噴水の幽霊
食材庫が明るくなって、厨房の者たちは大喜びだった。
マティマナが片づけた後は、元よりも綺麗になり、より明るくなったと絶賛だ。
とはいえ、こんな感じでライセル城のあちこちに不都合が生じているのだろう。そう思うと一刻も早く、呪いの品を仕掛ける者を捜し出さねばと焦る気持ちもわいてくる。
どこから持ち込まれているのやら。ただ使用人の住居を捜すことは、さすがに個人の領域への侵害になるからできない。もっとも大事になり、当主からの命令が下れば強制的に調査されることにはなるだろう。
来客が持ち込むに違いないのだが、何かに包んで持ち込まれる。所持を見つけるのは困難だ。
何度も考えたが、やはり探し物の魔法を広範囲に撒いて待ち受け、仕掛けた瞬間を狙うしかない。マティマナが撒いた探しものの魔法は、呪いの品を仕掛けるとき仕掛けた者に小さな印を刻んでくれるはずだ。
マティマナは、中庭に当たる広大な庭園を散歩しながら魔法を撒いていた。綺麗に手入れされ片づけは必要はないので、探し物の魔法だけ撒けば良い。
庭園の噴水で魔法を撒いたとき、ふわっ、と何か姿が見えた。
あら? 幽霊? 精霊?
だが、姿を現したが幽霊らしきは周囲を見回し、何も視えない、という表情を浮かべて消えてしまった。
「あ、これ、ルーさまの捜してる幽霊さんでは?」
わたしではなく、ルーさまを連れてくれば反応するのかも?
マティマナは、そんな風に直感した。
慌てて、ルードランを探しに走る。お抱え法師の元に行ったなら、居城の執務室近くだろう。
「ルーさま! 精霊みたいな幽霊みたいな何かが、噴水のところにいます!」
執務室へと向かううち、歩いてくるルードランを見つけマティマナは慌てて声を掛けた。
ルードランは歓喜したような表情を浮かべ、マティマナの手を取ると庭園へと向かって小走りだ。
「良く見つけたね」
「魔法を撒いたら出てきたんですけど。辺りを見回してから消えました。きっと、ルーさまを捜してるんですよ」
「ああ。呪いのせいで現れる幽霊ではないんだね。それは嬉しい」
ルードランは、マティマナの魔法で幽霊が現れたと知り、とても安堵した表情になった。
噴水は上部からこんこんと水が湧き出し、水盤から幾筋も細い水流が落ちる。五段くらいの水盤を、細い綺麗な放物線を描く水流が綺麗な景色を作っている。
ふたり噴水の前に立ち、さっきと同じようにマティマナは魔法を撒く。
すると、やはり、ふわっ、と、透明で揺らぐ姿が現れた。
精霊? 幽霊?
その区別は難しいが、幽霊らしきは辺りを見回し、やがてルードランを認識し、不意に意志をもった存在に気配が変わった。幽霊というよりは、水の精霊のような感じだ。
幽霊は、小さな宝玉のようなものをルードランへと差し出しながら、唇らしきを動かす。
「その昔、ライセル家から盗まれた品だ。ライセル家の当主であることを証明する大事な品だったのだが、盗まれた。しかし、ライセル家の者でない所有者には禍を成す。不慮の死、品は、ライセル家まで転移してきたが、力尽き地中に埋まった」
抑揚のない静かな声が語っていた。
「それが、なぜ、噴水に?」
ルードランは、水の精霊のような綺麗な姿の幽霊から、宝玉を受け取ろうとしながら訊いている。
「地中で長く過ごし、宝飾品は化身となり、ここまで辿り着いた。水の力を得て、お告げが可能なほどに力を回復した……」
手渡すと同時に、幽霊らしきは宝玉へと吸い込まれるようにして姿を消した。ルードランの手のひらの上で、宝玉は形を変えて行く。
「ライセル家の跡取りに必要な大いなる助言とは……ライセル家の当主を証明する品のことだったのか」
呟くルードランの手の中で、宝玉は極小の飾りに変化した。
この極小の宝飾品が、ライセル家当主の証らしい。
「あれ? これ、マティマナの飾りと似ているね?」
手のひらの飾りを眺めてから、ルードランはマティマナの耳の上縁に飾られた品に触れた。
「あ、この飾り、以前にライセル家のお祝いのお手伝いの際に、奥様から頂いたものなんです」
ルードランの手に手を重ねるようにして耳縁の飾りに触れる。ルードランの母であるライセル夫人から直接頂いたものだ。小さいながら豪華で、耳の上縁に付けたら外れなくなった。自分では見えないけれど、とても心地好い飾りだった。
「そうなんだ! それは、これと元々対だったのかもしれないね! 凄いな。運命を感じるよ」
高揚したようにルードランは声を上げている。
ルードランへのお告げは、対の飾りを持つマティマナと出逢わせ、宝飾品の化身とも逢うことを可能にした。
「そういえば、この飾りをつけてからです! 雑用魔法が使えるようになったの……」
マティマナは不意に思い出し自分で驚いた。
雑用魔法と言っていたけど、もしかしてライセル家由来の魔法なの?
ならば、対の飾りの化身を魔法で呼び出せたのも頷ける。
ルードランはマティマナと対の宝飾品に運命を感じているようでウキウキした表情だ。
耳へと近づけると、飾りは自然にルードランの耳の上縁に装着された。
「お揃いだね」
ルードランは嬉しそうに笑みを深めた。ご満悦な表情だ。
「きっと、ライセル家由来の魔法が使えますよ」
なんとなく直感してマティマナも笑みを深めた。
噴水の前で、ふたり。ほのぼのと。マティマナは幸せ噛み締めるような思いだった。
「最高の気分なのだけど、良くない報告もしなくちゃだね」
ルードランは、法師の元へと呪いの品を届けた帰りだ。
「あ、呪いの品ですね?」
「そう。やはり色々な呪いが詰め込まれている宝石の原石だったよ。どんな代物にでも、呪いを込められるようだね」
「そうなると、呪いを込めた品を誰かが持ち込んでいるのですよね?」
ライセル城で、呪いを込めていたら絶対法師が気づく。どこかで呪いを込めて、魔法の布なりに包んで持ち込んでいるはずだ。
しかし物騒な呪いを込めるなど、行為者も無事では済まない気がするのだが。
「余程に強い呪術の力だよ。城で仕掛けている者も、操られているのかもしれない」
「そうですね。仕掛けた者が分かっても、何も知らない可能性もありますよ」
「仕掛けた者が見つかっても、捕まえないほうがいいね」
ルードランの言葉に同意し、マティマナは頷いた。魔法を撒いているから、いずれ品を仕掛ければ誰が仕掛けたのかは明らかになる。
「仕掛けたときに印がつくはずなので誰だか突き止められますが、その後は見張る感じですかね?」
思案しながらマティマナは小さく呟いた。広い庭園の噴水から見回す限り人は居ないので、言葉が洩れる心配はないと思うが念のため。
「誰か分かれば、最近の来訪者との対応の記録で、持ち込んだ者が割り出せるかもしれないね」
その辺りは、信頼できる使用人とルードランとの遣り取りになるだろう。
「誰だかわかったら、別の魔法を掛けておきます」
「便利そうな魔法があるのかな?」
「物を受け取ったときに知らせてくれる感じです」
ただ、呪いの品以外でも知らせが入ってしまう。侍女なり使用人だと、そんな機会は多すぎる。それでも、場所もわかるから外との対応を確認できるかもしれない。
「あ、それと、拾い物の持ち主を捜す魔法がありますよ、そういえば」
探し物の魔法を使っていたけれど、落とし物の持ち主を捜すほうは失念していた。
「ダメだよ。呪いの品から捜すのは危険すぎる」
ルードランが慌てて止める。
「そうですね。ちょっと怖すぎるからやりません!」
マティマナは、誓うようにルードランへと告げた。






