま繋いだ手に淡く力を込めながら、心に囁き返した。
中庭の噴水には通りかかるたび、お布施のように魔法を撒いている。
ルードランと一緒に歩いているときも、無意識で撒いて清めていた。きらきらと水飛沫と一緒になって水面が煌めく光景は、とても美しくお気に入りだ。
自然、ふたりの足は噴水へと近づいて行く。ふたりにとって大切な場所だった。
「おや? 何か映りそうだね」
ルードランが気づいて池を覗き込む。
「あら、本当。以前もこんな感じでした!」
やがて噴水の水がなみなみと湛えられる池は、揺れを留め鏡面めいた。
風景が、映し出されようとしている。
暗い風景だ。神聖な池が映しだすにはそぐわない不気味さがある。
黒い極小の蟲が一匹墓を漁っている。わずかな死霊の術で、死体や骨から養分を得ていた。
少しずつ大きな蟲となり、やがて子供の姿に変化する。黒髪の感じからしてシェルモギだろう。三歳くらいだ。
特に食事も必要ないらしく、シェルモギは蟲に戻ってはさまざまな墓場を漁り成長して行く。
(なぜ、こんなものを視せてくれるのかしら?)
瞬間のようにも、延々と続くようにも感じられる映像に、しかし、マティマナもルードランも釘付けだった。
必要だから、視せてくれていることだけは確かだった。
シェルモギは凄まじい美少年だ。膨大な魔気を吸う機会があるごとに、大きく成長している。
邪の気配に惹かれ、少年の姿のシェルモギはレュネライの根城に入った。
黒曜教の教祖であるレュネライは、そこそこ歳を重ねている。三十歳前後? 妖艶な絶世の美女だが、一瞬で五歳くらいのシェルモギに惹かれたようだ。
美しさに自信のあったらしきレュネライだが、シェルモギの醸し出す禁忌な美に完全に虜となっていた。死霊使いの気配が拍車を掛けたようだ。
死の司祭としての誘惑だろう。五歳児だろうが、ただものではないのは明白で、レュネライは一瞬で恋に堕ちている。
「ああ、シェルさま! 私、何でもいたします」
虜となり、全てを捧げようとしていた。
「では、お前の歳をもらおうか」
「は?」
「なに。我は徐々に成長し、お前は徐々に若返る」
「それは願ってもないこと」
シェルモギから力を分け与えられ、レュネライは魔気を集めるようになった。元より生け贄を捧げる黒曜教の教祖。魔法で狂わせ志願させる活動は変わらない。
歳をもらうものの、シェルモギの成長速度は遅い。レュネライはみるみる若返り、少女になってしまった。美少女だ。
「これ以上、お前から歳をもらうわけにはいかぬな。お前には、働いて貰わねばならん」
少し育った美少年が物憂げに言う。
「後は、魔気を集めて運びます。それでシェルさまの復活は可能かと」
「そうだな。術もだいぶ戻ってきた。魔気を集めろ。膨大にだ」
レュネライが使えそうな魔法を授けつつ、シェルモギは命じる。
「お安い御用です」
レュネライは黒曜教独特の力で、いくらでも根城を調達することができた。
噴水の池は過去を知る鏡――。
シェルモギはライセル城で死んだ。だが、その『死』を膨大な力として結集させた。魂と所持していた空間を巻き込む。凝縮された勢いは強烈で、ライセル城の強い護りをも貫通して外へとでられたようだ。
全ての力を使い尽くした。だが復活している。
腐敗の澱みを探し、少しずつ忌まわしき力の源を蓄え直した。死の気配はシェルモギを育む。小さな蟲の死を喰らい、蟲の死骸を死霊へと変貌させ魔気を運ばせる。
死体を喰らう蟲たちは毒を持ち、毒はシェルモギの魂を心地好く揺さぶり育成を促す。
吐き気を催させる光景は、しかし、シェルモギを阻止するために必要な情報なのだろう。途中からは、ルードランにしがみつきながら、マティマナは必死に耐え、見詰めた。
「これでは、何度倒したとしても、甦えられてしまいます」
マティマナは思わず呟く。
暗い映像は、徐々に消えて行き声も聞こえなくなっていた。
「いや、復活をとめる方法はあるはずだよ」
マティマナの腰を支えるように抱き留めながら、ルードランは呟く。
「そうですね。きっと今視た光景に、手がかりがありますよね」
絶望感が拡がるが、何か答えがあるのだ。ルードランに身を寄せながら、噴水の水音が戻ってきた中庭でマティマナは小さく囁いた。






